第九話 俺達と女の子達が情報共有してパーティードレスと設定を準備する話

 長かった一日が明け、十四日目の昼食時、クリスが食堂に現れた。

「おはようございます」

 クリスが辺境伯に遅めの挨拶をした。

「あ、ああ……おはよう。昨日は良く眠れたようだね。目の隈も心なしか薄くなっているような気がするよ」

 実際、クリスの隈は少し薄くなっていた。流石に一気に治るということはない。回復魔法でも、慢性的なものは治すことができないらしい。

「すみませんでした。厨房の催眠魔法を確認できなくて」

「いや、いいんだ。シンシアから、君が今日は遅くまで起きてこないかもしれないと、昨日の夜に聞いていたから、担当を昨日と同じにしたんだ」

 昨夜は、クリスが気絶してから十時間ほど眠れたはずだ。一回ぐらいは朝食抜きでも問題ないということもあって、彼女が起きてからも、慌てないでゆっくり準備していいと伝えた。

 自分がそんなに眠れたことが信じられない様子で、悪夢も全く見なかったとのことだったので、まずはこの習慣を繰り返していけばいいだろう。

「なるほど、そういうことだったんですか……。本当に……感動を覚えます。ありがとうございました、シンシアさん。昼食後、私の部屋で今後のことについてお話ししませんか? そちらのお部屋でもいいのですが、まだ講習は続いてるんですよね?」

「そうだな。クリスの部屋で話そう」

 シンシアが了承すると、次に辺境伯がクリスに向かって話しかけた。

「クリス、明日のパーティー前にゲスト一人一人に催眠魔法がかかっていないかを確認する件だが、どうする? パーティーに参加するのであれば、屋敷内で確認した方が良いと思うが」

「いえ、再度お誘いありがとうございます。しかし、今は別の理由で不参加にします。やはり、門で確認した方が咄嗟の時に対処しやすいのと、中にはシンシアさんがいて、安心してお任せできると思いますので、別れていた方が良いかと。

 最初は、私なんか、と断ったのですが、今は信頼できる仲間……がいて、辺境伯も私の身を案じて……このパーティーを絶対に成功させたいと強く思うようになったんです」

 クリスは少し恥ずかしがりながらも、強い決意をみんなに見せた。

「そうか……嬉しいことを言ってくれるねぇ。そして、君が元気になってくれたようで、私も喜ばしいよ。みんな、クリスを元気付けてくれて、ありがとう」

 辺境伯は本当に良い人だなぁ。しかし、クリスがエフリー国出身と知ったら、どう思うんだろうか。それとも、情報網でもう知っていたりするのだろうか。

 少なくとも、エフリー国側は知らないだろうな。知っていれば、クリスを捕獲するか、報復として相打ち覚悟でも抹殺するはずだ。

「クリスさん、私も嬉しいです。このあと、本当は私も一緒に話したいけど、夜にいっぱい話しましょう。これからも仲良くしましょうね」

 アースリーちゃんが、おそらくとびきりの笑顔でクリスに話しかけた。

「あなたも、シンシアさんの『仲間』ですよね? クリスでいいですよ、アースリーさん。私はこの口調が染み付いているので、このままで行きたいと思います」

「うん、よろしくね! クリス! あ、やっぱりクリスじゃなくて、クーちゃんって呼ぶね!」

「クリス、私も入ってるからね!」

「リーディアさんもですか? 私の想像以上に、『仲間』の輪が広がっているんですね……。本当にすごい……そして感謝です」

 クリスの潤んだ瞳とかわいらしい笑顔に、その場の全員の胸が熱くなったような気がした。


 昼食を終えた俺達は、シンシアと一緒に、クリスの部屋を訪れた。と言っても、クリスの部屋の触手はそのままなので、合流したと言った方が正しいだろう。

 二人がベッドに並んで腰掛けると、俺達は二人をぐるっと囲むように体を伸ばし、俺達と二人の顔が向き合うようにした。

 すると、シンシアがすぐ側にあったベッド横の台辺りを見回しだした。

「私はあの方のことを、シュウ様と呼んでいるのだが、シュウ様が書いた紙はどうしたんだ? もう処分したのか? 一度見てみたかったんだが」

「いえ、私のバイブルとして保管するために、ここに入れてあります。一言一句覚えて、心に刻みたいと思っています。どうぞ」

 クリスが懐のポケットに入れていた紙を、大事そうに取り出してシンシアに差し出すと、彼女もそれを大事そうに受け取り、文章に目を通した。

 改めてまじまじと見られると恥ずかしいな。

「シュウ様のお考えには、本当に目から鱗が落ちる気分だ。私も今でこそ考えが柔軟になってきているが、普通の人や柔軟な考えができる人から見ても、この考えには中々至れないんじゃないだろうか。部分的にはあるかもしれないが……。

 感情と論理が混ざった構成なのが非常に興味深い。感情だけでは説得力がないし、論理だけだと感情に訴えかけられない。そういう意味では、最大級の優しさを感じる文章だ。

 そして、クリスが追い詰められた状況で、これを理解できたこともすごい。そう考えると、シュウ様がこれを書いたタイミングが絶妙だったことも想像できる。

 最初にこれを読んでも、素の状態では脳が拒否していたかもしれないな。ますます尊敬いたします、シュウ様」

 シンシアの論評で、俺はさらに気恥ずかしくなった。あの時、時間があれば、もっと上手く書けたかもしれないが、結果良ければ全て良しだ。

「私もシュウ様とお呼びしてよろしいでしょうか。私を生まれ変わらせてくれた存在ですから」

 ゆうがペロリとクリスの左頬を舐め、肯定した。

「クリス、シュウ様のお世継ぎを産む気はあるか? これから話す人達も含めて、みんな産みたいと思っている」

「はい。シュウ様のお望みなら、私はどんなことでもするつもりですし、私自身がそれを強く望んでいます。尊敬や憧れももちろんありますが、何より世界一愛する方と家族を作りたい。私が失った家族、失わせてしまった家族の分まで、社会に残していきたいです。

 その資格があるかどうかは分かりません。それこそ、私が決めることではないと割り切って、これからを生きていきます」

 クリスは完全に吹っ切れたようだ。それにしても、シンシアに加えて、忠誠心が異常に高い仲間が増えたな。

「シュウ様、全てお話ししてもよろしいでしょうか」

 俺はペロリとシンシアの右頬を舐め、肯定した。それから、クリスタルやチートスキルのことも含めて、シンシアはこれまでの経緯を全てクリスに話した。

 クリスタルについても話したのは、クリスが信頼できる人物だからというだけではない。午前中に俺達とイリスちゃん、ユキちゃんが話した際、クリスの暴走と、巨大空間展開の消滅魔法、それを実現できる圧倒的な魔力量は、クリスタルのデメリットとメリットで、要はクリスタル所持者だろうと推察したからだ。

