第3話 困った時の友だち頼り

俺は、朝、起きて、いきなり右腕が12本の巨大なイカの触手になっていたので、パニクった。

12本の巨大なイカの触手は、部屋中の壁や床やらに吸盤でくっつきまくり、剥がそうと力を込めて、引っ張ると、いとも簡単に床や壁ごと抜け、部屋のあちこちに穴を作った。

おいおい、俺もうすぐ、この部屋、引っ越す予定なんだぞ。賃貸だから弁償しなくちゃいけねぇじゃねぇか。

と頭を抱えたのが、イカの触手だったので、地獄だった。

自分の頭部の皮膚を剥がさないように、吸盤を剥がすのに、たっぷり3時間ぐらいかかった。髪の毛の何本かは抜けたが、右腕が12本のイカの触手になった事に比べれば、些末な問題だ。

俺は、どうすべきか悩むに悩んだ。

まず、この見た目では外出ができない。

12本のイカの触手は、一本一本が成人男性の腕程の太さがあり、長さは気を抜いていると床につく程である。

が、その問題は割とすぐに解決した。

12本のイカの触手は、力を込めると収縮し、雨合羽あまがっぱでぐるぐると包み込んで、隠せる程のサイズにまでする事ができた。

俺は、人通りの少ない深夜の時間を狙って、雨合羽で触手となった右腕を隠し、思いきって外出し、自宅マンションのある天六地区から淀川大橋を渡って、十三を目指した。

駅前の十三商店街のアーケードを抜け、歩いて10分もしないうちに、その診療所はある。

久保田医院だ。

俺の高校時代の同級生で無二の親友の久保田和紗が自分一人で経営している。

いわゆる小さな町医者だが、和紗は、同じく医者をしていた父親が亡くなったから、診療所の跡を継いだだけで、元は、大学病院の教授にまでなりかけた女だ。

元々、遺伝子医療が専門だったが、総合医を目指し、外科に転身、親の跡を継いだ現在は、神経内科と消化器内科と内科医の役割を自分一人で務めている。

俺の今の症状を治すのに、これ以上の適任者は、知り合いの中にいない。



「どうして、魔人の産んだ卵、食べるなんて、馬鹿するかな〜」

和紗は、電話で事前連絡していた俺の右腕を見るなり、呆れ返って言った。



「しょうがないだろ。空腹が限界だったんだから」



和紗は、やれやれといったぐあいに俺のイカの触手になった右腕から細胞を採取すると、それをプレパラートに乗せて、顕微鏡で見ながら、



「あ〜、これ、ダメだわ」

と言った。



「ダメって、どうダメなんだよ?」

俺は、さっと冷めていく背中を感じながら、訊ねた。



「魔人細胞が人間の細胞を食って、侵食してる。このままだと、一日後には、お前は、右腕だけじゃなく、全身がイカの魔人化するね」



「どうすりゃいんだよ?」



「右腕、切断するしかないね」

和紗は、実に軽い調子で言った。



「そんなことして、俺は死なないのかよ?」

と俺は、訊いた。



「う〜ん、たぶん、切断した箇所、バーナーで焼いて、止血すれば、大丈夫かな。私の腕を信じてもらうしかないね」



俺は、しばらく黙りこくった。

そんな俺を見かねて、和紗は、

「どうする?もっと大きな病院に任せた方が安全だけど?」

と訊ねてきた。

俺は、



「いや、いい。他の病院、行っても、魔人扱いされて、通報されるだけだ。そうなりゃ、良くて警察に逮捕。悪くて、射殺か解剖されるだけだ。お前を信じるよ」

と決断した。

久保田は、



「アイアイサー。奥からチェーンソーとバーナーとO型の血液、取ってくっわー」



と言って、診療所に併設されてある自宅の大屋敷のある奥の方へと消えた。

戻ってきた和紗が、チェーンソーを起動し、振りかざすと、俺の右腕の12本の触手が勝手に暴れだし、和紗に襲いかかった。

和紗は、それを



「想定内♪想定内♪」



と言って、注射器で麻酔剤を打って、静まらせた。

やがて、俺も眠くなり、翌朝、目覚めた頃には、12本のイカの触手は、すでに切断されていた。

が、それだけじゃなく、右腕が元の人間の腕に戻っていた。



「どういうことだ?」



と俺は、目覚めた俺の前でヤニを吸っていた和紗に訊ねた。



「私は、何もやっていないよ」

と和紗は、答えた。

「どうやら、チェーンソーで切断した後、わずかに残っていた魔人細胞の超再生細胞だけが、働き、トッキーの右腕を再生させたようだね」



