第十六話 俺達と女の子が試行尋問して女の子を救済する話

 二十三日目、午前九時。

 騎士団長室の扉がノックされた時、シンシアは扉正面の部屋奥にある机の椅子に腰掛けていた。ウィルズとエトラスフ伯爵の息子に、パルミス公爵への面会依頼の手紙を出し終えて戻ってきたところだ。

 俺達は縮小化して彼女の膝の上にいる。いつもなら天井にいるところだが、今回は気付かれる可能性があるとシンシアから言われたので、大人しく彼女に従った。他のみんなは、寝室でシンシアの仕事を邪魔しないようにしている。

「失礼します。騎士団員報告係のコリンゼ=オルフニットです。団員へのご指示を仰ぎに参りました」

 これまで聞いてきた兵士の声量には全く及ばないほど小さな声が、扉の向こうから聞こえた。注意深く聞かなければ、普通の人間には全て聞き取れないほどだろう。報告係ということは『彼女』だ。

「入れ!」

 シンシアの声で、部屋に入ってくるコリンゼ。キビキビとした動きというよりは、落ち着いて歩みを進めたような印象だ。

「久しぶりだな、コリンゼ。元気にしていたか?」

「はい。ご指示をお願いします」

 シンシアの言葉に、素っ気なく返すコリンゼ。騎士団員とは思えないほど暗い。とは言え、あくまで俺の印象と周りとの比較だ。性格的な明るさで言えば、普通より少しだけ暗い、ぐらいだろう。

「騎士団員は、この一週間を自主訓練期間とする。ただし、三日後に臨時の騎士選抜試験を行う。本日昼までにパルミス公爵から城内通達がされることになっているから、団員は前回と同様に、試験開催の準備をするように。特に改善点がなければ、手続きや試験内容、評価、合否連絡を全く同じように行うこと。

 コリンゼ、もし改善案があるなら、今ここで聞こう。なければ他の団員に聞く」

「お待ちください。それは、私が改善点を聞いて回るのではなく、団長が直接お聞きになるために城内を回るということですか?」

「そうだ。理由を含めて一つ一つ聞くと長くなり、君がまとめるのも大変だし、誤解が生じるかもしれないからな。君の仕事を信じていないわけではない。単に、私が直接聞いた方が早いということだ」

 なるほど。これはコリンゼへの煽りだ。彼女であれば、前回までに、すでに改善案を思い付いているはずだ。しかし、『報告係』の彼女であれば、それを隠して、他の団員が挙げたことにもできる。それを未然に防いだ形だ。

 考えてみると、『報告係』に志願しただけでも、コリンゼの意図が見え隠れする。単なるメッセンジャーではない。彼女にとって、現状では『それ』がメリットなのだ。

 そうなると、話は変わってくる。彼女は誰よりも早く、ビトーのスパイ行為を怪しんでいた可能性が高い。シンシアが騎士団長になる前からだ。最初は意見が通らなくて不満だったのかもしれない。

 しかし、なぜ通らないかを考えていく内に、スパイの妨害工作の可能性に気付いた。優秀な者や目立った者がスパイのターゲットになる恐れも考慮し、自分の身の安全を確保しつつ、スパイの室内や動向を探るための報告係に徹しているということだろう。

 また、どういう意見が団員から挙がって、どういう意見が通らなかったかも分かる。それを分析すれば、スパイの今後の計画も見えてくるかもしれないと考えたのだろう。クリスの空間催眠魔法で引っ掛からなかったのは、あの条件がネガティブな理由で告白できなかった者を炙り出すものに対して、コリンゼは自身の正義に基づいて、気付いた時点で調査し、まだ公にする時ではないと機を伺っていたからだ。状況だけなら魔導士団長と同じだが、精神的な面で異なるというわけだ。

 ちなみに、なぜコリンゼのような者を当てはめる条件にしなかったかは、あの場で呼んでも仕方がなかったからだ。証拠は後の調査で分かることだし、そこで見つけられなかった証拠も集めたいのであれば、あとで城内に通達すればいい。

 ただ、催眠魔法が城内全員にかけられたことについては、一部の者しか知らないので、不信感を与えないためにも、慎重に話を進めていく必要がある。

「…………それではよろしいでしょうか。これまで、総務省に受験手続きおよび試験官の一部を委託していましたが、これを解除し、国家特殊情報戦略隊に委託すべきと考えます。受験者の出自をすぐに確認することができ、それを確認する隊員側にも怪しい出自の者は存在しないからです。ただし、受験者が怪しくてもすぐに拒否や不合格にせず、しっかり捕らえた上で自白させるべきです。

 筆記試験は常識問題、道徳問題、騎士への想いの論文のみにし、教養を求められる問題は削除するべきです。平民はその時点で不利となり、剣技が優秀な人材を逃すことになります。必要であれば、入団後に学ばせればいいだけです。

 実技試験は、受験者同士をそれぞれ戦わせるのではなく、騎士団側で受験者の実力を十分に引き出せる者を用意し、一人一人丁寧に、時間をかけてでも評価していくべきです。戦いの相性もありますし、緊張やその時の体調、調子で力の振れ幅が大きい場合もあります。

 しかし、それらを限りなく抑えるための知識やスキルは、あとでいくらでも身につけられるものです。一発勝負で評価するのは、それこそ全員の時間の無駄です。その受験者が冷やかしかどうかは、すぐに分かるはずです。

 受験後、冷やかし以外の不合格者には、どのような要因で不合格になったか、改善点をアドバイスするべきです。本当に惜しかった者には、再試験を予定し、それまでに改善点を克服できたかどうかを見ます。その場合、基準を設けるのは難しいですが、短期間、例えば一、二週間で改善できる場合に限る方が良いでしょう。

 なぜこのような方針を取るかですが、『騎士選抜試験』とは何かを考えればすぐに分かります。将来の国家、国益、王家を守るために、優秀な人材を誇り高い騎士として登用することが目的のはずです。

 最初から優秀な者は、当然すぐに見つかります。しかし、将来優秀になる者は中々見つけることはできません。ましてや、誰からも指導、教育されていない者が成長するのは時間がかかります。その過程で騎士を諦める者や、別の機会に恵まれて、そちらを選択する者もいるでしょう。

 そんなことでは、ちゃんと指導、教育されていれば実力が伸びた者を、みすみす逃すことになります。次の選抜試験まで待つことさえ、時間がもったいないのです。それは仕方ないと割り切るのは簡単なことです。

 ですが、それが騎士でしょうか。やればできることをやらずに、考えればやれることを考えずに、誇り高いと言えるのでしょうか。我々騎士は誠実であるべきです。国家や王家にはもちろんのこと、自分にも他者にも、当然、騎士を目指す受験者にも!

 ……失礼しました。つい、熱が入ってしまいました」

 コリンゼの提案は、試験全体とその一つ一つの試験までも網羅し、素晴らしいと言わざるを得なかった。また、騎士選抜試験の本来の目的に立ち返るだけでなく、騎士のあり方までも、自らの抑えきれない熱い気持ちで語っていた。これこそが本来の彼女なのだ。

 久しぶりだったんだろうな。自分の愚痴ではない、国のためのハッキリとした考えを誰かにぶつけるのが。

「ありがとう。実に素晴らしい考えだ。早速、採用しよう。『特情戦』には、陛下からしかご命令できないから、私から陛下にお伝えしておく。

 そして、現時点でコリンゼ=オルフニットを『報告係兼臨時騎士選抜試験総責任者』に任命する。責任者として団員に指示し、騎士選抜試験を自身の提案通り成功させよ! 実技試験の試験官も君だ。私は見ているだけにしよう」

「なっ……! お待ちください! 報告係の私がいきなりそんなことを任されても、誰も付いてきません。それに、私は明後日午前に用事があって、城外に出る予定があります。急遽決まった試験なのに、さらに前日に責任者が現場にいないなんてありえないでしょう」

 コリンゼは、慌てて理由を言い繕った。当然、穴だらけだ。

「『やればできることをやらずに、考えればやれることを考えずに』か。良い言葉だな。当然、君はその言葉に従っているのだろうな?

 そうでないなら、私はこの言葉を送ろう。『決め付ける前に聞け』だ。誰が付いて行かないと言った? 誰がありえないと決めた? 自分自身だろう。私はそれで無駄な後悔をした。結果的には幸運に転んだが、それは偶然だ。我が騎士団を舐めてもらっては困る。

 コリンゼ、もちろん君も『そこ』に入っているだろう?

 やるべきことと分かっているのに指示を無視した者がいたか?

 休めと命令したのに休まなかった者がいたか?

 休暇中の一時的な引き継ぎを断った者がいたか?

 そして君は、報告係が責任者ではないと思っていたのか?

 むしろ最重要任務の一つで一人一人が責任者じゃないか。だからと言って、一人いなくなったら機能しなくなるのは健全な組織ではない。それが責任者であっても、たとえ私であってもな。

 もし、明後日午前に責任者がいなくなって、大変なことになるなら、なってしまった方が良い。それは教訓だ。今後、改善されるだろうし、されなければ組織として終わりだ」

「じ、実技試験はどうなるのです! 私と新人の立ち会いを見たことがあるでしょう? 新人にあれだけ苦しい戦いをしていて、なぜ私にできると思うのですか!」

「『騎士は誠実であるべき』と言った君が、まだ誤魔化すのか? しかも、これも君が先程言っていたことだ。実力を引き出すために一人一人に時間をかけている、そうだろう?

 短時間では剣技は身に付かない。色々なパターンを見せて、新人側のパターンや対応力を育てている。実戦は一瞬で勝負がついてしまうが、まずは新人には基礎を教える。中堅以上には、その一瞬の駆け引きを暗に教え、負けている。

 弱気な剣筋も、駆け引きを深くするための布石だ。対戦前に、独り言を言ったり、相手に話しかけたりしているのもそのためだ。君のおかげで、我が騎士団の平均レベルは随分と上がったはずだ。私がそのことに気付いていないと思っていたのなら、私のことも舐めているな。だとしたら、君の課題は、自分より強い者の実力を測れないことだな。

 今、君の右手はピクピク動いていて、次の瞬間には、剣の柄に手が伸びそうになっている。先程送った言葉を覚えているか? あれには例外がある。自分に対して、明らかに危害を加えそうな場合は聞かなくてもいい。

 もし、ここで剣を抜けば、私は君を問答無用で殺す。敵味方の区別もつかずに暴走する救いようのない愚か者、または精神異常者だからだ。このことから、やはり君の根本的な課題は、自分が正しいと思ったらそのまま突き進んでしまうことだな。長所でもあるが短所でもある。

 今回はそれが功を奏して、君はビトーに殺されず生きているが、次の瞬間には、私に殺されているかもしれない。ただし、その短所は直せる。結局、『決め付ける前に聞け』だ」

「ぜ、全部分かって……。そ、それでは、やはり副長はプレッシャーに耐え切れなくなって失踪したのではなく……」

「詳細は明日の昼以降に発表されるだろう。今はこれ以上言えない。この際だ。聞いておきたいことがある。

 仮に、ビトーがまだいたとしたら、君の私への疑いはどうすれば晴れていたんだ? たとえビトーを処分しても、仲間割れのように思われたり、国益に沿った提案をしても、周囲を信用させるための方便のように思われたりするのではないか?