 クリスに対しては、チートスキル警告が今も表示されないのだが、それは精神回復後の条件を満たしていない可能性もあるが、『準チート級』のメリットのみの場合には、そのまま表示されることはないので、現時点ではどちらかと言えば、後者の可能性が高い。

 俺からクリスへも質問して、修行した結果、その魔力量になったわけではなく、暴走後に爆発的に上昇したとの回答を得たので、より確度が高くなった。

 仮に、それがチートスキルだとすると、イリスちゃんがユキちゃんに何と呼ぶか尋ねたところ、ユキちゃんは『昇華』と名付けた。おそらく、『シュウちゃん』の時と同様に、ドンピシャで合っているだろう。

 話を続けると、消滅魔法はいつでも使え、その規模も展開方法も変えられるとのことだ。完全にお手軽一撃必殺魔法と言ってよく、発動さえできれば敵なしだ。

 平面展開であっても、対象と平行ならそこを通ったものは消滅するし、垂直なら切断され、そのあとに縦に振れば完全消滅する。

 なぜ、これがチートスキルではないかと言うと、例えば爆発魔法を極めれば、消滅魔法に似た効果になるから、あるいは魔法創造スキルによって、この消滅魔法を作れるからではないかと、俺とイリスちゃんは考えている。ユキちゃんは、消滅魔法を実際に見るか、詠唱を書き起こしてもらわないと作れるかどうかは分からないと言っていた。

 ちなみに、監視者がやっていたように、全身を覆うように魔力感知魔法を展開し、長時間維持する方法は、魔法創造可能とも言っていた。自分は空間展開できるので作ったことはなかったらしい。もちろん、感知魔法については、いずれの方法も流出はしていない。クリスはその話を俺から聞いて、ユキちゃんのすごさに感動していた。

 それにしても、なぜこんなにも俺達の周りにクリスタル所持者が現れるのか。クリスの杖の宝石がクリスタルで、仮に『蒼のクリスタル』と呼ぶとすると、イリスちゃんが前に言っていたように、クリスタルが互いに引かれ合う性質があるかもしれない。

 それは、これまで集まっていなかったことも考えると、例えば、ある条件が満たされると、互いに引かれ合うようになるといったものだろう。さらに、クリスタルが集まるということは何らかの理由があり、全て集まることに意味がある可能性が高い。となると、クリスタルが朱のクリスタルしか世の中に知られていないことからも、これも世界の謎に繋がっていることになる。

 まあ、やはり世界の謎は置いておくとして、気になることはまだあるので、俺はクリスにさらに質問した。その膨大な魔力量が感知魔法で他者にバレてしまうのではないかということだ。

「私の魔力は普段、魔力抑制魔法によって約十分の一に抑えられているので、他の魔法使いには私の本当の魔力量は分かりません。分かってしまうと、私がエクスミナ消失事件の張本人だとバレてしまうので、そこには気を遣っています。

 それでも、魔力量は世界でも指折りと見られているはずです。もちろん、魔力抑制魔法を使っているかどうかは本人にしか分かりません。本当は、結界も魔力を解放すれば一日も経たずに終わるのですが、リスクの方が大きいので時間をかけて張りました。

 それと、先程、消滅魔法はいつでも使えると言いましたが、ある程度の大きさの空間展開に限っては、その魔力を解放しないと使えません。半径三メートルぐらいの大きさなら現在の状態でも使えます。私にとっては、他の魔法より消滅魔法の方が簡単なので、現在の私が唯一、安定して空間展開できる魔法でもあります。魔力を解放すれば、ある程度の魔法なら空間展開できると思いますが、魔力量のゴリ押しになり、おそらく雑な感じになってしまうような気がします。

 ということで、昨日申し上げた、空間展開魔法は実現不可能というのは、私とユキさんに限っては当てはまりません。ただし、空間魔力感知魔法は、昨日の言葉通り、私にもできません。できそうでできない、超最難関魔法です」

 続けて、クリスが言及した魔力抑制魔法について、魔法使いが一般人に紛れ込むことは可能か、また、解除する方法があるかも含めて聞いてみた。

「少なくとも私が知る限り、十分の一より下、さらに抑えることはできません。他者の魔力を抑えることは、可能と言えば可能ですが、魔力の質が異なると、抑えられた方の魔力が反発して、すぐ元に戻ってしまいます。抑える側の魔力を常に注ぎ込まない限り、意味を成しません。それが自分なら可能というわけです。

 とある研究では、双子の魔法使いでも、魔力の質が違ったので、不可能だったそうです。

 魔力を抑えすぎて、抑えられた方の魔力が喪失することもありません。したがって、魔法使いの魔力を抑えると、一般人として偽装できることは確かです。

 解除については、これも可能と言えば可能ですが、常に解除するための魔力を注ぎ込まないといけないので、ずっと接近している必要がある上に、相当時間がかかります。

 時間をかけずに解除するには、対象者の元の魔力の十倍の量が必要になると推定されているそうです。短時間に解除できるのは、ユキさんがそういう魔法を作っていない限りは、おそらく私以外にいないのではないでしょうか」

 クリスの説明も理路整然としており、研究者らしい話の展開だ。話を聞く限り、素直に解除しない別の方法がいくつかありそうだ。

 俺の考えをクリスに確認してみた。

『魔力抑制解除魔法を使うぐらいなら、催眠魔法を使って、自分で解除させた方が良いということかな。あるいは、時間をかけて作った罠に留まらせるとか』

「すぐにそのような発想に思い至るとは、流石、シュウ様です。どちらも、おっしゃる通りだと思います。上位の魔法使いなら前者、残る魔法使いは後者を選択するでしょうね」

 そういうことなら、今のところは、クリスの周囲に警戒していればいいか。

 彼女に関する心配事については、まだある。

『魔力量の限界値があるのか知りたい。クリスの魔力量が仮に今の十倍、百倍になったらどうなるか』

「それは……ハッキリとは分かっていません。ただ、一説によると、魔力量が一定値を超えると、体が耐えられずに、死亡するのではないかと言われています。

 死亡説もそこから割れて、魔力量だけでは死なずに、詠唱をした時点で死ぬ説、魔法を使った時点で死ぬ説もあります。これを詳しく語るには、魔力とは何か、詠唱とは何かを語らなければならないので割愛しますが、それも含めて、おそらくユキさんにお聞きになった方が良いと思います。彼女が最も魔法の真理に近いはずです。ちなみに、私は魔法使用時死亡派です」

