第三話 俺達と女の子が初回接触してスキルを取得する話
あれから三日。
俺の時間間隔と日時計の両方で確認したところ、一日は二十四時間だった。
まあ、それはさておき、一連の検証で分かったことを時系列で挙げよう。
いくらでも張り付いていられる。幹に巻き付きながら体を起こしたまま、つまり体勢を維持したままでも体が痛くなることはなく、疲れることがない。したがって、体力が無尽蔵である可能性が高い。
昼夜の寒暖差や物質の温度は、意識しない限り感じない。
空腹感は覚えるが、集中力がなくなったり、具合が悪くなったりはしない。空腹を満たそうと、先に挙げた食料候補の順に採取したが、締め上げたリスやウサギの動物の肉でも腹が膨れることはなかった。
食感はあったが、食材の味は全て同じ、と言うかほとんどなかった。単に味覚が発達していないのか、脳内で味が同一のモノに変換されているのかは不明だ。俺が食べても、ゆうに食べている感覚はない。
腹を壊すことはなく、今のところ便意もない。尿意のようなものは感じるが、ブルッとする感じではなく、何となくしたいかもという感じ。排泄しようとすると、腹の辺りにジワーッという感覚を覚え、白い砂の粒子がいつの間にか出ている。その一部始終を凝視していても、どのように砂が排出されているのかよく分からなかった。いきなりそこに出現しているとしか思えない。
排泄しなかった場合は、尿意のようなものがずっと続くが、高まることはなかった。俺達の体は深緑色なので、葉緑体を持っていて光合成をしているのかもと考えたが、喉の渇きがなかったことから、水分を体内で消費していないようなので、その可能性は低かった。と言うか、陸上で水分を消費しないのは、超生物の可能性が非常に高い。
しかし、唾液を出すことはできるので、どこからか水分を補充しているはずだ。おそらく、体表から空気中の水分を必要な量だけ吸収している可能性が高い。
二十四時間起きていても、体調には一切影響がない。眠ることはでき、予め時間を決めておけば、その時間に起きることができる。寝起きは良い、と言うか寝ていたことを感じない。俺だけ、またはゆうだけ、あるいは両方眠ることができる。
これらのことから、この体は物理的に頑丈なだけでなく、日常を生きていく上でも丈夫である可能性が高いことが分かった。
しかし、重大な懸念点もある。体からの危険信号が俺達に届いていない可能性だ。その場合、気付かない内に体が使い物にならなくなって動かせなくなる、または死に近づいている恐れがある。
同様の例として連想するのは脊髄反射だ。健康体の人間であれば、熱い鍋に手が触れた時に、反射的に手を離すことができる。しかし、その感覚や器官が麻痺していれば、皮膚どころか肉まで焼け爛れ、回復不能になるまでずっと触っている危険性がある。
内臓で言えば、肝臓が声を上げない臓器として有名だ。気付いた頃には肝硬変だったという例が後を絶たない。文字通り致命的だ。
温度に関しては、先の通り、意識でどうにかなるが、同じように意識しても体調がどうなっているのかは分からなかった。触手の健康診断を受けられればなぁ。
次に、周囲の観察や生活から分かったことを一部だけ。
村の周りで動いていた影は、見たことのない生き物、つまりモンスターだった。これでファンタジー世界であることが確定した。大きさは少し大きい狼ぐらいだったが、狼では決してなく、猪でもなかった。
頭には鬼のように二本の角があり、口から生えた二本の牙は鋭く伸びていた。そのモンスターが、村から百メートルのところまで接近した場面を、一日目の早い段階で見ることができたのだ。
そのモンスターはそこでどうしたか。村には一切の興味を示すことなく、草原の方に帰っていった。村人も特に警戒しているわけではない。むしろ、そのモンスターが近づいているのを母親といた子どもが指を差して、その場にいた人達が全員目撃していたにもかかわらず、まるで何事もなかったかのように、民家の近くで世間話を続けていた。
このことから、モンスターが村を襲撃しない決定的な理由が存在することが分かった。襲撃が割に合わないとかのレベルではない。俺達には見えない半径最低百メートルの結界のようなものが、建物、または村全体、あるいは村人一人一人に張られているのだ。
仮に結界だとして、村人にはその結界が見えているのか、単に存在と効果を知っているだけなのかは分からない。
そのような結界の存在から導き出されるのは、魔術、魔導、魔法の存在だ。
村人が村から外に出ていく場面、逆に村に入っていく場面も目撃した。入る場合は、検問をしているようだった。移動は馬で、いずれも冒険者のような風貌の人が一緒だったが、モンスターに襲われることはなかった。モンスターが道を横切ったのも目撃しているので、道に結界が張られているわけではなさそうだ。
村人個人の結界、あるいは一定時間結界内にいると外でも効果が持続、切れた場合の護衛に用心棒を連れている、とかだろうか。どちらかと言えば、後者の方が可能性は高い。ちなみに、用心棒は武器に剣を携帯し、鎧を装備していたことから、少しだけ文明レベルを絞れた。銃の存在はまだ否定できない。銃や弾丸、火薬が貴重な場合もあるからだ。
そこで気になるのは、俺達がモンスターに分類されるのか、この森は結界の中なのか外なのかだ。飛行可能なモンスターがいて、この森に近づいてきたとしたらそれも分かったのだが、結局そのようなモンスターは来なかったし、存在するのかも分からなかった。
食料を探している時には、植物や虫を含めてモンスターと呼べるものは、森に存在しなかった。
俺達の見た目は明らかにモンスターだ。村人が飼っている犬や馬のように、人の日常生活に馴染んでいるとは到底思えない。いくら俺が盲目的な触手好きだとしても、『一家に一匹、触手がいると便利なのよねー』なんて言葉は、村人から一生出てこないことぐらい分かる。
以上のことから、俺達が次にすべきことをゆうに告げた。
「村と森の間まで行って、結界の影響を確認、大丈夫なようなら茂みに隠れたまま、民家とその周辺を観察し、小さい女の子を探す。その女の子を今夜襲う。狙うのは涙、唾液、聖水だ」
「はぁ……。一応聞くけど、小さい女の子である理由は?」
ゆうはため息をついて、俺に質問した。このため息は、俺の変態度合いに呆れて出た……ものではなく、『結局そうなるのね』というものだろう。
「襲った時に悲鳴を上げられると困るから、口を塞ぐ必要がある。噛まれた時に最もダメージが小さいのが、女性であり体格が小さい子だ。さらに、口を塞ぎつつ、下半身に届かなければならない。できれば首にも巻き付きたいから、俺達の体長を考えても、選択肢はその一つとなる。
一人でトイレに出てきたところを襲う。どうやって近づくかはターゲットを決めてから話そう。
念のために言っておくが、殺したり傷付けたりしない。暴れさせないための脅しや聖水を得るための恐怖煽り目的で首を絞めるかもしれないが、できるだけ苦しめないようにする」
この村の全ての民家は石造りの平屋で、トイレは家屋の裏手外に備え付けられていた。と言っても、トイレは壁や天井に覆われているわけではなく、簡素な仕切りがあって、その中央に木の足場があり、真ん中に縦に空いた隙間と丸い穴、言い換えると、口部分が太めの平面の丸フラスコの形の所に向かって、女の子であればしゃがんで用を足すというものだった。
穴の空いた箱に座るタイプもあった。小さい子どもがいる家はしゃがむタイプ、そうでない家は座るタイプかもしれない。おそらく、穴の中には回収用の箱があって、あとでそれらを肥料として使うのだろう。
トイレットペーパーは当然なく、代わりに丁度良い大きさに切られた布が山積みで近くに置いてあった。使用済みの布は近くの別の穴に捨てられていたが、使い捨てではなく、あとでまとめて洗濯して再利用しているようだ。
近くで見れば、もっとよく分かるかもしれないが、間違いなく言えることは、トイレの時は必ず外に出てきて無防備になるということだ。
「でも本当の理由は?」
「ロリ大好き! クンクン、スリスリ、ペロペロしたいよぉ! …………いや、冗談だから。これはマジ」
ゆうは軽蔑の目をしていそうな顔をこちらに向けながら、俺の冗談を真に受けていた。
「論理は良いとして、『聖水』とか言ってる時点で説得力ないんだけど」
「かわいい女の子のおしっこは全部『聖水』だからな。この体が今後成長して体長が伸びるのであれば、それに見合った女の子を襲いたいが、今は仕方ない。とりあえず、森の際まで進もう」
「分かった。ロリコン疑惑はまだ晴れてないからね!」
年齢的に、正しくはロリコンではなく『アリコン』だが、ここで指摘するとややこしくなる。そもそも、俺がロリコンだったとして何か問題があるのだろうか……。
『ロリ』『際』と言えば、俺の初期コレクションに『緊縛監禁魔に狙われた小さい蕾達』というかなり際どい本があったな。もしかして、それも読まれていたのか?
