第9話 その頃、ダンジョンの外では

 ――その頃、ダンジョンの外のとある家。


「パパ、今日も仕事?」

「うん。でも、今日はもう終わりにしようと思っていたところなんだ」

「そのガラス瓶に入っているやつは何? 動物の体毛?」

「いや、これは黒狼の体毛だよ。この前、ダンジョンに行ったときに貰ったんだ」

「黒狼? 今更何に使うの? パパならいくらでも入手できるじゃない」


 父はウォホン! と一つ咳ばらいの後に自慢げに言った。


「実はね、生きている黒狼から採取したんだ! どうだ梨美りみ! すごいだろ!」


 魔物の体毛は、生きている魔物から採取したのか、死んでいる魔物から採取したのかで価値に大きな差がある。生きている魔物から採取した体毛は微量な魔力を纏っており、貴重な薬を調合するための材料になったりするのだ。


「本当に?! どうやって採取してきたの?!」


 私の食い気味な反応に気分が良くなったのか、父は体毛を採取した経緯について話してくれた。


「梨美はこのニュースを知ってるかい?」


 父が見せてきたのは今最も話題のニュースだ。ダンジョンに住み込んで配信活動を始めた変わり者がいるというな内容だ。


「もちろん。知らない人の方が少ないんじゃない?」

「それじゃあ、この人の配信は見たことある? まあ、まだ1回しかやってないようだけど」

「見たことあるよ。とても興味深い配信だったわ。でも、それがパパと何の関係があるの?」


 父は記事に載っている画像の一部を指差した。話題の人と一緒にいる黒狼だ。

 そしてその後に机の上のガラス瓶を指差した。


 そこでようやく私は理解した。


 父が行ったダンジョンはこの記事の人が住んでいるダンジョンなのだ。父はこの人に会いに行ったのだ。


「驚いた?」

「驚いたも何もずるいよ! また1人でダンジョンに行くなんて! それも今話題の丘本太木さんがいるダンジョンに!」

「いやぁ、もし本当にダンジョンのボスだったら危ないだろ? だからまずは様子見をだな……」

「パパ1人で行く方が危険でしょ! ろくに戦えもしないくせに!」


 何が様子見だ。どうせ父はダンジョンに住んでいるらしい丘本太木に一刻も早く会いたかっただけだ。私だって父ほどではないにしても研究者の端くれなのだ。ダンジョンに入れる機会があればついて行きたいし、何よりダンジョン居住者に興味がある。


「梨美、魔物は好きかい?」


 不機嫌な私に気を使っているのか、機嫌を取るような声で父が訪ねてきた。


「え? うん、好きだけど」

「ふむ。じゃあ今度は一緒に行こうか」

「本当に?! やったー!」


 ついに私も丘本さんに会えるかもしれない。そう思うとすでに胸がどきどきしてきた。


「ねぇ、丘本さんの周りにいる魔物たちは襲ってこないって本当?」

「あぁ、本当さ。彼らはみんな家族らしいんだ」


 家族! 実に面白い関係性だ。今まで魔物と家族なんて人は聞いたことがない。


「いいなぁ、私も早くいきたいなぁ」


 すると突然、父が勢いよく立ち上がった。


「今から行くか! 準備しろ!」

「え、え、え!? 今から!? 心の準備が……」


 あたふたしている私をしり目に、父はいつものポーチを持ち玄関へと向かっていった。


「うーん、化粧、してる時間もないか。えーいそのまま行っちゃえ!」


 私も最低限の荷物をまとめ、バタバタと履きなれた靴を履いた。もうすでに父はダンジョンへと歩き始めている。私はその父の背中を急いで追いかけた。

 歩くこと約10分。目的地のダンジョンに着いた。


「いよいよね!」

「いよいよさ!」


 ダンジョンの入口は政府が管理している。


「挑戦ですか? 調査ですか?」

「調査だ」

「身分証明書と通行許可書のご提示をお願いします」


 父がスマホの画面を受付のお兄さんに見せた。

 男はスマホの画面を機械で読み込み笑顔で言った。


「ダンジョン植物研究科所属の松井さんですね。そちらのお嬢さんは?」

「娘さ。彼女もダンジョン植物研究科に所属していてね。今回は助手として連れてきたんだ」

「そうなんですね。ところでお2人だけでは危険ではないでしょうか。このダンジョンにはボスがいるなんて話も聞きますし」

「大丈夫だよ。こう見えても以前に1人でこのダンジョンに潜ったことがあるんだ」


 父の言葉を確かめるように、受付のお兄さんはしばらく画面を操作し始めた。


「確かにお一人で入られた履歴がありますね。今回も気を付けてくださいね」


 流石はダンジョン植物研究科の権威だ。あっさりとこのゲートを通してもらえるなんて。

 ゲートを通過するといよいよダンジョンの入り口が見えてきた。


「梨美、準備はいいかい?」

「もちろん! もう待ちきれないわ!」

「万が一は無いと思うが、くれぐれも無理はしないようにな」

「わかってるって! 早く行きましょ!」


 私は父の背中を押す形でダンジョンに入った。

 ダンジョンに入る時は一瞬だけめまいの様な感覚に襲われる。しかし、目を開けるとそこには非日常が待っているのだ。

 今回も例外なく、目を開けるとダンジョン特有の植物たちが広がっていた。この階層には虫型の魔物がいないようで、聞こえるのは植物の呼吸ばかりだ。


「誰だ!」


 しばらく歩いていると、草木の向こうから聞いたことのある声が聞こえてきた。


「松井さん! まさかこうも早く来てくださるなんて思いもしませんでしたよ!」


 丘本太木だ!


「いやぁ、今回は私の娘がどうしてもと言うんで連れてきたのですよ。自己紹介しなさい」

「娘の松井梨美です! 丘本さんですよね?! 配信見ましたよ! 黒狼ちゃんたちはどこにいるんですか? この奥ですか? それにしてもどうしてダンジョンに住もうと考えたのですか? 何の目的でyo!tubeを始めたんですか? あ! 動画の方も見ました! あの小さい兎ちゃんは配信に映っていませんでしたよね?」

「梨美! ちょっと落ち着きなさい!」


 しまった。またいつものガトリングクエスチョンをしてしまった。これで毎回初対面の人を困らせてしまうのだ。


「すごい娘さんですね」


 ファーストコンタクトは失敗だ。案の定丘本さんが引いている。


「えっと、梨美さんでしたよね? 立ち話も何ですので、どうぞ奥へ来てください。お茶は出せませんが、水と果物は絶品ですよ」


 丘本さんは配信で見た通り良い人の様だ。


「どうしよう! 招待されちゃった! 早く行こうパパ! 黒狼たちには会えるんですか? それと動画に出てきた小さな兎みたいな魔物は何ですか? どうして配信には映ってなかったんですか?」


 ちょっと困った顔をしながらも丘本さんは私たちを植物たちの奥へ案内してくれた。

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