訳あり少女の冒険譚
橋野ユウ
第1話 人生が変わる日
薄暗い部屋の中、俺はいつものようにカップ麺をすすりながら、何も考えずにただテレビを見つめていた。
こんな生活を送ってるやつなんて、昼夜逆転している大学生とかそういった感じの若者が大半だろうが……俺はこう見えて”元”会社員なんだ。
なぜ”元”なのか……まぁ、会社が倒産したからなんだ。それも突然だ。これから出世していくはずだったのに、あっけなくその未来は消えたんだ。
だからといって、昔からやっているオンラインゲームで現実逃避しようにも、先月運営会社の資金難でほぼ強制的にサービスが終了した。
そんな俺の日常は、ただ毎日を消費するだけの空虚な日常だった。食いつなぐためにやっているバイトの出勤時間が近づくまで寝て、代わり映えのしない食事をとって、バイトに出勤して時間が来れば帰宅する。あまりにも虚しすぎる日々だ。
そんな虚しさを紛らわすために、友人たちに連絡を取ってみるものの、もう俺のことは忘れてしまっているみたいで、1人を除いて連絡は取れていないんだ。
唯一連絡が取れたのは俺の大学時代からの親友……でも、そいつとも数ヶ月連絡が取れなくなっていた。
あいつが俺のことを忘れるなんてありえない。
そんなことを思いつつも、現実は非情だ。こうも連絡が取れないということは、もう記憶から消えているんだろう。もう『神崎蒼真』という名前を知る友人は……これで誰一人としていなくなった。
「うわ……もうこんな時間じゃないか……そろそろバイトに行かないと……」
感傷に浸り終えてふと時計を見たら、もう出勤の時間になっていた。深夜のバイトは、外の明かりで判断しにくいからよく遅刻しそうになってしまう。急いで支度をして、遅刻しないように早歩きで外に出た。
「寒い……今日ってマイナスいってるんだっけか。気を付けていかないとな……足場が滑りやすくなっているだろうし」
細心の注意を払って、1歩ずつ階段を下りて行った。俺の住んでるアパートはかなりボロいから、鉄階段でしかも外に野ざらしにされてるんだ。恐らく、寒さで凍りついているに違いないと推測できた。
だからこそ、注意をしていたのだが――。
「なっ!? しまっ――」
降り始めて数歩の所で、足を滑らせてしまった。ただ転げ落ちるくらいならば、打撲で済んだが……俺は運悪く頭から落ちてしまった。
生々しい音が脳裏に響いた。同時に感じたことのない激痛が頭を駆け巡る。それに、なんとなく感じるがかなり出血しているみたいだ。
無駄に高低差があるマンションの階段から落ちたんだ。それも頭から硬いコンクリートの地面に激突する形でな。こうなるのは何となく理解できた。
意識がもうろうとしてくる。考えも次第に巡らせられなくなって、視界も暗くなる。こんな終わり方はあんまりだ。今思い返せば昔から不幸に見舞われることが多かった。俺はただの不幸体質だって思っていたが、こんな死に方をする程だとは思ってもみなかった。
――こうして、俺の人生はあっけなく終わった。誰にも看取られることなく、深夜に命を散らしていった。
*
しばらくすると、何故か次第に意識が戻ってくるのを感じた。もしかしたら、一命を取り留めたのかもしれないと、かすかな希望を抱いて徐々に瞼を開いていった。
瞼を開け切り、辺りを見渡すとそこは病室ではなく、光に満ちた謎の空間だった。まばゆい光というよりも、暖かさを感じる光に満ちていた。それに家具らしき物も置いてあるため、誰かが住んでいるようにも見える。
とても現実離れした空間だったため、俺は夢でも見ているのではないかと思い始めていた。別に死んでおらず、すべては家の中で見ていた悪い夢なのだと。この空間から出れば、そんな夢はすぐに覚めるのだと。
そんなことを考えながら、この空間の雰囲気にのまれながらボーっとしていると、誰かが後ろから話しかけてきた。
「ようやくお目覚めですか? "神崎蒼真"さん?」
突然後ろから話しかけられたからか、少し驚いてしまった。だけど、声色からは不思議と優しさを感じる。話しかけられたのだから、無視するわけにはいかないため、俺は声の主の方に振り向いた。
「えっと……どなたですか……?」
思わず敬語で話したが、無理もない。風貌がとてもじゃないが砕けた口調で話すような感じじゃなかったからだ。怖いとか、そんなんじゃない。神々しさだ。人ではないと分かるほどの神々しさをその声の主は放っていた。
「ふむ、やっぱりみんなそういう反応をしますね。私は女神ですよ、死者の今後を決めているのです」
「死者……? じゃあやっぱり俺は死んだんですね……」
女神を名乗る者からその言葉を聞いて、一命を取り留めたのかもしれないという希望は消え去ってしまった。
「ええ、あなたは確かに死にましたよ。地面に頭を激突して、そのまま誰にも見つけてもらえずに朝まで放置されていました」
俺の死亡後の状況まで言わなくてよくないか……?