 私が戻ってきて、普通に城内を歩いているということは、陛下から信頼されている証でもあるのに、まだ疑われている。つまり、私が王族を騙している、洗脳しているとでも思っているということだ。それでは、一生私は疑われ続けることになる。

 君の疑惑は、私には出口のない戦略のようにしか思えない。君は確かに思考能力に長けている。だが、まだまだ足りない。あらゆる状況を想定していない。優秀な戦略家から見れば、一本釣りでしかないんだ。

 しかし、コリンゼ。君ならその優秀な戦略家になれる。実力もあるんだ。私がなぜここまで君に時間をかけて説明しているか、今の君なら全てを言わなくても分かるはずだ。私の質問への回答と合わせて、反論があれば聞こう」

 シンシアは、コリンゼの言葉を引用しながら、次々と彼女に厳しい言葉をぶつけていった。

 怒っているのでも、嫌っているのでもない。彼女と正面から向き合うことで、彼女の思考一つ一つを理解し、そして、彼女自身にも改めてそれを理解させたのだ。

 彼女の思考は、整理されているようで整理されていなかった。目的が決まれば、そこへ至る道を何本か引くことができる。では、『その目的が変わったら?』『目的が複数あったら?』『目的の先の目的は?』と問われれば、対応できない。行き先がなくなったり、めちゃくちゃになったりするのだ。

 だからこそ、この期に及んでシンシアの前で、やれることをできないと言ったり、隠しきれないことを隠そうとしたり、自分の言葉と矛盾するような反論をしてしまった。

 それは、警備の最適化の話からも分かる。内容がどうということではない。その話の『先』がなかったからだ。王家を守って逃したあとにどうするかが、王家に説明されていなかった。彼女にしてみれば、そこで目的が達成されるからだ。

 また、戻ってきたシンシアに対して、城の警備兵や警備隊長から目立ったアプローチがなかったことからも、それが伺える。事務的なやり取りに留まり、『信用できない騎士団上層部』への対応とは、とても思えなかった。これは、警備隊長にメモの真意が伝わっていないか、グルの可能性があるということだが、そこへの対応は特に何もされなかったということだ。

 端的に言えば、一度提案したあとのフォローがない。途中で提案の修正はされない。目的達成後のフォローもない。途中で新たな目的が提案され、同時並行になることもない。

 それらの課題は、コンセプトとビジョンを明確にできれば、おそらく解決するだろう。自分のやることが目的に沿っているか、その先どのようにしていくのか、変わっていくのか、そこでやることが目的に沿っているかを常に確認しながら進んで行く。目的がブレないようにし、新たな目的を考える必要があれば、既存の目的と反していないか、その上の大目的を忘れていないかも確認する。これは、俺達がこの世界に来てからの軌跡を辿ってもらえると分かりやすいだろう。

 いずれにしても、いくらでも解決できる問題だし、誰でも習得できるスキルだ。

「あ……う……だ、団……長……。本当に……本当に信じていいんですね! 本当に……! お、おっしゃる通りです! 感服いたしました。返す言葉もございません!」

 コリンゼは跪いて、涙声でシンシアに返事をした。それは、自らを苛ませる疑念から、ようやく解放された歓喜の声のように聞こえた。

「よく今まで耐えたな。私もすまなかった。過去の私こそ、団員一人一人と真剣に向き合えていなかった。そのつもりはなかったが、結局上辺だけだったのだ。しかし、その失敗を糧に、より高みを目指そうと、尊敬する方々の背中を見て、さらに学ぶ覚悟をした。

 そして、今の私がある。学び、成長しようと思えば、いつでも誰でもできるのだ。私は、素晴らしい君からも学びたい。なぜ上層部が怪しいと思ったのか、参考までに、いつ頃から、どのようにして、何に気付いたのか、それに対して自分が取っていた対策の理由を教えてもらえるか?」

「は、はい! それでは、僭越ながらお答えいたします。入団して一ヶ月、騎士団の様々な課題が見えてきた頃、それぞれの課題を解決するための提案書を意気揚々と書き、副長に提出しました。しっかり自分で現場を見て、調べて、分析して、良い案も思い付いて、自信作でした。

 しかし、その全てが却下されました。理由を聞くと、一ヶ月の新人がそのような提案をしてはいけない、などと訳の分からない理由で突っぱねられました。では、いつから提案できるのですかと聞くと、自分で考えろとのことでした。

 それならと、先輩と話し合って、再度提案書を作り直して、先輩にも書いてもらって、先輩から提出してもらいましたが、やはり却下されました。他の先輩でもダメだったんです。

 その理由は、先代団長も副長も課題と認識していないから、だそうです。客観的な課題を見せても、主観で拒否するという愚行極まりない上層部に、私の不満は溜まっていきました。

 ある時、古くからの親しい者に愚痴をこぼしたんです。もちろん、詳細は話していません。どんな方法で提案しても聞く耳を持たない上司はどうすればいいのかな、という程度です。

 すると、『国家権力に胡座をかいているヤツの考えることは分からねぇな。ノーリスクなのにリターンを得ようとしないなんて普通あり得ねぇぜ。だったら、どこかにリターンがあるんだろうな。俺は城内組織とか知らねぇけどよ』という荒い言葉遣いだけど優しい、そして核心を付いているような無責任なような、そんな言葉が返ってきたんです。聞いてくれるだけで良かったのに、その人の言うことはいつも正しくて……。

 あ、でも私の考えていたことでもあるんです。だから、共通するその線で調べました。騎士団が『成果を上げないこと』が利益になる組織はどこか。上層部はどの組織と繋がっているのか。しかし、どれだけ調べても、何も分かりませんでした。

 と言うよりは、安全な調査を徹底していたので、危険を顧みなければ、もっと調べられたのかもしれません。その頃からはもう、目立たないように行動するようになっていました。もちろん、目立つと調査しづらくなるからです。

 そして、手詰まりになった頃、また先程の親しい人と話していた時に、あ、今度は何も言っていません。普通に雑談していた時です。その時、『俺はほとんど依頼主と話したりしねぇけどよ。そいつがどんなヤツか分かる時があるんだ。仕事の報告で部屋に入った時だ。例えば、貴族なら大抵チェスを置いてるが、たとえ掃除済みでも、埃が少しでも被っている所があれば、見栄でやってるだけだし、そうでなければ頭のキレに自信があるヤツ、とかな。もちろん、当たってるかなんて分かんねぇけど、たまに客と居合わせたりすると、関係性とかも見えてくる。大事そうな書類が散らばってたりもするぜ。バカなのか忙しいのか分かんねぇけど、無用心だよな。まあ、お前にそんなプロファイリングを自慢しても意味ねぇか。お前ならそんなことぐらいすぐに分かるからな』という話をしてくれたので、それをヒントに、私も騎士団で報告係をすれば、時間はかかるけど、少しでも安全に情報を集められるかもしれないと思ったんです。その予想は当たりました。

 そもそも、ある時期から報告先が団長ではなく、副長に全て変わっていたんです。もちろん、その時期とは、ビトーが副長に任命された時です。この場合、副長から団長へのラインで情報が歪められている可能性がありますが、グルの可能性も捨てきれず、どちらかは断定できませんでした。

 今思えば、先代団長は無実だったように思います。何と言いますか、それほど頭を使う人ではなかったので、利用されていただけかもしれません。

 それから、あなたが最年少で騎士団長に就任しましたが、ビトーの希望もあって、彼が副長のままで、体制も報告システムも変わることはありませんでした。同世代どころか、稀代でも優秀で聡明な団長が、この問題に気付かないはずがないと思い、この二人が繋がっていると思ったんです。

 一方で、私が実家の孤児院に帰った時、『コレソ=カセーサ』という女が、経理の職に就いていました。第一印象は、綺麗な人、頭が良さそうな人、何でも見透かしそうな人、心地良い香りもするという感じで、実際、その能力を活かして、運営資金の調達まで行っていたと聞きました。

 それからしばらく経ったある時、副長室に報告に行った際、その女と同じ香りが部屋の中でしたんです。あれから帰省していなかったのに、自分でもその香りをよく覚えていたなと感心しました。その時、彼女が部屋に隠れていたのか、残り香だったのかは分かりませんが、騎士団副長がわざわざ部屋に呼ぶ女とは何者なのかと考えました。

 プライベートで身内や友人を呼ぶのは、上司の許可が必要ですから、団長とグルの場合は容易です。それを確認するのは危険なので、まずはその香りが本当に彼女のものだったのかを確認しようと、来訪応対者記録用紙を警備隊から見せてもらいました。

 すると、ビトーがその日に誰かと会ったという形跡さえ残されていませんでした。この場合、警備隊もグルか、それ以外の何らかの方法で、彼女が城内に侵入したということになります。ただ、幸いだったのは、その日の正面城扉警備兵が、私がよく知る優秀な兵士二人だったので、後者であると分かりました。もし、別の兵士だったら、警備隊全員を疑っていたところです。

 結局、侵入方法は特定できませんでしたが、記録に残さないのは怪しすぎると思い、彼女を調査するために、一日だけ休暇を取って帰省してみたら、すでに経理を辞めて行方不明になっていました。セフ村出身というのは聞いていたので、セフ村の場所を調べたら、数日程度の休暇を取って行けるような場所ではなかったので、そこで調査を断念しました。その直後です。団長が一ヶ月の長期出張に行くので、ビトーが団長代理になると聞いたのは……。

 団長が一人で長期出張に行くことなど、それまでありませんでした。あまりにもできすぎたタイミングだったので、ビトーが何かを仕掛けたのだと思いました。ここで、あの言葉を思い出したんです。『おれは城内組織のこととか知らねぇけどよ』。この一連の妨害工作で、リターンを得る者は城内にいない。城内で一番得をするビトーでさえ、団長の役職を固辞したのだから。

 つまり、城の外、あるいは国の外で計画されたものなのではないかと思いました。前者であれば、国家特殊情報戦略隊が察知している可能性が高いので後者。そして、この事件は、国外スパイによる破壊工作だったのだと結論付けました。団長と副長がグルの場合は、計画が次の段階に進んだ、もしくは仲間割れ、そうでない場合は団長を陥れたことになります。

 いずれにしても、世界最高戦力と言われた団長が、陛下でさえ制御不能になってしまうと、国家の緊急事態と言わざるを得ません。そして、そのまま団長が戻ってこない可能性の方が高かったので、少なくとも城内にいる警備隊と騎士団で王家のご安全を確保するしかないと思い、素性を隠して、警備の最適化を警備隊長経由で進言していただきました。

 そんな時、団長が戻ってきたという噂が城内で広まっていました。騎士団員に団長の帰還が一切知らされないのはおかしいと考え、その辺の警備兵に聞いても何も知らないと言われたので、様子を見ていたところ、宰相が訓練場にいらっしゃり、『報告係を騎士団長室に行かせ、団長の指示を仰ぐように』と命令を受け、警戒してこちらに参りました。大変長くなってしまい申し訳ありませんが、以上です」