『せっかくだから、ユキちゃんに今から聞いてみる。ちょっと待ってて』

 俺はそう書くと、ユキちゃんの部屋にいる触手に意識を移した。いつものようにイリスちゃんもいる。

 一方、クリスとシンシアは雑談を始めた。

「すごいですね。離れた場所の人と手紙ではなく、リアルタイムにコミュニケーションできるなんて。ユキさんの魔法でも実現不可能なのでは?」

「ああ、その通りだ。私も、今日午前に聞いたばかりなのだが、シュウ様がいた世界では、当たり前にできたことらしい。

 全てが自動化された大小の箱、すなわち『電子機器』。その元となる科学の発展によって。それには、まず発電機、蓄電機の発明が必要だということだ。

 仮に何かを発明するとしたら、イリスを発明者、ユキを発明代表者として、新しい科学技術やそれを利用した機械を発表していく予定だ。私も何とか役に立ちたいと思っている」

「壮大ですね……。でも、シュウ様となら実現できそうな気がします。もちろん、私もお手伝いします」

 彼女達の話を聞き流しながら、俺はユキちゃんに魔力量の限界値と、それを得た存在の行く末についての質問を書き終えた。

「えーっとね。魔力量の限界は、多分だけど、世界を消滅させるほどの魔力量を得た時だと思う。その状態では、小さい火球魔法を使っただけで、使用者の体が完全消滅する。普通は一部消滅でも人間は死んじゃうから、その十分の一、例えば大陸を消滅させる魔力量でもダメ。だから、五十分の一ぐらいが人間の限界、国一つを消滅させるレベルじゃないかな。

 魔法を使ったっていうのは、火球魔法で言えば、詠唱し終わったあとの、火の玉が出る瞬間と言うか直前と言うか、そのぐらいの時。だから、私も魔法使用時死亡派、正確には詠唱後魔法発動前死亡派かな」

「今のユキお姉ちゃんの話から、クリスさんの暴走は、あと二回までなら大丈夫だと思う。次の暴走で、小さな町十個分、その次で国、おそらく指数関数的に魔力が増えるはず。

 もちろん、一回も暴走させないようにした方が良いから、催眠魔法で二段階の条件を付けて抑え込む方法が良いと思う。つまり、クリスさんの性格に合わせた暴走させないようにする条件と、それでも暴走した時に消滅魔法の被害を最小限に抑える条件。

 注意点は、暴走がその時の潜在魔力量の全解放だとすると、変な抑え方をした場合に、クリスさん自身が危険になる恐れがあったり、防波堤が決壊するように、そもそも抑えられなくなっちゃうから、工夫した方が良いかも。暴走の原因を消滅させつつ、上空に逃がすとかかな。暴走と魔力の消費が関係しない可能性もあるから、それを条件に加えてもいいかもしれない。

 暴走の原因に対して、できるだけ苦しめて後悔させる方法を検討、試行して、無理だと判明したら、縦方向のT字型の消滅魔法を使う、みたいな」

 簡潔な質問から、すでに研究済みの最先端の回答をしてくれたユキちゃんと、俺が思っていた懸念点を容易に推察して、注意事項を添えて解決策を提案してくれたイリスちゃんに、俺は感嘆の声を上げるほど感動した。二人とも最高だ。

 そして、二人の説明を、ほぼ同時にクリスの部屋の紙に書き写してくれたゆうの処理能力もとんでもない。それでいて、話の内容を理解し、考察もしているはずだ。俺にはできない。

「すごい……本当にお二人とも……。シュウ様も……。私、感動しています! 私が追い付けるか不安にもなりますが、頑張ります!」

 クリスが目をキラキラさせ、胸の前で拳を握り締めて、気合いを入れていた。

「無理はしなくていい。適切な言い方は思い付かないが、私達は誰も互いに何かをしてほしいとは思っていないんだ。何かしてほしいと言われた時だけ。

 もちろん、憧れに近づきたい気持ちはあるから、できることはする。それができなくて潰れていては、シュウ様のお手を煩わせることになるから、私達は精神的にも肉体的にも無理はしないことを心掛けている。

 ここに同行できなかったユキでさえ、悔しがってはいたが、そこまで深刻に考えていない。シュウ様はお優しく、それでも慰めてくださるから、それはそれで得だと開き直るのもアリだろう。少しでも悩みができたら、共有した方が良い。シュウ様かアースリーが相談に乗ってくれる」

「なるほど……。何と言うか、精神衛生上、すごく心地良いんですね。危機管理の延長でもあるのかもしれません。徹底的に私達のことが考えられているということですか……。

 私、この場にいられて本当に幸せです。ありがとうございます、シュウ様、シンシアさん。そして、ユキさんとイリスさんにもよろしくお伝えください」

 俺達はクリスの頬を舐め、その言葉に応えた。また、ユキちゃんとイリスちゃんには、クリスの分も合わせてお礼を伝え、こちらに意識を移した。

『ということで、まずは暴走する状況を想定しよう。クリスの大切な人達、俺達も含めて、それらの内、一人でも傷付いた時、あるいは自分が激しく傷付いた時、で合っているか? 

 傷付くのは、精神面でも肉体面でもあるだろう。傷付くまで行かずに、バカにされたぐらいだったら、怒る程度で抑えられるかも確認したい』

「はい。全ておっしゃる通りです」

『じゃあ、次は考え方の確認だ。酷い目に合わされた相手を今すぐにでも消し去りたいという気持ちは分かる。しかし、それはある意味で相手を許していることに等しい。クリスがこれまで苦しんできたこと、そして俺が書いたことを思い出すと、そうなるだろ?

 これまでと立場が入れ替わって、今度は自分が被害者や遺族の気持ちになるわけだが、相手が何が起こったのか分からず、後悔することもなく、一瞬で消滅してしまって、クリスは満足なのか? そんな死が、罪の償いになっているのか?

 俺が言った考えに基づくと、【死を以て償え】などとは口が裂けても言えない。相手からすれば、【そんなんで良いんだ。ラッキー】となるからだ。死は逃げであり、救済なんだ。

 話は少し逸れるが、国家による死刑は、執行までの時間に、罪を犯したことの責任や後悔を噛みしめさせることが少なからずできるが、犯行現場での処刑は、当然そんな時間は与えられない。それは、被害を最小限に食い止めるために行われることだ。

 話を元に戻すと、イリスちゃんが言った【できるだけ苦しめて後悔させる方法で】っていうのは、そのような考えの下で出たものだろう。

 もちろん、殺すなとは言っていない。しかし、殺してしまったら、落ち着いた時にその選択すらできなくなってしまう。相手の動きを封じて、完全に制圧するんだ。クリスの力ならそれができるはずだ』

 俺の意見に、クリスは目を輝かせて読んでいた。

「シュウ様……あなたのお考えは、私にとっていつも新鮮で、涙が出るほど画期的です。あなたを妄信しているわけではないのです。

 恐れながら、否定しなければいけないことがあれば、お互いのためにも躊躇なくするつもりです。それが、忠臣たる者の義務だと思います。シンシアさんも同じ考えのはずです。

 しかし、あなたの言葉は、本当に私のことを理解していなければ出てこないもので、私一人のためだけにくださるものだと錯覚するほどです。もしかしたら、他の人には違和感があるように聞こえるかもしれませんが、私にはスッと入ってくる……。