そんなことを思っていると、女神は続けて俺に話しかけてきた。
「本当に運の悪い死に方ですよね……なぜあなたのような人がこんな死に方をしなければならないのでしょうか? 私が何もかも干渉出来れば、こんなことにはならなかったのに」
神様なのに俺の死に方に同情してくれている様子だった。神様って、人に対してあまり関心がないのかと思っていたが……案外そんなことはないのかもしれない。
そういえば女神は『死者の今後を決めている』と言っていた。ならば、俺が今後どうなるのか決めるのだろう。死後どうなるのかが少し気になっていたためか、俺は女神に自分の今後について聞いてみることにした。
「女神様、俺はどうなるんですか? まさか地獄行きとか無いですよね……?」
「地獄行き? 何を言っているのですか? 私は、あなたに新しい人生を送ってもらうつもりですよ?」
新しい人生? 冗談だよな? こういうのって"転生"っていうんだよな……?
俺は自分が転生の対象になるなんて全く考えていなかった。転生っていうのは、前世で善行を積んだり、誰かを庇って死んだりとかで神様からその行動を認められて特別に提示される道なはずだ。
俺は別に誰かを庇って死んだりしたわけでもないし、善行なんて積んだ記憶が無い。ただ、不幸な死に方をして人生を終えただけだ。それなのに、なぜ俺が"転生"できるんだ?
どうしても気になってしまったからか、俺は女神に理由を尋ねてみることにした。
「あの……俺ってなんで転生できるんですか? 特別なことは何もしていませんよ? ただ不幸な死に方をしただけですけど……」
「何もしていない? え? もう忘れたんですか? 人間って記憶の摩耗が早いのでしょうか……? 最近、1人の命を救いましたよね?」
この女神……一言多すぎる。
まぁ、そのことはいったん置いておくとして、1人の命を救った記憶なんてすぐには思い出せなかった。
考え込んでも埒が明かないため、俺は女神に詳しく聞いてみることにした。
「すいません……すぐには思い出せなくて……よかったら教えてくれませんか?」
「いいですよ、では簡単に説明しますね。あなたは、死亡する1年前に1人の老人を救いました」
1人の老人……? そう言われて微かに記憶が蘇ってきた気がする。確か駅のホームでそんなことをした気が……。
「目が不自由で、駅のホームから落ちそうになったのをあなたは救ったのです。他の人は目もくれませんでしたが、あなたは違いました」
「何となく……思い出しました。ですが、人として当然のことをしたまででは……? 特別なことじゃない気がしますけど」
そう女神に返すと、微かに微笑みながら女神は返答をしてきた。
「その心を持ってること自体が特別なんです。あなたの世界の人間は、自己本位な人間ばかりですので。それに、老人の件以外にも、仕事や日常でもその心構えは変わりませんでしたよね?」
人助けなんて、子供の頃からやってきたことだから当たり前になっていた。だが、それが俺の世界の現状からすれば貴重らしい。
日頃から無意識にやってきたことがこんな形になって返ってくるなんて、生きてる時は思いもしなかった。
「それともう1つあります。あなたのような人が報われず、自己本位な人が平然と暮らす、あなたの世界の仕組みが少し気に食わないのです。だからこそ、良き人生を別の世界で送って欲しいのです。これは私の望みでもあります」
「そうですか……そこまで言ってくれるのであれば――」
望みだなんて言われてしまったら、拒否するなんて俺には出来なかった。別世界でいい人生が送りなおせる確証なんてないが、それでも俺はどこかで"転生して人生をやり直す"ことに憧れを抱いていたのかも知れない。
俺は少し息を飲んでから、女神に続きを話した。
「――転生の提案、喜んで受けさせていただきます」
その発言の後、女神は嬉しそうな表情をしてくれた。提案を受けただけなのに、随分と嬉しそうだ。
「そう言ってくれて嬉しいです! 転生者が第2の人生を謳歌していただければ、私の実績にも――――なんでもありません! 忘れてください!」
あぁ、やっぱりこの女神は余計なことまで言う性格なんだな。
俺は短いやり取りの中で、もう慣れてしまっていた。こういうタイプは生前よく見かけたんだ。個人的には可愛らしくて好きなタイプだ。余計な一言が無ければだが。
「コホン、では気を取り直して転生させますね! 早速目を閉じてもらって――」
「えっ? もう早速転生できるんですか? 質問とかあるのでは? どんなふうになりたいかとか……」
てっきり質問やら手続きやらがあるものだと思っていたが、こうも早く転生させられるとは考えてもみなかった。
だからか、俺は女神に聞いてみたのだが、女神の回答はなんというか……不安が若干残るものだった。
「あー……まぁ、そういうのは本来するのがいいみたいなんですけど、時間がかかりますし……それにあなた以外にも今後を決めなければならない人たちがいますので……」
