誓いの紋様

麝香連理

第1話 遠き誓い

「あぁ……たたたた………あのクソ野郎ぅ………角材一つ落としたくらいで何度も尻を蹴りやがってぇ…腰にもガンガン響いちまったよちくしょぉー!」

 俺はだだっ広い、棺桶が並ぶ部屋で自分のベッド(棺桶)に腰掛けながら愚痴を叫ぶ。

 まぁ、その分ノルマを早く達成させて、誰よりも早くここに来れたんだがな。そのせいで俺以外誰もいない。

 俺が本気を出せばちょちょいのちょいよ!

「………寝るか。」

 飯は起床時と労働の合間の二回だけ。一日に三食も食える御貴族様とは違うからな。

 俺は棺桶に寝転がり、上の蓋を閉め、寝るまでの暇潰しに今日の出来事を振り返る。


 昨日追加された十代ぐらいの三人組、今日で全員死んじまったな。

確か三人とも同じ村出身で、貴族に不敬をかったみたいな罪状だった気がする。

 まぁ、お気の毒にって感じだな。


 もうこんな暮らしを八年も続けていたら死生観なんてかなり変わる。言うほど昔から俺は変わってないが。


 後は……あれだ。朝起きた時、二年目のアホが吐いた。しかもあいつ、自分のベッドじゃなくて地面にぶちまけやがった。そのせいか、連帯責任で地面の掃除と労働と監視官のイライラが追加された。

 ………待てよ?俺が見せしめに蹴られたのってあのアホのせいか?…………明日の朝一に一発殴っとくか。


「ふあぁあぁ………」

 バカみたいにデカイ欠伸をしてゆっくりと微睡む。

 あぁ…この瞬間が一番幸せだ。身体中の疲れが体外に溶けていくような………

「Zzz………」





 



「ねぇ、アファル。誓いをしましょう。」

「……?何のですか?」

「あなたは私の剣の講師でしょ?だから私が大人になって剣の腕がアファルぐらいになったら真剣で勝負してほしいの。」

「……成人したら勝負…までは良いですが、真剣は流石に……」

「大丈夫よ、私は身軽だから全部躱して見せるわ!」

「……それに、姫様が私と同等の剣技を身に付けられるかどうかは……」

「あら、講師が生徒の道を狭めてどうするの?」

「…………本気で誓うのですか?それは……」

「誓いを果たせぬもの、災いが降りかかろう………でしょ?大丈夫よ、ちょっと全身が筋肉痛になるぐらいだし。」

「……いえ、ですが姫様にそんなことは。ですので誓いの制約は俺だけに。」

「それだと不平等だわ!」

「いいえ、あなたは高貴な御方。そもそも俺とは平等ではありません。」

「………分かったわ。」

「賜りました。

 我、アファルは汝、カナル・ソフィア・フロートと誓いを紡ぐ。」

「誓いは我、カナル・ソフィア・フロートの成人後、汝、アファルとの真剣での一騎打ちである。」

 俺の両手の人差し指に赤いアザが浮き上がる。

「…………本当に、良かったのですか?」

「それはこちらのセリフよ。本当に制約をあなたに押し付けてしまったわ。」

「構いません。この程度、跳ね返さなくては国一番の剣士など目指せませんから。」

「……そう。」


 ………懐かしいな。


 目の前の映像が乱れる。

 世界が俺と姫様の間を引き裂くように回転する。

 場面が…変わる。




「これより、罪人アファルの罪を詳らかにする!

 一つ、この者アファルは第二王女カナル様の暗殺を企み、この国に混乱を招こうとしたこと。

 二つ、宰相閣下のご子息、アルゼン様への不敬罪である!」

 うん?こんなんだったか?何年も前だからうろ覚えなのが夢に出てらぁ。まぁ、過ぎたことだしなぁ。


 更に場面が変わり、王国の道を手枷をつけられたまま俺は練り歩く。途中、顔も知らない人やなんとなく顔見知りの人に罵声と石をぶつけられる。

 夢の中の俺は血を流しながらも何も言わず、何もせず、ただただうつむいていた。


 いやぁー、この頃の俺は我慢強かったなぁ……今の俺なら思わず反論して手が出ちまうぜ。


 うん?