 承知しました。私の頭と身体に深く刻み込みたいと思います」

『では、今から言うことを条件にして催眠魔法を自分にかけてほしい。

 自分を含む大切な人達を精神的、あるいは肉体的に傷付けられた場合、

 さらに、そのことに怒りが抑えられず、行動に移してしまいそうになった場合に、

 対象は殺さず即時行動不能にし、速やかに口を塞ぎ、仲間に判断を委ねること。

 自分一人しかおらず、仲間を呼ぶ時間がない場合は、自分が許せるまで対象に罪を償わせること。

 それができない場合、ピンポイントで対象を狙いつつ、海抜九キロ上空まで魔力量の限り伸びるT字型の消滅魔法を使うこと』

 アンガーマネジメントの観点では、怒りを抑えるために六秒待つとされているが、この世界では、その間に、状況がエスカレートしてしまう恐れがあるので、できるだけ次の行動に移す時間を短くする必要がある。口を塞ぐのは、さらに煽られるのを防ぐためだ。

 一方で、消滅魔法の暴走については、I字型ではなくT字型にしたのは、十キロ上空にあるオゾン層が破壊されるのを防ぐためだ。もしかして、イリスちゃんもオゾン層の存在に気付いていたのだろうか。観測機器もないのに。

『かしこまりました。今すぐかけます』

 クリスは、すぐに催眠魔法を使い、俺が書いた条件を潜在意識に刻むことに成功した。

 さらに、俺は続けた。

『それと、できるだけ、暴走の火種を少なくしておいた方が良い。クリスが持っている俺が書いたバイブルも処分した方が良い。クリスが一言一句覚えるか、自分で別の紙に書き写した上で、処分しよう。その時は俺達も立ち会う』

「う……しょ、承知しました。まずは書き写します。先程のシュウ様のお考えも書き写したいので、少しお時間をいただけないでしょうか」

 クリスは、名残惜しそうな表情をして紙とペンを手にし、書き写し始めた。

 すると、思い出したかのように、クリスは口を開いた。

「あの、シュウ様、それなら……私の『初めて』も早めに差し上げたいのですが……。どこの誰とも知らない敵の罠にかかって、催眠状態で抵抗できないまま貞操を奪われてしまったら、私は死んでも死にきれません。確実に周囲を消滅させてしまいます。

 シュウ様がおっしゃった通り、私の大切な人達がそのような目に会うのも耐えられません。もちろん、シュウ様であれば、そのような状況には絶対にさせないとは思いますが、どうか、ご検討ください」

「それは、私からもお願いします。私はいつでも純潔をあなたに捧げるつもりでいましたが、おそらくこれまで誰一人、そこには踏み入れられなかった。シュウ様のご配慮で。しかし、『良いか』と聞かれれば、心から喜んであなたに捧げるでしょう」

 クリスとシンシアの願いを叶えるには、この世界の婚前交渉の考え方、宗教で罪とされていないかについて二人に確認しておく必要があるだろう。俺達の間だけでは問題ないかもしれないが、それを周囲に知られた時に、どのような反応をされるか。

 俺の質問に対して、シンシアが答えた。

「少なくとも、ジャスティ国の一般層では、問題とされているとは聞いていません。もちろん、貴族の間では婚前交渉、未亡人、離婚経験の有無は、婚約前に調査および評価され、避けられる対象です。それは宗教によるものではなく、単に結婚に対する家の考え方で、浮気されそうとか托卵されそうという、言わば偏見に近い考え方によるものです。

 私は貴族ですが、たとえ家を勘当されても、あなたと一生を共にすると決めているので問題ありません。

 一応、聞くところによると、ジャスティ国民の貞操観念は、かなり高いらしいです。

 また、我が国では特定の宗教が崇められているわけではありません。国内にはいくつか宗教は存在するのですが、国民の多くはジャスティ国憲法に基づいた規範に従っています。そこには、婚前交渉について記述されていないので、問題ないかと思います。

 ちなみに、国内の宗教は、元は同じ宗教の分派で、それほど違いはないみたいなので、今のところ争いの種にはなっていません。昔は宗教戦争や内紛があったようなのですが、魔法使いの台頭と同時に、自然と争わなくなったようです。理由はよく分かりません。

 レドリー卿に聞けば分かるかもしれませんね。機会があれば聞いておきます。城下町の大聖堂は、その随分あとに建てられた物で、言わば共用の礼拝堂という位置付けですが、念のため、礼拝時は互いに信仰する宗教を聞いてはならず、知っていても黙っていなければならないというルールがあります」

「冷静に考えると、そういう意味では、私達が初体験を大事にしているのは、単に初めてが特別な思い出になるからという他に理由はないのかもしれません。良い思い出なら、将来、簡単に思い出せて、懐かしむことができるし、悪い思い出なら、忘れるか笑い話にする。ただそれだけのことです。

 もちろん、男性が重要視する気持ちも分かります。家族を養う必要があるのに、自分以外の男性を愛し、性交渉した女性を信頼できるかという本能的な部分ですから。生まれた子が、確実に自分の子だと分かれば別ですけど」

 クリスのコメントに対して、話は逸れるが、俺達の世界では、親子鑑定のための遺伝子検査手法が存在することと、その課題を簡単に伝えた。

「すごいですね……そんなこともできるのですか。科学の可能性を、より感じることができました。しかし、シュウ様がおっしゃる通り、国が義務付けなければ、貞操観念のない、やましい母親は誰も受けたがらないでしょうね。夫婦の信頼を盾にされる男性がいるなら、同情します」

「どこの世界でもそうなんですね。母親からすれば、子どもは絶対に自分の子どもだから、そういう悪質な者からすれば、父親が誰であろうと、どうでもいいのか。

 ただ、私達の世界のどの国でも、そのような母親は、仮に発覚すれば母子諸共死刑になります。罪のない子どもまで殺す必要があるのか、と最初は誰もが思うでしょうが、子どもを残すと、ある意味、母親の産んだもの勝ちになってしまう上に、誰も育てたがらず、育てられても悪環境で体罰を受けたり、犯罪に手を染める場合が多く、結局不幸になるからということです。

 死刑になった判例もあるようで、これは他国の貴族の話ですが、その例では、子どもの髪の色や目の色が、母親に似ずに間男に似てしまって発覚したらしいです。

 断定できない場合もあるようですが、その場合でも大体は離婚するらしいです。我が国は少し特殊で、父親にも重い責任を背負わせています。要は、父親になったら、やむを得ない事情があるか、生活が逼迫していない限り、母も子も養うこと。それができなければ、やはり死刑となります。ただ、その場合は、母親からその男の子どもであることの状況証拠の提出が必要となります。もちろん、嘘は死刑です。

 しかしながら、そのような事例は、これまでいずれもありません。訴状さえないので、我が国の民は節度を持っているということでしょう」

 俺達と彼女達の場合は、子どもが生まれた時点で、確実に触手人間と分かるから問題ないが、仮に普通の人間が生まれたら、その瞬間に脳が破壊されるだろう。絶対にそうならないと信じているが。と言っても、妊娠させられるようになるには、まだまだ先だ。

