第7話 芽生えるチームワーク

 一週間後。ブルーハーバー近海。今日は快晴、青い海と空がどこまでも続いているかのようだ。


 飛雷針による飛行フォーメーションの訓練は上手くいってはいない。


 原因は明らかだ。俺は生徒たちの後ろを飛びながら声を張り上げる。


「ペル! 部隊の仲間に合わせて飛べと言っているだろう!」


 するとすぐに前方からペルの困ったような声が聞こえてきた。


「なんでー!? 私は完璧な飛行をしてるのにー!?」

「なんでじゃない! お前だけが前に出すぎてるんだ! 速度を落とせ!」

「でも、速く飛ばないと怪獣にやられるじゃないですかー!」


 それはそうだ。だがな。


「今は怪獣と戦ってるわけじゃない! 今はフォーメーションの確認をしてるんだ! そのことを意識しろと言っているんだ!」


 そう、注意したのだが。


「あんた! おじさんが速度落とせって言ったでしょ! さっきからほとんど速度が変わってないじゃない!?」

「も、もう少しゆっくり飛んでほしいんですの」

「えー。これでも速度を一割は落としてるよー?」

「フォーメーションの確認なんだから私たちに合わせないと意味ないでしょーがー!」


 これは、問題だなあ。さて、どうしたものか。


 それからしばらくして俺たちはブルーハーバーの砂浜に戻ってきた。さっきまでのことがあって生徒たちの空気は良くない。


「ペル。あんたには前から思ってたけど自分本意過ぎるのよ! 常に本能で行動してるわけ!?」

「えへへー」

「誉めてないからね!?」


 ペルは話が通じないタイプのやつだ。言ってわからせるのは難しい。まずは彼女にチームワークというものを分からせないといけないのだが……そうだな。


「……お前たち。聞いてくれ」


 生徒たちがこちらを向いた。そこで俺から提案がある。


「久しぶりに俺とゲームをしないか? この部隊ができてすぐの頃にもゲームをしたろ?」


 アテナが眉を寄せながら俺を見る。


「また鬼ごっこでもしようってわけ?」

「いや、今度はバスケットボールだ」


 俺は腰のベルトから魔法針を抜き軽く振った。


 砂浜の砂が動きだし、柱のように変化した。そしてバスケットゴールの形を作る。


 アテナが感心したような表情で口笛を吹く。


「それで、ボールも砂で作るわけ?」

「ボールは魔法で収納してある」


 もう一度魔法針を振って空間に歪みを作る。そこからボールをひとつ取り出した。アテナは呆れたような顔をして笑った。


「おじさん。人族のスポーツが好きだったの?」

「スポーツはな。スポーツは面白い」


 人族は好きじゃない。むしろ嫌いだが、スポーツは別だ。あいつらは面白いスポーツを生み出すのは得意だからな。


「で?」


 アテナが聞いてくる。


「どうしてバスケットボールなわけ?」

「チームワークを学ぶにはスポーツが一番だからだ」

「そんなものかしら?」


 アテナは怪訝そうに俺を見ている。ラミアーも同じような表情をしているが、ペルはいつもの調子だ。呑気な顔でぼーっとしている。


「そんな感じで、バスケットボールをしようじゃないか。今日は午後の体力トレーニングは無しだ」

「これが体力トレーニングみたいなもんじゃないの? ま、私は参加してもいいけどね」

「ゼウス先生には考えがあるのですね。わたくしも参加しますわ」

「良く分かんないけど私も参加するよー!」

「ペル。お前は分かれ……じゃあ全員参加ということで良いな? 俺からひとつでもゴールを取れれば飯を奢ってやる」


 俺の言葉を聞いて生徒たちは顔を見合わせた。アテナが俺を見てニヤリと笑う。


「ひとつでもって、私たち三人相手を一人でするって考えて良いのよね?」

「ああ、三対一。お互いに魔法は無し。お前たちは強化スーツを使って良いぞ」


 俺は魔法針を振って強化スーツを収納する。その代わりにTシャツと短パンの姿に着替えた。


「さあ、やろうか」

「望むところよ!」


 そうして俺対生徒たちの対戦が始まる。生徒たちは俺のボールを奪いに来るが。


「バラバラの動きではな」