 要点どころか、全部話したな。まだコリンゼという人物を知ったばかりだが、何となく彼女らしさを感じる。

 こう聞くと、彼女の論理には一部飛躍はあるものの、そう考えても不思議ではない状況だったと納得もできる。同じ状況であれば、俺も似たように考えたかもしれない。

 コリンゼのシンシアへの評価は高かったことも伺える。それが逆にスパイ仲間と考えられて、信用を失わせてしまったか。

 一方、アドのことは完全に信頼しているようだ。彼の何気ない一言が、彼女の行動に全て結び付いている。しかも、口調まで一言一句覚えているのは、中々できることではない。

「詳しく話してくれてありがとう。私の至らなさが君を誤解させたようだ。改めて申し訳ない。帰還報告をしなかったのは理由があるのだが、今は話せない。念のために言っておくが、怪しむ必要はない。その内、分かるはずだ。

 あと、追加で一つ、聞いておきたいことがある。話に出た『親しい人』に、君は絶対の信頼を置いているようだ。その者の話をしていた時は、表情も声も、まるで憧れの人を想うようだったが、アドのことが好きなのか?」

 シンシアがいきなりぶっ込んできた。現代では、セクハラで訴えられる質問だ。シンシアも普段ならしないことだろうが、彼女なりの考えがあるのだろう。

 考えられるとすれば、アドがスパイである場合だ。聞きようによっては、彼の言葉は、コリンゼを誘導しているとも捉えられかねない。普段のアドを知ることができれば、彼と対峙した時の対策が立てられる。

 と言っても、その対策は二つ。催眠魔法を解除するか殺すかだ。

「団長⁉ なぜ、『お兄ちゃん』のことを……⁉ もしかして、恋人……とか……? でも……」

「いや、それは断じてない。私が城を出てから、護衛の仕事を請け負う時に知り合った。国内の問題について、一切反論できない正論をぶつけられたよ。

 何となく君のことを連想できる内容だったから、もしやと思っていたら、話に出てきた口調や単語まで同じだったから、間違いないと思った。三日前にも城下町ギルドで偶然会った。その時は、忙しかったのであまり話さなかったな」

「そ、そうですか……。アド……お兄ちゃんは、血が繋がっているわけではなく、孤児院でずっと兄のように接してくれていたので、そう呼んでいます。

 お兄ちゃんは前に、『女は基本的に話がつまらねぇ。ただ、女にしては珍しく、中々面白いヤツを見つけた』と言っていました。だから、団長のことかと一瞬思ったんですが、よく考えたら、それを聞いたのは団長が有名になるより前、私と雑談していた時だったのでありえなかったですね。

 お兄ちゃんは、私にとっては、もちろんかっこよくて優しい人ですが、男性に対する好きという感情ではなく、おっしゃる通り、憧れだと思います。年齢も離れていますし、お兄ちゃんも私のことを妹と思っています。

 最初は、『俺はお前のお兄ちゃんじゃねぇ!』って言われていたんですが、私がずっとお兄ちゃんって呼んでいたら、ある時、『泣くんじゃねぇ! お前は俺の妹なんだろ? だったら、俺を困らせるんじゃねぇ!』って、怒られたのか慰められたのか、よく分からないような台詞を聞いて、それでもやっと兄妹になれたんだと嬉しかった記憶が鮮明に残っています。

 そういうところもあって、お兄ちゃんはみんなから慕われているんですよ。お話に出した優秀な警備兵二人も孤児院出身で、『アド兄』って呼んでいます」

 みんな、『家族』になりたかったんだろうな。アドは照れ隠しで拒否していたのだろう。

 それにしても、孤児院出身者は優秀な人が多いのだろうか。優秀な警備兵二人と言えば、あの二人を思い出すが、別なら計六人、同じでも四人で、いずれにしても、偶然とは言い難い。

 特別な教育でもされているのだろうか。シンシアと交流があるというのも関係しそうだ。フォワードソン家の教育プログラムを孤児院に適用している可能性が高い。

 実は明後日午前、みんなでその孤児院に行くことになっている。シンシアから俺達に提案があり、院長への調査報告と今後の対策について話すためということだった。

 孤児院出身のコリンゼも明後日午前に休暇を取っている。もしかすると、一緒に行くか、そこで会うことになるかもしれない。

「アドのことを話す時の君は、これまでの君とのギャップを感じられて面白いな。だが、さらに聞かねばならないことがある。アドがスパイ行為に手を染めている可能性を、自身の感情を抜きにして語ってくれ。場合によっては、彼を殺さなければいけないかもしれない」

「なっ……! そんな……こと…………っ!」

 シンシアの想定外の言葉に、コリンゼは言葉が出ない様子だった。自分の愛する人や家族が疑いをかけられれば、誰しも驚きと戸惑いと怒りが湧いてくるだろう。しかし、コリンゼの反応から察するに、彼女は驚きと戸惑いの方が遥かに大きく、怒りが入り込む余地はなかったようだ。

 しばらくして、コリンゼが口を開いた。

「なるほど、そういうことなんですね……。団長のお考えがよく分かりました……。すごいです! そのような発想は全くありませんでした! 本当に全身が震えました。この感動を抑えられません! はぁ……はぁ……」

 大切な『家族』が疑われているにもかかわらず、コリンゼは歓喜に震えているようだ。ぶっ飛んでるなぁ。

「コリンゼのこの様子だと、『お兄ちゃん』よりもシンシアのことを盲信しそう」

 ゆうが『いくつかの意味』に捉えられるようなことを言った。

「感動というより、快感と絶頂で脳と身体が震えたんだろうな。この短時間で、シンシアの信用が地底から山頂まで一気に駆け上り、その勢いのまま天まで昇った感じだろう。

 今なら、シンシアの言うことを何でも聞きそうだ。アドも俺達もそのレベルに到達するのは難しいな」

 俺は、ゆうのコメントの意味に全て答える形で、自身の考えを披露した。それに対して、ゆうは煮えきらないような反応をした。

「うーん……。姫の時もそうだったけど、あたし達が直接幸せにできないと、それはそれで不完全燃焼と言うか……。かと言って、でしゃばりたくないし……。何か良い作戦ないの? 『女子幸福研究家シュークン』さん。別に今じゃなくてもいいけどさ」

「そうだなぁ……。『ごっこ遊び』に慣れたシンシアに賭けてみるか。コリンゼに対しては逆に『今』しかない。

 一度机に上がって、触手を増やし、俺がシンシアに砂でメッセージを見せる。もう一本は、大きさを徐々に戻しながら、ゆうがゆっくりとコリンゼに向かわせてくれ。あとは、シンシアの台詞に合わせる」

「おっけー。」

 急な作戦だが、考えていなかったことではないし、上手く行く自信はある。

 俺達が動いて机に上がると、コリンゼが俺達に気付いた。シンシアは少しだけビクッとしたが、平静を装っている。

「団長、あ……あの、机の上で何か動いてませんか?」

「ああ、これか? これはな……」

 シンシアが間を溜めている内に、俺は砂のメッセージを体に貼り付けた。

『新種の召喚尋問モンスターによる上司部下両思い尋問試行ごっこ』

 シンシアがメッセージを確認後、席を立ち、俺達と一緒にコリンゼに向かっていった。

「私が城を出ていた時に知り合った魔法使いに、ここで呼び出してもらった触手だ。尋問で絶大な効果を発揮する。丁度良い機会だから、試してみたいのだが、いいか? 安全は保証されているし、苦痛もない。

 君を疑うわけではないが、私の今の質問にすぐに答えず、話を逸らしたようにも感じたから、念のためということもある。そういう意味では、今からはすぐに答えようとしなくていい。

 ただし、今の内に話す内容を組み立てておいてくれ。大丈夫だ、関係ないことは聞かない。私を信じてほしい。私もコリンゼを信じている」

 良い台詞だ。シンシアからコリンゼに俺が言ってほしかった内容が全て盛り込まれている。

「団長がそのように私におっしゃるなら……私やります!」

「ありがとう。流石、私が最も信頼する部下だ」

「ああ……団長……。私もです。あなたは、私が最も尊敬するお方です! 何なりとおっしゃってください!」

 コリンゼは恍惚の表情をして、シンシアに忠誠を誓った。

「では、立ち上がってそのままでいてくれ。鎧や服は触手が全部脱がしてくれる」

 俺達は、シンシアの台詞通り、コリンゼの鎧や服を脱がし始めた。

「ぜ、全部ですか……?」

「コリンゼ、決めつける前に聞けとは言ったが早すぎないか? いや、良いことではあるのだが、決めたことを口にして、その舌の根も乾かぬ内に、というのはどうかな。そんなに私に裸を見られるのが嫌だったか?」

「いえ、そのようなことは決してございません! 私の貧相な身体をお見せするのが……、団長の目に毒なのではないかと思いまして……」

「それこそ、そんなことはない。貧相どころか、むしろ良い方だし、バランスも取れている。君の身体を着替えの時に少し見たことはあるが、美しかった。正直に言うと、もっとじっくり見てみたいと思ったほどだ。おっと、これ以上褒めてしまうと、『尋問』に支障が出るか」

 俺達は、二人が話している最中もコリンゼの服を脱がして、下着姿にまでしていたが、この時点でも確かに美しい。

 コリンゼの容姿は、一言で言うと理知的なキリッとした委員長タイプ。身長はユキちゃんより少し高い。髪型は左右に少し広がったボブヘアー、若干つり目がち、顎のラインはシュッとしていて、眼鏡が似合いそうだ。この見た目で、アドの話をしている時やシンシアを崇める時のような表情をするから、かなりのギャップがあるのだろう。

 俺達は、コリンゼの最後の下着も脱がし終えた。それはすでに湿っていて、やはりシンシアの質問で快感を得ていたことが分かった。

「あっ……、団長……光栄です。私の全てをご覧ください……」

「綺麗だよ、コリンゼ……。よかったら、触手に巻き付かれている今の感想や、これから感じたことも言葉で表してくれないか?」

「はい……。触手が私の身体を這っているだけで、気持ち良いです……。締め付けも心地良く、支えがしっかりしているので、体重を預けられそうな安心感があります……。そして……あっ……あんっ! はぁ……はぁ……じ、焦らされたあとに……いきなり……乳首と……せ、性器に……吸い付かれて……、舌で……あっ……ねっとりと舐め回されて……んっ……何も考えられなくなります……」

 一つ一つを声に出して説明してくれるコリンゼ。まさに実況プレイだ。

「体を浮かせてくれるから、力を全部抜いても大丈夫だ。魔法使いや大声を出しそうな相手の場合は、即座に口を塞ぐが、そうでない場合は塞がない。口を開けて舌を出すと、キスしてくれる」