あれは、緊縛本の多くがスタイルの良い美少女や大人の女性を縛っていたから、その逆を行く本が珍しくて買ったものだ。あ……その犯人も『聖水』って言ってたような気がする。
なるほど、そう繋がるのか。これは、本の購入理由を言っても、ゆうがそれを読んだこと自体否定される上に、信じてももらえないだろうから、俺が欲望を抑えきれずに女の子を襲うような犯罪者思考でないことを、いつか証明しないといけないな。
「よし。俺達に結界の影響はないみたいだ」
森の茂みの中から民家や村人を見下ろしながら観察できる所、大体五十メートルぐらいまで近づくことができた。百メートル以上離れた所からここまで来たので、結界の範囲が半径百メートルであれば境界線での出入りは問題ないことになる。もちろん、森が村の一部で、最初から結界の中という可能性はある。いずれにしても、村での活動に支障はない。
俺達は、一番多く民家を視認できる位置まで、村と森の境界に沿って移動し、観察を開始した。
辺りは、家屋の窓からほんのりと漏れていたオレンジ色の光が少なくなり、多くの家では就寝時間に近づいているようだった。
俺達はターゲットの家の屋根にいた。観察で挙がった候補者は数名いたが、何かあった時にすぐに森に逃げられるよう、その中でも森に一番近い家に住んでいる女の子を選んだ。
女の子がトイレに出てきたのは五時間前。しかし、その時はまだ明るかったので、見守ることしかできなかった。
夕日が完全に落ちた時に屋根まで壁を蔦って移動し、夕食前後か就寝前に一度は出てくるだろうと踏んで今に至る。理想は就寝後の真夜中だが、トイレに立つ保証がないため、就寝前でも躊躇はしない。そのため、時間をかけると両親に気付かれてしまう。
作戦の一部始終はゆうに共有済みだ。ちなみに、俺達の会話が他の人には聞こえないことも確認済みだ。茂みの中や屋根の上から村人を大声で呼んでも反応がなかった。
逆に、俺達は家族の会話を盗み聞きできるような位置にいた。驚くことに、その会話は英語だった。おそらく文字もそうだろう。ただ、人名や地名は英語の発音とは限らないみたいだ。この村は『セフ村』と言うらしい。日本語含め、他の言語も存在するのだろうか。
「そろそろかも」
ゆうは実行の時間が近いことを示唆した。
「イリス、おねんねの時間だから、おしっこしてきなさーい」
「はーい」
女の子の名前はイリス。ギリシア語ではそう読みそうだが、英語ならアイリスと読むだろうし、アルファベットのエルを使う方のイルは否定的に使われることが多いので、やはり異なる命名規則や発音規則があるのだろう。
イリスちゃんの髪は赤みがかっており、セミロング。候補者の中では一番かわいく、程良く賢そうで、男女から人気がありそうな印象だ。服装は、上はボタン留めの白い半袖シャツに、膝ぐらいまでの赤いショルダースカートを履いていた。
「移動するぞ。スタンバイだ」
俺達がトイレの仕切りに近い屋根まで移動すると、キィと裏口のドアが開く音が聞こえた。ドキドキはしていない。俺達の体には心臓がないからだ。また、肺呼吸もしていないので、過呼吸にもなっていない。ただし、緊張はしている。
「んっしょ、んっしょ」
イリスちゃんは、まだパジャマに着替えていなかった。彼女がスカートを捲くって下着を下ろしている最中に、俺達は彼女の横の仕切りまで近づく。ここからはあっという間だ。
彼女がしゃがみ込もうとしたその時、仕切りから、ゆうを先頭に体を素早く伸ばした。
「……⁉」
イリスちゃんが俺達の影に気付いたのも束の間、ゆうは自分の頭をイリスちゃんの口にねじ込んだ。
「…………‼」
イリスちゃんは一瞬何が起こったか分からないようだったが、声を出されない内に、俺はすかさず彼女の首の周りを一周し、少しだけ首を絞めた。
「ぅ……」
イリスちゃんが立ち上がり、首が締まっている間、俺は全速力で下半身に進み、スカートと下着の間をするりと抜けて、目的の位置まで辿り着き、口を開けた。歯は引っ込めている。
「ゆう、顔出していいぞ」
「おっけー。出した」
ゆうの返事と同時に、俺達はイリスちゃんの首を絞めていた力を完全に緩めた。
この間、三秒なので、イリスちゃんはそれほど苦しくなかったはずだ。あまり時間をかけると、俺達の体を掴まれて引き剥がされてしまう恐れもあった。
「シャー‼」
ゆうはすぐさまイリスちゃんの眼前で口を開け、その鋭い歯と妖しげに動かした舌、そこから垂れる涎を見せつけた。威勢の良い声は雰囲気で出したようだ。イリスちゃんが声を上げそうなら、ゆうが首を絞めることになっている。
「あ……ぁ…………」
イリスちゃんは恐怖で声も出せず、体もこわばっていた。すると、俺の口の中にポタリと水滴が落ちてきた。これから来る激しい水が口から零れ落ちないように、すぐに俺はイリスちゃんに吸い付いた。
「ぁ……ぁぁぁ…………」
イリスちゃんの放心状態の声と共に、俺の口の中に勢い良く聖水が流れ込んできた。それを俺は一滴残らず、ごくごくと飲み干す。
「お……おお……!」
俺は思わず声を出した。これは……美味い!
味わうつもりなど毛頭なかったのに、意識しなくてもその味が俺の喉を潤し、脳に一斉に電気信号が行き渡るような、それでいて爽やかな風が通り抜けるような気持ちにさせてくれた。
何かの味に例えようとしても例えられない。生々しいかもしれないが、あえて表現するとしたら、素晴らしい出汁が効いていて、それでいてしょっぱくなく、甘みもあり、サッパリしているにもかかわらず、複雑な味わいを何段階にも渡って楽しめるような魚介系スープとでも言うのだろうか。後味もずっと余韻に浸れて、他の食事を喉に通したくないほどのもったいなさを覚えさせる。
俺達触手の味覚が発達していなかったわけではなかった。このために他の味がしなかったのだと断言できる。そのような感覚を味覚と言えるのかという疑問は置いておこう。
喉が乾いていないのに、乾きを潤すような感覚も不思議だ。今となっては、『それ』を渇望していたのだと言える。俺が人間だった時では、絶対に味わうことができないだろう。色々な意味で。
「なみだ、おいしいよぉ……なみだ」
ゆうは、普段からは想像できないほどの情けない声を上げながら、イリスちゃんの涙の味に感動しているようだった。イリスちゃんは、恐怖による失禁と共に、その恥ずかしさと絶望の境地で必ず涙を流すだろうと予想していた。
心配だったのは、イリスちゃんが泣いている時に、過呼吸になったり、痙攣したりすることだったが、そうはなっていないようで良かった。
「ごめんね。怖いのはもう少しで終わるから」
ゆうは、そう言って涙と鼻水を全て舐め取り、頭を少しだけイリスちゃんの口に入れて、お互いの舌を絡めたり、吸ったりしているようだった。もちろん、ギザ歯は引っ込めているだろう。
「ん……ふぅ……ん…………」
「イリスちゃん、唾液おいしいよ」
俺が聖水を全て吸い尽くして舐め取ったあとに、イリスちゃんの様子を見に行くと、彼女の涙は止まっており、斜め上を見て、ゆうのなすがままにされていた。
このまま倒れると危ないので、俺はイリスちゃんの腰に吸着率を高めた上で巻き付いて、引っ張るようにトイレの空間から出して、仕切りの向こう側の家壁を背にするように誘導した。これもゆうと事前に決めていたことだ。
「お兄ちゃん、多分イリスちゃんはもうそれほど怖がってないと思う」
ゆうはイリスちゃんの口から頭を離し、彼女の顔をじっと見てそう言った。ゆうは一体どんな魔法を使ったのだろう。涙を舐め取って、舌を絡めてただけだったような……。それが上手すぎたのか。吸着を細かに操作したり、親しみのある最適な動きをしたりしたんだろうな。俺が彼女のお漏らしをなかったことにしたおかげ……ではないだろう。
「よし。俺は定位置に戻る。親から声をかけられるまで続けよう」
「おっけー。」
俺は下半身に戻り、ゆうとイリスちゃんのキスや舌の動きと呼応させて、くすぐるように体を擦り付けたり、舐めたりした。ゆうの動きに集中して予想するのが結構難しい。
「イリスちゃん、かわいいよ」
ゆうは、まるでイリスちゃんの彼氏のように、時折、彼女に声をかけ、口に頭を入れて舌を絡めたり、逆に口から頭を離して見つめ合ったり、軽いキスをしたりを繰り返し、緩急をつけてかわいがっているようだった。
俺の方では、イリスちゃんがくすぐったがって両脚をキュッと閉じたり、俺が体を離すと、また開いたりを何度か繰り返したあと、俺が体を擦り付けても脚を閉じなくなり、むしろ向こうから腰を前後に動かすようになった。俺はその動きと逆の動きをするように息を合わせた。
「はぁ……はぁ……は……ぁ……」
イリスちゃんの息が上がって、彼女の動きも大胆になってきていた。
「ん……んっ……んっ……ん……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
イリスちゃんは前後に腰を動かすことに飽き足らず、俺の体に手を当てながら股を押し付けるような動きも取り入れ、リズムを刻みながらも、その動きは前後上下にどんどん激しくなっていた。
「イリスー、まだしてるの?」
俺達がイリスちゃんに『接触』してから五分ほど経って、裏口のドアの向こうから母親の声が聞こえた。その声にイリスちゃんはビクッビクッと体を震わせた。
ゆうは母親の声が聞こえるや否や、イリスちゃんが返事できるように頭を離した。
俺も下半身で舐め取り忘れがないことを確認してから、ゆうの位置まで移動した。
「…………」
イリスちゃんはボーっとして黙ったままだ。ゆうはつんつんと頬を突いて、『ほら、呼ばれたよ』と言わんばかりに、ドアの方に顔を向けていた。
「……う、うん……今行くー」
ゆうのジェスチャーを察して、イリスちゃんは返事を絞り出した。
一方、事が終わった俺達は彼女の体から下りて、森に帰ろうと歩みを進めた。
「あっ……」
俺達が三メートルほど進んだ所で、イリスちゃんの微かな声が聞こえたので振り向くと、彼女はゆっくり左腕を前に曲げ、お腹の辺りでその手を小さく振った。
後ろのゆうが体を振り返し、彼女の少し恥ずかしがった微笑みを見ることができたところで、その場を後にした。
「多分だけど、イリスちゃんってかなり頭良いんじゃないかな」
反省会の開催宣言の前に、ゆうがイリスちゃんの印象を突然語り出した。俺達は、落ち着いて議論できるように、森の中の比較的安全だと思われる場所まで戻ってきている。
「全く噛まれる気配がなかった。今思えば、何が起こったか分からなかったって言うより、もし噛んだら、暴れられて酷いことになるか、逆に舌を噛まれるとすぐに考えたんだと思う。
お兄ちゃんが聖水をほとんど飲み終える時点で、あたし達の目的が体液だけってことを察して、じっとしていれば、従っていれば危害を加えられないと判断した。そのあとに、あたしが口に入ろうとした時、自分から口を開けたし。
これはお兄ちゃんなら言わなくても分かるだろうけど、あたしのジェスチャーもすぐに理解したし、別れ際に手を振ったのも、最後には、あたし達の意図を完全に理解していたから」
俺達の意図、それは彼女の恐怖を完全に取り除いてから立ち去ることだった。そのまま眠れなくなるだけでなく、トラウマになって外に出られなくなってしまう。小さい子ならなおさらだ。それは彼女を苦しませることになってしまい、広く言えば、真綿で首を絞めているのと同じだ。これをあの状況で理解できる子はそうそういないだろう。
「なるほど。自分から口を開けていたのならその通りだな。作戦会議の時にも話したが、このトイレ様式の場合、何かあったらすぐに助けの声を上げるように親から教育されているはずだ。
もちろん、俺達はそれを考慮してあの方法をとったわけだが、それでも声を上げ続けなかったり抵抗したりしなかったのは、その判断力と理解力ゆえだろうな。ゆう、お前イリスちゃんのこと気に入ったんじゃないか?」
「まあ……うん。でも、それはお兄ちゃんもでしょ? 頭の良い子、好きだし。これは願望かもしれないけど、あの子、親にはあたし達のことを言わずに、明日の夜もあたし達が来ると思って待ってるかも」
「それじゃあ、同じ時間に行ってみるか。俺達の願望通りだとすれば、イリスちゃんはウィンウィンだと思っているだろう。ただし、イリスちゃんには入り込んだりしないようにな。アリコンならぬイリコンだけに」
「は? 意味分かんないだけど。きも。」
高度すぎたか。アリコンの意味と由来を知らないと理解できない最高難度教養ギャグだ。
「アリコンっていうのは……ん?」
用語の説明をしようとしていたその時、身体に違和感を覚えた。
「なんか……長くなってないか? 俺達の身体」
「うわ、ホントだ……」
俺達は身体を伸ばして体長を確認した。約二メートル、今までの倍の長さだ。イリスちゃんの体液を摂取したことで成長したのか。彼女と別れて五分ほど経ってから、三秒ほどかけて伸びた。
俺達が超生物であることに間違いはないだろう。今後も摂取を続ければ、さらに伸びるのだろうか。これは単なる成長なのか、異世界よろしくレベルアップなのか。
「これでも大人はまだターゲットにできないな。一文字書きのように手足の自由を奪わないといけないから、長さが足りない」
「まあ、いいんじゃない。イリスちゃんさえいれば」
ゆうは彼女に相当惚れ込んでいるようだ。その気持ちは分かる。
「仮に、俺達の成長が経験値を一定以上得たレベルアップによるものだとすると、そう上手くは行かない場合がある。
前提として、成長すればリスクが減るから、女の子からの摂取は続けるものとしよう。同じ女の子から摂取した時に、得られる経験値が初回の経験値に回数を乗算したものなのか、段々と減少していくものなのか、状況を変えれば増えるものなのか、初回のみなのかによって、ターゲットや状況を変更しなければいけない。
もしかすると、村から出る必要があるかもしれない」
「レベルアップじゃなくて、普通の成長の可能性もあるんでしょ? レベルアップと考える根拠は?」
当然の疑問を投げかけてきたゆう。不服そうな物言いから、イリスちゃんと離れたくない一心で出た質問だろう。
「根拠は薄い。どちらかと言えばってだけだ。超短時間に体長が倍になるという急激な成長を遂げたのが理由だ。消化時間経過による細胞の超分裂と無理矢理こじつけた生物の成長よりも、ステータスアップに近いと感じた。いずれにしても、イリスちゃんとはできるだけ仲良くしたいと俺も思っているから安心しろ」
「分かった。ありがと。」
体長以外にも、締め上げる力や跳躍力の向上の確認、頑健性の再確認もある。レベルアップでステータスやスキルの確認ができるようになっていないかも念のため確かめたい。まず、今すぐにできることをやるか。
「ステータスオープン! …………。プロパティオープン! …………。スペックオープン! …………」
しかし、何も起こらなかった。視界を閉ざして脳内でイメージしてみる。ステータスは表示されない。スキルは……。
「お兄ちゃん、それはもう前にやったでしょ」
ゆうは俺に、まるでおじいちゃんが朝食を食べたことを忘れて朝食はまだかと聞いてきた時のように諭した。
「…………いや、待て」
「は?」
ゆうは俺が冗談を言っているかのような反応をしていた。俺も何かの間違いかと思ったが、俺の脳内に広がるイメージが俺の意思とは無関係に歪みだし、全く新しい空間を映し出していた。
その空間には、『触手希望欄』というタイトルで、枠内に様々な触手タイプと希望後に得られるスキルがツリー状に表示されていた。ご丁寧にも、俺達のツリー状の現在位置がどこなのかも表示されている。
うーん、これは半分ギャグだな。『職種希望欄』の話はしてたけどさぁ……。もっとこうなかったのかな。普通に『タイプ選択』とか『スキルツリー』でいいし、いっそのことタイトルなくてもいいよな。やっぱり、夢なのか?
