拡張現実の追体験

ちびまるフォイ

現実を生贄にする最高の人生

「なんかさあ、昔はもっと毎日がキラキラしてた気がするんだよ」


「何言ってるんですか先輩」


「でも今じゃ毎日が昨日の繰り返し。

 休日が来るのを待つだけの日々じゃん」


「え……死ぬんですか?」


「死なないよ。ただ毎日が無情っていうか……」


「それ俺の友達も同じこと言ってました。

 んで、人生セットで生活を決めましたよ」


「人生セット?」


「あ、知らないんですか。

 進められてパンフもらったんですが

 俺いらないんで先輩にあげます」


「おおありがとう、お前は人生満足してるの?」


「してるわけないですよ。だからこそ、より良くしようと思ってるんです」


「これが若さの差か……!」


「そうやって年齢を言い訳にするのカッコ悪いっすよ」


飲み会終わりにもらったパンフレットを読み込んだ。

内容は魅力的なものに見えた。


「へえ……。自分の人生を最大限楽しむ、か」


気が向いたらまた調べようと部屋の隅に置いたが、

自分でも思ったより早くその日はきた。


その日は仕事が立て込んでいたときだった。

社長に呼び出されるとその顔で怒られることを悟った。


「お前!! なんてことをしてくれたんだ! お客様がカンカンだぞ!」


「すっ、すみません!」


「新人でもないのにこんなミスするなんて!

 本当に使えないな! ゴミ! 給料泥棒!!」


その後も筆舌に尽くしがたい悪口を散々浴びて落ち込んだ。

雨の帰り道も傘すらささないでぼーっとしていた。


「なんだこの人生……」


毎日体力と精神を削られ、しまいにはキレられる。


この先の未来になにが待っていたとしても、

きっと過去のキラキラした日々よりは楽しくないだろう。


ーーだったらもう人生セットに自分を組み込んだほうがいいじゃないか。


すっかり心も体も弱りきっていた。

パンフレットの提供先に足を運ぶのに迷いはなかった。


「いらっしゃいませ。

 ここへ来たということは人生をセット化希望者ですね。

 ええわかってます、わかっています。ここへ座ってください」


「はあ」


「人生セットとはすなわち過去の追体験。

 あなたはこれから先、自分の先の人生は楽しめません。

 その代わり、過去の人生をもう一度いえもう二度・三度楽しめます」


「本当なんですか」


「まあ体験するのが早いでしょう。さあ始めますね」


一瞬の暗転。

次に目を開けたときは小学校だった。


「え!? わ、ワープした!?」


ガラスに映る自分は小学生の自分だった。


(聞こえますか。手を見てください)


手のひらには現在の時間と年齢が表示されていた。


(今、あなたは自分の脳内の記憶の中にいます。

 時間を進めたり、年齢を進めることも自由です。

 記憶を消して追体験もできるので飽きたらどうぞ)


脳内に響く声はスタッフの声だった。

案内はそれきりで始まったのは小学生のキラキラした日々。


「ああ、おとなになってもやっぱりこの時代が一番楽しいんだ!」


小学生に逆戻りしても、大人の知識をフル活用し他の子供を圧倒。

自分の人生の追体験のはずが、自分の人生にはなかった人気者ロードを爆走している。


「こんなの記憶になかった! でもサイコー!!」


(あなたの脳記憶で構成こそされていますが、

 ある程度の妄想やディープラーニングで

 記憶以上のことも多少は拡充して体験できるんですよ)


