第七話 俺達と女の子達が辺境伯邸に無事到着して令嬢と友達になる話
十二日目の朝八時、村長宅前には、辺境伯から遣わされた送迎用の馬車と護衛の冒険者が乗った馬が停まっていた。
この三日間で、俺達のレベルは一つだけ上がった。それも、昨日の夜ギリギリだ。俺達は新たに『中縮小化』を取得した。
「『中縮小化』、触手ごと自身の体を六十分間だけ小さくする。最小は十センチメートル。体重も合わせて軽くなる。時間経過後は十分間小さくなれない」
「『中縮小化』で大分楽に体を隠せるようになったから、シンシアの馬に乗りやすいよね」
あのあと、『触手の尻尾切り』の検証もすぐに行い、上手く使いこなせるようになった。
やはり、冒険や戦闘には欠かせない便利なスキルだと再認識した。切り捨て対象指定後は、どれだけ時間が経っても、傷を負った際に痛みはないし、『少再生』が使えない時に致命傷を負えば、自動で切り捨てられることが分かった。
あらかじめ全ての触手を指定しておけば、一度に全滅させられない限り、俺達は必ず生き残ることができる。しかも、その全滅は、俺達がこれから各所に分散することから、国が一瞬で消し飛ばない限り、起こり得ない。
本来、増やした触手にだけ適用されるものだが、触手体の場合はその全てが本体であり触手なので、このようなことが可能なのだ。かと言って、油断していると、スキル無効化のステルスチートスキル持ちに会った場合に即死するから、常に危機感は持つつもりだ。
一応、事前に結界の外にも出てみた。問題なく行き来できたので、境界上でも俺達に結界は通じないみたいだ。
ただ、外に出ても人間のように結界の恩恵に預かることはできないみたいで、普通にモンスターに近づかれた。その際は、無用な戦いを避けるべく、飛びかかられた時点で触手は消した。モンスターがモンスターを襲うことはないのに、触手は襲うのか、それとも怪しい触手体だからだろうか。
「あ、護衛の人が出てきた」
遠くで監視していた触手のゆうが声を上げた。村長宅で挨拶でもしていたのか、護衛の冒険者がドアを開け、外に出てきた。
年齢は二十五歳前後だろうか。茶色のツンツンした尖った髪で、体形は普通だが、腕や脚の筋肉はしっかり付いている。シンシアと同じような軽鎧の装備で、剣士のようだ。身長はシンシアよりも高く、百八十センチ以上はありそうだ。
馬車には村長とアースリーちゃんが乗り、護衛には冒険者とシンシアが付くことになっていた。シンシアの護衛は無償だ。付いて行きたいと我儘を言っているのはこちらだし、元々の護衛の人のプライドもあるからだ。
俺達は、丁度良い大きさまで縮小化し、宿屋から途中で合流したシンシアの右腕に巻き付いていた。薄茶色の外套を羽織っているので、外から俺達は見えない。
シンシアが村長宅の前にいた護衛の冒険者に声をかけた。
「おはよう。今日はよろしく。一緒に行くシンシアだ」
「ああ、よろしく。村長から聞いたぜ。俺はアドだ…………ん? あんた、どこかで……シンシア……? 騎士団長じゃねぇか!」
アドが、正直に名乗ったシンシアを指差して、驚きの声を上げた。
「ご高名な騎士団長様が、なんでこんな田舎村にいるんだよ! それに、何だその格好は! 完全に冒険者の身なりじゃねえか!」
「ここにいる理由は聞かないでくれると助かる。念のために言っておくが、騎士団を辞めたわけではない」
「もしかして、大蛇を退治した女冒険者ってのもあんたか! 城下町ギルドに出入りしてる連中は、あんなローリターンじゃ、こんな田舎村には誰一人来ねぇぜ、って村長には言ってやったんだが、運が良かったみたいだな」
アドの言い方はキツイが、村長への指摘は最もだ。
そう言う彼は、少し早めに来て、ついでに大蛇退治をしようとしていたのだろう。セフ村に近づくや否や、護衛していた馬車から離れ、単独で馬を走らせて村長宅に向かってくるのが、朝六時半頃に監視用触手から見えた。
護衛の仕事を途中で放った、というわけではなく、乗客がいない馬車の護衛はあくまで集落間だけ、ということなのだろう。
「まあ、俺の仕事の邪魔さえしなきゃ何だっていいけどよ。下手に指図されても、俺は言うことなんて聞かねぇぜ。逆に俺からも指図しねぇ。急場のチームワークなんて、信用できないしな」
「腕に自信があるようだな。それに、私に全て任せて楽な仕事で報酬だけもらう、ぼったくり冒険者というわけでもなさそうだ。ああ、すまない。今のは冒険者をバカにした発言ではない。そういう話を聞いたことがあるというだけだ」
「知っての通り、そんなことしたらギルドに通報されて、全国に通知されるからな。嫌な世の中だぜ。重罪を犯した指名手配犯のようなものだからな。実際は冤罪の奴もいるとか。ギルドに釈明するのが面倒で、この国を出て行った奴だっているらしいぜ」
「冤罪か……。それは問題だな…………」
シンシアの声のトーンが著しく下がった。他人事ではないからだ。
「ったく……何とかしてくれよ、国家権力様よぉ……。どうせ、下々の意見とか部下の意見なんて聞いてねぇんだろ? 自分の所に上がってこないから、そんな意見は存在しないとか抜かすなよ。だったら、途中で止められてるんだからな。
正しい意見なのに、具体的な手段も書いてるのに、それをクソみてぇな理由で止められたヤツは、さぞ不満だろうよ。直属の部下を信頼して任せてたって、それを監督してなけりゃ、そいつがいる意味ねぇだろうが。
それとも、上の意見だけ聞いてりゃいいってか? なら、どっちもできる優秀なヤツに任せて、仕事の割り振りイエスマン人形でもやってろよ」
シンシアに対して、アドはここぞとばかりに次々と正論をぶつけた。耳が痛い人もいるだろうな。
それにしても、世界でも有名な騎士団長シンシアに対して、アドは全く遠慮がない。
「返す言葉もない……。しかし、まるで不満を抱く当事者を知っているかのようだが……」
「言っとくが俺じゃねぇし、城の内部の人間だとしても、こんな愚痴を情報漏洩だなんて言うんじゃねぇだろうな。だとしたら、責任転嫁もいいところだぜ。そんなクソルールをありがたがるヤツらの顔を見てみたいね」
「いや、それは問題ない。もしそれが騎士団の話なら私の責任だし、進言しようとしている者は、もちろん評価するべきだ。
ただ、そう言われたら、私にも一人、心当たりがいる。その者は、入団してからメキメキと剣の実力を伸ばし、周囲にも自分の夢や、国家や騎士団の改善案を熱心に語っていたが、ある時、パッタリとそれが止まった。
剣に関しては、成長しなくなったのではない。おそらく分かるのは私だけだろうが、実力を隠すようになり、役割も報告係しかやらなくなった。周囲は、スランプか精神的な病で、木製の武器さえ合わせるのが怖くなったのではないかと心配していた。
私が騎士団長になってからは、部下にはもちろん、その者のケアをしてやってくれとは命じたが、それでも状況は変わらなかったから、私が声をかけた。何でも話してほしいと言ったが、何も話してくれなかった。
今だから分かる。私が雑すぎた。話し合うにしても、受け身ではなく、一つ一つ紐解いていくべきだった。『彼女』の考え方や悩みを……」
どうやら、シンシアが言う『その者』は女騎士らしい。
アドの言う通りの不満はあるだろうが、シンシアと同世代であれば、彼女の才能が突出していることから、劣等感を抱いた可能性もある。
アドとの関係も気になるところだ。情報漏洩でないとは言え、国家の尊厳を少しでも損なうような愚痴をこぼすのであれば、二人はとても仲が良く、アドのことを信頼しているに違いない。
とは言え、必ずしもアドの言った人物とシンシアが言った人物が同一人物かは分からない。と言うより、アドは絶対に認めないだろう。
「……。それは知らねぇけどよぉ、まあ今からでも遅くはねぇんじゃねぇか? おっと、出発の時間みたいだぜ」
村長とアースリーちゃんが家から出てきた。
村長は余所行きのシャツ、蝶ネクタイ、チョッキで紳士の装いだ。
アースリーちゃんの服も、いつもより華々しさがある一方で、純朴さもあり、彼女の魅力が十分に引き出されていた。髪型はいつも通りだが、パーティー前には変えるかもしれない。
「アースリーちゃん、めっちゃかわいい……。ドレスに着替えなくても、あれだけで男いっぱい落とせるよ」
ゆうの意見には同意だ。辺境伯が用意するドレスもそうかもしれないが、今の服は体形が強調されるデザインだから、彼女をまともに見てしまった男は全員、思わず感嘆の声を上げるだろう。
「それでは、どうぞ馬車へ」
御者が案内し、村長と彼女は馬車に乗り込んだ。
結局、ユキちゃんの足はまだ万全ではないので、来られなかった。普通に歩けはするものの、思い切り走ることがまだできず、もしもの時に足手まといになるからと言って、自分から断ってきたのだ。
『勇運』があればどうとでもなりそうだが、間に合わせることができなかった彼女のプライドが許さなかったのかもしれない。彼女は非常に残念がっていたので、俺達が昨夜、たっぷりと慰めてあげた。
なぜ『勇運』で『間に合わせることができなかったか』については、ハッキリとは分からないが、チートスキルよりもクリスタルの影響の方が強いからだろうとイリスちゃんと俺は見ている。例えば、どんなに頑張ったとしても万全の状態になるまで一週間かかる、とか。
二人には、見送りに来なくてもいいとアースリーちゃんが断った。単に、朝食時で忙しいだろうからという理由だけで、他の意図はないとのことだった。彼女が言うならそうなのだろう。変に気を遣う必要はもうないのだから。
「俺は馬車の前方に付く。隣村までは、馬を休ませる以外の目的で長時間の休憩はしない」
「了解した。それでは、私が後ろから見張ろう」
二人はそう言って、進み出した馬車の護衛に付いた。
俺達は徐々に縮小化を解き、シンシアの右腕から胴体に移動して、ぐるぐると巻き付くことにした。流石に七メートルの触手の重みを感じさせるのは忍びないが、仕方がない。