「まさかめんどくさいとかそういう理由では無いですよね?」
「違います! そういうわけではなくてですね……事情があるんですよ!」
転生なんて、取り返しのつかない要素でもあるんだ。それを女神に全部任せるなんて少し恐怖を感じるのもあった。事情があるのは分かるが、俺からしたら変なふうにされるのが1番怖いんだ。
だから、俺は女神に少しだけだが頼み事をすることにした。この程度のお願いくらいなら、無礼にはならないはずだ。
「……分かりました、任せます。ですが、人間として転生させていただきたいです。やっぱり一番慣れ親しんでいた種族でもありますから」
「約束します! ちゃんと人間として転生させますから!」
口約束は信用し難いが、まぁ女神ならば、約束してくれたのに異種族に転生させるなんてしないだろう。頼み事も聞き入れてくれたようだし、最初に感じてた若干の不安感も少しだが収まった。
俺は深呼吸をしてから転生の準備をすることにした。
「先にこれを渡しておきますね。連絡用のクリスタルです! 異世界では分からないことだらけですから、困った時はクリスタルを通じて連絡してくださいね!」
「分かりました。使い方はどうすればいいですか? 念じるとか、そんな感じですか?」
「まぁ、それに近い感じで大丈夫ですよ。忙しくなければすぐに対応しますから!」
その会話の後、俺は女神からクリスタルを受け取った。
なんだか思っていたより大きくてかさばりそうだ。持ち運ぶ際にはバッグとかに入れて置いた方が良さそうだな。
「では、目を閉じてくださいね。しばらくすれば、意識が遠くなってくるはずです」
クリスタルを俺に渡した後、女神は簡単な指示をしてきた。
また意識が遠くなるのか……。
死んだ時のことを思い出すからか、俺は徐々に怖くなってきた。今回は別に死ぬわけでは無いが、あの感覚はそんなに味わいたいものでもないからだ。
目を閉じてからしばらくすると、徐々に意識が遠くなっていく。でも、今回のは違う。死ぬ時のような虚しさや悲しみを纏った感覚ではなく、むしろ希望に近いそんな感覚を感じた。
目が覚めれば、新しい人生が始まる。俺はそんなことを胸に抱きながら、意識を失っていった。
*
どれほど経ったのだろうか、次第に意識が戻ってくるのを感じた。同時に、なんだか賑やかな音が聞こえてくる。
この感じは、恐らくもう転生が終わったのだろう。
少しづつ目を開けるとそこには、前の世界では見ることのなかった風景が広がっていた。
全く異なる建築物が立ち並び、道行く人は俺の世界みたいにスーツを着ているわけでもない。鎧や、変わった衣類に身を包んでいる人ばかりだった。それに、いわゆる"ケモ耳"をつけている人もいた。何もかもが異なっていて、新鮮な風景だった。
「凄い……! これが異世界なんだな!」
思わず声に出して感想を言ってしまった。単なる独り言だから周りに人がいても対して気にとめないだろう。
だが、違和感を感じた。俺の声がなんだか変なんだ。
少し若返って転生したため声が変わっている感じではなく、明らかに男の声では無かった。だが、さっきの独り言は確実に俺の口から発したはずだ。
嫌な予感がしてきた。俺は急いで姿を確認できる場所を探した。鏡はなかったが、よく反射する窓があったためそこで自分の姿を確認した。
「嘘……だろ……なんだよこれ……なんで……」
窓に映る俺の姿は、まだ幼さの残る少女の姿になっていた。男だった頃の面影なんて、全く感じられないほどだった。
自分の姿を見て混乱したものの、とりあえず女神に連絡を取ってみることにした。
なんの意図があって俺を女の子にしたのか、聞いておかないといけなかったからだ。
この場で連絡を取れば確実に変な目で見られるため、近くの路地裏に駆け込んで俺はクリスタルを通じて連絡を取った。
「どうかしましたか? 早速問題でも起きましたか?」
「起きましたよ! なんで女の子なんですか!? 任せるとは言いましたけど、こんなのあんまりですよ!」
相当動揺していたのだろう。随分と声を荒らげてしまっていた。だが、女神は声色を変えることなく返答をしてきた。
「え? だってそのままの性別で転生させたらなんだか新鮮味が無いと思いませんか? せっかくのやり直しなんですから、性別も異なる方がいいと思ったのですが……」
「それなら! 一言相談してくれてもいいでしょう!? 女の子のことなんて何も分からないんですから!」
動揺のためか自然と力が入ってしまった。クリスタルを強く握りしめていたのだが、なんだか変な音がしてきた。まるでヒビが入ってきているようなそんな音だった。
「ちょっとちょっと! 強く握りすぎです! やめてください! 直すの大変なんですよ!?」
「えっ……? クリスタルですよね? 握った程度でこんなふうにはならないと思うのですが」
「能力も最高クラスにしてるんです! 加減しないといくらクリスタルでも今のあなたなら壊せますよ!」
能力も最高クラスとか言ったか……?