「ゆう、目を瞑って、自分のスキルを確認するイメージをしてみてくれ。そうだな……自分の趣味や特技を表示するイメージで。何か表示されたら、そのまま目を瞑っていてくれ。それぞれ一度しか表示されない場合に困る。俺ももう一回やってみるから」
俺は目を開けて、何が映ったかを言わずに、ゆうに流れを説明した。
「はぁ? 何なの一体…………あっ! ……え、何これ……」
「何が見える?」
「えっと、『触手希望欄』が……」
俺も再度試したところ、問題なく先程の映像が見え、ゆうの説明とも一致した。二人とも映像を見ていると、外界の危険を察知できないので、時々俺が目を開けるようにする。
「俺も同じものが見えている。ゲームのスキルツリーやスキルマップと同じように、どうやら触手タイプとスキルを選べるらしい。なぜゲーム準拠なのか、俺には心当たりがある」
「え? 実はゲームの世界とか?」
「いや、その可能性は低い。それなら、ステータスをすぐにでも確認できたはずだ。今はゲーム準拠の理由だけ話そう。俺は、触手の神様、触神様に『触手研究本の新作を作りたい』と願ったことがある。その触神様が俺の既存の触手研究本に記載のスキル一覧だけを引用し、俺達が見ているスキルツリーに応用した。
実は、研究本のあとがきに、『今回は触手タイプとスキルマップを分類できなかったので、次はそれらを統合したスキルツリーを作りたい』と書いてたんだ。要は、触神様が俺の願いを叶えてくれて、そんな俺がゲーム脳で、俺に対して部分的に気を利かせてくれたからだな。触神様ありがとう」
「いや、そんなことある? 荒唐無稽で非現実的すぎるでしょ」
「それを言うなら、俺達が触手になっていること自体がそうだろ。その時、俺は触手になりたいとは一言も口に出さなかったし、思ってもいなかった。
このことから、触神様が俺の願いを叶えるには、俺達を一体の触手にすることでしか成し得なかった可能性がある。あるいは、それが最も効率的だったか。つまり、全てに理由があるんだよ。その実現方法が、俺達に理解できない非現実的方法だっただけだ」
「その神様がお兄ちゃんの願いを叶える必要なんてないでしょ。神は人を個人的な理由で助けないんじゃないの?」
「存在するかも怪しい普通の神ならな。でも、触手の神だから。そして俺は触手の第一人者だから。もちろん、この世界に一石を投じる理由もあるかもしれないが、それこそ『触手の神のみぞ知る』だ。いずれにしても、俺達がこうしていることは必然だろう」
「うざ。『自称』第一人者のくせに」
「おいおい、触神様が俺の願いを叶えてくれたとしたら、もう自称じゃないぞ。通称、公称どころか『神称』だ」
「そんな単語ないから。自慢するために勝手に言葉を作らないでくれる? しかもそれ、世間的には自称と変わらないから」
ふぅ、久しぶりにゆうと熱い議論を交わしたぜ。まだまだ気になる点はあるし、話し足りないところだが、このぐらいにしておくか。
「それはそれとして……このスキルツリーはかなり問題だな。全てがバラバラだ。例えば、イソギンチャクタイプには、本来その形と自重から習得できない天井吸着移動スキルがマッピングされている。仮に習得できるとしたら重力操作スキルが必須だが、これはスキルツリーのどこにも存在しない。
つまり、『チートスキル』と言っても過言ではない。一方で、全く必要がない寄生蔦タイプに、天井吸着移動スキルがマッピングされている。死にスキルってやつだ。これらが混在して、全ての枝が、成長と共にチートスキルや死にスキルを交互に習得するような、あべこべ状態になっている」
「うわ、早口で語り出した。きも。」
「俺からすれば、このスキルツリーの方が気持ち悪いな。多分、ほとんどランダムで作成されたものだと思う。時間がなかったんだろうな。触神様の心中、お察しします」
俺は次の言葉を言おうか言うまいか、少しだけ迷って、この際に言わずして、いつ言うのかと思い立ち、声に出した。
「……触神様、俺にこのスキルツリーを最初から作らせてください。そのために、俺達はここにいる、そうなんでしょう? スキルの過不足は相談しながら、ツリーが理不尽な場合はそれぞれの枝ごとに却下してかまいません」
「お兄ちゃん、そんなことできるわけ……」
ゆうは俺がツリーを作れないと思っているわけではない。触神様が俺の言うことを聞くわけがないと思って止めているのだと俺は思った。
「これは俺達のためだけじゃないんだ。この世界に新たに生まれる触手のためでもあるし、別の世界の触手、これから作られる世界の触手のためでもある。そして、それが触神様の求めていたことにもなるはずだし、俺達から触神様への恩返しにもなるはずだ」
俺は強い決意で、触神様に語りかけるように熱弁を振るった。ただし、実現にはある条件が必要だった。
「触神様、もしよろしければ、スキルについての相談の前に、俺達自身のことやこの世界のことについてお聞きしたいので、お話しする機会をいただけないでしょうか。どうか、お願いします!」
俺は全裸で土下座するような気持ちで、触神様にお願いした。俺は本気だった。
「…………」
「…………」
俺もゆうも十秒ほど黙っていた。ゆうも願ってくれたのかな。全裸で土下座はしていないと思うが。
「あっ!」
ゆうが突然声を上げた。スキルツリー上のスキルがグラグラと揺れ始めたのだ。ほどなくして、スキルが『触手希望欄』の枠上まで飛散し、裸のツリーが露わになった。これまで、『触手希望欄』は地面に対して垂直に立っていたが、そこからは三十度ぐらいまで倒れて、空間の奥が見えやすくなった。
すると、そこには、白く美しい蛇、いや、触手が台座と共に現れた。あれがこの空間での触神様の姿だろう。文字通り神々しさがあった。
「お兄ちゃん! あたし達、見えるようになってる!」
「おお……‼」
俺達はお互いの姿を視認できるようになっていた。容姿と服装、立ち位置はあの日と同じだった。ゆうが俺の右腕に手を触れようと、左腕を伸ばした。
「ちゃんと感触ある」
「俺もだ。触られてる感触がある」
肉体が再生したのか、全て具体化されたイメージなのかは、触神様に聞いてみないと分からないが、その前に確認することがある。
「触神様、色々と取り計らっていただき、ありがとうございます。先に確認しておきたいことがあります。この状態で、外界の俺達に危険が迫ることがありますか? 俺達はずっと目を瞑っている状態なので、突然襲われたりすると困ります。
例えば、この空間にいる間は体感時間と外界の時間が違うとかだと嬉しいんですが。これまでのように何度もここに来られるのであれば、それはそれでかまいません」
触神様は微動だにせず、黙ったままだった。もしかして、聞き方が悪かったか?