ただ、俺達は思ったよりも軽いらしいので、重くても四キログラムぐらいじゃないかと予想している。何かあった時は、また縮小化して右腕に戻る。
隣のダリ村までは、馬車で三時間ほどで、約三十キロ。そこからレドリー領中心部までは、休憩を入れて六時間。ギリギリ夜までに到着する予定だ。
結界の効果でモンスターに襲われることはないし、仮に馬車が壊れても、御者を含めて村長とアースリーちゃんを馬に乗り換えさせればいいだけだ。
また、この近辺で盗賊が出ることもない。国境とレドリー領が比較的近く、盗賊でもやろうものなら、いずれかに駐在しているレドリー領の専属軍が、すぐさま討伐に向かうことが知られているため、今では影も形もないらしい。
そういう意味では、この近辺での馬車の護衛は安全で楽な仕事と言えなくもないが、拘束時間は長く、冒険者にとってはつまらないのに、絶対に失敗できないプレッシャーはあるから、あまり受注する人がいない、とイリスちゃんは言っていた。同時に、人手不足だから、報酬はそれなりに高いんじゃないかとも推察していた。あくまで、この近辺での話で、前にイリスちゃんから聞いた通り、護衛の仕事自体は多いらしい。
そして、特に何事もなく、俺達は予定通りダリ村に到着し、シンシア達は昼食で腹を満たしていた。その間、俺達はシンシアの右腕に縮小化して巻き付いていた。周りは見えなかったが、セフ村よりも人数が多く、活気があったように思えた。
「よし、じゃあレドリー領中心部に向かうぞ。トイレは済ませておけよ」
アドの意外にも親切な声がけのあと、シンシアとアースリーちゃんの出発前のトイレは俺達で済ませ、村長もどこかで用を足してきて、準備は整った。
「なんかシンシアが震えてるような……体調悪くなった?」
ゆうの言葉で、シンシアが確かに震えていることが分かった。馬に乗ってもその震えは収まらず、ダリ村を出て、誰も周りにいないことを確認してから、俺達は彼女の顔を下から覗き込んだ。
「…………」
シンシアは、覗き込んだ俺達に気付いてさえいないようだ。彼女は前を真っ直ぐ見ているが、その顔が少し青ざめているように見えた。
俺達はもう少し彼女の視界に入るように顔を出した。
「あ、シュウ様……どうかしましたか? もしかして、震えているのが伝わってしまいましたか? 申し訳ありません……」
俺達は彼女の両頬を舐めて、質問を肯定した。
「お気持ち、ありがとうございます……。その……おそらく、怖いのです。ジャスティ城に少しでも近づくのが……。頭では大丈夫だと分かっていても、身体が受け付けていないのかもしれません。
これまでは、城から離れるように移動してきて、セフ村からダリ村に行くのも距離では遠ざかっていたので、震えが起きなかったようです。あなた達が一緒にいてくださるのに……。もちろん、信じていないわけではありません。自分が情けなくなります……」
シンシアは、仮説ではあるものの、自分の反応を冷静に分析できていた。分かっていても、どうしようもないこともある。俺達で何とか元気付けてあげたいところだ。
「シンシア、あたしが元気にしてあげるね」
俺と同じことを考えていたのか、ゆうはそう言ってシンシアにキスをした。そして、すぐに口の中に入り込み、舌を絡ませる。
「ん……ふ……ぁ……」
シンシアの吐息が漏れた。口の端から垂れた唾液は俺が舐め取る。
彼女が気を取られて落馬しないように、増やした触手を彼女の体に巻き付かせ、鞍に吸着して支えた。当然その間は、代わりに俺達が周りを警戒するようにした。
キスは約五分続いた。シンシアの体からは、力が完全に抜けていて、俺達で支えておいて良かったと思えるほどだ。
ゆうがついに彼女の口から離れ、最後に軽くキスをした。
「シュウ様……ありがとうございます。文字通り、あなた達に支えていただいて、私は前に進めるのだと実感しています」
シンシアの震えが止まり、笑顔になってくれたようで良かった。そう簡単に克服できるものでもないと思うから、彼女がまた震えだした時には、その美しくもかわいい笑顔を見るためにも、何度でも元気付けてあげたい。
「アースリーは大丈夫でしょうか。彼女も同じように緊張が高まっているかもしれません。私と違って、今の彼女にはシュウ様が付いていないから心配です。休憩の時に聞いてみますね」
自分のことだけでなく、アースリーちゃんにも気を遣えるシンシアは、やはり有能な騎士団長の器だ。
「そうだったんだ……シンシアさんが……私は何とか大丈夫です。怖くないってわけじゃないですけど、少しでも怖くなったら、目を瞑ってシュウちゃんとの日々を思い出してました」
休憩中、街道から少し外れた木陰で、シンシアが道中で無意識に抱いた強迫観念を、アースリーちゃんに吐露したことに対して、彼女は心配した表情でシンシアを気遣うと同時に、恐怖対策を語った。
「なるほど、それは良いアイデアだな。しかし、私は馬に乗っていて目を瞑れないからなぁ……」
「いいじゃないですか。何度だってシュウちゃんに慰めてもらえるんですから。私自身、前よりも不安になりやすくなったと思います。でも、シュウちゃんがいてくれるから、そんな自分を受け入れてもいいんじゃないかと思うようにもなったんです。
だからそういう時は、ハッキリと声に出すようにしました。恥ずかしくたっていいじゃないかって。シュウちゃんには、そういうところも含めて全部見せても大丈夫なんですから。
もちろん、ちゃんと成長はして行きたいと思ってますよ。そうじゃないと、甘えてるだけになっちゃうので……。シュウちゃんならそれでもいいって言ってくれるかもしれないけど、それじゃあ他のみんなみたいに役に立てない私は本当のお荷物になっちゃうから、少しでも、どんなことでも頑張りたいんです。
でも…………シュウちゃん、今は私も慰めてー」
そう言って、シンシアとそこに隠れる俺達に抱き付いてきたアースリーちゃん。
彼女は、豊満なボディと優しい表情から受ける母性の印象が見た目として強いが、甘えたがりの子どもの特性も有しているので、そのギャップとお互いに甘えられる関係が彼女の真の魅力なのだと再認識した。
ゆうは、甘える彼女に周りから見えないようにキスしてあげていた。アースリーちゃんと似たようなことを、ゆうも前に俺達が大号泣した時に言っていたな。
だから、ゆうとアースリーちゃん、二人の相性が良いのか。心の底から共感しているのだ。ゆうと俺、アースリーちゃんと他のみんな、それぞれの構図が同じだったから。
「そうか、確かにそういう考えの方が、気が楽だな。シュウ様のお手を煩わせることになってしまうのは申し訳ないが、その分は誠意を持ってお返しすればいい、か。
ありがとう、アースリー。シュウ様、すでに返しきれない恩ではありますが、どうかご容赦ください!」
抱き付かれて微動だにしないシンシアは、思ったより頭が柔らかいようで、アースリーちゃんの一言で吹っ切れたみたいだ。恩返しを忘れないところは、騎士らしくしっかりしているが、それはそれで堅すぎず柔らかすぎず、バランスが丁度良いのかもな。
このやり取りから、二人とも精神的には大丈夫そうだと感じた。
「そろそろ行くぞー」
アドの掛け声で休憩を終えた俺達は、改めてレドリー領に向けて出発した。
「シュウちゃん、今お話しできる?」
活気があるレドリー領の街に入ってから、伯爵邸までもう少しという所で、セフ村にいるイリスちゃんから、監視用の触手に合図を送られ、近づくと声をかけられた。
俺は頬を舐めて肯定した。
「それじゃあ、話すね。結論から言うと、アースリーお姉ちゃんに辺境伯を暗殺する催眠魔法がかけられてるかもしれないから、常に監視していてほしい。有能な魔法使いが近くにいれば、催眠魔法がかけられているか分かったり、解除できたりするかも。
でも、流石だよ、シュウちゃん。こう考えたのは、シュウちゃんが催眠魔法について調べてほしいって言ったのがキッカケだから。
ユキお姉ちゃんのリハビリが落ち着いてきたから、まだ読んでない魔法書を読ませてもらった時に、催眠魔法についての記述を見つけて、詳細を知ることができた。今回の話に関係する箇所だけ挙げるね。
対象者の精神状態によって成否が変わる、
術者の魔力量によっては長期的な催眠も可能、
催眠魔法使用時の対象者の記憶を思い出させない、
第三者の魔法使いは催眠状態を判別できる、
催眠解除の成否は術者と解除者の魔力量の差によって変わる、かな。
実際に、昨日と今日で聞き込みをしてみたら、アースリーお姉ちゃんがパーティーに誘われた時に居合わせた人が複数いて、その中の男の一人が村では見ない顔で、さらに、彼女が村長から離れて一人になった時に声をかけていた、っていう証言が得られたんだよね。
声をかける人と魔法使いが別々の場合も当然あり得る。セフ村の人達は人が良いから、目撃者は、彼女が変な魔法をかけられるなんて夢にも思わなかっただろうね。
長期催眠が可能だとすると、アースリーお姉ちゃんが狙われた理由も納得が行く。魔法使いは辺境伯を狙って、あるいは監視するためにセフ村に来た。屋敷には潜入できず、道中も護衛がいて中々手が出なかった。都合良く、村娘がパーティーに誘われていることを知って、その子を使って暗殺しようとした、と考えても不思議じゃない。
それは、シンシアさんの追放騒動のような、直接の武力行使ではなく、遠回しの国力低下作戦を連想させる。その手口から、この魔法使いが、シンシアさんを陥れた内の一人、コレソと同一人物、あるいは同集団のスパイである可能性がある。つまり、他国のスパイがアースリーお姉ちゃんに辺境伯暗殺の催眠魔法をかけたことを否定できない。
ただし、対象者の精神状態が悪化している時にかけた催眠魔法は、精神状態が万全になったキッカケで解除される場合もあるって書いてあったから、現在も催眠状態が続いているかは分からない。だから、念のため。