「はぁ……はぁ……承知しました。あの、団長……一つだけよろしいでしょうか。私、男性経験がないので……その……このまま貫かれるのでしょうか……」

「いや、未経験の場合は、平常時と興奮時、両方の承諾がなければ挿入されない。キスは平気か?」

「お兄ちゃんのほっぺにキスするぐらいですね……。舌を絡めるキスはありません。もしよろしければ……だ、団長と先にキスしてみたいです……」

「実は、オススメは触手と先にキスすることなんだ。まずは、肉体的な快楽のみを得て、次に私と精神的な快楽を得て、もう一度触手に戻る際は、人間と同じく愛情を注ぐことで、その両方の最大快楽を得る、という流れだ。

 逆の場合、どちらか一方に愛情が偏る可能性がある。コリンゼには是非、最高の幸せを感じてもらいつつ、『私達』のことを愛してほしい」

「そういう考えもあるんですね……。本当に私の想像を遥かに越えていく……。承知しました。団長のおっしゃる通りにいたします」

 俺達は二人の会話中に緩めていた手を再度動かし、彼女を宙に浮かせると、ゆうはコリンゼに舌を絡ませに行った。

「ん……はぁ……んっ……ん……あっ……」

 ゆうとのキスで、気持ち良くなっていたコリンゼだったが、ゆうはいつもより早くキスを切り上げ、シンシアの方を向いた。一方、コリンゼは名残惜しそうな表情をしていた。

「それでは、コリンゼ。今の君の表情も素敵だが、私を誘惑するような表情をリクエストしようかな。私に向けられた愛情に、私が愛情で答え、二人の気持ちを一つにするんだ」

 コリンゼに一つ一つ丁寧に自身の考えを教えるシンシア。これも『指導』の一環なのだろう。

 俺達は、コリンゼをシンシアの頭の位置まで下ろした。

「団長……一生お慕い申し上げます……。んっ……んっ……はぁ……」

 永遠の愛の誓いのあと、シンシアの全てを受け入れるように、コリンゼは口を大きく開け、舌を突き出し、とろんとした表情でシンシアのキスを誘った。そして、すぐにそれに応え、心を通わせるシンシア。

 二人のキスがしばらく続くと、シンシアの方から口を離した。一方、コリンゼは、やはり名残惜しそうな表情をしていた。

「さて、コリンゼ。この触手のことを、これからは『シュウ様』と呼ぶこと。世界で私と同じぐらい、いや、私以上に君を幸せにできる存在と認識するんだ。君はもうそれを実感しつつあるだろう。ただ、身を委ねていればいい。

 もちろん、自分から動いてもいいが、これが尋問ということを忘れないでほしい。動けば動くほど、焦らされ、相手にされなくなる。感想も言わなくていい。それが自然と要望になってしまうし、意味がないからだ。少しでも辛くなったら、私に助けを求めてかまわない。

 それではシュウ様、よろしくお願いします」

 シンシアから自由にしていいとの許可を得たので、俺達はまず、コリンゼの足をM字開脚させ、彼女の全ての穴をシンシアに見せつけた。

「あ……ああ……団長に……全部見られてる……」

 その後、ゆうがコリンゼにキスしたのを合図に、俺達の尋問が本格的に始まった。しかし、実は最初とやることは変わらない。ただ、俺達は決して急がない。

 すると、コリンゼが急いで快感を求めようと、自分の身体を押し付けたり、揺らしてくるので、そこに力が働かないように俺達は身を引く。その度に、彼女は泣きそうな声で哀願する。

「シュウ様ぁ……! お、お願いです……。もっと……もっと気持ち良くしてくださいぃ! このまま……では……私……おかしくなるぅぅ……! はぁ……はぁ……うぅ……」

 コリンゼは、涎さえ抑えきれなくなり、口からダラダラと流している。もちろん、それも貴重な体液なので、床に落ちて無駄にならないように、俺達はありがたくいただく。

 少し喋らせてから、ゆうが再度コリンゼの口を塞ぐと、それだけで意識が飛んでいるかと思うほどの白目を向いていた。

「お……お……おっほ……」

 嗚咽のような声が彼女の口から漏れる。その様子から、彼女の脳は、もう快感に完全支配されているようだ。

 この状態で、ゆうが彼女からどんな言葉が出るのか確かめようと、また口を自由にした。

「もう……らめぇぇへぇ…………なっちゃった……私……おかしくなっちゃったよぉぉぉ……うぅ……気持ち良くなることしか……考えられないぃぃぃ!」

 コリンゼの顔からは、涙と鼻水と唾液が全て流れ出していた。まるで精神が崩壊したかのような彼女の表情と言葉に、流石の俺も少し焦った。

「お兄ちゃん、これ、やりすぎたわけじゃないよね? そこまでではなかったと思うんだけど」

「多分大丈夫だとは思うが……。コリンゼの『感情が突き抜ける性質』が出たのかもしれない。シンシアに対しての信頼と同様だ。これまで感じたことのないレベルの快感を覚えたことで、『俺達に対する感情』を通り越して、『快感に対する感情』が最高潮に達した。

 途中でシンシアに助けを求めなかったのも、シンシアのことが頭に浮かばなかったからだろう。目の前にいるにもかかわらず……。こうなったら、逆に俺達がシンシアに助けを求めるか」

 俺は机に配置したままだった触手と砂を再利用して、メッセージを体に貼り付け、シンシアにそれを見るように合図した。

『質問を始めてほしい。目的までには数段階必要かも』

 簡潔なメッセージだったので、意図が伝わったか不安だったが、シンシアが頷いたので、きっと大丈夫だろう。

「それでは、コリンゼ。今からする私の質問に答えてもらおうか。答えなければ、当然これ以上気持ち良くなれない。

 最初の質問、アドのことを考えて自慰をしたことはあるか? その最高頻度を一週間単位で答えろ」

「は、はひぃぃ! 毎日……毎日していましたぁぁ!」

「アドと肉体関係になりたかったということだな?」

「は……はい……!」

「アドとは兄妹の感情で、男性への感情ではない、憧れだと言ったのは嘘か?」

「そ、それは嘘ではありません! 本当です! お兄ちゃんへの自分の気持ちが分からなかっただけです! 全部混ざっていたんだと思います!」

「それなら、客観的にアドを分析することもできるか?」

「は、はい!」

 シンシアのおかげで、コリンゼの感情の軌道修正が上手く行ったようだ。あのままだったら、少しでも難しい質問には、まともに答えられなかっただろう。性の質問から徐々に慣らしていったのは、尋問の効果を確認することに加え、コリンゼの精神を落ち着かせるためでもある。

「では、再度質問しよう。アドがスパイ行為に手を染めている可能性を、理由と共に答えろ」

「は、はい。洗脳されていない限り、可能性は皆無です。ただし、確証はありません。あくまで、彼の信念から導き出したものです。彼の口癖は、『強国が外圧で変わることはねぇ。中から変えていくしかねぇんだ』でした。

 それだけ聞くと国内のスパイに加担しそうですが、『正当な論理とやる気さえありゃ、どうにでもなる。一般国民なら、城内の優秀なヤツらに怒りを見せてそれを言えばいい』とも言っていました。彼からすれば、『理』の味方であり、手段も『理』。つまり、妨害工作、破壊工作を行う必要がないのです。

 では、城内の者を脅迫、または誘導しているのかと疑問を抱くかもしれませんが、ある時、『それなら、お兄ちゃんは騎士とか省内幹部になるんでしょ?』と彼に聞いたことがありました。すると、『ならねぇよ、ガラじゃねぇし。お前達がなれよ。城外からしか見えねぇこともある。それをお前達に伝えればいいだけだろ』と返ってきました。信頼できる私達を通してのみ進言するということであり、判断は私達に委ねられています。これも同様に、スパイ行為でないことを物語っています。

 だとすれば考えられるのは、変わらない国の現状を憂慮し、前言を全て撤回した可能性です。しかし、これも口癖で『嫌な世の中だぜ』と言いつつも、自分が何とかしてやろうという感じは全くありませんでしたが、その言葉のあとは、大体状況が良くなっているんです。

 例えば、一時期、ギルドが仕事を求める人達の吹き溜まりのような雰囲気になっていたのを嘆いていましたが、結構前にそれが解消されたようですし、食事の美味い店が評価されずに客足が少ないことを嘆いていましたが、今では著作権システムのおかげで、評価されていない店はありません。他にもありますが、同様に改善されています。

 つまり、『変わらない国』ではないので、前言を撤回した可能性もありません。これほどまでに『変わる国』であるのは、おそらく、偶然ではないと思います。彼自身は直接の『行動』はしませんが、キーパーソンへの彼の『言葉』がキッカケで改善されている可能性が高いです。

 それは次に会う機会に是非聞いてみたいとは思いますが、もしそうであれば、まさに『弁士』であり、『国士』という他なく、国外のスパイでも決してありません。

 以上のことから、彼が内部、または外部のスパイ行為をしているとは考えられません」

 この状況でのコリンゼの理路整然とした話にも驚いたが、アドの優秀さがこれほどとは思わなかった。話を聞く限り、リオちゃんとも会っている可能性がある。彼女は、アドが言う『面白い女』候補の一人になっているのだろうか。

「ありがとう。素晴らしい答えだった。そうか……アドには頭が上がらないな。自由人のような見た目なのに、中身は真の愛国者か。改めて、人の真意を測る難しさを感じるよ。

 ただ……コリンゼがアドを好きだった気持ちも分からなくはないが、私は嫉妬深いんだ。君は私を一生慕うと言ってくれたが、仮に君が男に恋心を抱いたり、抱かれたり、快楽のためだけに体を重ねるのも耐えられない。独占欲とも違う気がする。

 相手がシュウ様と私、あるいは私が信頼している人達であればかまわないのだが、それ以外の者へのそのような行動は避けてほしいと思ってしまうんだ。君はどう思うだろうか。もちろん、君の自由だが、私とは違う考えを持っているのであれば、これ以上、私達の関係を続けるべきではないと思う」

「私のシュウ様と団長を想う気持ちは本物です! お二方に全てを捧げる所存! 団長がお認めの方以外とは、心も体も一切交わらないことを誓います!」

「ありがとう、コリンゼ。すごく嬉しいよ。最高の回答へのご褒美だ。シュウ様、彼女に最高の幸せをお与えください」

 シンシアの言葉通り、俺達は再度手を動かしながら、俺はゆうにこれからの流れを伝えた。

「シンシアがコリンゼを元の状態に戻せることが分かったから、さっきみたいに限界まで焦らしてみるか。言動がおかしくなり始めたらフィニッシュと行こう」

「おっけー。」

 俺達は、これまでと同様の『責め』をコリンゼに行った。興奮状態がまだ微妙に続いていたのだろう。間もなく、彼女は体を動かし始め、俺達を求めるようになった。

「シュウ様ぁ……。ご褒美……ご褒美ですよね……? シュウ様ぁ、もっと……もっとくださいぃ!」

 コリンゼの必死の要求も虚しく、俺達はそれ以上踏み込まなかった。

「ああ……ああぁぁ……ああああああ!」

 我慢できずに言葉にならない声を上げるコリンゼだが、まだ限界ではない。俺達のポリシーから、決して苦しませてはいけないので、その加減が難しい。急な刺激を与えてはいけないし、この状態で快感を与えるのを止めたり、それを感じないようになったりしてしまうと、拷問に等しくなるので、極めて緩やかに上昇していくように調整する。

