第37話 調査遂行


 こうして慰霊碑参り代行は終わった。不穏な雰囲気を肌で感じてしまった久保は体調が優れないのか、与えられた客間で横になり休んでいる。

 見藤は部屋の隅で久保の様子を見つつ、調査に動くのなら今日の夜中かと一人考えていた。そして、どう煙谷と合流したものかと、スマートフォンの画面を眺める。すると、一言「なんとかする」とだけ返信が来たのだった。



―― 見藤と煙谷が合流したのは、皆が寝静まった夜中だった。

 暗闇に紛れ込む見藤と煙谷。特に煙谷に至っては、身に纏っている物が手首の数珠以外、黒だ。闇夜を散策するにはうってつけだろう。

 不意に目の前に現れた煙谷に、見藤は目を丸くしたのだった。


「なんとかってお前……、どうやってここまで来た」

「秘密」


悪戯な調子で答えた煙谷に、見藤は溜め息をついた。

 見藤は持参した懐中電灯を点けると、煙谷と共に民家からかなり離れた雑木林に足を踏み入れる。見藤の目前にはまじないにより、紙でかたどられた蝶が空を舞い、二人を先導するように飛んでいく。


 見藤と煙谷は鬱蒼とした林を進む。見藤の身のこなしは軽やかで、器用に枝や葉を避けている。

 煙谷は見藤が避けた動線を追うだけで、枝に服が引っかかることも、葉に肌を擦ることもない。煙谷は珍しく素直に関心していた。



 そうしてしばらく、見藤のまじないによって生み出された蝶の後を追い、足を進めると竹林に隠されたように長年放置されているであろう小屋を見つけた。

 小屋を目にした見藤は足を止め、懐中電灯の明かりが小屋の外観を照らす。小屋の屋根は崩れ落ちそうなほど劣化が激しく、引き戸は外れている。


「……やっぱり、な」

「あぁ、大体こういうのは隠れ家的な場所があるっていうのがセオリーだよねぇ。まぁ、あからさまのような気もするけど」


見藤の呟きに煙谷が頷き、率直な意見を口にする。

 見藤が懐中電灯で小屋の中を照らし出す。放置されていた小屋、にしては人が出入りできそうな動線が確保されているのは一目瞭然だ。

 そして、不自然に色の違う床板。そこだけ板の状態が違う。大方の目星は付いたようだ。


「今日はここまでだな、流石に暗すぎて何も見えん」

「そうだな」


迂闊に潜り込みすぎるのも危険だということは二人も理解している。

 調査再開は明日の日中だ。幸いなことに明日は予備日のため実質休み、田舎のプレ農業体験として企画を準備しているそうだ。それには引率の同行は不要らしく、住民からの監視の目も薄まるだろう。

 そうして二人は元来た道を引き返し、雑木林を抜けた先で別れた。



 そして翌朝。いつものように早朝に目が覚めた見藤と、時間きっかりに起床した久保は明日の帰宅に向けて簡単に荷物をまとめておく。そして身支度を整え、老夫婦と挨拶を交わし、朝食をご馳走になった。

 その食卓に息子は不在だったため久保が尋ねると、息子はまだ動けないらしい。お大事に、と声だけをかけて食事を済ませた。


「今日は別行動だ。無茶はするなよ」

「はい、見藤さんも」


互いに声を掛け、二人は別れたのだった。




* * *


「悪い、待たせた」

「ほんとにね」

「お前……」


 煙谷の返答に見藤は呆れたように呟く。その見藤の手には、どこから持ってきたのかバールが握られていた。流石の煙谷も二度見している。

 「あった方が便利だろ?」とでも言うように不敵に笑う見藤に、今度は煙谷が呆れたように首を振った。見藤が持つと最早立派な武器だ。「どこから持ってきたんだよ」と呟く煙谷に、「民家から拝借」と短く答える見藤であった。


 そうして、合流した二人は昨日見つけた小屋に足を運んだ。床板が少しずれている。二人は昨日見た位置から床板がずれていることに違和感を覚えずにはいられない。互いに顔を見合わせた。