ちなみに、コレソらしき人物はもうセフ村にはいない。ユキお姉ちゃんが村全体を覆う魔力感知をして、魔法使いがいないことを確認したから。結果を見届けるために、今はレドリー邸近辺に潜伏してるかも。
私は、正直この線は限りなく薄いと思ってた。でも、魔法について知れば知るほど、普通にあり得ると考えるようになった。もちろん、今のところ証拠はないけどね。
でも、やっぱり色んな事を知ってないといけないね。シュウちゃんがこの考えに辿り着いていたってことは、魔法がない向こうの世界では、魔法について私達以上に色々と想像されていたのかな」
俺も正直に言うと、そこまで考えていなかった。正確には、ぼんやりと、何となく、モヤモヤしていたという感じだった。それをイリスちゃんは言語化してくれた。
と言うのも、アプローチが複数あって、その結果が判明した場合に、一つのアプローチだけが正しいと俺は思い込んでいて、脳の容量と処理能力の限界もあるから、それ以外は忘れるようにしていたが、イリスちゃんはそうじゃなかった。俺がもう忘れていたことを、あの時に簡単にでも伝えておいて良かった。
今回、アースリーちゃんの不安を煽ったのは、大きく分けると、自分自身の精神力の弱さ、悪意ある魔法使い、呪い、あるいは最後に判明した碧のクリスタルのデメリットのいずれかだった。
結局、イリスちゃんに効かないだけで、クリスタルのデメリットの可能性が最も高く、最終的にアースリーちゃんの不安は解消されて、めでたしめでたし、他の可能性は記憶から消去、と思っていた。
しかし、イリスちゃんが当初話題にした『動機が不明』が、実現可能な方法を知ることによって想像できるようになった。そして、悪意ある魔法使いの動機を考えると、その先の目的がまだ残っている恐れがあった。どういうことか。
例えば、不安を煽ることによって催眠状態にさせやすくし、暗殺を指示、不安を解消しても、暗殺指示の催眠は消えないとか、実は、不安の煽りには失敗しているが、クリスタルのデメリットにより、彼女の精神状態が偶々不安定だったので、催眠には成功しているとか。もちろん、催眠にも失敗している可能性や、不安の解消と催眠の解除が同義の可能性もある。
いずれにしても、頭に入れておかないと、大変なことになってからでは遅い。俺達はイリスちゃんに了承の合図をして、意識をレドリー邸の方に移した。
邸宅は高い壁で覆われていて、重厚な門が正面に鎮座している。門前には、剣士二人と魔法使いらしき一人、合計三人の門番が配置され、超人や魔法使いでない限り、容易に侵入することは難しい。スパイ暗躍説が正しいとすると、おそらく魔法使い対策もされているのだろう。
門が開けられて、そこを馬車が通るのかと思いきや、まだ閉じたままの門の前で村長とアースリーちゃんは降ろされた。どうやら、馬車や馬は邸宅の敷地内ではなく、別の場所で管理しているようだ。シンシアもそこへ案内されていた。
「俺はここで一度お別れだ。パーティーの翌日にまた来る。じゃあな」
アドはそう言って、颯爽と街の方へ戻っていった。てっきり、レドリー邸でも護衛の仕事を継続するのかと思っていたら、そうではないらしい。
俺達は、触手を増やし、シンシアの体から地面、壁を蔦って、門の上に辿り着いた。
「パーティーに参加する方のお名前は?」
少し間があったあとに、門番の剣士の一人が村長とアースリーちゃんに質問した。
「あ、アースリー=セフです。こちらは私の父です」
「アースリー=セフ…………確認できました。先程の馬に乗っていたお連れの方は……」
「あの人は、シンシアさんです。フルネームは……何だっけ? 聞いてなかったかも」
「シンシア……フルネームをお願いします。パーティーのリストにないと入れません」
「え、そうなんですか? あ……シンシアさん! リストにないと入れないって!」
急いで戻ってきているシンシアに、アースリーちゃんは大声で呼び掛けた。
「そうなのか? うーむ、セフ村から事前に手紙は出しておいたのだが、まだ届いてなかったか? 私はシンシア=フォワードソン、ジャスティ国騎士団長だ。アースリーの友人でもあるが、朱のクリスタルについて聞きたいことがあるため、レドリー卿にお目通し願いたい。
訳あって冒険者の格好をしているが、私の名前と容姿を彼に伝えてくれ。何度か会っているから本人だと分かるはずだ」
シンシアがあらかじめ手紙を出しているのは流石だ。
そう言えば、アースリーちゃんも叔母宛に書いてたな。ユキちゃんとさらに仲良くなったことを報告したようだが、どちらも田舎だから、いつ届くかは分からないそうだ。
「やっぱり騎士団長なのか⁉ 確かに前に見た時もこんな顔だったような……」
「俺も見たことあるぞ……まさかとは思っていたが……」
門番の剣士同士が、小声で顔を見合わせて戸惑っていた。魔法使いはブツブツ何かを言っている。魔法の詠唱か? アースリーちゃんに害が及ぶようなら飛びかからないといけないが……。
「少しお待ちください。レドリー卿に確認を取って参ります」
剣士の一人が門を少し開け、中に入っていった。魔法使いは詠唱を止めたようだ。
「失礼しました。話は聞いていたのですが、『イタズラかもしれないから、本人と話して手紙の内容を伝えてきたら、その口調と容姿をレドリー卿に報告するように』と言われまして……魔法による変装でないことも確認しました」
許可が出る前にそれを言っていいのかと少し思ったが、門番達もシンシア本人だと確信しているのだろう。
それにしても、辺境伯はかなり用心深い人物のようだ。馬車には誰が乗っているか分からないから敷地外で降ろし、単騎なのに降ろすのも強襲対策や逃げ足を断つためだろうし、手紙主の確認も怠らない。雇用の際も注意していることが容易に想像できる。アースリーちゃんを同伴無しで一人だけ誘ったのも、その用心深さ故だろう。
これでは、スパイが手を出せないのも納得だ。魔法で変装を見破れることも分かった。特殊メイクを見破るのではなく、おそらくは変装魔法のことだと思うが、俺が思っている以上に、魔法には柔軟性があるようだ。
「確認できました。どうぞお二人はお入りください。父君はここまでです」
中に入った剣士が戻ってきて、門を二人が通れるぐらいまで開けた。全開にしないのも理由があるのだろう。
「アースリー、頑張るんだぞ! お前なら大丈夫だ! 絶対大丈夫だからな!」
「うん、お父さん。ありがとう。でも、ちょっと恥ずかしいよ……」
両手を前で握りしめて、恥ずかしげもなく応援する村長に、アースリーちゃんは気恥ずかしそうにポリポリと右頬を掻き、少し赤くなっていた。
改めて思った。やはり、村長はアースリーちゃんのことを、どこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だと思っていたからこそ、彼女がパーティーに誘われて落ち込んでいた理由が理解できなかったのだ。
アースリーちゃんも今ならそれを理解できる。だから、少しの恥ずかしさはあれども、その応援が負い目ではない。愛していたからこその悲しいすれ違いだったが、悲劇が生まれなくて本当に良かった。子どもを一生懸命に応援する父親の図を目の当たりにして、俺は嬉しさを噛み締めた。
門が閉じるまで、村長とアースリーちゃんは目を離さず向かい合っていた。
「アースリー、今のところ予定通り、変更はない」
「分かりました」
シンシアの言葉に頷くアースリーちゃん。
何かトラブルがあり、あらかじめ立てた予定を大きく変更する場合には、俺達がシンシアに合図をすることになっていた。と言っても、その予定とは特段重要なことではなく、俺達をどのように屋敷内に入り込ませ、いつ俺達とコミュニケーションするかの調整にすぎない。
二人はそのまま屋敷の扉まで進み、扉の前にいたメイド二人に会釈すると、その扉が開かれた。
「ようこそ、アースリーさん。そして、シンシア。本当に来るとは驚いたよ。しかも冒険者姿で」
辺境伯が出迎えてくれて、それぞれと握手をしているようだ。
「この度は、ご招待いただき、ありがとうございます。光栄に存じます」
「急なお願いにもかかわらず、ご対応いただきありがとうございます。また、このような姿で大変失礼いたします。理由は後ほど二人の時にということで、どうか今はご容赦ください」
社交的で丁寧な挨拶を二人は済ませた。
「二人が知り合いだとは思わなかった。その経緯もあとで聞くとしようか。まずは、部屋への案内だが、アースリーさんはこのような場は初めてだと前に聞いたね。マナー講座をご希望なら、今日は部屋での夕食、そうでなければ私達と一緒に夕食だが、どうしようか」
「はい、マナー講座を受けたいです」
「レドリー卿、私もアースリーとマナー講座を受けたいのですが、よろしいでしょうか」
「え? 君は必要ないだろ? てっきり、私と食事すると思っていたが……。なるほど、そういうことか……。どうやら、私の配慮が足りなかったようだ。イレギュラーへの対応が、私もまだまだだな。
アースリーさん、私の説明不足で君を不安にさせてしまったこと、申し訳ない。まずは、目的を先に話しておいた方が良いだろう。
今回、君をパーティーに招待したのは、単に魅力的だったからというだけではない。パーティーを通じて、私の娘、リーディアと友達になってほしいからだ。もちろん、私の息子達を気に入ってくれれば、それはそれでいい。
私が言うのもなんだが、私の娘も君に負けず劣らず魅力的でね。ただ、友達を作ろうとしないんだ。人を選んでいる気さえする。
そんな時、セフ村の話を聞いてね。実際に聞いたのは村の悪口だが、その貴族が言う反対のことが正解だろうと思って、視察に行ったら、やはり反対だった。
確かに我々と比べると文化は遅れている。だが、笑顔が絶えない村人、人当たりの良さ、ここに住んだら不便ではあるが楽しそうだと思える生活環境を目の当たりにして、それらを成り立たせているのは、セフ村一人一人の優しさなんじゃないかと想像させてくれた。