 それにしても、ジャスティ国であっても簡単に死刑にするんだな。何らかの信念がありそうだ。反省の弁や更生の余地など知ったことではないか、禁錮刑も金がかかるからか。

 おっと、死刑の是非を述べてしまうと長くなるから、それはさておき、女の子達の貞操の件だったな。

「ゆう、そういうことでいいか?」

「うん、いいよ。お互いに愛し合ってるし、一生幸せにするんだからね。でも、普通にしてたら、イリスちゃんはまだまだ先だね。最低三年、できれば五年、待ってもらうことになる。ああ、倫理的なことじゃないよ、その類の常識は捨ててるし」

「痛みや出血を抑える魔法があれば、それよりは早くてもいいかもしれない。あるいは、俺達が縮小化して、適切な太さになればいい。後者が有力だな。思い出として、普通の人が体験するような痛みはあった方が良いのか、ない方が良いのかは、本人次第だな」

 ゆうと認識を一致させた上で、俺はシンシアとクリスに返事をした。

『分かった。次の日以降、移動もなく何も用事がない時にそのようにしよう。一応、直前に確認はする』

「ありがとうございます!」

 俺の了承に、二人は元気よく感謝の言葉を言った。

「あの……賢明なお二人にまだ相談したいことがあるのですが、よろしいでしょうか。今回、大変お世話になった辺境伯にも、私がエフリー国出身だと明かしたいのですが、どう思われるか分からなくて……。

 エクスミナ消失事件やクリスタルについては、もちろん話しませんが、何をどこまで話して良いのでしょうか。それとも何も話さない方が良いのでしょうか」

 クリスも義理堅いんだな。良いことだと思う。誠意に対しては誠意で答えたいと俺も思う。

「まずは、私からそれとなく聞いてみようか。外国から来た人が、我が国のために働き、さらには国民になりたがっている場合に、どうお考えか。国防の観点からは、まさにスパイと疑われても不思議ではないからな。

 今から突然聞きに行くのはあからさまだから、食事中か、パーティー中、それか偶然二人きりになった時が良いだろう。そして、契約終了時に話してもいい内容だけを打ち明ける。話の流れは、シュウ様に考えていただいた方が良いかもしれない。シュウ様のご意見はいかがですか?」

 俺はシンシアのアプローチに同意した。

「お二人共、ありがとうございます! お願いします!」

「分かった。さて、今日は特に予定がないからどうするか。アースリー達はダンスレッスンだし、ここか街で時間を潰すしかないが……」

「あの、シンシアさん……夜は皆さんで一緒に寝ているんですよね? どんなことをしているのか……教えてもらえませんか? 私、興味あります……」

 好奇心に駆られて、甘い声で語りかけながら、シンシアに顔を近づけるクリス。その表情は明らかにシンシアを誘っていた。

「シュウ様からギャップがすごいとは聞いていたが……一見かわいくて純粋に見えるが、こうして迫られてみると、クリスは実にいやらしい女だな……。あと数時間もすれば分かるのにな……私もそういう子は大好きだよ」

 シンシアがクリスの頬に右手を当てて、落として上げる口説き文句を放つ。

 シンシアがこういう言葉を使うのは、自分も我慢できない時だと、リーディアちゃんに言っていた時に学んだ。彼女もクリスの魅力に落ちたのだ。

 二人は、お互いに唇を徐々に近づけていった。

「ん……はぁ……ん……ん……シンシアさん、好き……」

「私もだ……クリス……かわいいよ……」

 二人はお互いの気持ちを確かめるように、ねっとりと、時に激しいキスを俺達の目の前で繰り返す。勢い余って、二人ともベッドに倒れ込むと、シンシアがクリスの服を脱がした。

「私も脱がしてくれるか?」

「はい……シンシアさん、かわいくて、綺麗で、本当に全てが美しいです……そんなあなたと、こうして一緒にいられることを嬉しく思います」

 シンシアの言葉に、すぐにクリスも彼女の服を脱がし、感嘆の声を上げる。クリスはそのまま彼女の体に覆い被さり、再度キスをした。

 しばらくして、激しいキスに疲れた二人が、その様子をじっと見ていた俺達の方を振り向いた。

『シュウ様ぁ……お願いします……』

 まるで示し合わせたかのような二人同時の甘いおねだりに、俺達はすぐに応えた。

 夕日が沈み始め、徐々に暗くなる部屋の中で、身体も声も重なった二人の白い肌が、僅かに差す太陽を四方八方に反射させる。夕食までの一時、激しい二人のダンスは、様々に様式を変え、ついには気絶するまで続いたのだった。




 夕食後、辺境伯とリーディアちゃんが、シンシアのパーティーでの設定と衣装を披露するということで、クリスも含めて、俺達の部屋に集まるように言われた。

 しばらく待っていると、二人が部屋に入ってきた。勿体ぶって、衣装は扉の外に用意してあるようだ。

「さて、実は昨日の内に、シンシアの設定は考えていたのだが、リーディアや衣装の調整があったので、少し遅くなってしまった。それでは、シンシア。これを読み上げてくれたまえ」

 辺境伯はポケットから一枚の紙を取り出し、シンシアに渡した。こういうのは気恥ずかしくて、目の前で音読されるのは避けたいと思うのが心情だが、辺境伯はテンションが上がっているのか、メンタルが強いのか、全く平気そうだ。俺も見習いたいものだ。

「それでは……。名前は『カレイド=リスマー』。ボードゲーム全般が得意であり、父親同然で尊敬する師匠『マー=リスマー』がいる。赤子で捨てられていたところを師匠に拾われ、育てられた。誕生日は分からないため、拾われた日の八月十日としている。

 髪は黒髪で、対局時は後ろ結び。好きな色は白と黒、好きな食べ物は果物全般、嫌いな食べ物はトマト。好きなタイプは頭が良く優しい人、嫌いなタイプは横柄な人や他人を傷付ける人。

 座右の銘は、師匠の言葉から、『負け続けることは良いことだ。それだけ学べることが多いのだから』。他者との会話では、節々に師匠の教えが含まれている。

 可憐だが、悟りを開いたかのごとく落ち着いており、口調も丁寧。ダンスは踊れず、リードされるのも嫌なので、誘われても頑なに断ろうと思っている。

 大勢の人の前で碁を打つのは初めて。辺境伯が自領で偶々見つけ、非常に賢そうなオーラに期待して、声をかけた。碁は師匠から教えてもらったが、師匠がなぜ碁を知っていたかは秘密にされており、発明者本人か、その関係者説が持ち上がっている。

 実際、師匠は働いておらず、カレイドにボードゲームを教えるのみであるため、碁に限らず、何らかの発明の賞金で暮らしているのかもしれないとカレイドは考えている」

 思った通り、細かく設定してきたか。ボードゲームにちなんで、良い座右の銘まで考えている。

 名前は『マスカレード』が由来だろう。ファミリーネームの方ではあるが、しっかりと『リス』を入れてもいる。師匠の名前が本名ではないことを示唆しているのだろうか。

「そして、私がプロデュースしたドレスがこれよ!」

 リーディアちゃんの声と共に部屋の扉が開かれ、待機していたメイドがハンガーに掛けられたドレスを持ってきた。

 それは、碁石の色をイメージしたような、白地がメインで、黒のチェック模様が入っていたり、レースが付いたりしており、シックでありながら、美しくもかっこよく仕上がったドレスだった。

