タイトルは考え中

春雷

第1話

 電話が鳴った。

 部屋の中には三人。誰も電話を取らない。沈黙の中、電話の音だけが鳴り響いている。

 ジリリリ、ジリリリ。

 窓の外は真っ暗。安アパートの部屋は狭い。三人はちゃぶ台を囲むように座っている。ちゃぶ台の中央には携帯電話。その周囲を囲むのは灰皿、タバコの箱、空になったアイスの容器、カップラーメン、週刊少年マガジン、テレビがないのになぜかあるリモコン、たまごっち。

 電話はまだ鳴っている。

「おい、出ろよ」ようやく口を開いたのは前田。「これ、先生だぜ、きっと」

「そんなことはわかってる」とシュウジ。「でも出たらぶっ殺されるだろ」

「なんで殺されるんだよ」と佐々木が訊く。「大体、先生ってのは誰だ」

「それは考え中」と前田は言う。

「考え中って何だよ」と佐々木。

「考え中ってのは、考え中だ。要するに、この先の展開をどうするか、決めかねているってことだ」前田が言う。「話を書くときにはいろんなパターンがあるだろう。プロットを先に書きゃ、何も苦労もないんだが、面倒くさくて、適当に書き始めるときもある。そういう場合は大概失敗するんだがな。いや、まあ、そもそも成功したことがあるのかって話だが」

「何の話だよ」

「こっちの話だよ。お前と違ってな、佐々木。おれとシュウジはいろいろ考えてんだよ。どういう方向性の話なのか、キャラはどうなのか、オチはどうするのか、先生とは何者なのか、とか、まあいろいろさあ」

「どういう意味か全然わかんないよ」

「おい佐々木、もっとメタ的に考えろ。小説の中で思考するな。もっと俯瞰で見て考えろ」

「うーん」

「前田さん、佐々木にはまだ早いですよ」とシュウジが言う。

「おい、ちょっと待てシュウジ。お前何で急に敬語になってんだよ。おかしいだろ。最初の方でタメ口で喋ってたろ。整合性を考えろよ」

「いや、全員タメより後輩がひとりいる方がメリハリつくかなあと思って」

「なあ、シュウジ。俺は勘違いしてたよ。お前らなら、事前の打ち合わせなしで、何となく話合わせて、いい感じにこの小説が纏まっていくのかあなんて思ってたのに、全然ダメじゃねえか」

「いや待てよ」とシュウジ。「先に考え中とか言ってメタ的要素持ち込んで、話をかき乱したのは、前田の方じゃないか。失敗の原因はお前だろ?」

「仕方ねえだろ。何にも思いつかなかったんだから。天才じゃねえんだ。ぽんぽんアイデアが出て、うまく話を転がせるわけねえだろ」

「じゃあやっぱり、事前に打ち合わせするべきだったんだな。電話が鳴ることだけ決まっててさ。俺ら三人、凡人だ。いい話ができるわけねえ。ほとんど初対面だし、チームプレイなんてできっこねえ」

「あ、えっと、二人とも、何の話?」

「もういいよ佐々木、知らないふりするの。あれだろ、一人何も知らない奴がいることで、誰かに説明させて、話の方向性とか、展開を引き出そうとしてるんだろ? でも、もうこの話ぐちゃぐちゃだよ。どうにもならねえよ。こっから先どうすりゃいいんだよ。揃いも揃ってアドリブ向いてねえよ」と前田は言う。

 ちっ、と佐々木は舌打ちする。「こっちが下手に出りゃあ、いい気になりやがってよ。俺が馬鹿なふりしてお前らを支えて、何とか話を成立させようとしたのによお。馬鹿馬鹿しい。俺と地の文さんだけじゃねえかよ。真面目にやってたの」

 いや、そんなことないですけど、まあ、私はそりゃ、しっかりしないと。

「すげえよ、地の文さんは、縁の下の力持ちっていうかさあ」と佐々木。「ほら、今もサポートしてくれた。すげえよなあ。おい、前田とシュウジ。お前ら地の文さんに感謝しろ」佐々木は手をパンと叩いた。「よし、わかった。そうだ。今夜は飲みに行こう。反省会だ。こんなグダグダになっちまった原因をもう一度考えて、次に活かそう。そうでもしなけりゃ、この失敗が次に活きねえよ」

 なるほどですね、佐々木さん。この業界長いですけど、佐々木さんほどしっかりしてる人いませんよ。そうですね、反省会、やりましょうか。

「ほら、地の文さんもそう言ってる。もうこの話は締めて、反省会しよう」

「そう、だなあ」と前田。

「まあ仕方ないな」とシュウジ。「でも、どう締めるんだ? オチがないぞ」

「この場合はオチなんて何でもいいんだがよ、一応オチつけとくか」そう言うと、佐々木は鳴り続けている電話に出た。

「もしもし、先生。この話のオチはまだ考え中だ」

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タイトルは考え中 春雷 @syunrai3333

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