「ここでの体感時間と外界の時間は違いますか?」
触神様はその体を伸ばし、ジェットコースターの縦回転コースのように、○を作った。触神様かわいいな。おっと、失礼か。
肯定なら○、否定や回答不能ならそのままという感じだろうか。普通に首を縦や横に振るだけではダメなのだろうか。おっと、これも失礼か。番号も表せそうだが、そこまでさせるのは気が引ける。
「外界の時間は止まっていますか?」
触神様は○を解いて、否定した。
「外界との経過速度の差は……百分の一ですか?」
触神様は○を作り、肯定した。
「え、すご……お兄ちゃん、なんで一発で具体的な差が分かったの?」
「俺達の体長が伸びた時の時間を参考にした。イリスちゃんから離れて、体長が伸び始めるまで三百秒、そこから伸び終わるまで三秒だったから百分の一。
仮説の一つとして、経験値を咀嚼するのは外界、その結果のステータスアップがこの空間で処理されつつ、外界に逐次送られるのでは、と考えた。完全に勘だったわけじゃなくて、仮説からの推察だ。
これは、レベルアップによる成長を想定した時にすでに思い付いていたが、確かめようがなく保留にしていた。触神様、俺の仮説は正しいですか?」
触神様は肯定した。
「えぇ……あの時、時間数えてたの? ……ってことは、もしかして植物とか動物とか食べたあとも数えてて、その想定はもっと前……。これまで思い付いた仮説とその証明に必要な事実を……」
ゆうがブツブツ言っているのを余所目に、俺はこの空間にいるリスクを回避するための残りの質問とスキルツリー作成のための『準備』のための質問を次々に触神様にぶつけていった。時間差があると言っても完璧に安全とは言えないから、ゆっくりとしてはいられない。必要最低限の質問だ。
俺とゆうが話す上で、この空間に名前をつけておいた方が良いだろうということで、俺達は『触神スペース』と呼称するようにした。
触神スペースでは、スキルツリー表示の段階と触神様と俺達が実体化する段階の二段階あり、前者を『表示フェイズ』、後者を『顕現フェイズ』と呼ぶことにもした。
触神スペースについて明らかになったのは、表示フェイズでは、実時間が流れること、スキル習得やタイプ選択、ツリー作成も随時そこで行うこと、触手時の俺とゆうの会話は触神スペースを実時間で経由していて、それゆえに口を動かさなくても会話できたということ、視界も同様だった。
顕現フェイズでは、外界の感覚が及ばず、いつの間にか攻撃されて重傷になっている可能性もあることが分かった。また、顕現フェイズには、レベルアップのスキル習得時のみ、俺達が触神様を呼ぶことで移行でき、二人が終了を了承した時点で表示フェイズに戻ることを触神様と合意した。最初は今回だけの移行という話だったが、それではツリー作成に支障が出ると進言して、そのようになった。言うべき時は言う、大事だ。
ツリー作成の期限は一年。単に元のツリーを再構成するならそこまで時間は必要ないが、元のツリーには『俺達の触手タイプ』が存在せず、どのような順序でスキルを習得すべきか不明だ。ただ、仮にでも作成しておかなければ、俺達はスキルを習得できないことになる。
したがって、実践しながら完成させていく方法が良いだろうということで合意した。必然的に俺達の枝が主軸になるので、ツリー作成よりはブランチ作成になっていくはずだが、そのまま呼ぶ方が分かりやすいだろう。
経験値とレベルアップについても確認した。仕様を知らないままだったり、検証に時間がかかるとツリー作成が非効率になるためだ。
以下、同じ対象から日を変えて、複数回体液を同じ方法で摂取しても、初回の経験値しか入らない。
方法や状況を変えれば、ある程度入るが、細かい値はその時による。まさに経験値と呼ぶものだ。あえて用語にするなら、『同一対象経験値取得限界』、または『経験値減衰』だろうか。
どのぐらいの経験値でレベルアップするかは教えてくれなかった。
俺達の最大レベルは、スキルを全て習得した状態と思っていい。
体液の種類は同じ対象から三種類以上、それぞれと合計が一定量以上となるよう摂取しなければ経験値にならない。
過剰摂取は意味がない。栄養失調、もとい経験値失調で死ぬことはない。
レベルアップする度にスキルを習得できる。レベルアップ時以外は習得できないが、保留して、あとでも習得できる。
スキルはそれまでに全く体験していなくても習得できる。レベルアップのご褒美というわけだ。そのため、これからは習得ではなく『取得』を使うことにする。
触手タイプは選択し直すことができて、その時点までのレベルに戻り、それまでに取得したスキルは、共通スキルを除き使用できなくなる。
この世界と、その住人との邂逅リスクについて。
モンスター用の結界を張るだけでなく、様々な魔法が存在し、主に攻撃魔法、回復魔法、補助魔法、召喚魔法が存在する。ただし、召喚魔法を単体で使える人間は少ない。
無詠唱で魔法を使える人間は存在しない。
モンスターのほとんどは魔法を使えないが、稀に使えるモンスターが存在し、その場合は無詠唱魔法を使う。
魔王のような存在はいないし、過去にもいない。
人間はレベルアップが存在せず、スキルを取得できない。習得はできるが、俺達のようにスキル表示できない。
相手のステータスやスキルが分かるような鑑定スキルを人間は使用できない。魔法による鑑定は、理論的には可能だが誰も使えない。
ヒットポイント制ではないので殴られれば痛いし、痣もできるし、一メートルは一命取る。
前述の例を覆すチートスキルのような、普通の人間であれば習得できない、使用できない強力なスキルを持った人間が存在する。
以上の情報の内、最後に挙げたチートスキルが、致命的になる可能性がある。これは俺達の力ではどうにもできず、出会って三秒以内に殺されたり、気付いたら死んでいた、なんてこともあるかもしれない。流石にそれは避けたい。
「触神様、ツリー作成前に際して、最後のお願いがあります。俺達はこの世界では狩られる側です。最強の力が欲しいとは言いません。せめて、チートスキル持ちの初見殺し対策をしたい。
例えば、魔法を使われないように口を塞いだら、チートスキルの無詠唱魔法を使われて即死、というのは理不尽です。かと言って、魔法使い全員に対して、無詠唱で魔法を使うのを確認するまで付け回していては無駄に時間を浪費するだけ、逃げ回ってばかりいては何もできない恐れがあります。
したがって、チートスキル持ちだけは、俺達が内容含めて認識できるようにしていただけないでしょうか。何らかの条件達成が必要とかでもかまいません」
触神様は、考慮中なのか、五秒ほどかわいくくねくねしたあと、俺達の目の前に一つのスキルを表示させた。元のツリーにはなかったスキルだ。
「スキル名、『触手の嘆き』。チートスキル持ちとこれまでに邂逅した触手達によって蓄積された情報から、対象のチートスキルを判別する。内容が不明の場合は、チートスキル警告のみが表示される……。触神様、ありがとうございます! これで行けます!」
ここまで触神様とコミュニケーションを取ってみて感じた印象は、理不尽を許さず、論理的思考で判断し、目的達成のためなら許容範囲内で尽力してくれて、隠しきれない優しさが垣間見えるというものだった。
かわいくも見えて、精神的にも癒やされる。この触神様になら、全てを捧げられると思えるほど、俺は信仰心に溢れていた。
「あのさ、魔法使いでギリギリチートじゃない魔力量を持ってる場合とかはどうするの? 攻撃されたら避けられない規模の魔法を使うみたいな」
ゆうもリスク回避の考え方に少し慣れてきたのか、具体的な状況を想定した上で俺に質問してきた。
「そういう奴らは『準チート級』と呼ぶとしようか。準チート級には一度も魔法を使わせない立ち回りをするしかない。凄腕の剣士という場合もあるだろうな。その場合は、一度も剣を振らせないように動く。不利と分かったら即逃げだ。突然出会うのが一番怖いので、普段から人目に付かないよう行動する。
隠蔽や囮のスキルを早めに取得したいが、『触手の嘆き』を取得した今、俺達に都合が良すぎるスキルを最初に取得するのは触神様が許可しないだろう。とは言え、選択肢があることが重要で、対策前にチートスキル持ちに会った場合はそれがなかった」
「うーん、なんか綱渡りみたいで怖くない? まあ、触手になってからこれまでもそうだったけど」
ゆうは不安な表情で俺に問いかけた。
「それは、すまないと思っている。俺だってゆうを怖がらせたくない。ただ、俺達は生まれたての赤ん坊のようなものだ。育ての親がいるいないにかかわらず、赤ん坊はいつ死んでもおかしくない。赤ん坊は自我が芽生えていないから、死と隣り合わせの恐怖はないが、俺達には自我がある。怖いのは仕方がないことだ。
だが、俺達にはその恐怖をできるだけ排除する、抑えるための頭脳と能力がある。綱をどんどん太くすることができるし、鉄骨に変えたり、将来的には頑丈な橋をかけることもできるさ」
「うん……ありがと。」
ゆうは微笑んだ。だが、表情はまだ曇ったままだ。
生死の話をした以上、確認しなければいけないだろう。これまで避けていたこと、認めたくなかったこと。俺達は、二日経った時から、この世界が夢である可能性が完全否定された事実を全く口に出していなかった。
しかし、その事実を確認できるのにしないのは、前に進むどころか、後ろ向きで立ち止まっているようなものだ。そんなのは、『俺達』ではない。
「触神様、あの……俺達兄妹について……聞きたいことがあります」
俺が触神様に声をかけると、ゆうはそれを察したのか、ハッとしたあとに、俺の右袖をギュッと左手で掴んで肩を寄せてきた。
「俺達は…………交通事故で二人とも死んだ……合ってますか?」
触神様は少しだけ間を置いて、肯定した。三途の川のような生死を彷徨っている最中なら否定するだろう。
「…………」
ゆうは俯いて黙ったまま、掴んでいた俺の袖から、力が抜けたように手をダランと離した。ここまで徐々にダメージを軽減しようとしてきたにもかかわらず、そのショックは大きかったようだ。俺も例外ではない。
「そう……ですか……。元の世界とこの世界の時間経過速度の差はゼロですか? …………。俺達が交通事故に遭ったのは夕方。でも、触手として目が覚めたのは昼頃だった。二十時間経って目が覚めて、それから三日経ったということですね?」
俺はまだ確認したいことがあったので、触神様の肯定に質問を続けた。
「俺達の両親は、俺の遺書を見つけて、中身を読みましたか?」
「……えっ⁉」
俺の質問に、ゆうは驚いてこちらを見た。何を言っているのか分からないという表情だ。触神様は肯定した。
「安心しろ、自殺用じゃない。俺や俺達二人が同時に突然死した時のために、あらかじめ書いておいたものだ。俺の起動しっぱなしのパソコンに二十四時間触れないと、机の引き出しに隠してあった遺書を読むようにメッセージを表示する仕掛けにしてあった。『引き出し二段目底に突然死用の遺書二通あり』ってな」
「そ……そこまでして…………なんて……書いたの?」
ゆうは暗い表情のまま、恐る恐る俺に聞いた。
「その前に先に謝っておく。遺書は二つあって、一つは俺だけが死んだ時の遺書で、もう一つと内容も被っているので読む必要のないもの。そのもう一つは、俺とゆうの連名の遺書ってことにしてある。さらに、勝手にゆうの気持ちを代弁している。すまない。後者だけ読んだはずなので、それを話そうか。少しキザったらしいのは許してくれ」
『これを読んでいるということは、俺とゆうが同時に不慮の事故で死んだってことだよな。その場合は、俺がゆうを守れなかったことになる。不甲斐ない、カッコ悪い兄、息子でごめん。
謝っても謝り足りない気持ちだと思う。想像しただけでもこんな気持ちになるのに、かわいい妹を守れなかった死後の俺は、一体どんな顔をしているんだろうな。ボコボコにして表情が見られないようにしてほしい、ぐらいに思っているはずだ。
兄妹仲は良くも悪くもなかったかもしれないけど、今考えても、これだけはハッキリ言える。楽しかった。日々の他愛無い話から、毎日の食事、誕生日パーティー、家族旅行、本当にどれも。ゆうも同じ気持ちじゃないかな。なんだかんだで、ゆうは優しいから、俺との会話も楽しんでたと思う。
ゆうは遺書をあらかじめ書いておくなんてことはしないだろうから、ゆうがもし遺書を書いたらこんなふうになるんじゃないかっていう体で俺が勝手に代筆しようと思う。ゆうには、あとで謝っておくよ』
『お父さんとお母さん、そして琴ちゃん宛に書きます。お兄ちゃんと二人同時に死んじゃうなんて、お父さん、お母さん、本当にごめんなさい。でも、あたしはこの家族に生まれて本当に良かったって思ってるよ。
お兄ちゃんはあんなだけど、あたしにとっては結構面白いお兄ちゃんだと思うし、話してて呆れることも多かったけど、結局最後は楽しく終われるようにしてくれる。あの頭をもっと別の所に使ってほしかったんだけどね。って、お兄ちゃんのことはいいとして、お父さんもお母さんもあたし達のことは忘れて……とは言わないけど、早く立ち直って前に進んでほしい。だって、大好きなお父さんとお母さんだもん。悲しんでる姿をずっとは見たくないよ。
あたしは、ほら、お兄ちゃんがいるからさ。お兄ちゃんのキモい話を聞きながら、二人のこと見守ってるから。お父さん、お母さん、今までありがとう。愛してるよ、ずっと……。
大好きな琴ちゃんへ。ごめんね、いきなりこんなことになっちゃって。琴ちゃんのことだから、私のためにいっぱい泣いてくれたと思う。本当にありがとう。
琴ちゃんは、すごくかわいいし、スタイルも良いし、頭も良いし、何でもできて、人生二周目なんじゃないかって思うほど、優しくて、気配りができて……私の憧れだから、絶対に幸せになってほしい。絶対絶対、変な男に引っかからないようにね!