そこに住む村長の娘だ。性格は絶対に良いはずだと思い、外見も性格も最高の女の子で、年齢が近ければ、リーディアも友達になりたいと思うのでは、と浅はかに考えて誘った。名前も似ているからね。
これが目的と経緯だ。君を一人だけ誘ったのは、私の危機管理の一環というのもあるし、父親が一緒にいると、娘とあまり話せないのでは、という考えからだ。
部屋での夕食は仲間外れにしようとしているのではなく、場合によってはリーディアが君にマナーを教えることで、二人で話すチャンスが来るかもしれないと思ってのことだ。まあ、それはまだ彼女に話していないから、そうなるかは分からないがね。
正直に言うと、その可能性は低いから、結果的には少し寂しい夕食になるかもしれないのは否定できない。シンシアはそのことを知らずに、君を気遣ってくれたと思うが、そのような意味でも、彼女と一緒に食事してもらった方が良いかもしれないな。
それと、私一人だけならマナー講座を受ける君と一緒に食事してもいいが、多くの給仕にそれを見られるのは恥ずかしいのではないかという理由で、受けるなら部屋の方がいいだろうと判断をした。
かなり願望が入っていて、穴だらけの論理だとは思うが、そういうことだ。改めて、どうか娘の友達になってはくれないだろうか」
自身の考えを詳細に披露した辺境伯。
確かに配慮不足はあったが、こう聞くとよく考えているし、それを惜しげもなく率直に話してくれたのは好感が持てる。とてもプライドが高い貴族とは思えない。シンシアが言っていた通りだ。おそらく、そういうことはあまり気にしない人なのだろう。
「わ、分かりました。頑張ります!」
アースリーちゃんは、真剣な表情であろう辺境伯の願いを叶えようと、快く承諾した。
すると、シンシアもおそらく真剣な表情で一歩前に出た。
「レドリー卿、大変失礼ですが、申し上げなければいけないことがあります。あなたの説明不足で、アースリーは、相当なプレッシャーを負って、色々なことを考えてしまい、心が押し潰されそうになった。
その結果、自傷行為にまで発展しそうになった。それは運良く回避され、今では元気になりましたが、我々貴族は言葉を一つ間違えるだけで、他人の人生を簡単に崩壊させることができる。それを肝に銘じなければなりません」
「そうだったか……。アースリーさん、改めて謝罪させてほしい。本当に申し訳ない。我が国の宝を失うところだった。お詫びのしようもないが、国賓級のおもてなしをすることで許していただきたい。シンシア、教えてくれてありがとう。流石、真っ直ぐで誠実、騎士団長になるべくしてなった存在だ」
この二人、すごいな。アースリーちゃんの身を真剣に案じ、辺境伯に対して、物怖じせずに物を言うシンシア。それをしっかり受け止め、謝罪、反省し、指摘されたことに感謝までする辺境伯。本当に貴族か? 俺が知ってる貴族じゃないぞ。
腹の探り合い、間接的な言い回し、絶対に謝らない、文句には激怒、下の階級はゴミと思っている、が当たり前じゃないのか? 村長に嫌味を言った貴族が典型だろう。
「なんか、振り上げた拳の下ろし場所がなくなっちゃった感じだね。レドリー卿、良い人じゃん。シンシアはすごいかっこよかった。あたし達からは何も言ってないのに」
ゆうの言葉からは少しモヤモヤしているとも受け取れるが、二人とも褒めていることから、わだかまりは一切なさそうだ。
「別に辺境伯に振り下ろそうとしていたわけじゃないが……。実際は、辺境伯だけじゃなくて、クリスタルのデメリットだったり、スパイが原因の可能性もあるからな。でも、そうだな。シンシアのおかげでスッキリしたんじゃないか? と言うより、二人とも清々しく感じたな」
貴族としての責任を重く受け止めている二人の話を聞いて、こういう人達ばかりだと良いんだがと、俺は期待と不安を同時に抱いた。
「おっと、すまない。長い間、立ちっぱなしにさせてしまった。朱のクリスタルや積もる話は、明日の午前でもいいかな? 夕食後は、門番と別の魔法使いから今日の報告を聞かなければいけなくてね……。
アースリー様を国賓部屋にお連れしなさい。そして、くれぐれも国賓としておもてなしすること。シンシアには彼女の希望する部屋を用意しなさい。それじゃあ、私は失礼するよ。ああ、さっきの話はリーディアには内緒にしておいてほしい。怒られてしまうからね」
メイドに部屋の案内を頼んでから、口元にチャックをするジェスチャーとウィンクをしたかのような明るさで辺境伯は俺達から離れていった。
「シンシアさん、どうしよう。国賓級の部屋なんて……」
「遠慮することはない。貴族の詫びを受け入れるのも大事なことだ。相手にとってもな。堂々としていればいいさ。どうしても不安なら、予定通り私も一緒の部屋に泊まろう。おそらく、ちょっとした仕切りもあるはずだから、私は私で用を済ませられると思う」
シンシアの用とは、何かあった時に緊急で俺達と話すことだ。まだ周囲の目があるので、俺達のことを少しも示唆できない。
「うん、そうしてもらえると助かる」
「よし。それじゃあ、私は彼女と同室で頼む」
シンシアがアースリーちゃんと同じ部屋に泊まることをメイドに伝えた。
その後、案内された二階の部屋の前で、室内の明かりが灯されるのを待ってから、中に入った俺達は、目を疑うような豪華さを至る所に感じる内装を見て、思わず感嘆の声を上げた。
天蓋付きのベッドはもちろんのこと、金色に光り輝く壺や、絵画の額縁、机や本棚、寛げるソファーでさえも輝きを放っている。
しかしながら、部屋全体で見た時には不思議と調和がとれていて、成金趣味のような嫌な感じはしない。部屋が不快だと、おもてなしどころではないから、まさにその一環と言えよう。
部屋の棚にはチェス盤らしきものもある。やはり、こちらの世界にもチェスはあるのか。駒の形は俺の知っているものと大体同じだが、クイーンの形だけ大きく違う。何を表しているのかは、指せる人に聞いてみないと分からないが、チェスの歴史で、女王の前は宰相、大臣、将軍のいずれかだったと聞いたことがあるので、宰相っぽい気はする。
「それでは、夕食の準備をいたしますので、恐れ入りますが、三十分ほどお待ちください。マナー講師もその際にお連れいたします」
「あ、はい」
アースリーちゃんが扉の前にいるメイドに振り返って返事をした。実践形式というわけだ。
メイドが扉を閉め、ようやく俺達だけになった。
「シュウ様、姿を出しても大丈夫です。どうぞ、黒板とチョークです」
シンシアは持っていた荷物袋の中から、筆記用具を取り出した。俺達は彼女に巻き付いていた体を解き、その筆記用具を受け取ると、テーブルとソファーの付近まで二人を誘導した。
辺境伯の屋敷では砂を使えない。一般家庭と違って、砂の処分が面倒だし、その場に残すと不審に思われるからだ。俺はイリスちゃんから聞いた話をすぐに二人に伝えた。
「私が催眠魔法に……う、うん、分かってる。可能性だよね。さっき辺境伯と対面した時は何もなかったけど……」
『実現可能な範囲でしか行動しないのかも。殺傷可能な物を持って辺境伯の近くにいる時とか、毒を盛れるタイミングとか。その機会を作るための行動をするかもしれない。
まずは、催眠魔法がかけられているかの確認だ。辺境伯は門番の魔法使いの他にも魔法使いがいるような言い方をしていた。つまり、この屋敷には少なくとも二人の魔法使いがいる。ある程度の事情を辺境伯に話して、許可をもらった上で、どちらかに頼んでもらいたい』
「分かりました。私も今日はできるだけアースリーの側にいるようにします。明日、レドリー卿と話す時に許可をもらいます。アースリー、今日は一緒に風呂に入ったり、寝たりすることになるがいいか?」
「はい、もちろん。あの……シンシアさん、さっきはありがとうございます。私のために辺境伯に怒ってくれて。すごく嬉しかったし、かっこよかったです」
「いいんだよ。私自身、気付いたら言葉にしていた。アースリーが辛かった時の話を聞いている内に、いつの間にか私にとっても君が大切な存在になっていたんだ。もちろん、ユキもイリスも大切だし、彼女達も君のことを大切に思っているに違いない」
「私もシンシアさんのこと、大切に思っています。ユキちゃんもイリスちゃんも絶対そうですよ」
「ありがとう。私は君達と出会ってからまだ日が浅いから、どう思われているか不安だったが、そう思ってくれているのなら嬉しい」
二人はソファーに座りながら抱き締め合った。
「尊い友情だね……触手になってからこんなシーンがたくさん見られるなんて思わなかったな」
ゆうが物思いに耽っていると、コンコンと扉を叩く音が聞こえた。俺達は分散してベッドの下と置物の陰に隠れる。
「どうぞー」
「失礼いたします」
アースリーちゃんが促すと、三人のメイドが部屋に入ってきて、その内の中央のメイドが口を開いた。
「夕食の準備が整いました。実際にお食事しながらマナーを習得していただくことになります。申し遅れました。私、リアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします。アースリーです」
リアと名乗ったメイドは、肩甲骨の下辺りまで伸ばしたブロンドの髪を束ねており、しっかりとした佇まいでスタイルも良く、一つ一つの動作が洗練されていた。
年齢はアースリーちゃんぐらいだろうか。端正な顔立ちで、メイド服を着ていなければ上流貴族の娘と間違えるほどの気品がある。おそらく、この子がマナー講師だろう。
彼女は、アースリーちゃんのことをじっと見たあとに、流れの説明を始めた。
「それでは、食事についてのマナーを一つ一つ確認していきます。パーティー当日は立食ですが、まずは着席でのマナーから始めます。明日の昼食からは、食堂で実践していただきます」