俺は、和紗から説明を受けても、よくわからなかった。

そして、時計を見て、俺は、慌てだす。



「やばい!バイトに遅刻する!初日から遅刻したら、クビ確定だ!!」

診療所の出口へ駆け出した俺に



「走れトッキー。走ってしまえ」



と間延びした和紗のガッシュネタが聞こえるが、俺は、それに応じず、ただ全力で走った。



途中、30メートル限定の魔導ステップによる光速移動を何度か発動し、俺は、自宅近くの天六地区のコンビニのバイトの時間に間に合う。

そこで待っていたのは、ピンクの巻きグソが二つついたような髪型の瓶底眼鏡の魔法少女ピクシートラップ弥馬田グフ子だった。

彼女は、ショッキングピンクのミニスカドレスではなく、水色と白のボーダーのポロシャツを着ていた。

なんと彼女は、今日から働く俺のバイト先の先輩だったのだ。しかも、俺の指導係。



「何をさっきから、ジロジロ見てるんですか?」


レジの前で俺と同じように立つ隣の彼女は、つい一昨日、自分を助けたのが、俺であることに、まるで気づいていない。

あの時は、眼鏡の視界がクラーケン大魔人ラブリーの卵の固まった卵白で塞がれていたのだから、当たり前だが。



「いや〜、グフ子さんって珍しい名前だな〜、と思って」

俺は、ごまかす為、彼女のネームプレートに注目していたフリをした。

「本名なんですか?」

と訊いた。



「いえ、本名は、白鳥グフ子と言います」



そっちかい!!



「わたし、こう見えて魔法少女も掛け持ちしてるんで」



どう見えてるつもりなんだろ、この娘



「個人情報をピクシースパイスのように晒さない方がいいと、上司から指導を受けたので、魔法少女やバイトをしてる時は、ビジネスネームを使用してます。と言っても、全くの偽名ではなく、弥馬田は、父方の旧姓なんですが」



全部、言うな この娘。ビジネスネーム使ってる意味ないだろ。ひょっとして、阿保なのか?

と俺が思っていると、隣の弥馬田グフ子こと白鳥グフ子は、



「あひゃんっ♥」



と喘ぎ始めた。

真っ昼間から、なんてピンキーな響きの声を出すんだ。俺がバイブ仕込んでるように思われるだろうが!迷惑千万!!

と俺が改めて、右隣の彼女を見ると、魔法少女ピクシートラップは、イカの12本の触手に蹂躙されていた。

いつの間にか、俺の右腕がイカの魔人の触手に戻って、彼女に襲いかかっていたのだ。



「あひゃんっ♥」



俺は、人間の左手を使って、魔導パワーで必死にイカの触手をグフ子の身体から振り解いたが、その時には、グフ子は、すでにイカの触手による首絞めファッピーをキメられた後だったので、ぐったりと気絶していた。



どうしよう!?



幸い、店内に客はおらず、俺とグフ子以外の店員もいない。目撃者は、いない。完全犯罪という言葉が脳をかすめた時には、俺は、もうその場から逃げ出していた。



「どうしよう?バイト、絶対、クビだよ」



「言っとる場合か」



俺は、和紗にハリセンでツッコまれた。

何故、和紗がハリセンなど持っているかは、知らないが、俺は、私服で触手をぐるぐる巻きにして隠して、水色と白のボーダー服姿のまま、久保田医院に逃げ込んでいた。

和紗は、俺が逃げ込むやいなや、診療所を休診にし、俺を自宅の大屋敷にかくまった。

そして、また俺の触手になった右腕から魔人細胞を採取し、プレパラートに乗せ、顕微鏡で眺めると、



「間違いない。魔人細胞が活発になってる。おそらく、天敵である魔法少女が接近したことによる反応だろうね」

と言った。



「どうすりゃいい?」

俺は、すがりつくような情けない目をしていたと思う。



「もう一度、切断するしかないですな」

と和紗は、また軽い口調で言った。

俺は、それに従い、もう一度、イカの魔人の12本の触手になった右腕を切断してもらった。

約一時間後、俺の身体の切断した箇所から人間の右腕が生えてくる。



「再生能力が増している!?」

といつも冷静な和紗が驚愕しているのを見て、俺は、ああ、もう普通には戻れないのだなと悟った。

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