「気持ち良いぃぃ……気持ち良いよぉぉぉ……! もう無理ぃぃぃ……!」

 まだ大丈夫そうだ。

 俺は下半身の触手の舌を使い、コリンゼから溢れ出る液体でピチャピチャと音を立てることにより、少しだけ彼女の興奮を演出してみた。

「うぅ……だめぇ……」

 どうやら聞こえているようだ。ということは、まだまだ行けるな。

 ゆうもそれを察し、コリンゼに舌を絡めに行った。これも、少しだけ酸素不足にすることにより、快感と興奮を高める手法だ。身体に巻き付いている触手は、いつもなら締め上げるのだが、今回は最低限、体を支える程度にして、肌を這うことにしている。

 全身から脳に快感が絶えず集まり、絶頂に限りなく近づいているものの、自身では決して辿り着くことはない。そこに達するのは、俺達に全て委ねられている。

 そうこうしていると、コリンゼの顔が、色々な汁で再度ぐちゃぐちゃに乱れていた。そろそろか。

 ゆうは、コリンゼから限界の言葉を引き出そうと、口を離した。

「うぅ……もうらめぇぇ……無理ぃぃ……頭おかしくなりすぎて死んじゃうぅぅぅ! 気持ち良すぎて死んじゃうぅぅぅぅ!」

 コリンゼの言葉を聞いて、俺達はラストスパートに入った。しかし、この様子なら五秒と保たなそうだ。

「あっ! ああっ! ああああっ! きちゃうううぅぅぅぅぅっっっ‼」

 コリンゼは絶叫と共に、俺の口に盛大な潮を吹いて気絶し、もちろん俺も気絶した。

 彼女よりも早く気絶から目覚めた俺は、机の砂で謝罪のメッセージをシンシアに書いた。

 ぐちゃぐちゃだったコリンゼの顔は、ゆうがいつの間にか綺麗にしてあげていた。

『ごめん。急に俺達が出ていっちゃって』

「いえ、素晴らしいご判断だと思います。あのままでは、コリンゼに接触する機会はまだ先だったはずですし、シュウ様への愛情も薄かったでしょうから。それに、彼女の良い教育の場になったと思います。シュウ様のおかげで、彼女は一層、成長しそうです」

 シンシアは今の時間で、俺が想定していなかった『コリンゼの教育』を一部行ったようだ。決め付けではなく、その場その場で柔軟な思考を行うための訓練をついでにした、と言ったところだろう。

 しばらくして、ソファーに寝かせていたコリンゼが目を覚ました。

「さて、コリンゼ。早速ですまないが、今の時間で違和感を覚えたことがあれば、答えてみてくれ」

 起き上がって座り直したコリンゼが、ソファーで向かい合ったシンシアの方を向いた。

「団……長…………。は、はい、お答えします! その時に思ったのではなく、今思えばですが、シュウ様と団長のご関係が、もしかすると私が最初に抱いた印象と違うのではないかと思いました。

 団長がシュウ様を使役なさっているのかと思っていましたが、どちらかと言うとその逆で、団長がシュウ様を崇めていらっしゃると言いますか、本当に『シュウ様』とお呼びしている気がして、それでいて意思疎通がしっかり取れており、何かを示し合わせていたような感じがしました。そのことから、二つのことが考えられました。

 一つは、シュウ様には人間の魂が宿っている、あるいは通話媒体を兼ねているのではないかと思いました。団長がおっしゃっていた『尊敬する方々』のお一人が、その方ということでしょうか。

 それともう一つは……、あの時間は……演技……だったのでしょうか……。私はそう思いたくありません。先程申し上げた通り、私の想いは本物です! どうかお二方のお考えをお聞かせください!」

「まず、安心してほしい。私の想いも真実だ。演技をしていたのも事実だが、それはシュウ様の存在をできるだけ自然に見せるためにすぎない。そして、よく気付いた。途中から私がシュウ様に敬意を払っていたことに。思考の軌道修正ができているということだ。

 また、演技だと決め付ける前に私達に聞いた。これらは君が成長している証に他ならない。その内、リアルタイムで思考、推察できるようになるだろう。

 シュウ様の詳細については、すぐにでも話したいところだが、すまないが、四日後まで待ってほしい。今言えることは、君が考えた通り、シュウ様には人間の兄妹の魂が宿っていて、私の尊敬する方々であることだけだ。もちろん、誰にも話してはいけない。

 それともう一つ。これは臨時騎士選抜試験の件だが、準備開始を皆に報告する際に行わなければいけないことがある。それは、コリンゼのことを心配していた団員達に、心配をかけてすまなかったと謝ることだ。団長に相談に乗ってもらって元気になった、どういう悩みだったかは秘密、ということにでもしておけばいい。きっと、君が元気になったことを喜んでくれるはずだ。私からは以上だ」

「はっ! 承知しました! 追加でよろしいでしょうか。臨時騎士選抜試験の準備について、私が休暇中の代理または補佐に、ある男性騎士を指名してもよろしいでしょうか。その候補者は、私の提案をお手伝いいただいた先輩の一人です。妻子持ちであるためか、後輩の面倒をしっかり見て、団のムードメーカーでもありましたが、ビトーに冷遇されていました。

 にもかかわらず、心が折れることなく、皆のために一生懸命働いていました。彼であれば、私以上に皆を引っ張っていくことができ、様々な役割もこなしてくれると確信しております」

「問題ない。各役割の人選は男女問わない。それも含めて君に全て任せる。私への報告は準備完了後にまとめてでかまわない」

「はっ! それでは直ちに団員へ報告に向かいます! …………あの、プライペートについては……」

 コリンゼは、シンシアや俺達にプライベートで会えるかを恐る恐る聞いた。

「そうだな……。すまないが、それも四日後まで待ってもらえないだろうか。夜はほとんど姫の部屋にいるんだ。その代わり、四日後は今日以上の幸福を約束しよう。具体的な理由もその時に話す」

「しょ、承知しました! シュウ様、団長、この度はありがとうございました。最高の幸せを感じることができました!」

 コリンゼはソファーから立ち上がると、服と鎧を急いで着て、部屋を後にした。

 それから、俺達が机にばらまいた砂をゴミ箱に捨てていると、寝室のドアが開き、中からクリス達が出てきた。

「防音魔法を使っておいて良かったですね。あの声が騎士団長室から聞こえたら、城中で噂になっていましたよ。でも、彼女のおかげで私も尋問されてみたいと思いました。よろしければ今夜、姫とシンシアさんが尋問官になり、私を尋問してください」

「じゃあ、私が魔法を使うしかないね。それともヨルンくん、練習してみる? そうすれば、私も魔導士尋問官に集中できるし、クリスさんを色々な方法で尋問できるかな」

 ユキちゃんは、複数の魔法を同時に使えて、維持もできるが、彼女にとっても難易度の高いことらしい。

「分かった、やってみるよ。僕は昨日、二人に散々尋問されたようなものだからね」

「甘いな、ヨルン。姫は今夜、君をターゲットにしている。あとで絶対にクリスと交代させられる。姉弟の『悲劇の尋問官ごっこ』と言ったところか」

「えー⁉」

 シンシアの予想は間違いなく当たるだろう。ヨルンは驚きつつも、満更でもない様子だった。コリンゼのあの声を聞いて、興味を持たない人はいないということだ。

「防音魔法、めちゃくちゃ便利だよね。ノックが聞こえるように、絶妙に扉の外まで張るのが難しそうだけど」

「そうだな。俺の部屋にノックしないで入るゆうが、俺の机の同人誌を見て、我を忘れて声を上げながら机の角でいやらしいことをしていても聞こえないんだもんな」

「でっち上げも甚だしすぎて呆れるね。それを言うなら、お兄ちゃんの方でしょ。同人誌ほっぽり出して、全裸で寝てるような変態なんだから」

「おい。でっち上げならまだしも、話を微妙に盛るな。全裸ではなかっただろ。靴下は履いてたから」

「いや、なんであの状況で靴下だけ履いてたのかも謎だったんだけど……。変態であることに変わりはないじゃん」

「ゆうもまだまだだな。お前がこっそり読んだ『緊縛母娘の脅迫日記~校舎裏から始まった地獄の日々~』の娘が同じ格好で不良共に陵辱されてただろ。そのあと、母親も同じ格好にさせられて、並べられるシーンが良かった。

 しかし、欲を言えば、娘の方は制服を着せたままにして、母親の方は娘の中学生時代の制服を着させるべきだったが、青二才の不良のオツムではそこに思い至ることもないというのもリアルさがあって、それはそれで良いだろう」

「えぇ……。陵辱される女の子側に感情移入して、同じ格好してたわけ? きも……」

「本気で引くなよ……。説明が足りなかったな。あれは、感情移入してたんじゃなくて、母娘がその格好で不良に土下座してたシーンがあっただろ。靴下を履いたままの土下座と脱いだ土下座のどちらが効果があるのかと、自分もその姿になってみて、ベッドで横になって考えてたら寝てしまったんだ。

 結論としては、脱いだ方が良いということになった。だから、それでお前に土下座しただろ」

「そんなどうでもいい伏線回収いらないから! きも!」


 その後、俺達はシンシアから大陸地図を見せてもらい、王妃達が外交に行ったと思われる国の位置関係を予習した。部屋には世界地図もあって、それも見せてもらったが、やはり不正確らしい。

 大陸地図は、モンスターの生息域の把握という理由もあるため、各国正確で、それを合わせて大陸地図とした経緯があったとのことだ。ただし、どれだけ詳細かは防衛にも関わってくるため、公開地図で信じられるのは、結局国境近辺だけらしい。

 では、この大陸以外はなぜ不正確なのか、モンスターがいないからか、というとそうではなく、海の向こうの人達のことをお互い信じられないとのことで地図が共有されなかった歴史がある。

 したがって、大陸間で貿易を行っている国は限られており、既得権益となっているという話だ。

 俺は疑問に思って、その既得権益国が大陸外の国との交渉の窓口になっていて、それも独占しているのかとシンシアに聞いたところ、少なくとも彼女には分からないということだった。

 仮にそうだとしても、ジャスティ国は長距離航行の造船技術を持っていないので、それを無視して大陸外に行くことはできず、今のところは行く理由もないので、そのままになっている。海洋を担当する専門の省は城に存在せず、総務省と経済省が片手間で別々に管理していたらしい。スパイさんのお手柄というわけだ。

 別に既得権益自体が悪いわけではない。先見の明があり、早くから投資してきたのだから、それに見合う利益を得るべきだ。ただ、この場合はそれ以外の国に、外交上、防衛上のリスクがある。大陸内の国と同盟を結んだ大陸外の国、内陸と外洋から同時に攻め込まれた場合に、極めて不利な状況に追い込まれてしまうのだ。

 特にジャスティ国は南から東にかけて、海洋に広く面しているから、そのリスクも高い。しかも、その面している場所がセフ村やエトラスフ領なので、絶対に避けねばならない危機だ。