両脇にいたメイドの内の一人が、持ってきていたワゴンから前菜を取り出し、食事用のテーブルに置いた。
アースリーちゃんは、姿勢やナプキンの使い方、ナイフとフォークの使い方や置き方、料理を残す際の注意等、様々なことを教えられているようだった。時折、日常会話が挟まり、コミュニケーションの仕方までもがマナー講座の内容に含まれていて驚いた。
そして、驚いたのはそれだけではない。
「セフ村とは、とんだド田舎から来たものですね。私なら恥ずかしくて参加を辞退していますわ」
「なっ……! そ、そんなことはありません! 素晴らしい村です! みんな優しくて、笑顔が絶えない村です!」
「はい、それではダメです。感情的になってはいけません。そういう場合は、辺境伯の名を使って、『とても光栄なことに、レドリー辺境伯から直接お誘いいただきました。それを辞退する不届き者など、余程愚かでない限り、ここにはいないはずですが?』と嫌味ったらしく返してください」
「えぇ⁉ い、いいんですか?」
リアさんがノリノリで憎たらしい貴族を演じて、アースリーちゃんにダメ出しをする。そのダメ出しも、貴族に恨みでもあるのかというような、ぶっ飛んだ内容だった。
「社交界に憧れるあまり、その牛のようなだらしない身体で関係者を誘惑したのではなくて?」
「い、いえ。だらしなくないです。日々、スタイルの維持を頑張っています」
「はい、ダメです。必ず、相手を遠回しに罵ってください。『どうやら、ここには醜い豚が紛れ込んでいるようですね』と付け加えてください。相手が怒ったら、『あなたのこととは一言も言っていないのですが、自覚がおありのようで』と追撃してください」
全く遠回しではないセリフがリアさんの口から次々と飛び出す。彼女のテンションは、すでにフルスロットルのようだ。
「あー、少しいいだろうか。横から口を出してすまないが、そういう返しはアースリーの個性と合っていないと言うか、彼女の魅力を極端に落としてしまうのでは? 彼女なら、そのままでも周りを魅了できると思うが」
同じテーブルで食事をしていたシンシアが、リアさんに対して、アースリーちゃんの良さを語った。
「シンシア様、あなたは騎士団に入る以前に上流貴族ですので、パーティーでの女同士の醜い争いをご覧になっていないと推察します。
辺境伯の見ていないところで、わざわざ階級差が二つ以上ある婦人や娘を見つけて、嫌味を言いに行く連中が存在するのです。仮に同じ階級でも、同様にマウントの取り合いです。少しでも引いたり負けたりすると、次のパーティーではその噂が広まっています。
如何に、アースリー様に魅力があろうと、足を引っ張るのが趣味の愚かな者達がいるのです。しかも、大勢。これは彼女に剣と鎧で武装させる自衛の手段でもあるのです」
早口でまくし立てるリアさん。随分と詳しいな。まるで自分で体験したことがあるかのようだ。
「う、うーむ……確かに見たことはない。気にしていなかったと言った方が正しいだろう。そんな世界がすぐ側にあったとは知らなかった……。それなら、私がパーティーでアースリーを守るというのはどうだ? そういう者は私が往なす」
「……その方法では、彼女が別のパーティーに参加した時に、一人で対応できず、困ったことになります。アースリー様は、今回のパーティーだけに留まる器ではありません。騎士団長であるあなたが、彼女とずっと一緒にいるわけにはいかないでしょう?」
リアさんの反論は、いずれも正鵠を失っていなかった。
とは言え、それではアースリーちゃんがアースリーちゃんでなくなってしまうことは、この場の全員が理解しているだろう。
「そうか……。それなら、君がアースリーの友達になって守ってあげてほしい。リーディア嬢」
「それは、そうした……ぃ……っ! なんで……私だと……」
シンシアも気付いていたか。マナー講師リアさんは、辺境伯の娘、リーディアちゃんだった。彼女は驚いた表情でシンシアを見ている。
周りのメイド達の様子から、彼女達はリーディアちゃんだと知っていたようだ。
「前に会った時から随分と雰囲気が変わられたようだが、たとえ見た目や声色を変えたとしても、そのオーラは隠せないさ。マナーだけでなく、パーティー事情にも妙に詳しい上に、私と今みたいに話せる人は、大体限られているからな」
加えて、個性を剥き出しにしたマナー講師でありメイドだ。目立たないわけがない。
辺境伯は、可能性は低いと言っていたが、娘の説得に成功していたようだ。知ってしまえば、偽名も分かりやすい。
「う……」
リーディアちゃんは恥ずかしそうに俯いていた。シンシアが続ける。
「先程の口ぶりと行動から察するに、君は過去のパーティーで嫌なことがあり、人間不信になった。特に貴族の妻や娘に対して。
ただ、レドリー卿が直接誘った、べた褒めのアースリーのことが気になり、メイドのマナー講師に扮し、様子を見に来た。彼の言う通りの存在だった魅力溢れるアースリーに惹かれ、彼女を守ろうと、過激な社交辞令を教えた、というところだろうか。
リーディア嬢、君が言いかけた続きを聞きたい。君がアースリーを守れない理由があるのなら教えてほしい」
シンシアはリーディアちゃんを真っ直ぐと見つめ、答えを促した。アースリーちゃんも心配そうな表情でリーディアちゃんを見ている。
「…………か、勝手な推察をしないでくださる? 私は彼女のことなど、どうでもいいのです! ただ変装して、変なことを吹き込みたかっただけですから! あーあ、興が削がれましたわ。私はこれで失礼します。代わりの講師を連れてきますからご安心を」
リーディアちゃんはそう言うと、扉の方を振り向き、帰ろうとした。
「待って! ……ください」
アースリーちゃんが立ち上がり、リーディアちゃんの右手首を掴んで引き止めた。
「な、なんですの? 変なことを教えられて、怒っているの?」
「そうじゃありません! 質問があります。本心を言わずに強気に振る舞う今のリーディアさんと、あなたが嫌う貴族の女性達、何が違うんですか? 私にはどちらも悲しく感じます。
でも、見えない所に決定的な違いが確実にある。それは、あなたは今のままでいいと思っていない、ということです。だから、ここに来た。もしかしたら、何かが変わるかもという希望を持って。
私の様子をただ見に来て、バレないようにマナーや社交辞令を教えて帰ったって、私が変わるだけで、何にもならないじゃないですか。仮にあなたの言う通り、私が変な対応をして、パーティーで女性達から憎まれることになっても、あなたはそんなくだらないことを娯楽にするような人ではないはずです。
あなたは、絶対に優しい。そうじゃないと、こんな行動はとらない。でも、怖がり。だからこそ、信頼関係の構築に慎重になって、常に人を見極めようとしている。
私は思っていることを言いました。あなたの思っていることも教えていただけませんか? 私のことをどう思ったかも含めて。そこで初めて『変わる』んだと思います」
「ぁ……ぁ……」
リーディアちゃんは、目を見開き、口も開いたまま、小さく震えていた。
シンシアが二人のメイドに対して、席を外すよう合図すると、すぐに彼女達は音を立てずに静かに部屋の外に出た。
リーディアちゃんの足はまだ震えている。
「まだ怖いですか? じゃあ……」
アースリーちゃんが震えているリーディアちゃんに近づき、彼女を正面から優しく抱き締めた。身長はアースリーちゃんの方が高いので、自然と彼女の胸の当たりにリーディアちゃんの顔が来る形だ。
「ほ、本当に……本当にいいの?」
「うん、いいよ」
リーディアちゃんは気が動転しているようで、何を言っているかすぐには理解できなかったが、おそらく、アースリーちゃんのことを本当に信用していいかどうかを聞いたのだろう。
それを知ってか知らずか、アースリーちゃんは肯定した。その短い言葉でさえも、聖母の全てを包み込むような優しさを感じた。
「アースリー……あなたを初めて見た時、かわいくて、優しそうで、この子は私が守らなきゃってすぐに思った。なのにそう言い出せなくて……。あなたと実際に話すと、やっぱり優しくて、でも私よりもずっと強くて……何より、全部本音で私にぶつかってきてくれた……私、あなたと友達になりたい……」
「うん、私もあなたと友達になりたい。綺麗で優しくて、シンシアさんも言ってたけど、本当に見惚れちゃうほどのオーラを放ってるよ、リーディアちゃん……やっぱり、リーちゃんって呼ぼうかな」
「ありがとう。じゃあ、私はアーちゃんって呼ぶね。アーちゃん」
二人は抱き合いながら、頭をくっつけて、お互いの愛称を何度も呼び合っていた。
「じゃあ、私も友達だな」
「ええ、もちろん!」
シンシアがリーディアちゃんに向けて言うと、リーディアちゃんは嬉しそうな表情で返事をした。
「アースリーちゃんは、もうほとんどカウンセラーだな。シンシアのことも元気付けていたし」
「また良い光景を拝ませてもらったなぁ。でも、覚醒したアースリーちゃんがいれば、あたし達の役目が一つなくなっちゃうんじゃない?」
「やることは変わらないさ。事前に話がついていれば、最初から思い切りできるようになるかもしれないし」
俺とゆうが話していると、全員がソファーまで移動して座り、リーディアちゃんがアースリーちゃんとシンシアに事情を語り出した。
どうやら、リーディアちゃんが過去に他の貴族から何か言われたわけではなく、その場面を目撃しただけらしい。それはそうだ。辺境伯の娘に上から嫌味を言えるのは王家か公爵家ぐらいだからな。
しかし、パーティーではその目撃は全く珍しくなく、日常茶飯事と言ってもいい。毎回目撃することもそうだが、それを見ているだけで止めることができない自分の弱さに嫌気が差したということだ。
せめて、自分のことは自分で守ろうと、かつてシンシアと会ったあとぐらいから、貴族の女とはできるだけかかわらず、直接嫌味を言われないように、念のため性格が強めのキャラにイメチェンしたという経緯だ。