ホントは高校卒業しても大学卒業しても、それからもずっとずっと琴ちゃんと一緒にいられれば良かったけど……悔しいなぁ……。まあ、こんなこと言ってもしょうがないよね。
私は琴ちゃんが幸せになってくれればそれでいいから。琴ちゃん、出会ってからまだ一年ちょっとしか経ってないのに、こんなに仲良くしてくれてありがとう。運命の出会いだったよね。思い出一つ一つを鮮明に思い出せる。すっごく楽しかった。
最後にもう一度言うね。琴ちゃん、大大大大大好きだよ』
ゆうは、泣いていた。堪えようにも堪えきれずに、肩を震わせ、両手で顔を覆いながら。それでも溢れる涙がポロポロと足元に落ちていた。
『二ノ宮琴子さんへ、兄からもお礼を言わせてください。ゆうと仲良くしてくれてありがとう。君のことを、ゆうはいつも楽しそうに話していたよ。本当に大好きなんだなと傍から見ても明らかなほどに。
君とはもっと話したかったな。そうすれば、ゆうのことをもっと好きになってもらえた気がするよ。そんなゆうが君と離れ離れになってしまったのは俺がゆうを守れなかったせいだ。本当にごめん。
俺を恨んでほしいと言いたいところだけど、ゆうは君にほんの少しでも負の感情を持っていてほしくないと思っているはずだ。悲しみの感情も含めて。
だから、俺からも君の幸せを心から願わせてほしい。ゆうを笑顔にし続けてくれた君だからこそ、君自身を笑顔にしてほしい。勝手すぎるかな。
俺からも最後に……ことちゃん、ごめん。そして、ありがとう』
『ゆうのためにも、二ノ宮琴子さん宛の箇所は、その部分だけ見せてあげてほしい。多分、そんなに外れたことは言っていないはず。他にも伝えたかった人がいるかもしれないけど、俺が知らないから書けなかった。少なくとも、取り乱すほど悲しむ人には伝えられたから良しとしたい。
人が死んだ時、互いに愛した人や残された遺族の時間は止まってしまうっていうけど、俺とゆうは死んだんじゃなくて、世界十周旅行に出たと思ってほしい。便りをよこさないバカ息子って感じで。ゆうはバカじゃないから、俺がゆうに連絡しなくていいって言ってるという設定。俺達の部屋もそのままにしてさ。他の人から言われても、なんか言ってらってスルー。
そうすれば、生きてるのも死んでるのも紙一重だから、日常に戻れないかな。まあ、ぶっちゃけ現実逃避ではあるけど、受け入れるまでの時間は絶対に必要だと思うから。
言っておくけど、俺の言ったことを呪いみたいに思わないでほしい。その辺は任せる。もちろん、加害者との裁判はあって、その度に思い出すことは避けられないから完全に効果があるわけじゃないし。
さて、伝えておきたいことはこんなところかな。思った以上に長くなっちゃったな。俺の悪い癖だ。
ゆう、こんなカッコ悪いお兄ちゃんだけど、もう一度だけチャンスをくれないか?
今度は絶対守るから。一度口にしたことはお兄ちゃん守るから、一緒にいさせてほしい。
しょうがないなぁって? ありがとう。
父さん、母さん、そういうことだから安心していいよ。連絡できたらするからさ。
それじゃあ、バイバイ。最後まで読んでくれて、ありがとう。大好きだよ』
遺書を思い出しながら、一言一句正確ではないにしろ、当時何度も推敲したこともあって、ほとんど再現できたのではないだろうか。
一息ついた時、俺の両頬に涙が流れていることに気が付いた。いつの間に……。左頬の涙を触るや否や、ゆうが俺をギュッと抱きしめた。
「お兄ちゃんはかっこ悪くない‼ すごく……かっこいいよ……。最高のお兄ちゃんだよ! ……いつもありがとう、お兄ちゃん……大好きだよ……」
ゆうは、俺を抱き締めながら、泣きじゃくりながら、声を絞り出すように、それでいて力強く、兄としての俺を肯定してくれた。その言葉に俺の涙はさらに目から溢れた。俺は思わず、ゆうの優しさに甘えて、抱き締め返した。
「ありがとう……ゆう。俺、ずっとあの日の光景が頭から離れなかったんだ。あの時、どうすれば良かったのか、そればかり考えて。
ゆうとあんなに楽しく長く話せて、俺と同じ進路だったことに内心すごく浮かれてて……信号を渡る前からもっと注意してれば……暴走車と故障の可能性を考えていれば……俺が右側を歩いていれば……もっと早く反応できれば……ずっとだ。
時間が止まってるのは俺なんだよ。ゆうを先導する俺と、ずっと後ろで立ち止まって後ろを向いた俺で分裂して。
遺書では死んだ気になって、あんな決意をしておいて、もう一度のチャンスを不意にして、死ぬ気になっても結局守れなくて、情けなくて……。つまり、二回失敗してるってことなんだ。
それを認めたくなくて、ゆうを悲しませたくないって理由を挙げて、可能性、可能性って言って……。自分が死んだことを認めたくなかったわけじゃない。なんだかんだ言って、俺のくだらないプライドのためだったんだよ。
神様に最初にお願いした時は、ゆうは助かったと思っていたから考えなかったけど、ここにゆうがいなかったら、誰が何と言おうと、俺は自分で顔をボコボコにした上で自殺してたさ」
俺は、誰に対してでもない、自分に捲し立てるように、これまでの負の感情を全て吐露した。
「でも……ゆうのおかげだ。ゆうが一緒にいるから前に進める。失敗を受け入れる勇気が湧いてきて、ずっと逃げていた事実と向き合えた。後ろ向きの自分にはサヨナラして、最後のチャンスに全力をかける。ゆうには辛い思いをさせたな、ごめん」
「そんなこと言うなら、あたしだって、死んだことを認めたくなかったわけじゃない……。あの日は琴ちゃんと同じ進路になれて、あそこでお兄ちゃんにも伝えられたことに浮かれてて、目の前に車が来てることに気付かなかっただけじゃなくて、そのまま動けず、挙げ句の果てに、お兄ちゃんを頼って……。お兄ちゃんを死なせたのは、足手まといになったあたしなんじゃないかって、そのことを認めたくなかった。
結局、この世界でもお兄ちゃんに頼りきりで、お兄ちゃんがいるからいいかって甘えて。それなのに、お兄ちゃんにはいつも通り酷いこと言って、そんな気持ちを誤魔化してた。もし夢じゃなかったら……ただのマヌケになっちゃうじゃんって思って。
だから、ずっと見ないふりをしていた。突きつけられた事実も……自分も……。そんなマヌケなあたしを悲しんでくれるお父さんやお母さん、琴ちゃんに顔向けできないって思った。あたしもだよ……くだらないプライド持ってたの」
ゆうは涙に濡れた顔を恥ずかしがることもなく、俺の方を向いて、素直な気持ちを吐き出していたようだった。
「でも……お兄ちゃんのおかげだよ。正直、まだあたしはお兄ちゃんを頼ってる。あたしを前に引っ張ってくれる。今みたいに、あたしが立ち止まっても、お兄ちゃんから踏み出してくれる。辛いことや悲しいことがあっても、きっとその何百倍も面白いこと、楽しいことに変えてくれる。
だから、あたしはその恩を返せるように頑張りたい。それまで、ううん、それからも一緒にいられたら……嬉しい。共依存だなんて誰にも言わせない。お兄ちゃんは、ずっとあたしのお兄ちゃんだから……」
『ありがとう』
俺達は同時に感謝の言葉を言い合って、泣きながら強く抱き締め合った。自分の死と弱さを受け入れ、一緒に前に進むことを誓って……。
しばらくして、落ち着いてきた俺は、ある提案をゆうに切り出した。
「ゆう、提案がある。その……俺と話す時は、これからも今まで通り、『きも。』『うざ。』『死ね。』の感じを頼む。もちろん、たまには本心をぶつけ合うのも良いけど、その方が、多分お互いやりやすいと思う。
特に、『死ね。』ってこっちに来てから使わなくなっただろ。気持ちは分かる。実際に死んだわけだし、認めたくなかったこともあるし、改めて不謹慎だとでも思ったんだろう。いいよ。俺は使ってくれた方が嬉しい。それを引き出せるようにゆうを辱めるから」
「うん、分かった……。って、今のは辱めることを許可したわけじゃないから!」
「よしよし。ゆうはかわいいなぁ」
「死ね!」
ゆうの頭を撫でて、腹にパンチをもらったところで、俺とゆうは定位置に戻った。この切り替えの早さがクセになるんだよな。ゆうの横顔を見ると、涙を拭きながら笑っているようだった。良かった。
触神様はここまでの間、空気を読んで存在感を消していた。なんと素晴らしいお心遣いか。
「はははっ。触神様、どうでした? 感動しましたか?」
触神様は肯定した。触神様って、やけに人間味あるよな。
「あの……! 触神様が向こうの世界のことについて分かるのなら、逆に向こうの世界に対して、こっちから何か送れたりしませんか? さっきお兄ちゃんの遺書にあったような、連絡……とか」
ゆうが思い切ったように、感動の対価とも言えるのだろうか、触神様へ無茶なお願いをした。
「ゆう、流石にそれは……」
俺がゆうの無茶な要求をたしなめようとした瞬間、触神様はくねくねと動き出した。もしかして、迷っているのか?
「⁉」
五秒ほどあとに、突然、ある画像が俺達の目の前に現れた。そこには、『朱のクリスタル』というタイトルと共に赤く、いや、朱く光り輝く美しい宝石が表示されていた。正確に言えば、クリスタル、つまり水晶と宝石は見た目も密度も異なるが、少なくとも表示されたものは、宝石と同じように見えた。
「宝石……? これが一体……これを探せということですか?」
俺の問いに対して、触神様は肯定した。
「この朱のクリスタルがあれば、俺達から、例えば両親にメッセージを送れるということですか?」
触神様は肯定した。俺は続けていくつか質問し、その詳細を得た。
向こうからは俺達にメッセージを送れない。つまり、コミュニケーションはできない。
送れるメッセージの文字数は限られていて、かなり少ない。でも十分だ。いや、それだけでもとんでもないことだ。
「触神様、本当にありがとうございます!」
俺達は深々と頭を下げ、心からの感謝の言葉を述べた。理不尽を許さないはずの触神様が、俺達のような一度死んだ者に特別待遇を与えるとは……。それとも、既定路線だったとか?
迷っていると思っていたのは勘違いで単なる予備動作とか。触神様にも別の目的があるということか?
そもそも、俺が勝手に理不尽を許さないと思い込んでいただけか?