 俺達は、シンシアと議論を交わして、その課題を明らかにし、午後に機会があればそれを王に進言するということで一致した。




 昼食を終え、午後になってからしばらくして、王妃と第二王子が戻ってきたとの連絡をパルミス公爵から受け、王妃の部屋まで全員で向かった。

 そこでは、軽い自己紹介に留め、二人が長旅だったということもあって、体を休めたあとの晩餐でゆっくり話そうとパルミス公爵が提案し、シンシア達もそれに従った。晩餐まで待って自己紹介しなかったのは、国を救った英雄とは言え、帰還時に挨拶するのが王族への礼儀だということだった。

 一同は、それから部屋に戻り、シンシアは後任への引き継ぎ事項のまとめを今の内から作成したり、先程の海洋防衛についての提案書を俺と相談しながら作成したりと、騎士団長としての仕事をし、他のみんなは、それを邪魔しないように寝室で防音魔法を使った上で、クリスとユキちゃんで研究の共有をしたり、ヨルンに魔法を教えたりしていた。

 また、晩餐のために、クリスが二人に食事マナーを教えていた。ゆうは魔法の勉強をしたいということで、寝室での話を重点的に聞いていた。

 本当はユキちゃんの家で、魔法書を熟読できれば良かったのだが、彼女のリハビリを優先していたので、あえてしなかった。イリスちゃんと違って、俺達は読む時間も相当必要になるし、机上でその時その時に読んでも頭に入らないしな。

 俺達が魔法を使えるようになるには、三十レベルまで上がる必要がある。今の俺達は九レベルなので、まだまだ先だが、今から勉強しておけば、魔法が使えるようになった途端に、上級魔法使いレベルになっているはずで、確実な投資と言える。

 これは、スキルツリーを表示できる俺達の最大の有利な点だ。この世界では、魔法を使えるかどうかは、成長してからでないと分からないため、『魔法勉強』という先行投資ができない。

 だから、その才能の判明する年齢が、若ければ若いほどメリットになる。俺達は生後間もなくそれが分かっているので、将来の天才魔法使いが約束されていると言っても過言ではない。触手が魔法を使えるようになったら、詠唱はどうするのかという疑問はあるが、その時になったら検証して考えればいいだろう。

 ちなみに、イリスちゃんは、俺かゆうのどちらかさえ詠唱すれば、複数に増やした触手から同時に魔法を発動できるのではないかと予想していた。俺とゆうが別々に詠唱すれば、個別の同時魔法発動になり、戦闘では圧倒的に有利になるということだ。魔法使いのロマンだな。

 とは言え、魔法粒子理論を応用すれば、普通の魔法使いでもそれは可能な気はする。今度、ユキちゃんに聞いてみるか。いや、もしかするとこの時間に、クリスかゆうから質問があるかもしれないな。彼女達に任せよう。


 晩餐の時間になり、シンシア達は王族専用の食堂にいた。俺達は、レドリー邸にいた時のように、すでにテーブルの下に入り込み、同時に天井の梁の上にもいた。

 前者はクリスの外套に戻る用、後者は食堂全体の状況を伺う用で、スキル『短透明化』により、移動中に見られることがないので安心だ。絨毯が全面に敷かれていたら、絨毛が変形してバレていたかもしれないが、床はフローリングだったので問題なかった。

 効果時間等は『短縮小化』と同じ。しかし、どのように『透明』を実現しているかは全く分からなかった。動いている最中も、みんなから見えていないことは確認し、擬態ではないことは分かった。当然、影もできない。

 みんなに目を瞑ってもらって、俺達にしか分からないメッセージを書いた紙の上に俺達が乗ってそれを隠したが、みんなからはそのメッセージが完全に見えていたことから、視認者に催眠魔法のようなものがかけられ、周囲を完全に記憶の上、補間していたわけでもない。

 理屈で考えると、俺達の意識とは関係なく、視認者と俺達を結ぶ直線上の反対方向の物体を全て認識し、光の反射角度と吸収率、透過光の選別、その全てを体表面で随時変更しているとしか思えないのだが、そんなことは現代技術でも未来技術でも不可能だ。

 では、俺達がそこに存在しないことになっているのかというと、みんなは俺達に触れることができたし、俺達からも周囲の物体に干渉できたので、確実に存在していた。

 考えられる可能性は、光が異次元を通過しているのではないかということだ。そして、異次元と聞いて、思い出されるのが触神スペースだ。

 つまり、俺達の意識のように、光のみが体表面を境界として触神スペースを経由し、そのまま反射、その反射光も触神スペースを経由して、視認者の目に届いているのではないかと考えた。その場合は、仮に光攻撃魔法があったとしても、透明化している間は俺達には効かないことになる。改めて、触神スペースの可能性を感じた。

「今宵は、我が国を危機から救ってくれた英雄達への敬意と感謝のための宴だ。先日のゲームの時のように無礼講と行こうじゃないか。おかわりも遠慮しなくてよい。我が城自慢の料理を是非、堪能してくれ。それでは、乾杯!」

 王の乾杯の音頭で晩餐が始まった。着席のフルコース形式で、参加者は報告会にいた王族、王妃、第二王子、パルミス公爵、アリサちゃん、サリサちゃん、そしてシンシア達だ。

 調理場に繋がっているこの食堂から、すぐに料理が運ばれてきた。ここは、王族専用食堂の名の通り、一般食堂とは繋がっておらず、王族や国賓しか通れない廊下から入る。

 したがって、一般の人がここに来るためには、一度四階に上がって王族専用階段を通ってその廊下に出るか、玉座の間を通って、奥の王族専用扉から廊下に出るか、王族専用避難口から廊下に入ってくるしかない。俺達は、姫の案内でここに来たので、四階経由だ。

 国賓が来た時は玉座の間経由とのことだ。当たり前だが、調理場は通らせてくれないらしい。食事前は『戦場』で、衛生面でも対策をしているからという理由だ。

 ちなみに、食事前の雑談で話題になったのだが、調理場がこの城の中で最も出入口が多い空間らしい。王族専用食堂、一般食堂、料理長室、調理師休憩室、食材搬入口の五つと繋がっている。確かに、機能を考えればそれぐらい必要だ。

 調理師は、料理長室前の通路から休憩室に入り、その奥の更衣室で着替えて調理場に入る。厳密に言えば、休憩室は空間が仕切られていて、休憩室から調理場、または調理場から『休憩スペース』に直接入ることはできず、更衣室を通って行かなければならないらしい。

 経路を制限することで、必ず手を洗って、身なりを整えた上で調理場に入るという衛生ルールを徹底するためだ。食材搬入口も同様。万が一、食中毒が起きたら、それだけで防衛の危機に直結してしまうので、細心の注意を払っていると調理大臣から説明されたとのことだ。

 一同は食事が進み、次の料理が出る合間に会話をしていた。特に、クリスが上機嫌で料理の感想を言ったり、リオちゃん含めて、料理を持ってきた調理師に質問をしたりしていた。

「今日は美味しい料理で、お腹いっぱいの幸せを味わうために、こちらに参りました。それにしても、川魚料理ではなく、海の魚料理が干物以外で出るとは思いませんでした。ジャスティ国中央部ではとても貴重と聞いていたのですが」

 クリスが半分質問のような料理の感想を王に述べた。

「実際、貴重だな。知っての通り、大量輸送方法が確立されていない。大雪が降る北部の国では、保存していた氷を使って輸送できるらしいが、我が国ではその氷を作れないし、他国から持ってくる手段もない。当然、魔法を使えば作れるのだが、それは条約で禁止されている。

 ここに並んだのは、氷がない前提で、少量の色々な輸送方法や経路の最適化を試して、それが成功したものだ。しかし、生魚は未だに難しいから、私でも城では食べたことがない」

「つまり、氷を他国から大量輸送できる手段があれば解決するということですか」

 冷凍車があれば全て解決するが、味が落ちる上に、もちろんそんな物はないし、塩漬けにして冷蔵状態で運ぶにしても、冷蔵庫を発明するのに時間がかかりすぎるから、現状ではそれしかないか。

「そういうことだ。我が国に大型船を航行させればそれも可能だが、隣国の『イプスリー国』が協力してくれない。『友好国』とは何なのかと問いたくなる」

 王のボヤキに続いて、王妃が口を開いた。

「今回の外交は、それが目的でもあったのです。大型船の造船技術をご提供いただけなくても、大型船が停泊できる港を我が国に作り、その上で高額の手数料もお支払いするので、貴国の輸送物資をこちらに融通していただけないかとお願いに行きましたが、検討しますとだけ言われました。間違いなく無理でしょうね。

 イプスリー国に部品を提供している『ギアリー国』にも行きましたが、そちらは友好国の関係ではないこともあり、やはり何も協力してくれなさそうです。しかも、先程耳にしましたが、ギアリー国に至っては、我が国にスパイを送り込んでいたというではありませんか。今回の外交が、全て徒労に終わってしまいました」

 王妃は包み隠さず、外交内容を語ってくれた。もちろん国家機密だが、シンシア達には話してもいいことになったのだろう。料理を運んできて、偶然それを耳にした調理師達も口外しないルールのようだ。

 実は、追加のスパイ五人の内の二人は、ギアリー国のスパイと内通者で、特に精密技術を盗む目的だった。美しくも親しみやすい王妃をここまでがっかりさせるとは、許せない国々だ。こんな美人にお願いされたら何でも合意してもおかしくないのに。第二王子もイケメンだし、この二人の外交を持ってしても、何の成果も得られないとは、国と国との関係は、やはり難しい。

 しかし、この結果は俺が事前に予想して、シンシアに伝えていたことでもある。エフリー国、イプスリー国、ギアリー国は、全て『リー』が後ろに付くので、『リー三国』と呼ばれているらしく、この国々、特にイプスリー国の話を最初に聞いた時、陸で繋がった隣同士の国は同盟を結んでいない限り、大抵仲が悪いはずなのに、中途半端な『友好国』が存在するのはおかしいのではないかと思ったところから疑念は深まった。

 造船に関しては、同盟と言ってもいいほどの関係を結んでいるギアリー国とイプスリー国だが、どちらもジャスティ国に対して、戦略的互恵関係どころか歩み寄りが全くないことから、どちらかがどちらかを事実上支配している可能性がある。その場合、どちらの国に外交に行っても意味がない。

 これは、当初懸念していた、内陸と外洋からの同時攻撃とは別の問題を孕んでいる。『リー三国』によって、ジャスティ国が大陸から『孤立』させられているのだ。もちろん、現在は外交でも流通でも往来はある。

 しかし、『リー三国』をどうにかするか、別の手段を取らなければ、安全に中央や他国にアクセスできないし、いつでも遮断されてしまう。その上でも、大型船の建造や運用に着手するのは危機管理において重要と言える。ジャスティ国は、造船技術自体は持っているので、国が『舵取り』さえすれば、有能な人材により、早期に実現できるだろう。

「陛下、そのことでお話しがございます。今回のスパイ事件と外交結果から察するに、エフリー国だけでなく、『リー三国』全てが我が国を敵国とみなしているとご判断すべきかと。イプスリー国が友好国であることはお忘れください。