 そして見藤は床板がずれないか試すが、動かない。すると、突然 ――――、


「うわっ、危ないだろ!ぶっ壊すなら何か一言くらい言え!!」

「ん?」

「ほんと、君って奴は……!」


見藤が突然、床板をバールで破壊したのだ。

 見藤の突然の行動に慌てる煙谷。そんな彼の様子に適当に返事をすると、見藤は散らばっている木片を足でどかしていた。

 床に木片が散らばり、砂煙が上がる。砂煙が落ち着くと、そこには地下に繋がる石階段が現れた。日の光があまり差し込まず、下までは見えない。

 しかし、その階段には引きずられたような、赤褐色の擦れたような痕跡が見て取れた。どうやらかなり昔のものなのだろうか、染み付いているようだ。


「うわ、最悪」


煙谷の悪態に、見藤も同調し眉をしかめたのであった。

 石階段を少し下ると、そこにはまだ新しい血痕が生々しく残されていたのだ。その状況証拠だけで、十分に何が起こったのか察することができる。檜山の勘は正しかったのかもしれない。


「今回ばかりは怪異の仕業であることを願うな……」

「これを人がやったというなら、世も末だよ」


珍しく二人の意見が合致した。二人がさらに石階段を下ると、やはりというべきか。

 そこには屠殺場を思い起こさせるような部屋が一つ、設けられていた。最後の階段を下り終えると肌を刺す、冷たい空気は異様だ。そして、煙谷がさらに奥へと足を進めようとしたが、見藤によって止められた。


「なに?」

「待てって。これ」


 見藤はそう言うと、床を指した。煙谷があと一歩踏み出すとその足で踏んでしまう位置にある、何やら奇妙な文字列。これはまじないの痕跡だ、こういった場所にあるのは不自然にも思える。


「踏むなよ」

「踏んだらどうなる?」

「さぁ?」

「お前……」


 相変わらずのやり取りを繰り広げているが、見藤の中では自身がその文字を読めなかったことに対する疑問が渦巻いていた。


 見藤のように古くから存在する牛鬼という妖から教えられた特殊な例は除くが、人が行う呪いに使われる文字というのはある程度共通だろう。しかし、その文字列はその牛鬼の教えの中にも在らず、人が使用する文字でも、この文字はそのどちらでもないのだ。


「……あぶり出すか」


 そう呟くと見藤はポケットから何やら書くものを取り出し、がりがりと床の文字に何やら付け足している。


 呪いを扱う者というのは探求心、好奇心、虚栄心が非常に強い事が多いと見藤は経験上知っている。自分で構えたその式に何者かが手を加える、となると少なからず怒りを抱き、何かしら行動を起こすだろう。それで尻尾を掴もうという魂胆だ。


 見藤が何をしているのか煙谷は分からないので、それは任せて周囲を探索することにした。見れば見るほど気分が悪くなっていく光景がそこに広がっていた。


 天井から吊り下げられているのは皮膚だ、無論何のとは言わないでおいた方がいいだろう。そして、壁に沿うように置かれた机の上には蒸留される前の酸化した血液のようなもの、何かを乾燥させて粉末にしたようなもの。

 そしてあれは、肝臓だ。細胞の再生を目的としているのか、何やら培養液に浸され、小刻みに動いている。


 見ていくとキリがない。流石の煙谷も、その異様な光景に辟易とし大きく溜息をついている。


「結局、何なのか分からず終いだったなぁ。気分が悪くなる物を見ただけで終わってしまった」

「怪異であれば、……高位な、何かだろうな。或いは、」


 そうして探索を終えた二人は、地下室から外へ出ると、少しその場で時間を過ごしていた。そう話す煙谷はどこか遠い目をしながら煙草をふかしていた。見藤は少し咳き込みながらも、煙谷を諫めることはしなかった。


 怪異でありがら嘘をつくことができる、そのような存在は最早、神ぐらいしか思いつかないのだ。しかし、そんなものはとうの昔に姿を消している。見藤には思い当たる事があったのだが、不確定すぎる。

 

 見藤は何か言いかけたが、やめた。だが、最悪の場合を考慮して用意するにこしたことはないだろう、昨晩夜な夜な準備をした物にもう一つ手を加えておこう、と考えたのであった。


「まぁ、一時撤収だ。あの細工に引っかかってくれれば、最悪……今晩が勝負だ」

「期待はしないでおくよ」


煙谷はいつもの調子で、悪戯な仕草で手を振りながらさせ、煙草を吸っていた。

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