いずれにしても、ゆうのおかげで新たな目的ができた。俺達の当初の目的と合わせると、『朱のクリスタルを探しながら、レベルアップしてスキルツリーを完成させる』ことが俺達の目的となる。
「ゆうもありがとう。何と言うか……吹っ切れたか?」
「うん。お兄ちゃんに言えないことは、あたしが言う。それが今のあたし」
「流石、俺の妹のゆうだ。頼もしいよ。でも、調子に乗って突っ走るなよ」
「はーい」
ゆうのこんな笑顔は久しぶりに見た。俺は目頭が熱くなりつつも、嬉しくて笑みがこぼれた。
「……触神様、もう少しだけ質問させてください。俺達を轢いた人は生きていますか? ……ふむ、生きていない、と……では、その人もこの世界に転生しましたか?」
「あー、それもあるのか」
ゆうは感心したように何度も頷いた。触神様は否定した。それはそうだ。触神様がそんな理不尽を許すはずがない。
「触神様は転生者を全て把握できるということですか?」
触神様は肯定した。また、これまでにこの世界に転生してきた者はおらず、転生してきた者が今後いたとしても、触神様からは教えられないとのことだった。他に転生者がいた場合は、そのためのスキルを早い内に考案する必要があったが、今のところは不要であることが分かった。
さて、これでスキルツリー作成『準備』のための質問を一通りし終えた。
では、スキルツリー作成のための質問とは何かだが、タイプやスキルの過不足があった時にその許可を得たり、スキル説明に問題があったりした場合の変更許可だったりだ。
ここからは、ようやくスキルをツリーにマッピングしていくが、時間を使いすぎているので、俺達のタイプにレベルの低い順から二つ先のスキルをマッピングして外界に戻ることにする。
その内の一つが、今回のレベルアップで取得できるスキルだ。『触手の嘆き』は初期スキルなので含まれない。残りは次回以降だ。触神様も了承してくれた。
「まず、俺達のタイプを体形と初期スキルから『触手体リーダータイプ』とする。通常の『触手体タイプ』も作ろう。この二つのタイプ間で、ツリーの違いはないので、以降は、『触手体タイプ』として話を進める。
レベルアップした現在、取得できるスキルは、触手の基本から『触手数増加』が良いだろう。ただ、他のタイプにも適用でき、元は低レベルで取得できる『体形変化』と内容が被っているから、これを分解する必要がある。
なぜなら、『体形変化』は触手ではなく、本体の形が変化するものだが、俺達は触手が本体であるため、そのスキルは汎用的になってしまい、例えば手を二本伸ばすと、それが『触手数増加』を含んでしまう。
『体形変化』を触手体タイプにマッピングしないようにした上で、『伸縮』『膨張』『部分変形』『自由変形』に分解し、『触手数増加』『伸縮』を同列に並べる。これらは、互いに繋がっていて、いつでも取得できるものとする。
『膨張』『部分変形』『自由変形』は『伸縮』の先に配置し、触手体タイプ内でサブタイプ『変形体タイプ』として分岐する。『自由変形』は、かなりあとに取得できるスキルとなる。
それから、次に取得できるスキルだが、攻撃系か隠密系か捕食系かの共通スキルが良いと思う。攻撃系なら『弱毒液』『弱酸液』、隠密系なら『短透明化』『短縮小化』、捕食系なら服だけを溶かす『溶繊維液』が候補かな。共通スキルとは、どれかを選んだら、残りはあとで遅れて取得できるスキルだ。触神様、問題ない場合は丸をお願いします」
触神様は○を作り、肯定した。
「触神様、それでは、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
俺達は、お辞儀をしながらお礼を言い、外界に戻った。
「どうやら無事のようだな」
俺は周囲と体を見回し、触神スペースにいた間に外敵から襲われていなかったことを確認した。
また、すぐに表示フェイズに再度行き、ツリー上の『触手体リーダータイプ』と『触手の嘆き』『触手数増加』が光り輝いていることを確認した。
「触神スペースにいたのってどのぐらい? 三十分もいなかったよね。ってことは十八秒以下だから、かなり余裕ありそう」
「本当は、それを利用して、ピンチに陥った時に十分な思考時間を得るために、顕現フェイズまで行って、対策を練るみたいなことはしたかったが、そこに行けるのはレベルアップ時だけだからなぁ。そうならないようにするしかない。
それじゃあ、『触手数増加』を早速試してみるか」
「おっけー。」
本番でいきなり使用するなんて怖いことはできない。検証と練習は大事だ。俺達は少し開けた場所に移動した。
「『触手数増加』、レベルと同じ数以下の触手を増やすことができる。俺達はレベル二だから、俺達含めて三本まで増やせるはずだ。ゆう、マックスまで増やしてみてくれ。頭の中でスキル名と増やす数を言って、それでダメなら声に出すってことで」
「おっけー。…………って、ええ⁉」
ゆうはスキルを使用した直後、驚きと戸惑いの声を上げた。そこには、俺達と全く同じ触手が二本、分裂したかのように現れた。俺達と増やした触手は繋がっていない。
「まあ、こうなるよな……」
「なんか、イメージと違うんだけど。あたしに手が生えるみたいなのを想像してたんだけど。っていうか、お兄ちゃんそう言ってたよね?」
「いや、おそらくそれもできる。多分、これがデフォルトなんだろう。でも、説明通りだろ? 俺達は触手なんだから、『俺達』が増えるってことだ。つまり……」
俺は増えた触手を自分の意志で動かした。片方ずつ、あるいは両方同時に。あえて、今の場所から見えないほど、遠ざかってみたりした。
「これはすごいな。視界を切り替えられるし、別々の視界を同時に見ることもできる」
「え……うわ、ホントだ。いや、すごすぎない? ってか、切り替えむずっ! 同時見も訳分かんない」
「頭の中に三個の小さな丸を横に並べると良い。リモコンのチャンネル操作みたいに。同時操作は同時押しの感覚。視界は縦か横に三分割。小さいウィンドウにしてもいい。切り替えはお前の得意分野だろ? 俺より上手くなるはずだ」
「分かった。ありがと。やってみる」
しばらくすると、ゆうも複数操作や複数視界に慣れてきたようだ。まだまだ試すことはある。
「増やした方の触手を一本だけ残して、他は消してみる。ゆうは驚かないように」
「おっけー。」
俺は宣言通り、一番遠くの『俺達』を残し、元の『俺達』ともう一方の増やした『俺達』を消した。
どうやら、成功したようだ。それぞれの場所に行っても『俺達』は残っていなかった。しかし、『俺達』はここにいる。
「ねえ、お兄ちゃん……これ、チートじゃないの? 『体形変化』みたいに分解した方が良かったんじゃないの?」
「うーん、何とも言えないな。触手体タイプの基本と言えば基本だし。手だけ伸ばすと、さっき言った通り『体形変化』だ。サブタイプ分岐もあるから、それとは絶対に一線を画さなければならない。
つまり、触手体タイプにとっては、現状で他に本数を増やす手段がないんだ。かと言って、あとで取得できるスキルにすると、生まれたてでもないのに、触手っぽくないまま、図体だけ長いままで、長い時間を過ごすことになり、触手としてのアイデンティティが崩壊する。ならば、説明に色々と例外を記載するかというと、それは冗長すぎて、スキルやツリーのデザインを損なう。一応、デメリットはあるから、そこまででもないさ」
「デメリットって……怪我するリスクが高くなるとか? メリットの方が大きくない? 経験値とか倍数になったりするんじゃないの?」
「まず、デメリットについては、その通りだ。実質、表面積が増えるようなものだからな。別々に動かした場合は、その全てに注意を払わなければいけない。
傷付いた触手を消した場合にどうなるかは、リスクがあるから今は検証しない。その時になったらだな。そもそも、一本が傷付いたら全ての触手が傷付くことになるかもしれない。
経験値については、検証してみなければ分からないという前提で言うと、数を増やしてから体液を摂取した場合は、同一対象経験値取得限界の法則から、増やす前と変わらないと思う。
複数人同時の場合は、時間短縮にはなるが、それぞれの作戦通りに実行する必要がある上に、別々の視界での同時操作が難しい。同じ場所にいるなら視界を気にせず動かせるが、それで得られる経験値は同様だろう。
だとすると、俺が考えるこのスキルの裏のメリットは、監視範囲の拡大、移動時間短縮、事前配置からの瞬間移動で、いずれも先のデメリットがあるので、チートではない、という結論だ。結構よくできてると思う。
これが例えば、式神のように、視界共有で自由に飛ばせて、自分との位置を入れ替えられたり、やられてもノーダメージ、みたいになると、低レベルではチートと言える。高レベルならあり得るが」
「なるほどねー。まだ試すことあるよね?」
「ああ。続けよう」
俺達は『触手数増加』の検証を続けた。同時に、スキルの使い方についても確かめた。
自分達から離れた場所に触手を増やすことはできなかった。必ず自分達から分裂するように増える。
触手を手のように増やせるかを試したところ、一本増やすとアルファベットの『H』のように、二本増やすと『王』を横にした形のようになった。いずれも縦軸が俺達で、真ん中でそれぞれ繋がる感じだ。かなり具体的なイメージがないと、そのような形にならず、分裂状態になる。繋がって嬉しいことは、あるにはあるが状況が限られるので、基本的には分裂状態になった方が良いだろう。
スキルについては、ゆうが最初にやったように、内容をイメージできなくてもスキル名を脳内で言えば発動できる。内容を具体的にイメージできれば、スキル名を言わなくても発動できた。
二人が同時に声で発動させようとした場合は、言い終わるのが早かった方、さらに、別々の本数を増やすように指定した場合は、本数の多い方が優先された。俺が触手を増やしたら俺しか消せないみたいな権限を設定できたり、間違って消さないような保護状態にできないかと試したが、それはできなかった。お互いに気を付けるしかない。
とりあえず、基本的には俺がスキルを操作するように、ゆうと取り決めを交わした。
「スキルの検証は、こんなところか。取り決めについてだが、行動方針も決めておいた方が良いと思う。例えば、女の子を襲う場合とか。
イリスちゃんの時は、一つの作戦としての行動だったし、何をやるべきで、何をやっちゃいけないかが曖昧だった。できるだけ苦しませないという思いは一致していたが、『じゃあ何のために?』ってことを決めたい。
結果的には問題なかったものの、それを決めておかないと、暴走して、喧嘩にもなって、俺達のためにならないし、ひいては女の子を悲しませることになる」
「うん。それだけは避けたい。まずは、お兄ちゃんの意見聞かせて。色々考えてるんでしょ? そのあとに、あたしなりの視点で付け加えたり、文句言ったりするから」
こういう時のゆうの意見はいつもありがたい。俺だけだと男視点もあって絶対に偏るし、ゆうは思考放棄のイエスマンでもないので、ツッコミが鋭い。思考速度も速いから、ツッコミのなかった所は問題なしとして、議論もすぐに終わる。
「触手になった現在、俺には大目的がある。触手で女の子を幸せにすることだ。
では、触手と人との関係における幸せとは何かと言うと、『この触手になら何をされてもいい、むしろありがとう、と笑顔で心から思えること』と定義する。妥協や諦めの気持ちではないってことだ。