「よくわからないけど最高だぜ!!」


学校カーストで最底辺の人生を追体験かと思いきや、

こんなにもちやほやされる毎日が送れるなんて思わなかった。


そして、憧れるばかりだった初恋のクラスメートとも距離が縮まる。


「あの……私と、付き合って……もらえる?」


「もももももももちろん!!」


妄想でしか付き合うなんて考えなかった。

それが記憶だとわかっていても好きな人と一緒になれるのは嬉しかった。


「……さて、小学生も満喫したし、ちょっと先に進めるか」


小学生にして彼女持ちという状態にしてから時間を進める。

もとの年齢より3歳下に人生をセットした。


一瞬の暗転後、そこには妻になった彼女と子供が待っていた。


「ぱぱーおかえり!」

「あなた、今日もお疲れさま」


「なんだこの楽園は!?」


そこには思い描いていた自分の理想の生活が待っていた。

美人の妻にカワイイ娘。


自分の記憶にありえないはずの時間だが、

自分の記憶データから呼び出されたデータで人生が再構築されていた。


「ああ、なんて幸せなんだ」


小学生の頃のような痛烈な楽しさはない。

それでも今の人生には安らぎという形での幸せがある。


すっかりこっちが自分の居場所と決めて生活すると、

3年が経過するのはあっという間でもとの年齢に到着した。


「あなた、いってらっしゃい」


「ああ行ってくるよ。その前にいってらっしゃいのチューは?」


「もうあなたったら」


妻が顔を近づけたときだった。

一瞬で暗転し、その先は何も見えなくなった。


「お、おい!? 壊れたのか!? 真っ暗だぞ!?」


(もとの年齢に到達したんですよ。

 過去のデータから過去を構築することはできても

 あなたが体験していないその先の人生は作れないんです)


「つまり、もとの年齢以上の人生は歩めないってことか?」


(ええそうです)


「これからがいいところなのに……」


(どうします? 記憶消してまたやり直します?)


「……いや、戻してくれ」


(戻す?)


「現実世界に戻してくれ。

 現実で年を取ってからまた戻って来る。

 そうすれば、もっと先の人生も楽しめるから」


(1回だけです。1度現実に戻って、また人生セットに戻ったら

 もうそれ以上は現実に戻しませんからね)


「ああ構わない」


暗転から一筋の光があふれる。

目を覚ますと浴槽のようなジェル状のプールに浮かんでいた。


「現実世界へおかりなさい。

 あなたは自分の人生に5年ほど浸かってました。

 現実でも5年としを取ってることは知ってくださいね」


「5年……」


「人生セットでの経験値は過去には含まれません。

 再度潜り直しても、リミットは最初の年齢までですから」


「かまわない。もうちょっと長生きしたら戻って来る」


「そうですか。まったく現実のなにがいいんだか」


服を来て人生セットをあとにした。


現実世界にもどってもやることなんてない。


ただ過去の世界の追体験の幅を増やすために、

現実の自分を延命するだけだ。


フードコートで時間を潰しているときだった。


「……あ」


通りがかった人に目が釘付けになった。

自分の人生セットでは妻だった彼女が歩いている。


隣には夫らしき人と子供を連れて。


その彼女の顔を見たとき、とてつもない劣等感を感じた。

彼女の顔があまりにも幸せそうに見えたから。


「俺と……俺と一緒のときは、

 あんなに幸せそうな顔してくれなかった……!」


所詮は自分が都合よく作り出した幻影の記憶。

彼女の本来の幸せを引き上げることは自分にはできない。


だからこそ、現実で自分は選ばれなかったのだろう。


なんてみじめなんだろう。


まるで自分のしょうもない武勇伝を語って悦に入るような。


「なんで現実なんかに戻っちゃったんだ……!

 俺の現実はどうしようもないほどクソだから

 自分のまだよかった過去に逃げたのに……!!」


もう現実などどうでもよくなってしまった。

自分でも驚くような行動を起こしたのも、破れかぶれになったからだろう。





「いらっしゃ……。あれもう戻ってきたんですね。

 その手に持ってる袋は?」


「手土産みたいなものですよ」


人生セットのスタッフは驚いていた。


「それじゃ自分の人生に戻りますか?

 先に言っておきますが、もう現実には戻れませんよ」


「かまわない。もう戻りたくもない」


「そうですか。それは結構。ではスイッチをーー」


「あ待ってくれ。ひとつシステムについて聞きたい。

 これはどういうシステムで追体験してるんだ?」


「簡単にいうと、脳に蓄積されたデータを機械で読み取り

 バーチャルな空間にあなたの意識を飛ばしてるんです」


「じゃあもし、蓄積されたデータが増えると?

 たとえばここに二人が入ったら?」


「まあ人生の幅は増えますね。

 夫婦で入る人はいますけど、どうしてそんなことを?」


「いえ、せっかく取ってきたんで有効かどうか知りたかったんです」


手に持っていた黒い袋を開けた。

そのひとつを手にとってスタッフへ渡した。




「では、この脳からもデータ取ってもらえますか?

 きっと俺よりも幸せな人生が詰まっているはずですから」

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