そのことからも分かる通り、彼女には潜在的に変身願望があったために、マナー講師に変装する案をすぐに思い付いたのだろう。
とりあえず、これで辺境伯の目的は達成された。あとは、催眠魔法の確認と朱のクリスタルの情報収集、パーティーを無事終えること、だな。
「アーちゃん、今夜はここで一緒に寝ていい?」
リーディアちゃんは、アースリーちゃんの左腕にしがみつきながら、甘えた声でおねだりするように言った。
「シンシアさん、どうした方が良いと思う?」
アースリーちゃんがシンシアに意見を聞いた。リーディアちゃんは、アースリーちゃんの言葉の意味が分からず、不思議そうに二人を見ていた。
「リーディア、経緯はあとで話すが、アースリーはレドリー卿を暗殺するための催眠魔法がかけられている可能性がある。暗殺のために娘の君が利用されるかもしれないから、今日はまだ危険なんだ。今は人目に付くし、私もいるから行動に移さないのかもしれない。
だが、人知れず君に何かあった時点で、君が周りにどう説得しようと、アースリーの立場は危うくなるだろう。
仮にこの部屋で寝るとしても、私が眠ってすぐに反応できないと困るから、アースリーとは離れて寝てもらうことになるが、それではこの部屋で寝る意味がないと思う。
一応、方法がないわけではない。アースリーを縛り付ければ、何もできないだろうが、それでは彼女が酷だし、奇妙な構図にもなってしまう。明日の魔法使い確認後なら大丈夫だが」
「そんな魔法が……分かりました。お父様には、そのことを伝えてかまいませんか?」
シンシアの説明に対して、リーディアちゃんは真剣な顔になり、貴族としてのフォーマルなやり取りに切り替えた。
シンシアとアースリーちゃんが同時に頷くと、リーディアちゃんがソファーから立ち上がった。
「アーちゃん、明日からいっぱい仲良くしようね」
リーディアちゃんが、友達であることに変わりないことを誤解のないように付け加えると、アースリーちゃんが考え込んだ。
「縛り付ける、か……。ちょっと待ってて」
アースリーちゃんがベッドに近づいてきて、何かを調べるような素振りをしたあと、ベッド横でしゃがんで、誰にも見えないように、聞こえないように俺達に話しかけてきた。
「シュウちゃん、リーちゃんと一緒に寝る時、私を拘束してくれる? ダメなら否定して」
それなら大丈夫だと俺は小さく頷いた。アースリーちゃんの感謝の言葉が小さく聞こると、彼女は元の場所に戻っていった。
「それじゃあ、シンシアさん、寝る時に私を縛り付けてくれる? ベッドも大丈夫そうな形だったし、縛り付ける物はこっちで持ってるから。リーちゃん、それで一緒に寝よう」
「え⁉ アーちゃん、本当にそれでいいの?」
思いもよらなかったアースリーちゃんの提案に、リーディアちゃんは驚きを隠せなかった。
「うん。私、一度縛られて寝てみたかったんだー」
「……ぷっ、あはははは! 分かった、一緒に寝よ! ありがとう、アーちゃん!」
アースリーちゃんの冗談に対して、リーディアちゃんの満面の笑みが眩しかった。多分、冗談ではなく、本気で思っているような気はするが……。
「では、話が一区切り着いたところで、マナー講習の続きをしましょうか。料理は流石に冷めちゃったかしら……」
リーディアちゃんが仕切り直すと、シンシアが席を外したメイド達に声をかけようと扉を開けた。
すると、新しい料理用のワゴンを持ってきたメイドがそこにいた。有能なメイド達だ。
「あなた達……ありがとう。私、友達が二人できたのよ。それも、とっても大切な……」
「おめでとうございます! リーディア様!」
笑顔で話すリーディアちゃんの言葉に、二人のメイドが涙ぐんで祝福の言葉を返した。それを見て、リーディアちゃんも涙ぐんでいるようだった。
リーディアちゃんとこの二人も友達になれそうな気はするが、立場上、メイド達の方に迷惑がかかるから、彼女からは積極的に友達になろうとしなかったのだろう。しかし、お互いに信頼はしているようだ。もしかしたら、メイド達からも背中を押されていたのかもしれないな。
それから、マナー講習兼食事会は和やかに進み、明日の予定を確認後、リーディアちゃん達と別れた。
アースリーちゃんは、明日もマナー講習全般とダンスレッスン、それにドレス合わせが用意されていて忙しい。
特にダンスレッスンは、リーディアちゃんによると、ダンスが得意な兄達に、できるだけ見劣りしないようにする必要があるとのことで、念入りに行われるとのことだ。
パーティーまでは三日あるが、その間の食事は三食付いているし、着替えは下着を含めて用意されている。国賓待遇でなかったとしても至れり尽くせりだ。
入浴はメイドが付いて、体も髪も隅々まで洗ってくれる。二人のスタイルの良さに、同性であってもメイドは息を呑んでいたそうだ。特に、アースリーちゃんの胸を見たメイドは、声を上擦らせ、神と邂逅したかのごとく固まっていたらしい。俺もそうだったからな。
入浴後はマッサージで、あまりの気持ち良さに二人ともそのまま眠ってしまいそうだった。
マッサージが終わって、作戦会議を終えた俺達がベッド上で寛いでいると、リーディアちゃんが約束通り部屋を訪ねてきた。
俺達はベッド下に隠れた。ベッド上が見える天井にもすでに触手を配置している。
彼女の装いは、二人と同様に白く薄いレースのパジャマに、カーディガンを羽織っており、オーラを感じるまでもなく、完全にお嬢様だった。両手には、服を着た熊のぬいぐるみを大事そうに抱えている。
「こんばんは。催眠の話だけど、お父様に伝えたら、明日の朝、遅くても明後日までには魔法使いを紹介してくれるって。時間が指定できないのは、その魔法使いの都合次第だって」
「ありがとう。魔法使いとは、門にいた魔法使いか?」
シンシアが魔法使いの人数を知るための質問をした。
「いえ、もう一人、女魔法使いがいるの。顔立ちは整っていたけど、最初に会った時から目の隈がすごくて、明らかに寝不足の様子だったから、大丈夫かしらと思っていたのよ。
でも、とても優秀みたいで、短期契約だけど、今回の居住可能域拡大パーティーも、彼女のおかげで普通より早く開催できるんだってお父様がおっしゃっていたわ。
その辺の魔法使いより、一度に張る結界が大きくて、しかも早いって。腕も立つから、結界外に出ても護衛が全くいらないそうよ。お父様、魔法や朱のクリスタルのことになると、かなり早口で熱く語ってくるから、話を切り上げるのに大変なのよね……。
まあ、それはそうと、彼女に頼めば、きっと解決できるだろうって自信満々におっしゃっていたわ。
でも、彼女が結界を張り終わったのは昨日の夕方だから、無理を言うのは十分休んでもらってからにしたいということで、彼女の都合次第ってことみたい。
あ、パーティー開催日の直前すぎっていうわけじゃなくて、予定以上の結界を張ってくれたらしいわ。お父様は、本当は長期で契約したいけど、向こうが固辞したから仕方ないと残念がってもいたわ」
辺境伯への愛の愚痴も混じってはいたが、リーディアちゃんの詳細な報告は、とてもありがたい。
話を聞く限り、女魔法使いの魔力量は多いようだ。クリスタルの恩恵を受けたユキちゃんほどではないにしろ、高いに越したことはない。催眠魔法の解除には魔力量が影響するからだ。万が一、催眠魔法に詳しくなかった場合は、俺達がユキちゃんに口頭で教えてもらって、その魔法使いに伝えよう。
「リーちゃん、連絡と報告ありがとう。それじゃあ、なんで催眠魔法がかけられている疑いがあるのかについてと、私とシンシアさんが仲良くなった経緯も話しておくね」
アースリーちゃんが、今はまだ話せないこと、絶対に話せないことを除いて、リーディアちゃんに経緯を話した。
アースリーちゃんの説明を聞いていると、やはり彼女も頭が良いことを再認識させられる。自分の力不足を感じて、カウンセラーとしてだけじゃなく、さらに覚醒したのだろうか。
それは、シンシアも同様だ。詳しくは聞いていないが、最低でも伯爵以上の上流貴族の英才教育もあるだろうし、ましてや若くして騎士団のトップに上り詰めた存在だ。今になって思うと、剣技や性格だけの評価ではないのだろう。アースリーちゃんへの気遣いはもちろん、リーディアちゃんの変装をすぐに見破り、確度の高い推察までやってのけた。頭の回転が速くないとできないことだ。
イリスちゃんの影響もあるのかもしれない。話し方や説明の展開が、彼女に似てきている気がする。彼女の才能を目の当たりにすると、どうしても彼女に憧れざるを得ない。その憧れに近づこうと思って近づけるのも、一つの才能だ。普通は遠い存在として、近づくことを諦めてしまう。
この旅を通じて、彼女達が非常に頼もしい存在であることが分かり、嬉しいと思うと同時に、二人を見くびっていた自分が愚かで恥ずかしくも感じる。二人に恥じぬよう、俺もしっかりしないといけないな。
「アーちゃん、私からも謝らせて。お父様の軽はずみな招待で、あなたを不安にさせてしまったこと、本当に申し訳ありません」
「いいんだよ、リーちゃん、ありがとう。でもね、今はそれで本当に良かったって思ってるんだよ。辺境伯には感謝してるぐらい。ここで、実際にお話ししてみて、素晴らしい方だって分かったし、リーちゃんと会えて、大切な友達にもなれた。これ以上のことはないよ」
リーディアちゃんは当然悪くないのだが、シンシアが言った通り、相手の謝罪をそのまま受け止めることも大事だという言葉を忘れていないアースリーちゃんが、その言葉を否定せずに許し、笑顔で前向きな意見を言うことで、リーディアちゃんの心も晴れるというものだ。流石、カウンセラー。
「ありがとう、そう言ってもらえると嬉しい。私からは、お父様を叱ると同時に、お父様への感謝の言葉、アメとムチを差し上げたいと思います」
リーディアちゃんがアースリーちゃんに抱き付いて言った言葉にみんなが笑い、談笑が続いた。