さらに言えば、できるなら最初から最後まで、他者から見てもそうだと思えるようにしたい。最初っていうのは当然無理だから、早い段階でと置き換えてかまわない。だから、イリスちゃんは俺のこの考えから見ても最高だったんだ。あの年齢にして、ほぼ最速で境地に至った。俺が人間ならそれを称えて彼女を抱き締めて、通報されていることだろう。
それはさておき、このことから、女の子が喜ぶこと、好かれることをし、可哀想なこと、嫌がることはしないことにする。
また、周りからは、気持ち悪く見えないようにして、逆に羨ましいと思えるように、できるだけシンプルに体液摂取を試みることにする。
一方で、俺達は触手だ。人間だった頃の考えで行動していると、危険な目に遭う恐れがあるし、どう取り繕っても女の子を襲っていることに変わりはない。そこに迷いがあると判断が鈍る。
したがって、簡単ではないだろうが、人間だった頃の常識を捨てることにしたい。とりあえず、以上」
「あたしの意見は三つ。女の子が望まない限り、できれば痛みも与えたくない。仮にそのあと、気持ち良くなるとしても、怖いと思うから。何言ってるか分かるよね? 多分、あたし達なら、将来取得できる触手の能力を使えば、痛みを与えずに幸せにできると思うんだよね。
二つ目、女の子の体を最後は綺麗にしてあげたい。せっかく触手で、女の子の体液を摂取できるんだから、女の子が分泌してくれた体液を無駄にしなければ、女の子からも『私の体液全部吸ってくれて、体を綺麗にしてくれてありがとう』と思ってもらえるかも。これはお兄ちゃんのキモい考えも汲んだ意見ね。過剰摂取が無意味なのは分かってる。
最後三つ目、もう少し対象を広げてもいいんじゃないかと思った。あたし達の能力で、理不尽な目に遭ってる人を幸せにするとかさ。偽善で傲慢かもしれないけど……でも、どうせ『自己満足』でしょ?」
独自の視点で、俺には思い付かなかった考え、あるいは効率優先で排除した案を、ゆうが挙げたのは流石だった。特に最後の意見は、ゆうらしい。
俺も、せんじゅさんやめぐるさんと会ったことにより、誰かをなりふり構わず助けようとしてみたいという憧れは芽生えていた。
また、触神様が理不尽を許さないように、その代わりと言ってはおこがましいが、俺もそういう場面に遭遇したら、何とかしたいと思っていたものの、リスクがあることに加えて、俺にできるのだろうかと二の足を踏んでいた。
ゆうには、せんじゅさんとめぐるさんのことをまだ伝えていないにもかかわらず、すぐにその考えに至れるのは素直にすごいと言える。本当に優しいな、ゆうは。また、引っ張ってもらった。
「ありがとう。その意見は全て入れ込もう。ルール化する時は、多少汎用的な物言いになると思うが、俺達の間で詳細が共有されていれば問題ない。じゃあ、まとめるとするか」
こうして、『俺達兄妹が女の子(例外有)を幸せにするために守るルール』ができあがった。
色々なことがありすぎて、長くもあり短くも感じた四日目の夜、この世界に来てから、俺は検証以外でようやく十分に眠ることができた。
眠る必要がないのに、眠りたくなったのは、新しい一歩を踏み出せた達成感で、一区切りつけたかったからかもしれないな。
五日目の夜、俺達は再度イリスちゃんの家の屋根にいた。
「イリスー、おしっこ行ってきなさーい」
「あの……多分、長くなるから」
「分かった。ちゃんと拭いてきなさいねー」
「はーい」
俺達は、彼女の返事を聞いてから、仕切り板まで移動した。彼女が裏口のドアを開けて出てくると、横から顔をひょこっと覗かせた。彼女は俺達に気付いて、黙って笑みを浮かべた。
服の色合いは昨日と同じ赤色で、デザインが違っていた。この色が好きなのかな。すでに、俺達と会う布石は打っているので、多少時間が長くなっても、両親には不審に思われない。俺達の存在も秘密にしているようだ。
やはり、俺達が見込んだ女の子だ。チートスキルでも持っているのかと思って確認してみても、持っていないようだった。単に他の触手と邂逅していないだけの可能性は高いが。
彼女がトイレスペースまで来たところで、俺達は彼女の首に引っ掛かるように、後ろから前にぶら下がり、両頭を持ち上げて、彼女の顔と向き合った。
成長後の俺達の体重がどれほどかは分からないが、重く感じているようには見えなかったので良かった。
「蛇さん、あの……お、大きい方も大丈夫? 大丈夫だったら、右のほっぺを二回舐めて、そうじゃなかったら、一回だけ舐めて」
イリスちゃんは、俺達にしか聞こえない微かな声で、恥ずかしそうに質問してきた。
それに対して、ゆうは、イリスちゃんが『わざと指した左頬』を無視して、彼女の言葉通り右頬をペロリペロリと大きく二回舐めた。
「すごい……やっぱり分かるんだ……」
イリスちゃんは静かに感嘆の声を上げた。イリスちゃん、君の方がすごいよ、天才か?
言葉を交わせない生き物が自分の言葉を理解しているか、さらに自分の希望を伝えつつ、敵意がないことを確認するための方法としては、簡潔で最適だ。ただ、俺達は蛇じゃなくて触手だけどね。
「お兄ちゃん、あたし、この子のこと絶対に幸せにするから」
ゆうが強い決意を込めたプロポーズをなぜか俺に宣言した。まあ、俺も賛同するよ。
「じゃあ、念のためここでするね」
イリスちゃんはトイレの定位置に下着を下ろしてしゃがみ込んだ。俺は触手を二本増やし、前後両方に配備させた。下半身は俺の担当だ。
流石に三本は重いと感じるかもしれないので、後ろの一本は、片方を仕切りの縦の小口に吸着させた。イリスちゃんは、俺達が成長して体長が大きくなったことや、本数が増えたことに全く驚いていない様子だ。それも想定済みってことなのか?
「い、いくよ……。んっ……!」
ゆっくりと俺の口の中に温かいものが入ってくる。俺は、全部丸呑みするつもりで、吸い付いた口はそのままに、舌をうねらせて、随時奥へ送り込んだ。
この時点ですでに、俺はあまりの美味さに頭がボーッとしていた。舌が少し触れただけで、その感触と味が病みつきになり、いくらでも食べられそうに思える。
最高に甘みがある果物、例えば、食べ頃のメロンを口に含んでいるようで、早く咀嚼したいのにもったいないと感じるもどかしさと期待感を覚える。焦っちゃだめだ。
「ん……ふぅ……」
イリスちゃんが一区切りついたところで、続けざまに聖水が前の俺の口に流れ込んできた。触手を同時操作しているということは……味覚も同時に感じるということだ。
「あ……あ……」
俺は情けない声を出していた。いや、出していたことに気付かなかった。
これは美味しさの暴力と言っても過言ではない。まだ、咀嚼していないのに、飲み込んでいないのにこの状態だ。俺はあえて聖水を飲み込まずに口に溜めておこうと考えた。本当の意味で同時に味わってみたかったのだ。
「ふぅ……終わったよー」
イリスちゃんが俺にささやき声をかけた後、残りの触手を使って前後どちらも全て吸い尽くした上で綺麗に舐め取った。その際、わずかではあるが、三種類の味になっていた。この短時間で、ゆうが上半身で何をやっていたかは大体想像がつく。
それはさておき、俺はついに、舌と喉に鎮座しているものを、これまでと逆に歯の方へ送り出し、噛みしだいた。それと同時に、もう一本の口に含んでいた聖水を少し飲み込んだ。
その途端、脳が痺れたと思うほどの感覚が俺を襲った。俺は食の楽園にいるのだと錯覚する。こんなに美味いものをまだまだ食せる喜び。単独で食しても美味いのに、合わせたらその何倍も美味いのは、物理法則に反しているのではないか。単純に考えて、果物とスープを同時に口に入れたら、不味いのは明らかだ。なのに、なんで美味いんだよ……。
簡単だ。果物とスープじゃないからだ。訳が分からなくなりすぎて、悔し涙すら流せそうな感情が押し寄せてくる。一回噛むと、各層ごとに食感が異なり、食感が異なるということは、それぞれ味が異なり、噛む度に複雑な味になっていく。それを脳でそのまま理解したり、時には紐解いてそれぞれの味を楽しんだりできる。
そこに聖水が加わると、味の染み込む所とそうでない所ができて、より複雑さを増し、全く違う味の表情を見せる。当然その全てが美味い。味のコラボレーションを超えた、味の昇華、サブリメーションだ。ちなみに、聖水は昨日と味が違う。イリスちゃんの食べた物やその時の状態によって味が変わるからだ。一生楽しめるじゃないか。
しかし、初回に言った通り、残念ながら人間ではこれを味わえない。味わうどころか、抗生物質漬けの入院、死亡コースだ。絶対に真似しないように。
「こっち行こうか」
用を足したイリスちゃんは、裏口とは反対の仕切りを超えた先の家壁に進み、前と同じく背を預けた。
今回は時間に比較的余裕があり、母親から声をかけられてもすぐに反応する必要がないので、前回とは違って、ドアを開けられてもバレにくい反対方向に来たのだろう。多分、反応できなかった時の言い訳も考えてるんだろうな。
「こうして……立ってればいいかな?」
イリスちゃんは自ら下着を膝上まで下ろして、両手を少し広げた。どれだけ物分かりが良いのか。
今回の彼女は微塵も怖がっていないので、初回のように恐怖を取り除く必要はないのだが、ノーリスクで体液を摂取させてくれた感謝も込めて、俺達は彼女の身体に体を這わせた。
「は……ぁ……」
俺達は、二本の触手をイリスちゃんのまだ肉付きの少ない両脚の付け根に巻き付けたあと、正面側に出て、そのまま両肩まで上って、後ろから両腋を前に潜り、ゆうの頭がイリスちゃんの服の襟から正面に出るようにした。
すでに、イリスちゃんの上の服はボタンが外されていた。ゆうがトイレにいる間に突っつくなどの指示をして外させたのだろう。
もう一本は、正面から股を通り、同じくゆうが彼女の顔の正面に、俺は臀部側に行き着き、右脚の一本は正面、残りは臀部を見られるようにした。
彼女は、まだ少しくすぐったいようではあるものの、その声からは明らかに別の感覚が開発されているのが分かった。
ゆうは、彼女にキスをして口の中に入っていった。残りは緩んだ上着の襟から中に戻り、腋に体を擦り付けながらも、両胸を優しく舐めているようだった。イリスちゃんもそれに合わせて、上半身をくねらせると共に、下半身を前後に動かし始めた。
俺は、前回と同様に彼女の動きと反対に動き、できるだけ刺激を増幅してあげたり、吸着率を変えて不規則な刺激を与えたりしたところ、彼女はその度に抑えられない声を漏らしていた。
俺はその間も、二本の触手でプリプリの両臀部に吸い付き、色々な方向に引っ張ったり、もう一本の触手は下腹部を舐め回したりしていた。
「ん……あっ……! こ、声……出ちゃう……よぉ……」
ゆうはずっと彼女の口に頭を入れているわけではないので、その時に刺激されると、ちょっとだけ大きめの声になるようだ。多分、家の中には聞こえていないはずだ。
しかし、イリスちゃんは、その声で今の恥ずかしい姿がバレるかもしれないという緊張感と、そのドキドキを味わう興奮とが入り混じり、目は虚ろ、口は開けっ放しで涎が垂れ、放心状態なのに、下半身は一心不乱に激しくグラインドしているという、奇妙な光景になっていた。
いや、待て。この子なら、『声出ちゃう』なんて、必要のない言葉をわざわざ声に出すことはないんじゃないか?