予想はできるが、俺は念の為にどれくらいの能力にしたのか詳しく説明してもらうことにした。
「えっと、簡単に言うと基礎能力は人間の中では頂点に立てるくらいにはしておきました。あと魔法も色々使えるようにしておきましたよ。理由があってのことなので大目に見て欲しいです」
その言葉を聞いて、女神に何もかも任せるなんてしなければ良かったと後悔した。
俺は、そんなふうに転生なんてしたくなかったんだ。至って普通でよかったんだ、平凡な暮らしが送れればそれで……。
それに、俺はこういった力が好きじゃなかった。昔やっていたゲームではいつもこういう"異常な"ステータスの奴に蹂躙されたりして楽しみが破壊された。
コツコツ積み重ねてきたわけでもなく、データをいじって手に入れた力を持った奴らと同類になった気がして、俺はいい気分ではなかったんだ。
何も言い返す気になれず、しばらく沈黙している時だった。
「あの……ごめんなさい。嫌でしたか……? でも理由があってこうせざるを得なかったのです……」
「理由ですか……話してください。それ相応の理由があるはずですよね」
少し強めに言ってしまったからか、女神は弱い口調で理由を話し始めた。
「その……最初は普通にするつもりでした。ですがその未来を見たら、前世と同じく不慮の事故で死んでしまうみたいでして……。だからといって少し強めにしても同じでした……」
この世界でも俺の不幸体質は消えてないみたいだった。つくづくこの体質には散々な目に合わされる。
俺は自分の体質を恨みつつも、女神の説明を聞き続けた。
「ですから、こうしたんです……。これならば、不慮の事故で死ぬこともないと思ったので……。あの、直して欲しいなら直しますよ……? でも、脳に負担がかかるので人格が変わってしまいます……」
「人格が変わるって……どんなふうにですか?」
「えっと……あなたの性格から一変すると思われます。横暴になったりとか……」
変えて欲しいのは山々だが、人格が変わるとなれば話は別だ。横暴な性格の俺なんて見たくなんてない。人を不快にさせるような性格には絶対になりたくないからだ。
それに、ここはゲームの世界じゃない。仮に魔物が存在する世界であれば、こういった力を持った人を必要としてくれる人は少なくとも存在しているはずだ。
人助けとかの為に使うなら、こういった力は役に立つはず。それに、自分勝手な使い方をしなければ、俺自身も納得させられるだろう。
あと、仮に今能力を戻して貰ったとして、女神のさっきの発言から予測すると俺は呆気なく死ぬ可能性があった。
せっかく転生して人生をやり直せるはずなのに、何も成し遂げられないまま死ぬのはもう勘弁だった。
「……神崎さん? あの……黙り込んでどうしたんですか?」
自分の中で、かなり自身との対話をしていたのだろう。女神が話しかけてくるのにも気づいていなかったようだ。
「すみません……少し考え事をしてまして」
「それで……どうします? 変更しますか……?」
「いえ、このままでいいです。少し不満ではありますが、過ぎたことは仕方ないので」
自分の心の中で大分割りきることができたのだろう。自然とこういった言葉が出てきた。
「分かりました。ではこのままでお願いします。あと、性別の件ですが……あなたも異性に興味がありますよね?」
「まぁ……そうですけど……」
「それなら、好都合だと思いますよ? だってそういった経験は二度と訪れませんからね。以前転生させた方も、『慣れたら前よりも楽しい』とか言ってましたし」
異性に興味があるといっても、誰もが皆、異性そのものになりたいわけではないとは思うのだが……。
けれども仮に直せと言っても能力変更よりも手間がかかりそうだし、最悪もう一度死んでくれとか言われそうだ。だったら、もう決まったことでもあるし性別の件については慣れるしかないだろう。
冷静に考えを巡らせて、この件についても自分を納得させることが出来た。そのことを女神に伝えると、ホッとした声色で話しかけてきた。
「それなら、この件は解決ですね! あっ、そうだ名前も決めておきましたよ! "セシル"これが新しい名前です!」
「名前まで……まぁいいですよ。いい名前だと思いますし、これからはそう名乗ります」