「おおー」

 アースリーちゃん、シンシア、クリスが感嘆の声を上げた。

「クリス、変装魔法でシンシアの髪の色を黒に、声は今のシンシアより少し高めにしてくれる? かけ終わったら、ドレスを当ててみるから、シンシアは自己紹介してみて。今よりも落ち着いた感じね」

 二人の返事のあと、クリスが詠唱し、魔法を発動すると、シンシアの髪がスーッと黒くなった。

 そして、リーディアちゃんがハンガーに掛かったままのドレスを手に持って、シンシアの前に当てた。

「あー、あー、初めまして。私はカレイド=リスマーと申します。この度、レドリー辺境伯にご招待いただき、ウィルズ様と碁を打つ機会をいただきました。よろしくお願いします」

「どう? お父様」

「完璧だよ、リーディア。想像通りだ。シンシア、髪を結んでみてくれないか。対局では、君の凛々しい姿を周りに見せたいんだ」

「分かりました」

 リーディアちゃんがシンシアに紐を渡すと、シンシアが前面の髪はそのままに、首の辺りで後ろ髪を結んだ。それによって、何となく空気が引き締まった感じがした。

「おお! 良いな。ドレスに合っている」

「シンシアさん、かっこいい!」

 辺境伯とアースリーちゃんが、シンシアの姿をまじまじと見つめ、褒め称えた。

「シンシアさんのようなロング髪の女騎士は、そのままかポニーテールのイメージですが、この場合は、勝負師という感じが出ていて良いですね」

 その素晴らしさから、クリスも評せざるを得なかったようだ。

「ドレスは今日の内にちゃんと合わせてみた方が良いから、シンシアは着てみてくれる? お父様、あとは私達にお任せください」

「それじゃあ、明日を楽しみにしているよ。朝食は軽めにして、昼食は少し早めにするつもりだ。そのあとに着付けをすることになる。演技の練習として、できれば朝食の時からキャラを作っておいてほしいね」

 辺境伯が退室し、シンシアがドレスに着替え始めた。メイド達も着付けを手伝い、すぐにドレス姿のシンシアを見ることができた。

「サイズは問題ないようだ。スカートの長さや広さも希望通りだ」

 シンシアは、自身の動きやすさに加えて、俺達の巻き付く余裕を確認してくれた。

「シンシアさんのスタイルの良さがドレスのデザインで引き立っていますね。白と黒のバランスが良いのでしょう。流石です、リーディアさん」

「ありがとう、クリス。前からファッションデザインには興味があって、人物サイズのもやってみたかったから嬉しい。今回は、ありものの組み合わせだけど、いつか一から作ってみたい」

「リーちゃん、もしかしてあの熊のぬいぐるみの服って……」

「うん、私が作った。私、友達を作ろうとしなかったから、人形やぬいぐるみで一人で遊んでて、その時に自分の好きな服を色々着せ替えられたら良いなと思って……。それがファッションに興味を持つようになったキッカケかな」

 リーディアちゃんが自ら立候補しただけのことはある。間違いなくデザインセンスはあるし、裁縫も得意と言える。

「ありがとう、リーディア。私も気合いが入った。皆の想いに応えるべく、必ずや作戦を成功させる!」

「私も明日を楽しみにしているわ。それじゃあ、そろそろ寝る準備をしましょうか。ドレスは脱いで、また明日持ってきてもらいましょう」

 シンシアは脱いだドレスをメイドに渡して、いつもの彼女に戻った。メイド達が退室すると、俺達は姿を現した。

 俺は、丁度良い質問の機会だと思い、黒板にメッセージを書いた。辺境伯の話を聞いたあとに、シンシアに聞こうと思っていたことだ。

『みんな揃っているから、この際に聞きたいことがある。朱のクリスタルについて、千年前から存在していることは知っているか、知っているとしたらなぜ知っているか』

 俺が書いた内容を見て、みんなキョトンとした顔をしていた。最初に口を開いたのはクリスだった。

「知っていますが、なぜかと言われると……思い出せません」

 クリスはアースリーちゃんを見た。

「私も知ってるけど……なんでだろう? リーちゃんは?」

「私も同じ……シンシアは?」

「私もです。レドリー卿と話をした時に、初めて思い出しましたが、朱のクリスタルについて、知っていることを全てシュウ様に話す時には思い出せませんでした。なぜ知っているのかも分かりません」

 シンシアの言葉に引っ掛かった。

『初めて思い出した? 他の三人は? これまで一回も話題に出たこともないし、思い出したこともなかった?』

 クリス、アースリーちゃん、リーディアちゃんは頷いた。俺は追加で質問した。

『他の人が知っていることは知っている?』

 全員が頷いた。おかしすぎる。それが本当だとすると、みんなが物心ついた時には、すでに朱のクリスタルの存在が常識であると知っていたことになる。常識であることが常識なのだ。

 しかも、催眠魔法や洗脳魔法にかかっているわけでないことは、クリスによってそれを全て解除されたアースリーちゃんを見れば分かる。こんなことができるのは触神様しかいないが、目的が分からなければ聞きようがない。

 とりあえず、明日イリスちゃんに聞いてからにしよう。

『分かった。ありがとう』

 俺は感謝の言葉を書くと、黒板を元の位置に戻し、ベッド上に横たわった。それを見て、みんなも下着姿になり、俺達の周りに集まってきた。

「あの……皆さん、もし希望者がいれば、感度が倍増する催眠魔法をかけましょうか? ただ、癖になると普通の状態では満足できなくなる恐れもあるので、一長一短ですが」

「確かに、催眠魔法ならそういうことも可能なのか……。だが、クリスの言う通り、やはり怖さもあるな……何らかの条件を加えられれば、そういう恐れもなくなるかもしれないが」

 クリスの提案にシンシアが答えた。さっきの質問が、まるで何事もなかったかのように別の話題になって、誰も戸惑っていないのもおかしいが、ここはスルーしよう。

「それでは、詳しい条件はあとで考えるとして、お試しで搾乳魔法でもかけますか? もしかすると、これまでの状況とはかなり異なるので、シュウ様の経験値減衰も小さくなるのではないでしょうか。

 対象者については、血液以外の体液が排出される時に気持ち良いように、母乳が出る時は気持ち良くなります。この場合の条件は、授乳時だけ母乳が出るようになり、普通の母親が感じるよりも気持ち良いです。シュウ様は必要ないと思いますが、飲む側は味覚を変えることもできます。

 例えば、それぞれのイメージにあった母乳の味などに変えられます。そのままだと、授乳側の普段の食事で味に影響したり、薄い血の味がして口に合わず、大人がごくごく飲む物ではない場合もありますからね。