「二人とも、そろそろ寝る時間だ。アースリーを縛るから、リーディアは別の方を向いてくれ」
「え? あ、はい」
シンシアの言葉に、なぜ別の方を向くのか不思議に思ったような反応のリーディアちゃんだったが、言われた通り、アースリーちゃんのいる方とは逆の方向を向いた。
「では、アースリー、着ている物を全部脱いでくれ」
「はい」
「え⁉ ちょ、ちょっと待って。なんで脱ぐ必要が?」
シンシアの言ったことに驚き、リーディアちゃんは慌てて、思わずアースリーちゃんの方を向いた。
「いつの間にか武器を隠し持っているかもしれないし、縛ったときに服が皺になるし、服があると縛りづらいからだ」
突拍子がないにもかかわらず、真面目で冷静な顔をしたシンシアの回答に、リーディアちゃんはまだ理解が追い付いていないようだった。武器の確認後にまた着ればいいし、服の皺などどうでもいいし、頑張って縛ればいいし、何だったら縛ってから着せればいいだけのことなのだが、彼女の心境とこの状況が冷静な考えと言語化を許さない。
「い、いや……でも……」
「どうしてもアースリーの裸が見たくないと言うのであれば、別の方法を考えなければいけないが……」
「リーちゃん、私の牛みたいなだらしない裸なんて見たくない?」
アースリーちゃんが、マナー講習で聞いた言葉を使って畳み掛けた。彼女の表情は、悲しさと妖艶さのどちらも兼ね備えていて、見つめた相手の答えを容易に一つに絞ることができるものだった。
「そんなことない! み、見た……い……けど……あぁ……私……どうにかなってしまいそう……」
リーディアちゃんは、自分が服を脱ぐわけでもないのに、顔を赤らめながら、頭を抱えて体をくねらせていた。
「それじゃあ、アースリーが恥ずかしくないように私も脱ごう。よかったらリーディアも脱いでくれ」
「は、はぁぁぁ⁉ 流石にその理屈はおかしいでしょう!」
「いや、アースリーだけ裸の方がおかしくないか? 傍から見たら、いじめみたいじゃないか。私達は友達なのだから、彼女が感じる恥ずかしさも共有したいと思わないか?」
「友達……。それは……そうです……けど……あぁ……裸同士で……一緒に……あぁ……!」
シンシアの滅茶苦茶な論理に添えられた『友達』の単語にそそのかされたリーディアちゃんは、またも頭を抱えて体をくねらせていた。リーディアちゃん、かわいいな。
「じゃあ脱ごうか。リーディアは、もう向こうを向いていてくれ」
「向こうを向いている間、私だけ実は脱いでないってこととか……」
「絶対にないから安心してくれ。全員が脱いだ物を私がそこに置くから、その時に私が脱いでいることを横目で確認できるはずだ」
シンシアがベッド横のリーディアちゃんがいる方の台を指して言った。アースリーちゃんが脱ぐかどうかから、リーディアちゃんが脱ぐかどうかに自分で論点を変えたことに気付いているだろうか。
彼女が別の方を向くと、シンシアとアースリーちゃんがするすると服を脱ぎ始めた。その衣擦れの音を聞いて、リーディアちゃんも不安げにゆっくりと脱ぎ始めた。
全員が脱ぎ終わると、シンシアが宣言通り、ベッドから下りて、その横の台に衣服を置いた。脱いだあとに下を向いていたリーディアちゃんは、ちらりとシンシアを見ると、また下を向き直した。
すると、アースリーちゃんがリーディアちゃんに背後から四つん這いで近づき、後ろから腕ごと抱き締めた。彼女達の身体は密着している。
「ア、ア、アーちゃん⁉ あ、あ、当たって……」
「リーちゃん、ちゃんと私も脱いでるから安心してね」
アースリーちゃんはそう言うと、あたふたしているリーディアちゃんを横目に、すぐにベッドの元の場所に戻っていった。リーディアちゃんは、期待と緊張が入り混じっているような落ち着きの無さで、まだソワソワしていた。
「アースリーちゃんが天然ジゴロに見えてきた……」
「俺もだ……」
ゆうと俺の意見が一致するのも当然だ。今のリーディアちゃんの様子を見ていると、アースリーちゃんの言うことを何でも聞きそうだ。それこそ、催眠魔法など使う必要はない。まさに天然催眠術だ。
俺達は、覚醒したアースリーちゃんがカウンセラーの才能に目覚めたと思っていたが、実はそうではなく、もしかすると、もっと広い、人の心を操る才能に目覚めたのではないかと思ってしまったほどだ。
「アースリー、最初は上半身を起こしたままで、もう少し奥に移動して……。よし、その辺でいいかな」
シンシアがアースリーちゃんの場所を指示すると、ベッド下にいた俺達は、体を起こして、アースリーちゃんの身体に巻き付いた。
ゆうが両腕を拘束して頭上に持ち上げ、俺が顔の横を通って、左胸から右胸を八の字に通り、また左胸に戻って下半身へ。前面から股間を通って、一度後ろに回り、右腰から前面に出て、右膝に巻き付いて腰まで広げて上げる。背中を通って左側に出たあとに、左膝も同様に上げて、アースリーちゃんの頭が枕に来るようにゆっくりと倒すと、M字開脚聖母の出来上がりだ。
俺はシンシアに完了の合図を送った。シンシアが頷くと、リーディアちゃんに声をかけた。
「リーディア、そのまま聞いてくれ。アースリーを縛り終わった。ただ、大切な友達の君だから話すが、彼女は特殊な方法で縛られている。驚いてもいいが、気持ち悪がらないで縛られた彼女を見てほしい。
それと、怖がる必要は全くない。この場にいる全員が君の味方だし、お互いを大切に想っている。無理に君を引き込もうとも思っていないが、理解してくれると嬉しい」
「ど、どうしたの、いきなりそんなこと言って……。でも、分かった。あなた達を信じてるから、ずっと友達だから大丈夫」
「ありがとう。では、振り返ってくれ」
シンシアの言葉に、リーディアちゃんはゆっくりと振り返った。
「……⁉ アーちゃん、なんて格好を……! って……な……何……これ……動いてる……蛇……? いえ、触手……なの?」
「触手だ。私はこの方をシュウ様、アースリーはシュウちゃんと呼んでいる。先程話したイリスとユキ、そして私達を絶望の淵から救ってくださったお方で、兄と妹の元人間二人が一つの触手体を共有している。このことは私達だけの秘密だ」
「そんなことが……でも、あなたが言うなら……いや、でもまだ…………あなた達を信じられないんじゃなくて、この状況が信じられなくて……。ありえないことが起こりすぎて、付いて行けていないと言うか……。もしかしたら、今日のあなた達との出会いも、全て私の夢なんじゃないかって思い始めて……」
目の前の光景とシンシアの説明に、戸惑いを隠せないリーディアちゃん。冷静に見ると確かに異様な光景だし、すぐに受け入れられないのは当然と言えよう。
「リーちゃん、今はそれでも良いと思うよ。私もシュウちゃんと出会った時にそうだったから。でもね、次の朝にはすっごく幸せな気持ちになってた。あぁ、夢じゃなかったんだ、嬉しいって思った。大丈夫、悲しい気持ちになんて絶対ならないし、させないから。リーちゃん、私の横に来て。そして、シュウちゃんに触れてみて」
「う、うん……」
アースリーちゃんの言う通りに、リーディアちゃんは少し怯えながらも彼女の左手側に移動して、寝転がった。シンシアはそれを見て、反対側に寝転がり、左肘をついて上半身を起こしながら、彼女達を見守った。
ゆうはリーディアちゃんの顔の前に出て、触れられるまで彼女をじっと見つめていた。彼女が右肘で上半身を起こしながら、おずおずと左手の人差し指を、アースリーちゃんの胸の辺りの俺達の体に伸ばした。
「あ、思ってたよりも柔らかい……質感も気持ち良いし……ちょっと温かい……」
最初は人差し指だけだったが、リーディアちゃんは手全体で俺達を撫でるようになった。
すると、ゆうが彼女の右頬を舐めた。
「ふふっ。よく見ると、かわいいかも」
「シュウちゃんは、痛いことは絶対にしないから安心して。それでね、リーちゃんはそのまま私のことを見てて。私とシュウちゃんが毎日してること、知っててほしい。こんな格好見せるの今日が初めてなんだよ」
「毎日……そ、それって……」
リーディアちゃんが息を呑んだ。
俺達は触手を一本増やし、適度な大きさにしてから、アースリーちゃんの体をいつものように舐め回した。すでに巻き付いている触手も、吸着率を変えながら前後に動かして、彼女の身体を刺激する。ゆうもキスを繰り返し、彼女の唾液を貪った。
この部屋は声を抑える必要がないほど広いので、アースリーちゃんの嬌声も大きい。
「はぁ……はぁ……シュウちゃん、気持ち良いよぉ……好きぃ……」
時間にして十分ほど、俺達はペースを上げないまま、ゆっくりとアースリーちゃんの体液を摂取していたが、リーディアちゃんはその間、目を一切離さず、口は半開きで、何度も息を呑んでいた。
その様子を見ていたゆうが、触手を増やし、リーディアちゃんの太腿に体を伸ばして触れる。
「あ……」
リーディアちゃんがピクッと反応するも、嫌がる様子は見受けられなかった。むしろ、ゆうを見つめ、これからどう動くのかを待っているようだった。
ゆうがそれに勘付くと、彼女の身体を上半身に向けてゆっくりと上って行き、胸の中心を通って、顔の正面まで来ると、徐々に彼女の唇に近づいていった。
「ん……」
ゆうはリーディアちゃんに軽くキスをすると、自然に開いた口の中に体を潜り込ませ、舌を絡めたり吸ったりして、彼女の心を虜にした。
俺はと言うと、アースリーちゃんと同様に、リーディアちゃんの両手を拘束してから身体に巻き付き、やはり同じように彼女を責め立てた。
俺達は、彼女の右胸とアースリーちゃんの左胸がくっつくぐらいに、彼女の体をアースリーちゃんにピッタリと寄せた。
「アーちゃん、私もアーちゃんと同じ気持ちを感じられるんだね……嬉しい……」
「リーちゃん、私も嬉しい……。催眠魔法なんてなければ、もっと近づきたいのに……」