ということは、あえて緊張感と興奮度を高めつつ、さらに少しだけ酸欠状態になることで快感が増すことを知って、ゆうに口を塞ぐよう促しているのでは……。
この世界に転生者がいないことを触神様に確認していなければ、確実にイリスちゃんを転生者だと断定していただろう。俺達はとんでもない性欲モンスターを生み出してしまったのかもしれない。責任は取る覚悟だ。
「蛇さん……おしっこ……また……出る……かも……」
少しばかり時間が経過したあとで、イリスちゃんは俺達にアラートを出した。
俺はすぐに前側の一本の口を大きく開け、股に吸い付かせた。どうやら、そこはすでに水浸しになっているようだった。俺は、排泄を促すように、舌を素早く何度も動かした。
「ぅ……ん……んっ……あっ……あっ‼ …………はぁ……はぁ……は……ぁぁ……」
昂ぶった頃合いを見計らって、舌の吸着率を上げて、擬似的に優しく引っ掻くようにしてやると、イリスちゃんは大きく体を震わせて、家の中に聞こえるか聞こえないかギリギリの大きさの声を上げた。
それと共に、俺の口に水滴がピュピュっと落ちてきて、そのあとにじわっと溢れるように俺の舌に垂れてきた。
これまでの味とは全く違う。喉がすでに潤っていたのにもかかわらず、砂漠に水を垂らした時のように、俺の喉に潤いが広がると同時に瞬時に吸収され、それをまた渇望する。
もっと、もっと、と先にあるオアシスに舌を伸ばす。何も考えられないのに、舌だけは本能的に潤いを求めて動き回っている。俺の舌ではないみたいだ。
気付けば、もうそこに水はなく、俺の体に微量に付いたものも舐め取り終わり、もっと味わっておけばと後悔したが、おそらくどんなに頑張っても自分自身を抑えられなかっただろう。
今の俺の状態は、美味すぎて半狂乱になったと言っても過言ではない。口に含んだ時の爽快感や満足感は聖水に似ているものの、後味を含めた多幸感が、まるで異なる。最初にこれを味わっていたら、その瞬間に俺は絶頂して、死んでいたのではないかと思えるほどだ。
「イリスちゃん、最高にかわいかったよ」
ゆうは、目から溢れた涙や、垂れた涎を全て舐め上げ、事後のピロートークのように優しく声をかけた。イリスちゃんは完全に壁にもたれかかり、上を見上げて、呼吸をゆっくりと整えようとしていた。
俺達は、汗も含めて残した体液はないか確認するため、彼女の体を軽く一周した。
「私、蛇さんとゆっくりお話ししてみたいな……文字は書ける? 明日、お昼ご飯食べたあとぐらいに森に行ったら会えるかな?」
イリスちゃんの希望と問いかけに、ゆうは右頬を二回舐めた。
俺達にとっても情報収集になるので、ありがたい。特にイリスちゃんなら、一を聞いたら、十教えてくれそうだ。
「どっちも大丈夫ってことだよね。ないと思うけど、もし、私が行けなくなったら、裏口に『N』の印を置いておくね」
本当に彼女の賢さには驚くばかりだ。俺達は彼女の体から下りて、お互いに手を振りながら、その場を後にした。
「よし。それじゃあ、別の家に行こう」
俺達は森に戻ってから五分間待機し、レベルアップしないことを確認して、次の行動に移すことにした。
一応、それまで増やした触手は消さなかったが、仮に三倍の経験値を得られていたとしたら、またレベルアップしてもおかしくなかったはずだ。もちろん、正確な上昇量が分からないので、完全な検証になっていないことは承知している。
とは言え、初回とは状況は変わっていたし、そこまで経験値の減衰はなかったんじゃないかと推察していたので、七割程度なら三倍して二人分の経験値が得られていることになるが、結局のところ何も起こらず。
いずれにしても、淡い期待は捨てて、作戦を練った方が良いことは明白だ。
「まだ寝てないと良いけど……あっ! 明かり見えた!」
ゆうは、目標とする家の窓から漏れる蝋燭の明かりを発見し、声に出した。
この長さになってからは、二人とも前を向きながら移動できるようになったので、俺が先導役ではあるものの、ゆうは前を向きたがる。それはそうだ。後ろ向きに進むのは怖いからな。それでも、後ろの警戒は怠っていないようなので、問題はない。
「少し急ごう」
俺達は、少ない機会を逃さないように、暗闇での歩を早めた。
「取得するのは『短縮小化』にしよう」
俺達は、イリスちゃんの次の候補の女の子から摂取を終え、森に戻ってきていた。
イリスちゃんの時と同じような方法をとったが、あの子は俺達のことを秘密にするだろうか。安全な場所に着いて待機していると、体長が三メートルに伸びていた。これで、一レベル毎に一メートル伸びることが分かった。
確認後すぐに、顕現フェイズに移行し、ツリーを目の前にして俺は取得するスキルを決めた。
「『短縮小化』、触手ごと自身の体を五分間だけ小さくする。最小は十センチメートル。体重も合わせて軽くなる。時間経過後は五分間小さくなれない」
俺は、仮にではあるが、触手体タイプの枝をすでに完成させていた。後は実践で適切かどうか確かめていくだけだ。
他のタイプの枝も同様に完成させたが、おそらくもうほとんど動かさないと思う。動かすとしたら、触手体タイプとの整合性を取るためだろう。うむ、我ながら仕事が早い。
では、研究本を作成する際に、何に時間がかかるかと言うと、それを文章化する作業だ。俺の脳内のロジックと、誰もが納得できる理由を分かりやすく表現する方法と文章にいつも頭を痛めていた。
今回、触神様には、その文章をツリー内に残せるようにしたいとお願いした。そうでなくては研究にならず、結果のツリーだけ見せて共有しても、その意味を理解できずに間違った運用をしてしまい、俺達の活動が何の意味もなくなってしまう。この機能を『スキルノート』と呼ぶことにした。仮のスキルツリーについては、触神様も了承済みだ。
「隠密系で行くってことだよね。『短透明化』にしない理由は?」
「『短透明化』はいずれ取得するが、まだその時ではない。将来的に俺達は人のいる所を頻繁に移動して獲物を見つけるスタイルになるはずだから、レベルアップ毎に伸びるこの図体を少しでも隠さなければ、リスクなく人と接触するのが難しくなってしまう。
透明化では、狭い場所を通り抜けられなかったり、待機するための場所を確保できなかったりする場合が多いだろう。
また、『短縮小化』は今後取得できるスキルと合わせれば、良い立ち回りが早くできるようになるのも利点だ。特に、次の次で取得できる共通スキル『触手の尻尾切り』と相性が良く、敵から逃げやすくなる。
『長縮小化』はまだ先だが、優先して取得したいスキルだから、隠密系をどんどん伸ばしていく。そうすれば、効率的に探索できて、レベルアップもしやすくなり、攻撃系スキルにも手を伸ばせる。
「なんかそう聞くと、触手体タイプにとっては、スキル取得の順番がほぼ一択のように思えるんだけど、ツリーの意味ある?」
「そう感じるのは、この世界での俺達の成長と経験値の仕組み、そして俺達のスタイルが大きく影響しているからだろうな。
普通の触手は女の子だけを襲うわけじゃない。冒険者の男に加えて、虫や動物、モンスターも対象だから、人里のど真ん中に降りる必要がなく、罠を張って自分の縄張り内に滞在していればいい。
その中で、自分からどんどん攻めていきたいスタイルの触手体もいるはずだし、変形して文字通り柔軟性を高めるスタイルの触手体も十分いるだろうと俺は思う。そして、それはこの世界やこの時代に限る話ではないということだな。あくまで汎用的なツリーを作っているのだから。
俺達は一例に過ぎないが、他に誰も作る人がいないので、最初にどれだけ想像を膨らませて、汎用性を高められるかが重要だ。今後の触手体達のためにな。だからこそ、俺達は『触手体リーダータイプ』なのさ」
「分かった。ありがと。でも、言い方が……うざ。」
とりあえず、今回は時間があるので、触神様に前回聞けなかった質問をしたところ、『朱のクリスタル』の他にも別の色のクリスタルがあるかは教えてくれず、クリスタル以外の他に特殊な力を持つ物質があるかについても秘密だった。
今回で、スキル以外の触神様への質問は終わりにするつもりだ。
「ねえ、お兄ちゃん。早く魔法使ってみたいんだけど、魔法スキルの取得がかなりあとなのって理由あるの?」
「ああ。触手が魔法を使うのはかなり特殊だし、最初から獲物を捕らえる能力に優れているため、どこかを掴んだ瞬間、そこから魔法を直接叩き込めて、強力な武器となる。
したがって、低レベルではチートスキルだ。それでは、逆に魔法使いにはどうやって対抗するかだが、共通スキル『弱魔法反射』を用意してある。無限に何でも反射できるわけではなく、強度あり、回数制限あり、使い切ったらクールタイムありだ。今の俺達からはもう少し先に取得できるスキルだ。ちなみに、魔法反射は魔法で反射しているわけではないので魔法スキルではない」
「そうなんだ……。式神の例でもあったけど、低レベルチートスキルの概念がまだ分かんないよ……」
「それじゃあ、外界に戻ったら教えよう」
俺達は触神様にお辞儀をして、外界に戻った。
「さて、低レベルの定義を、最大レベルの一割から、多くて二割ぐらいまでとしようか。その低レベルにあるという前提で、俺がこれから挙げる条件に一つでも当てはまったら、低レベルチート行為または低レベルチートスキルだ。
弱中強などの段階を踏まずにいきなり強力な能力を得る、
個体属性に全く関係ない能力を得る、
全ての属性を扱える能力を得る、
リスクや制約がなく無制限に使用できる能力を得る、あるいはメリットがデメリットを大きく上回る能力を得る、
発動に時間がかかるものを即時発動できる、
他の能力の多くを内包する能力を得る、
他の能力を得るための超効率化能力を得る、
他者の能力を完全に無効化する能力を得る、
他者を大きく出し抜く能力を得る、
低レベルを維持したまま自分だけ能力の限界を突破する、
世界で自分だけしか使えない能力を特別な理由なく、または偶然得る。
こんなところか。少し重複した内容もあるが、分かりやすさを優先した。ちなみに、転生無双系ファンタジー作品の主人公は全員、これらの低レベルチートに当てはまっている」
「ちなむねぇ……。確かに、ツリーでもそういうふうに配置されてるし……あたし達が今持っているスキルは当てはまってないか……。触神様にもらった『触手の嘆き』も、ちゃんと理由があって、個体属性には合ってるし、そこまでのメリットはない……。じゃあ、あたし達の強靭な体は?」
「それも合理的な理由があると思う。俺達が触手として会話できることを前提として、その手段を考えた時に、体内に人並みの脳を埋め込むわけにもいかず、触神スペースを経由するしか方法がなかった。そうなると、感覚や生理現象を外界と分離せざるを得ず、だからと言って、脳とコミュニケーションできないのに体を勝手に不健康な状態にはできない。
ただ、最低でも味覚だけは、現在の状態にしないと、触手として生きる動機やアイデンティティを失うことになるから、少し特別になっている。
触手体の移動も関係していて、その度に体に傷をつけていてはまともに生きられず、それらの整合性や物理現象を成り立たせるには、触手の体の方を頑健な状態にするしかなかった、というところだろう。
素晴らしい采配と生命体創造だよ。それもあって、触神様は論理的に物事を考え、理不尽を許さないはずだと俺は思ったんだ」
「なるほどねぇ……完全に理解した」
「それじゃあ、『短縮小化』を検証して寝るか」
こうして、五日目の夜が過ぎた。
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