 それらは全て、私も試しにやったことがあるので、ご安心ください。特にアースリーさんには、是非とも体験していただき、真の聖母として、私達に授乳していただきたいです」

「うん、分かった。みんなもやってほしいな。私もみんなのおっぱい飲んでみたいから」

「アーちゃん、一緒に飲み合おうね!」

 リーディアちゃんはアースリーちゃんに抱き付いて、頬擦りしていた。

 俺は搾乳魔法について興味があったので、クリスに質問した。それがあれば、俺達が『搾乳』スキルを取得する必要がなくなる。

『搾乳魔法について、もう少し詳しく教えてほしい。その系統で他にも魔法があるのか含めて。それと、覚えようと思った経緯を教えてほしい』

「搾乳魔法は、催眠魔法、回復魔法、補助魔法の応用で、回復魔法については、以前申し上げた通り、私は基本的なものしか使えませんが、こういう系統の魔法だけは研究しました。

 その……女の子なら、一度は出してみたくないですか? 母乳。子どもが生まれるまで待たなくても出せるのであれば、出してみたくなるのが女の子の心情、そう思って研究しました。

 元々は、母乳が出ない母親用に界隈では研究されてきたものですが、催眠魔法の応用であるため、使える人は多くないようです。

 他には、男女それぞれ用の避妊魔法や催淫魔法も同様ですね。それらは、性魔法と呼ばれる系統になります。性魔法と一部重複する生理魔法という系統もあり、ちょっと変わったものでは、ムダ毛の脱毛魔法とかもあります」

「ク、クーちゃん……! 私、脱毛魔法が気になる! 私、毛が多い方だから……かけてほしい‼」

 アースリーちゃんが突然大きな声でクリスに訴えかけた。

「はい、いいですよ。ただし、髪の伸びる早さが少し早くなりますが、それでもいいですか? 毛が多く生える人は、そういうところでバランスを取らないと、体に悪影響があるためです。

 外部から毛穴に直接働きかける方法もあるのですが、それは少し痛みがあり、一定期間は肌荒れもするらしいので、私が言った脱毛魔法の方がオススメです。ノーリスクですから。

 ちなみに、私が今挙げた各種の性魔法も、対象者の体力を行為後に少し消費させるだけなので、ノーリスクです。

 それでは、お風呂場で脱毛魔法をかけましょうか」

 毛髪については、ホルモンバランスが影響すると言われているが、それを体全体で、できるだけ保つということか。よく考えられている。

 それにしても、アースリーちゃんの体毛については、それはそれで魅力的で良いのだが、本人が望むのであれば仕方がない。手入れも大変だろうし。

「うわー、女の子にとっては最高の魔法だね」

 ゆうが羨ましそうに言った。

「しかし、綺麗になるために、そういう所に女の子が時間をかけているからこそ、男は惹かれるのではないだろうか」

「いや、女の子にとってはマジで面倒なだけだからね。そうじゃなかったら、永久脱毛なんて誰もしないし。香水魔法とか、変装魔法の応用で髪のセット魔法とか化粧魔法とかもあれば完璧だね」

 一理ある。かく言う俺は、自分も他者も、美容に関しては全く気にしていないのだが、少なくともゆうは、二ノ宮さんと並べるように頑張っていた。

 そう言えば、クリスは今でこそ暴走対策の魔法を自分にかけてはいるが、これまでもそれらの魔法を自分にかけていなかったのだろうか。贖罪のために睡眠魔法をかけていなかったことは分かっているが、それ以外に全くかけていなかったとは考えにくい。

『クリス、後学のために教えてほしいんだが、それだけの魔法を使えて、想像を超えた快楽を得られたり、美容で簡単に承認欲求を満たしたりすることができてもなお、町を滅ぼした罪悪感を打ち消すことはできなかった、で合ってるか?』

「はい、おっしゃる通りです。旅をしている時に、昔の研究を思い出して使ってはみたものの、結局、一人だと虚しくなって、罪悪感も絶望感も増すだけでした。廃人になるほどの快楽を得るのも怖かったですし……。

 それを含めて、偽名を使っても変装魔法を使わなかったのは、私が私のままでいなければ、贖罪にならないと無意識で考えていたのかもしれません。

 仮に、誰かパートナーがいたとしても、今のような考えにはなれなかったと思います。シュウ様、『あなた』にしか私を救えなかった、心の底からそう思います。

 それは、シュウ様が人間だったとしても、私は立ち直れなかった、という意味でもあります。他の皆さんも納得していただけると思いますが、触手ならではの責めから得られる快楽があり、そこにあなたの考え方や優しさが加わって、私達が初めて得られる感情があるのだと思います。

 さらに、私が言うのも何ですが、触手なのに普通の人間以上の知性があるというギャップにも驚かされると同時に、不思議な魅力を感じますし、だからこそ、人間相手にはできなかったこと、例えば、自分の体重を全て預けることができましたし、これまで誰にも話せなかった悩みを打ち明けることができました。

 ただ気持ち良かったから、ただ思いやりに触れたから、ただ魅力的だったから、ただ新しい考え方を教えられたから、ではないということです。当然、それらのいずれかだけで忘れられる悩み、解決できる悩みもあると思います。それが軽い悩みだと言いたいわけでもありません。少なくとも、私はそうだったというだけです。

 シュウ様のご質問の意図はお察しいたします。今後、悩みを抱える人へのアプローチについては、単に快楽を与えるだけでなく、これまで同様、その人に合った方法を選択なさるべきだと具申いたします。

 もちろん、その方法に各種魔法が含まれるのであれば、私もユキさんも喜んでお手伝いすることでしょう」

 クリスらしい分析を交えて回答してくれた。

『ありがとう、クリス。そうすることにしよう。話は以上なので、アースリーちゃんのことを頼む』

「はい、かしこまりました」

 クリスがアースリーちゃんを連れて風呂場に向かおうとしたその時、シンシアが引き留めた。

「アースリー、念のために、ここで脱いでから行ってくれないか。その衝撃にクリスが先走ってしまう恐れがある」

「わ、分かりました」

 返事をしたアースリーちゃんが、その場で下着を脱ぐと、彼女の豊満な身体がクリスの前で露わになった。

「…………お……おお……! た……確かにこれを二人きりで見せられたら、どうにかなってしまうところでした。ありがとうございます、シンシアさん」

 少しの間、固まっていたクリスが我に返り、助言したシンシアに礼を言った。

 同じ女性でさえも虜にしてしまうアースリーちゃんの裸、恐るべし。

 改めて、クリスとアースリーちゃんが風呂場に行くと、ものの数分で戻ってきた。パッと見てすぐに分かるほど、アースリーちゃんの身体はツルツルだった。

「アースリーさんには、搾乳魔法をまだかけていません。我慢できなくなりそうだったので」

 クリスの気持ちは分かる。俺も早くアースリーちゃんのおっぱいを飲みたくてウズウズしている。ゆうもそうに違いない。

「アースリーの授乳の順番を決めておこうか。シュウ様が最初で、次にクリスとリーディアで、シュウ様は、別の体液の摂取に。次にクリスと入れ替わって私、その後、クリスはリーディア、私、自分の順に味覚変化の魔法をかけていき、リーディアと交代するというのはどうだろうか。シュウ様を除いて、搾乳の順番もそれに従う」