 その上で、長距離航行および大型造船技術がないことは、我が国の防衛においても大きな課題となります。詳しくは後ほどご説明申し上げます。ただ、ご安心ください。

 一点だけ申し上げておくと、政策さえ伴えば、我が国でも大型造船技術はすぐに獲得できるものと推察します。外交結果を織り込んだ提案書も作成済みですので、後ほどパルミス公爵に提出いたします。公爵におかれましては、省の創設と人事をご検討いただくことになります」

「シンシアよ、我々はお主を誇りに思う。まさに、国の叡智と呼ぶに相応しいだろう。さらに、率先して役割外の仕事まで迅速にこなすとは、本当にあの程度の褒美では足りなかったと反省してしまうほどだ。

 お主の進言の件、実は私も危機管理上、一部懸念していたのだが、手詰まりに近い状態だった。それを打開しようと、外交政策を進めたのだが、今回の結果になったというわけだ。もしかすると、焦りすぎたのかもしれないな」

「いえ、それも全てスパイに仕組まれたことです。私の提案も幅広いとは言え、スパイ調査の延長ですので、皆様のお立場に抵触するようなでしゃばった真似をしてしまいましたが、何卒ご容赦ください」

 シンシアの話に、王妃も第二王子も感心していた。

「話には聞いていましたが、シンシア、本当に見違えましたね。以前も素敵でしたが、今のあなたは他に追随を許さないほどの魅力に溢れています」

 王妃はうっとりとした表情をしていた。こう見ると、やはり姫に似てるな。

「僕も母上と同じ意見だ。より一層、気を引き締めていかねば、王族として示しがつかないと自分を改めたよ。兄上もうかうかしていられないのでは?」

「全くだ。しかし、誤解を恐れずに言えば、今回の事件に対するシンシア達の思考や行動を目の当たりにして、とても勉強になった。これまでも父上やパルミス公爵から多くのことを学んできたが、それとは一線を画していて、レドリー辺境伯とも異なる頭脳の質を感じたな。あとでお前にも詳しく教えよう」

 王子同士も仲が良いんだな。貴族と同様に、王位継承権を争い、憎しみ合うのが普通らしいのだが、驚いたことに、弟の成長に関わる貴重な情報を積極的に共有しようとしている。

 それに感化されたのか、パルミス公爵も語りだした。

「殿下方のご決意には、私も耳が痛いです。本来であれば、宰相として総合的政治戦略を私が陛下に進言すべきなのに、レドリー辺境伯や、此度のように、シンシアに任せきりになってしまっている。

 適材適所とは言え、もしもの時に何もできないようでは、忠臣の名折れ。殿下方をお支えする長女、次女と共に、私も精進して参ります」

「お父様、私達をお忘れなく。たとえユニオニル家に嫁ぐとしても、ディルス様、リノス様であれば、将来、我が国へ多大な貢献をなさるはずです。それを私達も支え、時には自らも貢献できるよう、日々励んで行く所存です。それがパルミス家に生まれた私達の使命であり、生き甲斐です。ですよね、サリサ」

「はい! それに、お父様が不甲斐ない政治戦略を陛下に進言した場合は、弾劾裁判を起こす覚悟です!」

 アリサちゃんとサリサちゃんも、自分達を奮い立たせ、サリサちゃんに至っては、パルミス公爵を震わせるようだ。

「おいおい。そこは、家族会議を経て、家庭内裁判からまずは頼むよ。プロセスは大事だからな」

「お父様、そこは、『そんな不甲斐ない姿は絶対に見せない』と言い切るところでしょう!」

 アリサちゃんの父へのツッコミに、食堂内が笑いに包まれた。

「なんか良いね。レドリー邸でも思ったけど、こういう空気好き」

 ゆうがこの空間を見て和んだようだ。

「ああ。この人達を裏切らないように、期待以上の関係になれるように頑張りたいと改めて思える。なんだかんだで、すでに俺達もジャスティ国民みたいなものなんだよな。国内に屋敷を構えるし、結果的にではあるが、国益に結び付くこともしているわけだし。

 そして、これからもそうだ。たとえ自分達の国を興すことになっても、それを裏切りとみなされないような、ジャスティ国のために役に立つような国にしたい」

「でもさぁ、イリスちゃんに何か発明してもらうにしても、理論だけなら意味ないでしょ? 

 例えば、初期の電気でも真空管やフィラメント、電池が必要になるし、じゃあその材料はどうするのとか、実際に作るのはどうするのとか、その一つ一つを産地まで細かくお兄ちゃんは知ってるわけじゃないでしょ?

 しかも、この世界にその物質があるのかも分からない。誰が作るのかっていう問題もあるし。技術提携したとしても、ジャスティ国が全部用意することはできないんじゃない?」

「そのことなんだが、ゆうにもっと勉強してもらいたくて、とあるプレゼントを個人フェイズで用意したんだ。

 俺の理想のものができあがったんだが、そのページに抜けがないかとか、一つ一つの項目が正しいかとか、画像や動画も見ないといけないし、色々チェックが大変なんだよな。それを終えるまで渡すことができないかもしれない。もちろん、この世界仕様になっているし、全てデータ化されているので重くない」

「え……? もしかしてそれって……百科事典……とか? いや、もうその言い方だと森羅万象事典……」

「サプライズだから、もちろん答えは言わない。まあ、ヒントを出すとしたら、要は『知識』なら、媒体がどうであれ、現実世界に持ち込めるということだ。超便利だぞ。

 例えば、鉱石ならジャスティ国のどこで何がどのぐらい採れるのか、その際の注意点、応用方法まで動画付きで載っている。

 ただし、俺達がいた世界とこの世界の人間が誰も知らない技術などは、詳しく書かれていない。例えば、タイムマシンの『意味』は載っているが、実現方法は書かれていない。そもそも載っていない項目もある。この世界の謎やルールは載っていないし、クリスタルについても載っていない。当然、世界を行き来する方法も、色々な関連語で調べてみたが載っていなかった。

 世界地図は載っているから、これさえあれば、現在地やリアルタイムの環境データをどうしても知りたいという場合を除いて、『世界地図』スキルは、俺達には必要なくなる。しかし、他の触手には必要だから無駄なスキルではない」

「いや、チートじゃん! 文字通り! 本当の意味で! 触神様ー! お兄ちゃんがズルしてまーす! 天罰を与えてくださーい! 罰の内容は、どうか私に決めさせてくださーい!」

「ふっふっふ、ざんねーん。触神様も承認済みでーす。しかも、そのあとに再確認したら、その具現化を許可したことは全く後悔していないということだった。そりゃそうだ。子どもへのプレゼントとしても一般的ではあるが、そのままだと宝の持ち腐れになる可能性が高いから、どうしたら読みやすく、実生活で役に立つ情報を記載するか、その改善が俺の工夫であり、プレゼントの醍醐味となるので、是非具現化したいと全裸でお願いされたら、断る理由なんかないだろ?」

「いや、全裸というだけで断るから! キモすぎて!」

「それ以外にも色々試したけど、プレゼントにする可能性もあるから、詳しくは言わないでおこう。大人のおもちゃとかセクサロイドとか」

「言うな! 死ね!」

 はい、『死ね』をいただきました。もちろん、俺にとってはサプライズではないが、いつもらっても良いものだから、狙ってもらえると嬉しいなぁ。

 俺達が話していると、みんなも食事を終えたようで、シンシア達は、食堂から姫の部屋に向かった。アリサちゃん達は、明朝に帰宅するということで、そこで別れの挨拶をした。今日の内に挨拶をしたのは、明日の死刑執行の心の準備時間を十分に確保するために、アリサちゃん達が気遣ってくれたのだろう。


 姫の部屋に入ると、扉の外の兵士に聞こえないように、ユキちゃんが静かに口を開いた。

「すごく楽しかった。死刑執行が明日午前に控えてるとは思えないぐらい」

 姫がユキちゃんの両手を握ると、心配そうな表情をしていた。

「やはり緊張していますか? 私は見ているだけですが、いつも緊張します」

 死刑執行の際は、王族の責任として、城内にいる王族は全員、二度とこのようなことを起こさせない国にすると決意するため、その瞬間を心に焼き付けるために、最初から最後まで顔を逸らさず見ていなければならない決まりがあるとシンシアから聞いた。

 姫が『見ているだけ』と言ったのは、ユキちゃんを安心させるための謙遜だろう。

「はい、少し……。でも、覚悟はできているので、怯むことはありません」

「私でも緊張するだろうな。危害を加えられそうになったわけではなく、全く面識がない者を無抵抗の状態で殺すのは。しかも、城内でのスパイ行為というのは、ユキに直接関わる悪ではない。憎しみなど皆無だろう。だが、大丈夫だ。私達が付いている」

 プレッシャーを与えかねない冷静な分析から一転してのシンシアのフォローに、姫は続けた。

「その通りです。特にその場では、王族とあなたは一心同体です。執行人とはそのような存在なのです。ある意味、王の勅命による一任務以上に国家にとって重要な責務と言えるかもしれません。プレッシャーをかけたいのではなく、何が言いたいかというと、国家全体があなたの味方ですので、自信と誇りを持ってくださいということです」

「ありがとうございます! でも、リリア王女、本当に一心同体になれるんでしょうか? 確かめたいです……」

 ユキちゃんが姫を誘うような表情をした。姫もそれをすぐに察して、ユキちゃんと向かい合い、顔を近づけた。

「ユキさん、私達だけの時は『リリア』でいいですよ。あなたとはお友達になりたいです。もちろん、皆さんとも」

「じゃあ、リリアちゃん。友達よりも『もっと』、だよね?」

 その言葉のあと、ユキちゃんと姫はどちらからともなしにキスをした。二人の熱い抱擁と激しく舌が絡まるキスが続く。

「ユキさんは、誰とでもすぐに仲良くなれるんですね。ヨルンくんともそうでしたが、リーディアともすぐに仲良くなったと聞きましたから」

 クリスがユキちゃんに感心して、二人の愛の様子を見守っていた。

「ユキお姉ちゃんは、良い意味で遠慮がないですからね。あのノリで来られたら、誰でも受け入れてしまうでしょうね」

 ヨルンもクリスに同意して、同じく二人を見守っていた。

「それでは、ヨルン。防音魔法を頼む。兵士がいるから、より微妙な調整が必要になるだろう」

「分かりました。クリスさんは『あの魔法』を」

 『あの魔法』とは、万が一、姫がヨルンへの力加減を間違えた場合に、反発されないようにユキちゃんが晩餐前に創造した魔法だ。

 対象に力がかかった場合、全身を覆う魔力粒子で受け流す物理防御魔法だが、その度毎に魔力粒子を消費するので、魔力を供給しないと回数制限がある。外部と対象、両方からの魔力供給が可能だが、魔法使い以外は供給できない。

 また、自分自身ならともかく、他者に魔力粒子を纏わせるのはかなり難しく、一般人となるとさらに難しい。ユキちゃんが創造した魔力変換魔法を使い、体内と体外で異なる質の魔力を、時間をかけて緩く結合させる必要があり、それをしないと、魔力抑制魔法のように、魔力が反発してしまう。クリスはユキちゃんの魔法創造の過程を見ることができて、嬉しそうだった。