「誰だ?夢の中で俺の肩を叩くのは……」

 俺が振り返ると、屍の様な顔をした姫様が……!






「うわっ!はあぁ痛ってぇぇ!!」

 悪夢を見て飛び起きたら頭が何かに当たるって心臓止まるよね?

 クッソ…棺桶の蓋に頭ぶつけてたんこぶとか嫌だぞ。

 俺はゆっくりと目を開けて、唯一の小窓を見上げる。そろそろ飯か、時間的には丁度良いかな。


 …………あれ?

「おぉーい、ダイーン?セドー?」

 この環境でリーダーシップを発揮している頼れる先輩の二人の名前を読んでも返事がない。二人は誰よりも早く起きて監視官に折檻されないようによく注意をしている。

 それに、いつもなら飯という名の監視官が来るまでは繁盛した店並みにうるさい筈の元凶達が全く見当たらない。


 静かすぎる……………

 俺は…一抹の不安を抱えて歩き出す。



 途中の廊下にも誰もいない………そもそも人の気配すらしない。

 いよいよ、やべーかもな。

 あの夢も、走馬灯みたいなもんか?







 俺は最後の労働部屋。俺が昨日、顔見知り達を置いてきた部屋に辿り着く。

「スゥーハァー……1、2、3!」

 声を上げて、扉を開ける。

 そこには………

  

 見るも無惨な血と腐りかけた何かが視界と嗅覚を襲う。

「うっ!」

 流石にこんな、大惨事は初体験で、吐き気を催し喉の一歩手前まで来た昨日の雑草水を、押し留めて一気に飲み込む。

 うぅ、外部からの情報でキツいのに、内部からもダメージが来るとか、最悪だな!


「とりあえず、死体の状況は……」

 

 全部一通り見たが、全員既に事切れていた。死因的には首を一発。もしくは腹に風穴が空く程の一撃。

 鋭い何かと力強い攻撃がこの犯人の正体だろう。

 魔物…と呼ばれるものはいるにはいるが、ここまで強い魔物があの王国にいるとは聞いたことがない。

 いよいよもって冷や汗が出てきた。

 

 自分が助かったという安堵と長年一緒にいた仲間を見捨ててしまったという、なんとなくの罪悪感が入り交じる。


 俺は少しの間、黙祷を捧げ、奥へと進む。


「ここは、確か監視官の部屋…だったか?」

 途中、俺の尻を蹴った奴や、なんとなく優しくしてくれた(絶対アメとムチ)奴も無惨に転がっていた。

 ただ、奥に行くほど死体の損壊が激しく、食われているようだった。恐らく、この壊れた監視官の部屋方面から現れて、監視官達を食らい、奴隷は殺す為の遊びだったのだろう。

 俺が死んでないのを見るに、知性はそこまで高くないか、あるいはこの場所に詳しくないのだろう。


 まぁ、そんなことはどうでもいい。

 俺は瓦礫をどけながら奥へ奥へと進んでいく。


 突然、目映い光を受ける。光に目を慣れさすように開けると、どこまでも続いているような平原があった。

 まさか、奴隷を隔離する場所がこんなところにあったとは。


 俺は久し振りの外で新鮮な空気を浴びるほど吸い込んでいた。

「あぁ……気持ちいい………………さてと。」

 満足した俺は現実を見るために瓦礫を眺めていると鈍く懐かしい光を見つけた。


「まさか!」

 急いで駆け込んで、瓦礫から引っ張り出すと、雲一つ無い晴れ晴れとした日光に照りついた俺のかつての相棒がいた。

「こんなところにいたなんて!おぉ、よしよ……錆びてんなぁ………」

 俺が嬉しさで頬擦りをすると、ザラリとした感覚があった。

 まぁ、直してもらうか……お、こんなところに真新しい剣が。監視官のやつだな?………拝借拝借っと。

 それと………


 とりあえず、使われることの無いであろう金銭や売れそうな物ををかき集め、監視官の私服らしき物に着替える。

「さてさて、旅の準備はしたが何を……



 「誓いをしましょう。」



…………行ってみるか。忘れてても別に良いしな。この痛みにも大分慣れたし。

 旅の目的には十分だ。」

 歩きゃぁどっかに着くだろ。

 俺は鼻唄を歌いながら、青々とした草木を踏みしめて進む。

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