「流石、シンシア。それで行きましょう」

 リーディアちゃんの賛成のあとに、みんな全裸になると、クリスは早速詠唱を始めた。詠唱を終えると、ベッドに寝そべったアースリーちゃんに向かって搾乳魔法をかけたようだった。

「どうぞ、シュウ様」

「シュウちゃん、おいで」

 クリスとアースリーちゃんの言葉を合図に、俺達はアースリーちゃんの胸に飛び付いた。

 ゆうは右胸、俺は左胸だ。口を大きめに開け、上顎、下顎、舌を全て使って、奥から手前に吸い上げると、ピューっと乳首の複数の乳管開口部から母乳が飛び出してきた。

 その味は、これまでの体液とは完全に一線を画す味だった。毎回言ってるな、これ。今回は別の意味で我を忘れそうだ。

 と言うのも、人間であれば確実に涙を流していたであろうほど、その味の中に母性と郷愁を強く感じたからだ。味自体は、丁度良い甘さで、いくらでも食べられるお菓子のようだった。また、鼻に抜けるほどの心地良い香りも感じることができ、一嗅ぎしたバニラエッセンスのように、嗅覚に影響がなければ、ずっと嗅いでいたい気持ちになった。

 それらが合わさり、穏やかな気持ちと甘えたい気持ち、懐かしい気持ちまでもが混在することで、この胸にずっと抱かれていたい、ここにいたいと思わせてくれる。そこを離れる時も、楽しかった時間を思い出して、きっと泣いてしまうだろう。

「はぁ……はぁ……シュウちゃん……気持ち良いよぉ…………どう? 美味しい?」

 顔を赤らめ、俺達の頭を撫でるアースリーちゃんに、俺はおっぱいを強く吸って答えた。彼女の母性に加えて、この淫らとも言える声が俺の感情を激しく掻き乱す。平常心と発狂の境界を反復横跳びするようなこの奇妙な感覚は癖になりそうだ。

 俺は彼女の手の上で踊らされている、彼女がいなければ生きていけない、そう思ってしまうほどだ。

 しかし、お互いの愛を強く感じる瞬間でもあった。家族愛、仲間愛、パートナー愛、愛の全てがその空間には確実にあると言える。アースリーちゃんに、心からの愛と感謝を。

「…………」

 ゆうも無我夢中でおっぱいを吸っているが、やけに静かだ。

「ゆう、泣いてるのか?」

「なんか、自然に涙が出てくるみたい……。もしかしたら、懐かしいと思うと同時に、無意識に悲しいと思ってるのかな。お母さんとお父さん、家族を思い出して……。でも、大丈夫。むしろ、清々しい気分にもなってるから。すごく不思議な気持ち……ずっとこうしていたい……」

 ゆうは、珍しくそこから離れるのが名残惜しそうだった。すでに、クリスはみんなに搾乳魔法をかけ終わっていて、待機しているようだ。本当にあっという間に時間が過ぎていた。

「ゆう、そろそろ交代しよう」

「…………もうちょっとだけ……」

「…………ほら、もうちょっと経ったぞ」

 俺はすでにアースリーちゃんから口を離し、下腹部に移動していたが、ゆうは動かない。

「…………もうちょっと……」

「ユウちゃん……の方だよね? 向こうの世界のこと、お母さんのことを思い出しちゃったのかな? よしよし。いっぱい甘えていいよ」

 アースリーちゃんは、ゆうを優しく何度も撫でた。

「それじゃあ、クリスを先にしよう。リーディア、それでいいか?」

「ええ、こればかりはしょうがないでしょうね。二人でアーちゃんにいっぱい甘えるといいわ」

 シンシアの提案にリーディアちゃんが同意した。素晴らしい配慮だ。

「分かりました。それでは……」

 クリスがアースリーちゃんの左胸に吸い付き、しばらくするとクリスの目から涙が溢れ出してきた。アースリーちゃんはクリスの頭も撫でていた。

「私……まだ……味覚を変えてないのに……なんで……なんで昔のことを……思い出すのでしょう……」

 ゆうとクリスの二人を、優しい目で見守るリーディアちゃんとシンシア。

 甘えたくても、もう二度と甘えることができない家族のことを思い出し、無意識に涙が出るのだろう。ゆうもクリスも吹っ切れているはずなのに、しかし、だからこそ理由が分からず、不思議な感覚に陥り、それが心地良くもある。

 アースリーちゃんの魅力が、また一段も二段も増したようだ。

「リーディアさんがアースリーさんのことを大好きな理由がよく分かりました。私も大好きになりました」

 クリスはそう言うと、再度アースリーちゃんのおっぱいに吸い付いた。

「ゆう、そろそろ……」

「…………」

 反応がない。こうなったら無理矢理引き剥がすか。俺はゆうの上顎を口で挟み、胸から剥がした。

「あ……ああ……! アースリーちゃん……!」

「またあとでもらえばいい。今は順番を回そう」

「うん、ごめん…………。はぁ……まさか、あたしがあんなふうになるなんて……お兄ちゃん、次にあたしがああなったら、また止めてね」

「分かった。まさに、持ちつ持たれつ、だな」

 ゆうの普段の様子からは想像できないかもしれないが、元々は甘えん坊気質だったこともあり、そういう意味でもアースリーちゃんとの相性は良かったのだが、ここに来て、アースリーちゃんの魅力が増したことにより、その気持ちが爆発してしまったのだろう。

 俺が兄としてアースリーちゃんの役割を担えれば良かったが、お互い人間として触れ合える顕現フェイズでもないし、やはり触手の姿では難しい。その分、ゆうとアースリーちゃんの愛が深まるので、それはそれで良いこととしておこう。

「アースリーちゃん、大好きだよ……」

 ゆうはアースリーちゃんにお礼のキスをし、いつものように舌を絡めた。それからは、入れ代わり立ち代わり、それぞれがそれぞれの母乳の味を、味覚を変えながら楽しんだ。

 俺達も彼女達全員の体液を、母乳を含めて摂取し、レベルアップに繋げることができた。取得するスキルは決まっているが、顕現フェイズで触神様に確認することをイリスちゃんと相談したいから、あとにする。

 いよいよ明日の夕方からは、アースリーちゃんの晴れ舞台だ。良いパーティーにしよう。

 俺達はリーディアちゃんにパーティーを開催するホールの扉が施錠されていないかを確認し、あらかじめホールの梁の上に移動した。

 念のため、複数の角度から下を見られるようにしておきたいので、二本ほど触手を増やして、離れて配置させた。諸々の準備は当日行うらしく、ホールでは朝までに誰一人として目にすることはなかった。

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