吸血姫ナユタ 〜ダンジョンで死んじゃった俺だけど、超低スペックゾンビ少女として蘇ったので、最底辺から最強目指して頑張ります!〜

須垣めずく

プロローグ

第000話「吸血姫ナユタ」

「よ、よし……。見えてるかー、十七夜月」


『大丈夫ですよナユタ先輩、かわいい顔がしっかり映ってますよ』


 カメラのスイッチを押して動画の撮影を始めると、イヤホンから"十七夜月かのう雛姫ひなき"の声が聞こえてくる。


 俺は高鳴る心臓を抑えながら、前方に見える巨大なモアイ像に向かって歩みを進めた。


 人っ子一人いないイースター島の草原で、クリムゾンレッドの瞳を輝かせながら、所々に白のメッシュが入ったサラサラの長い黒髪を靡かせて歩く一人の小柄な美少女、それが俺だ。


「それにしてもこの格好、ちょっと露出度が高すぎじゃね? 胸とか上半分くらい見えちゃってるし、短パンもローライズすぎて太ももが丸出しなんだけど……」


『先輩は童顔でちっこいのにドスケベな身体をしてるのが一番の取り柄なんですから、それをアピールしないと意味ないじゃないですか』


 ……言い方さぁ。


 まあ否定できないのが悲しいところだが。


「おおぉ……思ったよりでかいなぁ」


 目的の場所まで辿り着くと、俺は目の前に鎮座する巨大な石像をマジマジと見上げる。


「これが世界に一つしかない星六ダンジョンの入り口か……」


 モアイ像のお腹には、ドラゴンのような生物を中央に、周りにいくつものファンタジー的なモンスターと六つの星が描かれた魔法陣が浮かび上がっていた。


 ここに手を触れると、ゲーム世界のダンジョンのような場所へと転移できる。


『そろそろ配信開始しますよ? たぶん全世界の人間が先輩に注目してますから、気合入れていくんですよ?』


「ちょ、ちょっと待って……なんかお腹の調子が。……やっぱり配信するのやめない?」


『はぁ……先輩ってすぐに調子に乗るし、やたらイキるわりには肝心なところでヘタレますよね……』


 や、やかましいわ。俺は繊細な心の持ち主なんだよ。


『星六ダンジョンを攻略したら、この世界になにが起こるかわからないんですから、人々には事の顛末を見届ける権利があるはずです。いい加減覚悟決めてくださいよ』


 くそぉ……やるしかねぇか。


 次元収納ポーチから魔法のランプを取り出して手乗り妖精を召喚すると、彼女にカメラを持ってもらって俺はポーズを取った。


 ……よし、いくぞ!


「いいぞ、開始してくれ」


『3、2、1……配信開始!』


 十七夜月のカウントダウンが終わると、ついに全世界に向けて動画の生配信が始まる。



「わーっはっはっは! 人間どもよ、待たせたな! 我こそは最強無敵の美少女! 三千世界を駆け巡り、数多の星を股にかける吸血鬼の第四真祖――"吸血姫ナユタ"である!」



『あ、その路線を貫くんですね。いやー、厨二全開ですねー』


 うるさいなぁ。


 集中しなきゃキャラがブレちゃうから、黙ってろ。



:お、始まったぞ!

:きたきた!

:なにこの子かわいい……

:この子が渋谷に現れたドラゴンを倒したっていう女の子?

:噂には聞いてたけどすげー美少女だな

:ナユたそ~

:ロリで巨乳なくせにめっちゃイケボで草

:どんなコスプレだよ、最高か?



 コメント欄は早くも大盛り上がりだ。


 チャンネルの同時接続数はあっという間に10万を超え、カウンターはどんどん上がっていく。


 英語や中国語、韓国語など多種多様な言語でコメントが書き込まれており、世界中の人間がこの動画を見ていることがわかる。


『コメントが多すぎるので、抜粋して読み上げ君で音声化しますね。なるべく先輩を称賛するコメントを中心に選別します。そっちのほうが先輩、やる気出ますよね?』


 こいつ……俺の性格を完全に把握してやがる。


 だけどオタクなだけあって、こういうことやらせると十七夜月はプロ級だから、ここは任せてしまおう。



:かわいいよナユたん!

:吸血鬼のコスプレめっちゃ似合ってるな

:おい、コスプレじゃなくて第四真祖様だぞ!

:かわいいからなんでもええわ

:Vtuberで同じ名前の子いなかった?

:↑声が特徴的だしたぶん本人

:あの人気ソシャゲの廃人にも同じ名前の子いなかった?

:↑それもたぶん本人や

:どこにでもいるなこの娘www

:ちっちゃいのにお胸もお尻も太もももエッッすぎでは?



 称賛されるのは悪い気はしないが、全世界の人にこんな風を見られてるって考えると、さすがにちょっと恥ずかしいな……。


 しかし、ここまで来たらもう後には引けない。


「人間どもよ、我は今、太平洋に浮かぶイースター島にいる。ご存じ世界唯一の星六ダンジョンの存在する場所よ。今から我はこのダンジョンへと足を踏み入れ、見事攻略してみせようぞ!」



:マジでやるんか!

:星六ダンジョンが攻略されたら世界ってどうなんの?

:ドヤ顔かわいい

:Vよりリアルのほうがかわいいってすげーな

:ダンジョン配信とか初めて見るので緊張してます!

