38.寂しい休暇
†
タブレットを閉じ、充電ケーブルに繋ぐ。
タンブラーに残していたミネラルウォーターを飲み干すと、アリサはまもなくベッドに横たわった。侃諤と語り合ったあとの室内はやけに静かで、更け切った夜のしじまがいつも以上に物寂しく感じられる。
(入学してから今日までの短期間で、あんなに多くのことを調べてまとめ上げてしまうなんて。悠芭さんの熱意には驚かされてばかりだわ)
肝心の謎解きについても、大方の辻褄は合っているように思う。情死と聞いた時には突拍子なく感じられたが、それを裏づける時代背景についてもしっかりと調べられていた。
なにより、当時の新聞記事には確かな説得力がある。少なくとも純桜ができて間もない頃に、校内で心中事件が起きたことは間違いない。
(曖昧な内容でしか語られていないことにも納得がいくわ。あれはおとぎ話風にしたかったわけではなくて、具体的な経緯が語り継がれるのを学院側が許さなかったんだわ)
仮に心中事件のことをそのまま伝えていたとしても、二人の強い絆を表現することには差し障りない。むしろ今ある伝承よりも説得力が増し、死をも厭わない友愛の美しさと儚さを感じ取ることができる。
しかし学院側からすれば、学内で発生した事件など汚点でしかない。語り継がれるなどの以てのほかだったのだろう。
(離ればなれになるくらいなら、一緒に命に落とすだなんて。それほどに思い合える人がいることは、少しだけ羨ましいかもしれないわ……死ぬのはごめんだけど)
現代であれば、学校を卒業しても会う手段や機会はいくらでも考えられるが、大正時代ともなればそうもいかなかったはずだ。互いの勤めや嫁ぎ先によっては、永久に会えなくなることも覚悟していたのではと想像できる。
更に現代と違って、望まない結婚を強いられることが多い時代でもあった。互いに別々の、それも男性と結婚させられるくらいであれば、共に死を選ぶ――それほどの深い愛情があったのかもしれない。伝承の二人だけが特別なのではなく、同じように情死していった女学生たちも……。
(わたくしだって、もしもお姉さまと一生会えないなんてことになったら――嫌、そんなこと考えたくもないわ。特に、今は……)
不意に、忘れていたはずの寂しさが体を震わせる。披露会のおかげで心の隅に追いやることができていた情念が、今また潮が満ちるように胸の中を侵していく。
ただでさえ今は、セイラを恋しく感じている。屋敷に帰る時を待ち侘びている。
だからこそ、考えるべきではなかった――永久に会えなくなるかもしれないなんて。
(……だけどもし、わたくしが泣いて縋るようなことがあったら、お姉さまは一緒にいてくださるかしら。初代アリスさまのように、わたくしと一緒に……)
リモコンで部屋の明かりを落とし、暗闇の中で手繰り寄せた毛布を頭から被る。ナイトキャップを着けていないことには気づいていたが、この時ばかりは些末なことに思えた。
明日になれば、きっと帰ってきてくれる。
そうすればこんな不安も消えてなくなってくれる。心の中で自分に言い聞かせ、アリサはまだ重たくない目蓋を無理やり瞑った。
――しかし、翌日。
この日も、セイラが屋敷に帰ってくる時は、遂に訪れなかった。
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