二人はお互いの吐息がかかるぐらいに顔を近づけ、何かのキッカケさえあれば、激しいキスを延々としてしまうのではないかと思うほど、気持ちが昂ぶっているようだった。
キスをしてしまうと、催眠魔法によって、アースリーちゃんがリーディアちゃんの舌を噛んでしまう恐れがあるため、アースリーちゃんもリーディアちゃんも絶対にそれ以上踏み込まなかった。
その代わりに、リーディアちゃんが右脚をアースリーちゃんの左脚に絡ませると、それに応えるように、アースリーちゃんの左脚がさらにリーディアちゃんの右脚に絡む。その動きは、時にゆっくり、時に激しくなったりを繰り返していた。
「ゆう、リーディアちゃんをアースリーちゃんの上に向かい合わせになるように持っていこう。絶対に落とさないようにな。残った触手を全部使うか。いや、シンシアがもう我慢の限界だから一本は彼女に」
「おっけー。」
リーディアちゃんとアースリーちゃんの反応に合わせて、シンシアの口と鼻が細かく動いていて、このまま行くと、羨ましさのあまり、涎まで零れそうだったので、まずは急いで彼女に触手を充てがった。
「あっ! シュウ様、もしかして、私の限界を見極めて……恥ずかしながら、その通りです。二人に専念していただけるよう我慢していましたが……申し訳ありません」
「謝ることないよ。ありがとう、シンシア」
ゆうが全てを許すようにシンシアに優しくキスをすると、シンシアが俺達に抱き付いて、自分から体を擦り付けてきた。
「ありがたき幸せ!」
段々と動きが激しくなるシンシアをそのままにし、俺達の意識をリーディアちゃんに移し、彼女の体を浮かせた。
「え⁉ あ……こ、これってもしかして……」
リーディアちゃんは、最初は戸惑ったものの、俺達が彼女の体をアースリーちゃんと向かい合わせると、すぐに期待で胸がいっぱいになったようだ。彼女はアースリーちゃんをじっと見つめ、色っぽい表情をしていた。
「アーちゃんと、もっと気持ちを重ねられるんだ……。シュウちゃんってすごいんだね。本当に幸せな気持ちにさせてくれる」
「そうだよ。リーちゃんも、シュウちゃんのこと絶対好きになるよ。もうなってるかもしれないけどね。ふふふ」
「うん、なってる。リーちゃんとシンシア、二人の気持ちが分かった。こんなの、好きになるに決まってるよ。気持ち良さだけじゃない。私達のこと、ちゃんと考えてくれてる」
リーディアちゃんが俺達を完全に受け入れてくれて、俺はホッとした。
ルール作成時にも言った通り、俺の触手としての目標の一つ、『第三者に見られても気持ち悪がられないようにする、逆に羨ましく思えるようにする』を達成できたからだ。
と言っても、寝るところからの大まかな流れは、ゆうと俺が考えて演出し、細かい台詞や演技は、シンシアとアースリーちゃんのおかげでもあるから、純粋な達成ではないが。
そして、リーディアちゃんは、俺達とアースリーちゃんの関係に嫉妬することもなかった。大好きな友達が別の人と友達だったり、別の人を好きだったりすると、少なからずやきもちを焼くはずだが、この状況のおかげもあってか、すぐにはその気持ちに至らなかったのだろう。その前に、俺達をアースリーちゃんと同じぐらいと言わないまでも、大切な存在と思ってくれたので、今後もそこに至ることは決してないということだ。
また、これまでの女の子達は絶望の淵から救われた、つまりは気持ちをマイナスからプラスに持っていったギャップが大きかったので、俺達のことを好きになってくれたのかもしれないと思っていたが、今回は、シンシアとアースリーちゃんが最初からプラスにしてくれていたので、間違いなくそのギャップは小さかった。
それでも、リーディアちゃんは俺達のことを好きになってくれたから、余計に嬉しい。当然、俺達もリーディアちゃんのことが大好きになった。
俺達は、リーディアちゃんの想いに応えるべく、彼女の体をゆっくりとアースリーちゃんに向けて下ろしていった。
「アーちゃん…………」
「リーちゃん…………」
『あんっ!』
緊張した彼女達の両乳房の突起が重なると同時に、二人の声も重なった。そこがいち早く重なるように、ゆうと俺が二人を締め上げていたからだ。
彼女達はとろんとした表情で見つめ合い、息を荒くしていた。体重がそれほどかからない程度までリーディアちゃんを下ろすと、彼女達の体がほとんど密着した。
肌が触れ合い、お互いの体温を体で感じる心地良さが、二人の頭を巡っているようだ。
リーディアちゃんが、涎が垂れないように口を啜ると、アースリーちゃんが口を開け、そこに流し込んでくれと言わんばかりに、大きく舌を出した。その様子はまるでリーディアちゃんの衝動を煽っているようだった。
「もう……どうなっても……!」
「ゆう、リーディアちゃんを下げて、アースリーちゃんの腰と合わせるぞ!」
「おっけー!」
リーディアちゃんの理性が飛んで、アースリーちゃんに涎のプレゼントではなく、キスをしそうになった瞬間、俺達はリーディアちゃんを下に引っ張り、アースリーちゃんの尻を浮かせると、二人の局部を無理矢理重ねた。
『はぁんっ!』
またも二人の声が重なったが、そのボリュームは今までで一番大きかった。二人の暴走を阻止しつつ、その代替を用意したわけだが、それからの彼女達は腰を動かすのに夢中になっていた。
「アーちゃん……好き……好きぃ……アーちゃん……!」
「リーちゃん……リーちゃん……私も……好きぃ……!」
くちゅくちゅと音が部屋に響き、温泉のように湧き出てくる混合液を、ベッドに染み渡らせないように、俺は掬い上げる。もちろん、美味すぎてその時の記憶はない。
ただ、いつもと違って、むしゃぶりつくことはしなかった、と言うかできなかったと思う。俺が入る余地がなかったのだ。
俺は、二人の重なりを邪魔しないように、下になっていたアースリーちゃんを伝う二人分の体液を舐め取る他なかった。
これまで、複雑な味と評してきた『それ』は、二人分が混ざった途端、複雑を超えて理解不能なカオスとなった。絶対に一つ一つの味を確認できない、しかし美味い。いや、本当は美味いとも言いたくない。その無限倍、上の単語があれば教えてほしい。
エントロピーの増大と共に、自身の体も意識も霧散していくようだった。天国や楽園にいるなどと、決して表現できない。それはまだ想像上の実体があるからだ。『それ』を味わった俺は、霧散してどこにも存在できていないのだ。言わば、全てと一体化したと言っても過言ではない。こんなに心地良いことがあるだろうか、当然ない。
「アーちゃん! アーちゃん! アーちゃん!」
「リーちゃん! リーちゃん! リーちゃん!」
二人の心地良さもクライマックスを迎えそうだ。激しく体とベッドを揺らしながらも、彼女達の身体は離れない。俺達が絶妙な力加減でそうしているからだ。
「ゆう、最後どうするかは任せた。俺は二人の間に入れない」
「おっけー。じゃあ、お兄ちゃんはあたしに合わせて、キツめに二人の身体を絞めて」
そう言うと、ゆうは四本の触手を使って、二人の胸にしゃぶりつく。
そして、ゆうは息を荒げた彼女達の様子を見極めると、ジャストタイミングで、同時に二人の胸をキツく吸い上げた。そして、俺も合わせて身体を絞めた。
『はぁ……はぁ……はぁ…………んぅぅぅぅっっ!』
二人は声にならない声を上げると、力が抜け、重力に身を任せた。
リーディアちゃんは、アースリーちゃんの柔らかい胸の中で呼吸を整えようとしていて、その様子を愛おしく見つめるアースリーちゃんは、腕さえ拘束されていなければ、リーディアちゃんの頭を撫でていただろう。
横にいたシンシアも、彼女達にタイミングを合わせて果てていた。すまない、シンシア。単調な動きしかできなくて。このあとは、ちゃんと全員で楽しもう。
「しかし、これはもう完全に友人関係を超えてるな。百合とレズビアンをあえて区別すると、百合さえも超えてるよな? 体の関係になったらレズビアンというのが俺の認識なんだが」
俺はゆうに疑問を投げかけた。
「いや、それなら百合の範疇でしょ。アースリーちゃんの本命はあたし達だし、リーディアちゃんも友達としてのアースリーちゃんとあたし達を多分区別してる。
性的指向を伴うのがレズビアンだけど、二人は性的に女性が好きなんじゃなくて、リーディアちゃんやアースリーちゃん、シンシアだから好きなのであって、さらに言えば、あたし達を性の対象と見ているのなら、動物性愛、ズーフィリアが一番近いけど、結局あたし達以外の動物が性の対象じゃないから、ズーフィリアとも呼べない。
まあ、リーディアちゃんには許嫁がいるかもしれないから、あたし達との関係は今後どうなるか分からないけど。それはそれで、親友としての愛の百合、性の対象を限定しない恋愛としての百合も同時に成り立つから、そういう意味で百合の範疇。
体を重ねたのだって、親密さを深めるためだったり、愛情表現の一つとして、彼女達は認識してるはず。だから、体の関係でレズビアンかどうかっていうのは、それこそ関係ない。
ちなみに、最初から女の子好きで、何も知らない女の子に近づいて、心を弄びながら沼に堕とすのは百合偽装レズね。あたしが嫌いなタイプ。もちろん、今回のシンシアやアースリーちゃんには当てはまらない」
間違った俺の意見をあえてぶつけることで、ゆうの早口な語りを引き出せた。なぜそれほどまでに造詣が深いのかは、今は聞かないでおこう。
「なるほど、ありがとう。専門家の意見、大変参考になります」
「いや、専門家じゃないし……。うざ。」
「ん? 待てよ。嫌いなタイプってことは、ゆうは百合偽装レズじゃないってことか。俺はてっきり何も知らない二ノ宮さんに近づいて、あれやこれやして堕としたのかと」
「は? そんなわけないでしょ! 死ね!」
何をどう否定したのかよく分からなかったが、とりあえずこのぐらいにして、落ち着いた三人をもっと満足させるとしよう。
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