第18話 猫宮、身の証しを立てる④
見藤が女妖怪を退治していた頃。見藤と別れた猫宮。彼は依然、異形の姿をした妖怪と対峙していた。
外から聞こえる轟音が天候の変化を知らせる。その音に猫宮の耳が小刻みに揺れた。―― 眩い閃光が、落雷を知らせた時だった。
「
猫宮が牙を剥き出しにして吠える。それと同時に雷鳴が轟いた。
途端。猫宮の小太りな体は徐々に膨らんでいき、その大きさは人間の大人の身長を優に超える。毛並みは白と茶の虎柄から、白へとその姿を変えた。
獅子のような骨格と、すらりとした四肢、その毛並みは長い。耳はピン、と反り立ち耳先の飾り毛、豊富な房毛、鋭い顔つき。それはオオヤマネコのような風貌だ。
そして、首元には獅子の
―― 猫宮は、猫又から火車の姿へと変貌したのだった。
猫宮が『
時に、妖怪は動物的思考が根強いことがある。弱者は強者に従う、というようなものだ。強者を目の前にすれば本能的に怯え、降伏し、実害を回避しようとするものだ。
しかし、この
(こりゃァ、完全に『飢え』に呑まれてやがるな……)
猫宮は呆れた素振りで大きく溜め息をついた。
――『飢え』それは妖怪の本能だろう。ただ自らの飢えを満たすためだけに、退治される危険を省みず事件を起こしていたのか。
だが、妖怪であれば長い生の中で知識と知恵を身に着け、本能のままに行動することはない。それを知る猫宮だからこそ、この
―― しかし、その答えに到底辿り着かないと判断した猫宮は思考を放棄する。
「
猫宮は呟くと、なにやら
そして、猫宮はするりと小太りな猫又へと姿を戻す。それに連なるように轟いていた雷鳴が止んだ。丁度その時、廊下から鈍い音が聞こえる。どうやら、分断した女妖怪と見藤との決着がついたようだ。
「ふぅ……危ない、危ない。視られたら面倒だからなァ」
そう独り言を呟きながら、猫宮は顔をあらう。
すると、今度は猫宮が背にしていた扉がタイミングよく開いた。見藤だ。彼は女妖怪の首根っこを掴み、引きずりながら安置室に入って来る。―― 怪異に情けをかける見藤だが、実害を及ぼした怪異や妖怪には容赦しない性分らしい。
見藤は安置室を見渡すと、
「お、そっちも終わってるな。……あの妖怪はどうした?」
「喰った。まずいったら、ありゃしない」
「はぁ!?悪食にも程があるだろ!!吐け!!!」
猫宮の返答を聞くや否や。見藤は引きずっていた女妖怪を放り出した。その次には、猫宮の口の中に指を入れ、喰らった妖怪を吐き出させようとしたのだ。
「ンぎゃ!?ぺっ、ぺっ!!何しやがる!!」
「妙なものを喰うからだ!!あの妖怪は明らかに可笑しかっただろう!?」
猫宮はその扱いに立腹し、あぎあぎと指を噛みながら抵抗するが、ただの猫サイズになった猫宮には抵抗も空しい。さながら、飼い主と異物を誤食した猫の攻防戦だ。
―― 時に、妖怪が妖怪を喰らうこと自体は珍しくない。それは縄張り争いや、自身の力を誇示することにも繋がる。妖怪は生物的要素が強いと言われる
しかし、今回。見藤と猫宮が対峙した妖怪は常軌を逸していた。そのような状態の妖怪を喰らうなど、猫宮に何も影響がないとは言い切れない。見藤からすれば猫宮の身を案じての行動なのだろう。
猫宮は次第に、えぐえぐと
それは、紛れもなく
見藤と猫宮は同時に首を傾げた。
「ん?」
「なんだァ、こりゃ」
不可解な事象を目にした彼らは眉を寄せ、互いに顔を見合わせた。すると、先に猫宮が口を開く。
「まァ、俺はこいつらを
「そうか、任せる」
それは、猫宮を完全に信頼している見藤の返事だった。
猫宮は見藤の言葉を聞き、呆れた表情を浮かべながら彼を見やった。―― 猫宮は妖怪だ。今回、事件を引き起こした妖怪と同じ存在。
「……お前。俺がこいつらのように死体を食い荒らすかもしれない、とは考えないのかァ?」
「ん?そんなこと、お前はしないだろ」
「けっ!お人好しか」
見藤の返答を聞いた猫宮は、いつものように悪態をついたのだった。
ただ、あの妖怪と違った点と言えば――、人でありながらも怪異や妖怪に心を砕く、稀有な男と出会ったことだろうか。故に、猫宮は生きる意味を見出し、本能に呑まれることもなかった。
猫宮は鼻歌混じりに、見藤と別れたのであった。
* * *
猫宮は空を駆けていた。その姿は火車であり、夜空に煌めく星々に負けじと篝火が行くべき道を照らしていた。
(はァあ……、妙なことが起こっているなァ。妖怪なんてのは、隠れてなんぼだ。そうでなくても、今の時代。人間に見つかれば面倒ったらありゃしない)
神妙な面持ちをしながら、猫宮は柄にでもなく思考に興じたようだ。しかし、それもほんの数分で終わりを迎えた。
「ンー!俺は頭を使うには向いてねぇ!今度、煙谷の所に行って酒でもせびるか。昔のよしみで美味い酒を譲ってくれるだろう!ぬはは!」
声高らかに、そして軽快に笑う。
別れ際の見藤との会話が、猫宮に昔を思い出させたのだろう ――。
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