 ヨルンが防音魔法、クリスがヨルンを除く全員に物理防御魔法をかける間に、俺は気になっていたことを机の紙とペンを使って、シンシアに聞いた。

『リリア王女、リーディアちゃん、レドリー辺境伯夫人リーファさんの名前が似てる理由って何かある? 聖女コトリスみたいな逸話とか』

「はい。おそらく、先々代の王妃アリシア様が由来だと思います。私の名前もそこからいただいていますが、多くの場合は『ア』だけを使用したり、発音だけ倣うようです。

 ただ、レドリー卿もおっしゃらなかったように、あまり人前では語られません。王妃になる前のアリシア様は、心優しく美しいお方でしたが、親の反対を押し切りパルミス家を出て、私達に出会う前のクリスのように各地の慈善活動をしていました。

 そこで、彼女を偶然見かけた当時の第一王子が、出自を知らずにその容姿と性格に惚れ、長期に渡るアプローチで、ついにご結婚なされたのですが、王妃はシュウ様の世界の平均寿命ほどに長命で、後に王を亡くした時にご自分がどれだけ愛されてきたかを自覚することになってしまい、それ以降、長年の悲しみに暮れた末、最期を迎えたと聞きます。

 親への反発、家を出たこと、受ける愛に疎い、悲しみに暮れることから、良くないイメージがあり、それが理由で語られませんが、一方で、心優しく美しい、社会への貢献、運命の出会い、必ず家に戻ってくる、健康で長生き、周りから愛されるというイメージから、女性の名前に使われることがあります。

 アリシア様は、慈善活動をしていた当時、一部では聖女の生まれ変わりとも言われていたので、聖女コトリスと聖女アリシアの両方の名前に倣ったのが、姫やリーディアや辺境伯夫人というわけです。間違いなく、アリサ様、サリサ様も同じ系譜です。まさに『本家』ですからね。

 もちろん、『ア』が付いているからと言って、そうとは限りません。理由が積極的に語られないこともあり、なおさら分からないですからね。アースリーがどうなのかは分かりません」

 アースリーちゃんが間違いなく違うことは、セフ村の成り立ちを知っていれば分かる。シンシア達には、シキちゃんの存在しか話していないので、それを知る由はない。ごめん、セフ村のルールで話せないんだ。

「名前の由来から、こういう話が出てくるのって面白いなぁ。物語みたい」

 ゆうのいつもの感想だが、俺は同意しかねた。

「でも、歴史上の人物から名前をとることって日本でもよくあるし、大体そういう物語が出てくるだろ」

「そうだけどさ。こういうファンタジー世界でそれが複数出てくるのが新鮮って言うのかな。よくあるでしょ。テキトーに付けられた名前とか。そんな親、ほとんどいないのにさ。ちゃんとした想いがあって、子どもに名付けるのが当たり前なのに、見た目とか能力に従った名前だったり、果てはその子をバカにしたような名前だったり。そういう作品は世界設定がペラペラだから、入り込めないんだよね」

 これもいつもの、ゆうの架空の作品批判が始まったが、それには俺も同意する。

「まあ、それも悪いツッコミ要素だからな。変な名前を付けられたキャラが、親から愛されてたら違和感あるし、いじめみたいなあだ名を付けられて、それを本人が平気で受け入れてるとかもそうだな。それに、シリアスな場面で敵味方問わずその名前を呼ばれたら、テンションもテンポも悪くなる。

 でもお前、ファンタジー脳すぎない? ここは現実だぞ」

「その話を聞いたからこそ、現実を実感して、『ああ、あの作品って何だったんだろう』って思うわけ。それでも面白い作品はあるし、設定がしっかりしてて面白いのに売れない作品もあるし、売れてても設定が雑で面白くない作品もあるし、それを生み出す作家は大変だよ。ギャンブルだからね」

「その通りだ。特に最近は話題にさえなれば、中身がどうであっても、とまでは言わないが、普通の内容であれば大抵売れる。しかし、話題になっても売れないものもあるから難しい。少なくとも、面白さと、話題性や売上は全くの無関係だ。

 結局、好きなように作ればいいんだよ。だから、俺もそうしてるが、少なくとも、しっかりした設定で面白いものを作ろうとはしている」

「いや、お兄ちゃんの同人誌は全く面白くないし、絶対に売れないから。それだけは自信を持って言えるね。女の子が触手に責められる同人誌作るならまあいいよ。マイナージャンルとは言え、別に普通だし。

 でもさぁ、『触手そのもの』の同人誌はどう考えてもおかしいでしょ。誰も興味ないから。触手のスキル一覧を見て何が面白いの? 唯一買った『ThSW』だって、『興味深かった』としか言ってなくて、『面白かった』なんて言ってなかったじゃん」

「『さん』を付けろ、『さん』を。『ThSWさん』と呼べ。いや、それよりも、前から思ってたことだが、なんでそんなにコンテンツ制作のノウハウに詳しいんだよ。評論家目線というより、それを装ったクリエイター目線だよな?

 お前も何らかの創作活動をしてただろ。と言っても、ゆうの部屋に置いてあるものから考えられるのは、小説しかない。ゆう、お前は小説家。そうだな⁉ 言い逃れはできないぞ。直ちに自首しろ!」

「は……はぁ⁉ 推理小説の探偵役みたいに言っても無駄だから! そんなの推察どころか、ただの妄想でしょ!」

「じゃあ、お望み通り、推察レベルにしてやろう。

 『兄妹YOU―GO』、囲碁を題材とした小説で、ある日、家の廊下でぶつかった兄妹が、突如、謎の力で融合してしまう。しかし、融合と言っても、吸収に近く、成長した妹の体に兄妹の魂が共存する形だ。

 二人は囲碁を趣味で打っていたが、兄の夢はプロ棋士になり、タイトルホルダーになることだった。妹が兄に協力して、プロ棋士を目指す物語だが、当初は既存作品のパクリだと一部で騒がれた。

 しかし、ちゃんと読んでみると全く違うドラマが展開されていて、そのテンポの良さと、見事な伏線回収、禁断の愛や感動、エロもあり、話題になった。累計発行部数は全五巻で五百万部。軽い程度とは言え、エロありの小説で、完結しているにもかかわらず、これは驚異だ。

 二週間に一回、妹が融合の影響で苦痛に悶えてしまうため、それを抑える目的であれば、融合を解除できる。ただし、その方法とは二人が愛のある近親相姦をすることだった。それだけ聞くと、とんでもない設定だが、それを説明するまでの展開が自然で、謎の説得力があったため、普通に許されたどころか、それがないと作品が成り立たないとまで言われた。

 兄の名前は『修司』、妹の名前は『優子』。当然、この名前は設定にもタイトルにもかかっている。

 いや、完全に俺達がモデルやないかい!

 次に単巻で発売されたのは、『琴の音色は赴くままに』。超感動の学園百合小説で、単巻三百万部。各賞を総ナメにした。

 主人公の名前は『四乃森琴音』。お嬢様学校に通い、麗しの先輩達と色々な体験をするも、心優しい同級生への恋心に気付いてしまい、紆余曲折あるものの、最後はハッピーエンド。

 いや、二ノ宮さんがモデルやないかい‼

 ちなみに、その同級生は前作『優子』の従姉妹だ。

 いや、お前やないかい‼

 作者は謎に包まれているが、これまで書き溜めたのを出版社に送っていることは知られている。また、編集者とはメールだけでやり取りしているらしく、原稿料も印税も一年後に受け取ると言って、振込口座も明かしていない。

 形式上の契約書はデータで交わしたが、署名箇所に住所はなく、ペンネームだ。それらが週刊誌で明るみになって問題になったが、問題になったからこそ、出版社は逃げることができなくなった。その件は、作者も自分の希望だと出版社経由で声明を出して、騒動は沈静化した。

 その作者のペンネームは『楊さあち』。一見、中国ハーフの名前かと思ってしまうが、『ヤンサアチ』『ヤンサーチ』『サーチヤン』『サーチャン』で、小学校の時に一部から呼ばれていたお前のあだ名だ。名字の『相楽』から来ているから、俺も呼ばれていたことはある。

 いや、俺の『シュークン』のパクリやないかい!

 ちなみに、『楊』は日本語で『よう』と読むので、『YOU』『ゆう』ともかかっていて、『ユーサーチ』または『サーチユー』で『私、ゆうを探せ』となる。

 どう考えてもお前やないかぁぁぁぁぁい!」

「……あのさぁ、それだけじゃ私が作者なんて分からないでしょ! そのメールを見たわけでもないだろうし、私達を知る誰かかもしれないでしょ! 大体、なんで触手本でもない小説にそんな詳しいのよ! お兄ちゃんの部屋にはそんな本なかったのに」

 ゆうが俺の部屋にある物を全て知っていることに、恐怖と嬉しさで震えているが、この際、それはどうでも良かった。

「俺の部屋になくとも、ゆうの部屋にはあっただろ。しかも、各巻五冊ずつの計三十冊。段ボールとビニール袋に詰められてクローゼットの奥に仕舞われていた。出版社には住所を伝えていないから、完成品を家に送られたわけではない。自分で買ったか、私書箱を利用したかは分からない。

 いずれにしても、なぜ五冊も持っているのか。あとで、俺と二ノ宮さんに配った上で、自分で読み返す用と保存用と予備で五冊買ったからだ。ただの熱心なファンとも思えない。なぜなら、その話題は一瞬たりとも挙げたことがないからだ。

 内容が恥ずかしくて挙げなかった可能性もあるから保留にしていたが、お前のクリエイター目線や売上の話を何度も聞いて確信した。そもそも、それについては、お前は隠す気がなかった。モデルがあからさますぎる。

 理由は、一年後にバラすつもりだったから。正確にはお前の十八歳の誕生日翌日以降だろう。ちなみに、メールは見ようと思えば見ることができた。ルーターのパケットを監視すればいいからな。それをやると流石にブチ切れられそうだったし、メールが暗号化されていれば意味がないからやらなかった。

 まあ、それにしても天才としか言いようがないな。理系に進んだとはとても思えないシナリオ作成の才能だ」

「あ、クリスが魔法かけ終わったみたい」

「うわぁ、露骨に話し逸らした……」

「しょうがないでしょ。私達が話している間にも世界は動いてるんだから。それを無視してる作品の多いこと多いこと」

 ゆうは半分開き直ったみたいだ。それに、何となくだが、ゆうの機嫌が良くなったような気がした。俺がゆうの部屋を漁っていたことに憤慨もしない。隠す必要がなくなったからか、褒められたからか、別の理由かは分からない。

 一応、これで決着はついたが、プレゼントの件もあるし、ゆうにはまだ俺に隠していることがあるはずだ。しかし、前にも言った通り、それについては、今は考えないでおこう。

「それではみなさん、お風呂に入りましょうか」

 姫に導かれて、女の子達の宴と演劇が幕を開けた。

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