 ドリブルをしながら、迫る生徒たちを簡単にかわす。強化スーツの助けがあっても動きが素人、連携もとれてない。敵ではない。


 まずは軽く最初のゴールを決める。


「ほら、今度はお前たちから攻めてこい」


 生徒たちは動き出す。彼女たちは俺の突破を試みるが。


「甘い甘い!」


 俺はボールを奪い、カウンターのゴールを決めた。再び生徒たちにボールを渡す。


「そら、かかってこい」

「言ってくれるわね。でも、こっちには強化スーツの補助があるのよ。ボールの奪い合いで勝てないからって、やりようがないわけじゃないわ」


 アテナはそう言って、その場からのシュートを狙ってきた。ボールが高く飛ぶ。だけど、甘いな。


「それくらい、届かない俺だと思ってか」


 俺は高く跳躍した。空中でボールをキャッチした。そのまま空中から相手のゴールに向かってボールを投げ入れる。さらに得点だ。


「か、勝てませんわ」

「弱気になってるんじゃないわよ。お嬢様。とにかく挑んでみるの。その間に私が作戦を考えるから」

 

 その後も彼女たちは果敢にゴールを狙うのだが、俺からゴールは奪えない。唯一、ペルが良い動きをするのだが、それだけでは彼女たちは勝てない。


 そうこうしているうちに俺が十回目のゴールを決めた。


「ほらよー。それともギブアップか?」

 

 俺からボールを受け取りながら、アテナは考えているようだった。やがて彼女は目を閉じ「これしかないわね」と漏らす。彼女は開眼して言葉を続ける。


「ペル。たぶん私たちの中で一番動けるのはあんたよ」

「そだねー。私もそう思う」

「提案なんだけどさ」


 アテナは真面目な表情をペルに向けていた。


「このまま一点もとれずに負けるのはあんただって悔しいでしょ? だからペル。私とラミアーはあんたのサポートに徹する。良いわよね? お嬢様」

「わたくしはその提案に賛成しますわ。このままやっても勝てませんし」

「ペル。あんたはどうなの? 私たち協力しないと負けっぱなしよ」


 ペルは少しの間黙っていた。彼女は静かに頷く。


「うん、アテナちゃんとラミアーちゃんの、二人の力を私に貸して」

「やってやりましょ。おじさんに私たちの力を分からせてやるの!」

「わたくしもできる限り頑張ります!」


 生徒たちの中にチームワークが芽生えようとしている。が、俺から得点を奪うことができるかな?


 作戦タイムが終わり彼女たちが動き出す。結束力は高まったようだが、それだけで勝てるほど俺は甘くはない。何度も彼女たちからボールを奪いゴールを決める。


「もう一回!」


 ボールを回されるたび、ラミアーが仲間を鼓舞する。アテナが作戦を考え、リトライを繰り返すたびに彼女たちの動きは良くなっていく。そして。

 

 何度ものリトライの末、彼女たちは一瞬の隙をついて俺の防御を抜けた。ようやく彼女たちの初ゴールが決まる。


「やったわ!」

「私たちのゴールだー!」


 だいぶ疲れていたのだろう。アテナとペルがへたりこんだ。ラミアーなんか砂の上で仰向けになっている。


「うーお風呂に入ってゆっくり休みたいですわー」

「ごめん、私もう動けないよ……」

「私も限界。でも、ゼウスおじさんから一点はとったわよ」


 疲労困憊の彼女たちに俺はボールをもって近づいていく。


「勝負は百対一で俺の勝ちだ。とはいえ、よく俺から一点をとった」

「おじさん。それって誉めてるの?」

「誉めてるさ」


 三人ともよくやった。彼女たちのチームワークを見せてもらった。


「まずは汗を流せ。そのあとで俺がなんでも食わせてやる」

「私、魚が食べたいわ」

「うー、肉……エネルギーを回復しなくてわ」

「ピザが食べたいよー。お腹いっぱいピザが食べたいー」

「じゃーピザでも取り寄せるか。魚介も肉もいけるしな」

「「「賛成ー」」」

 

 訓練は進んでいる。ただ、怪獣相手に戦えるレベルまでもっていけるかというと……いや、彼女たちの成長性を信じよう。

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