"セシル"……いい名前だな。もう"神崎蒼真"じゃない、セシルとして新しい人生を歩んでいくんだ。
転生したばかりなのに色々あったが、確実に言えるのはいい風が吹いてきてるということだった。
暗い人生だった、でもいつか好転すると信じて前に進み続けてきた。そして、今のこの時に好転の兆しがやってきたのだと強く感じ取れた。
さて、ここからどう過ごすべきだろうか? 異世界に来たのであれば、何か今までに無いことがしてみたい。そんな気持ちがあったためか、俺は女神にどうするべきなのか尋ねた。
「そうですね〜、では冒険者として生活してみてはいかがですか? ギルドに登録して、仲間を集めて依頼をこなすんです!新鮮味があっていいと思いますよ!」
「確かに違った感じがしていいですね。試しにそうしてみるのもいいかも知れませんが……ギルドの場所ってどこにあるんですか?」
「でしたら案内しますよ! 案内がてらこの世界について説明したりしてもいいですか?」
「ならお願いします。この世界について何も知らないのは勿体ないですしね」
案内もしてくれて、世界についての説明もしてくれるそうだ。色々勝手に決められて不安ではあったが、ちゃんとそういうことはしてくれるみたいで安心した。
だが、すぐに行く気は無かった。少し確認したいこともあったんだ。
俺は女神に案内して欲しい時にまた連絡すると言って、そのままクリスタルをそばに置いた。
「さて……誰も見てないよな……?」
確認したいことなんて、異性になった人なら決まってることだろう。以前の姿とどう違うのか、少しだけ確認してみたくなったんだ。
まずは、1番感じ取れた違いから確認していくことにした。俺は手を胸に伸ばして、恐る恐る触れた。
衣服越しだが、柔らかな感触を感じとれた。大きいというわけではないが、明らかな男との違いだった。
だが、触れた瞬間に不思議な感覚がした。なんの感覚なのかはよく分からないが、あまりのまれたくない感覚なのは確実だった。
手や肌の質感も確認したが、男とは全く違っていた。しなやかで、細く綺麗だった。男のようにゴツゴツした感じではない。肌も陶器のように綺麗な色合いだ。
さて、最後に確認すべきなのは……いや、男ならみな分かるはずだろう"無い"ことを確認するんだ。
若干の罪悪感を感じつつも、興味には勝てなかった。
俺は手を伸ばし、触って確認した。当然ながら、前まで備わっていた物が"無い"のだ。不思議な感覚ではあった。それもそうだろう、長年ともに過ごしてきたヤツとお別れしたのだから。
そうやって自分が女の子になってしまったことを実感していると、そばに置いていたクリスタルから何やら声が聞こえてきた。
「ふふっ……やっぱりみんなそんなことをするんですね! 異性に転生した人を見るのは本当に面白いです……! このまま"始める"のですかね? どうでしょう? もう少し見てみましょうか!」
女神の声だった。最悪だ、全部見られていた。
「あの……聞こえてますよ? 見てたんですか?」
「えっ!? しまった……! 通信を切り忘れて……! あの! 違います! これは偶然目に入って!」
誤魔化しても無駄なのはお互い様だ。もう見られたことは気にしないことにした。だって神様なんだ、神様には隠し事なんて出来ないのは少し考えればわかることなのだから。
俺はかなりの羞恥心を感じたが、話題を変えればお互い知らなかったフリができるだろうと考えた。
「えっと、確認したいことは終わりましたから! ギルドに案内して貰えませんか!?」
取り繕っても、動揺は隠せない。俺の声色は明らかに動揺したそれになっていた。
「はい! もちろんですよ! …………続きはまた別の時に見られますし」
聞こえてないと思っていたのだろうが、はっきりと聞き取れた。
はぁ、俺は女神に見られてる可能性を抱えながら過ごさなければならないのか。
その後お互いにぎこちなく会話をしながら、女神の案内を受けてギルドに向かっていった。
色々あったが、俺の第2の人生はここから始まるんだ。
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