:俺も生で見るのは初めてだ

:ダンジョン配信なんてスナッフ動画と同義だから普通の人は見ないやろ

:星一でもほぼ確実に配信者死ぬもんな

:例の事件で見る人さらに減ったしね

:でも今回だけは見ざるを得ない



 視聴者たちの反応を聞きながら、俺は手乗り妖精を左手に乗せると、魔法陣の上にそっと右手を置いた。


 すると俺の全身が淡い光に包まれ、身体がふわりと宙に浮いた感覚を覚える。


 次の瞬間には、目の前の景色が一瞬にして切り替わり、俺は巨大な闘技場のような場所に立っていた。


 天井はとても高く、壁にはたくさんの松明が並んでいて、その炎がゆらゆらと揺らめいている。


 出入口は俺の正面奥の一つしかなく、部屋の真ん中には行く手を阻むように牛の頭と人間の下半身を持つ巨大な魔物――ミノタウロスが仁王立ちしていた。



:いきなりボス戦!?

:迫力やべーな

:もしかしてここ全部屋ボスのダンジョンなんじゃ

:扉を抜けるたびにもっと強いボスが待ち受けてるとか?

:よくあんなのと戦おうと思うなぁ

:ナユタちゃんもう死んだわwww

:でもこの子ってドラゴン倒したんだろ?

:あんなのAIによるフェイク動画に決まってるじゃん



 同時接続数はすでに50万を超えている。


 俺は妖精を左手から離してカメラマンに戻らせると、地面を蹴って駆け出した。


《ブモォォォオオオーーーー!!》


 ミノタウロスも咆哮を上げながらこちらに走り出し、その巨大な斧を俺目掛けて振り下ろしてくる。



:う、うわぁああ!

:ナユタちゃん逃げろー!

:あ、これ死んだわ

:もう見てられない……

:お前ら絶対目塞ぐなよ、この子マジで凄いから!



 視聴者たちの悲鳴と期待が入り混じったコメントを聞き流しながら、俺は大きくジャンプしてミノタウロスの斧を躱した。


 そのまま体操選手のように空中で回転してミノタウロスの背後に着地すると、すかさず体を捻って後頭部に回し蹴りを叩き込む。



:うおぉぉおお!

:すげぇえええ!

:なんだ今の動き……人間業じゃねぇぞ!

:かっけぇぇぇええええ!!

:今5メートルくらいジャンプしてなかった?

:ナユタちゃんガチで人間じゃない疑惑w



 彼らが驚くのも無理はない。


 この世界のダンジョンはゲームのダンジョンとは異なり、スキルというちょっとした特殊能力はあるものの、ステータスやレベルといった身体能力を上昇させるようなシステムは存在しないのだ。


 つまり、ダンジョンに入った人間は、生身の体でこのような凶悪なモンスターと対峙しなければならず、普通は勝ち目などあるはずがない。


 だが、俺の場合は違う。


《ブモオォォオオオーー!!》


 回し蹴りをモロに食らったミノタウロスが怒り狂って突進してくる。


 俺はそれに怯むことなく、素早くその巨大な体の下に潜り込むと、飛び上がって強烈なアッパーカットを顎に叩き込んだ。



:カエル跳びアッパー!?

:おっぱいがめっちゃ揺れたw

:僕もナユタちゃんに殴られたいよおぉぉ!

:やべえ、マジでこの子のファンになりそう

:もしかしてチートスキル持ち?

:いや、チート級のスキルは一つも存在しないで確定していたはず

:動きはおかしいけど不思議な能力は使ってないように見える

:殴ったり蹴ったりしてるだけなのにめっちゃ強いの草



 そう、俺が使っているのは魔法のようなファンタジー的能力ではなく、あくまでも人間の技。


 だけど、古今東西の様々な才能ある人間の能力を模倣し、吸血姫として更にそれを昇華させた今の俺は、人外の領域に足を踏み入れていた。


 よろめいたミノタウロスの肩に飛び乗ると、首筋に両足を絡めて太ももで頭を挟んでロックする。


 そのまま全体重をかけてゆっくりと体を傾かせ――


 ――『ゴキリ』と、首の骨をへし折った。



:す、すごっ……!

:ミノタウロスさんの首があらぬ方向に曲がってるぅぅうう!

:うおぉぉ!

:倒し方がエッチすぎる件について

:僕の頭も太ももで挟んでほしいです

:この子、本当に人間なの?

:見た目はロリで身体はドスケベ、その名も吸血姫ナユタ様やで

:ナユター! 桃華も見てるよー! 頑張ってー!

:アストラるキューブも皆で応援してるよ! ナユタ頑張れー!



 どさりとミノタウロスの巨体が地面に倒れると、俺はカメラに向かって笑顔でピースサインをする。


 コメント欄は大興奮のお祭り状態だ。


『先輩お疲れ様です。奥の扉が開いてますよ、その調子でガンガンいきましょう』


 イヤホンから聞こえてくる十七夜月の声に従って、俺は次のステージへと足を進める。


『それにしても先輩がこんな最強美少女になっちゃうだなんて、世の中わからないものですねぇ。ほんの一年前まではごく普通のダメ男だったのに』


 ダメ男とかいうなよ……。ちょっと会社を辞めて無職になっちまってただけだろ。


 まあ、俺もまさかこんなことになるとは夢にも思ってなかったけどさぁ。


 チラリとカメラに映った自分の姿を見てみると、確かにびっくりするくらいに可愛い女の子だ。それはもはや人間とは呼べないほどに。


 同時接続数はもう80万を超えており、コメントの勢いも留まることを知らない。


 荒ぶるコメント欄に苦笑しながら、俺は自分がこうなってしまった経緯を思い返した――――。





──────────────────────────────────────

1~4話は男主人公、TSは5話からになります。


完結作品です!

読み進めるほど面白くなるとの声をいただいておりますので、少しでも興味を引かれた方は、ぜひ14話くらいまでは読んでいただけたらな~と思います。

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