落鳴のゼウス

あげあげぱん

第1話 魔法学園の対怪獣部隊

 ブルーハーバー魔法学園は対怪獣研究組織でもある。


 今回、新しく対怪獣部隊を作ることになり、俺は選抜された生徒たちが集まっているはずの教室へ向かっていた。


 白い壁に囲まれた無機質な通路を抜け、目的の部屋の前へ到着する。勢いよく扉を開けて中に入った。


 扉を潜ると目に入ったのは無機質な教室と二人の少女だった。物の少ない広々とした空間で長身の少女がもう一人の少女をジャイアントスイングしている。


 一人は人族でもう一人はエルフ族。エルフのほうは俺の姪だ。


 黒髪の小さな人族は振り回されながら必死に短いスカートを手で押さえていた。彼女は涙目になりながら喚いている。

 

「もうやめなさい! あなた! わたくしが貴族と知っての狼藉ですかー!?」


 黒髪の少女は喚いているが……対して金髪碧眼長身のエルフはジャイアントスイングをやめようとはしない。我が姪は問題児だ。


「こっちは王族なのよ。あんた王族の私に場違いなエルフと言ったわね。ゼウスの指揮する部隊にはふさわしくないと言ったわね。世間知らずのお嬢様に謙虚さというものを叩き込んでやる!」


 なんとなく状況はわかった。黒髪のお嬢様が姪を挑発したのだろう。二百年前の戦争以来エルフは人族から軽く扱われがちだからな。


 この状況は止めた方がいいだろう。俺は二人に声をかける。


「二人とも。先生が来たのが見えないか? 指揮官と言わないと理解できないか?」


 俺がそう言ってようやく二人は気がついたようだった。二人の動きが止まる。


「あーおじさん居たんだ」

「今来たところだけどな。アテナ、お嬢様を離してやれ」

「はいはい。おじさんの頼みだものね」


 姪のアテナがお嬢様から手を離す。お嬢様は床に落とされて「ふぎゃ!?」と悲鳴を漏らした。そうして彼女は床から、ゆっくりふらふらと立ち上がった。


「た、助かりましたわ先生。ひどい目に合いましたの……」


 気持ち悪そうにしているが、彼女に同情はしない。


「おおかたアテナを挑発した結果だろう? 自業自得だ」

「う、ひどいですわぁ……」


 アテナが人族を嫌いなように俺も人族は嫌いだ。事前に受け取った資料によると、このお嬢様、ラミアーは部隊に自分を推薦してきたとのことだが……人族から接近されても面倒である。


「あ、あの先生。聞きたいことがあるのですが」


 面倒だが最低限は仕事をするべきだろう。本当に面倒だが、俺は頷いて応える。


「何を聞きたい?」

「先生とアテナはお知り合いのようですが、わたくし、お二人がどのような関係かを知りません。といいますか、アテナが王族と言うのは本当ですか?

 エルフの王家のことはあまり知らないもので」


 俺はアテナを見る。彼女は自分の席に座って窓の外を眺めていた。まあ、この話はしても構わないだろう。


「アテナがエルフの王家の血を引いているのは事実だ。そんな彼女と俺は姪とおじの関係だ。質問への答えはこれでいいな」

「あ、はい。先生」

「それと、俺の名前はゼウスだ。知っているとは思うが」

「はい! 先生の名前は存じております!」


 ラミアーが目を輝かせる。ああ、面倒な視線だ。


「落鳴のゼウスと言えばブルーハーバーの都を守り続ける英雄! 生きる伝説です! わたくしは先生に憧れてこの部隊に入ることを決めたのです!」


 興奮した様子で語るラミアーには落ち着いて欲しいと思う。


 アテナがラミアーに冷ややかな視線を向けていた。


「私に泣かされるような泣き虫が怪獣の相手なんかできないと思うけど」

「う、うるさいですわ! あんなの魔法の素養とはなんの関係もありません! 魔法針の扱いなら、わたくしがあなたに負けることはありません!」

「どうだか。人族程度の魔力でおじさんの部隊に入ろうだなんて、身の程知らずなんじゃないの?」

「なんですって!?」


 はあ、まずはこの二人の喧嘩を納めなくてはいけないのか。などと思っていると。


 教室の外、窓の外にひとつの影が見えた。海の上に広がる青空をひとつの影が飛んでいた。それはぐんぐんとこちらに近づいてくる。


「アテナ! 窓から離れろ!」

「え? わ!? 何あれ!?」


 アテナは急いで窓から離れた。俺はラミアーを守るような形で一歩前に出る。ほどなくして。教室の窓ガラスを割りながら何かが突っ込んで来た。


 ガラスの割れる音を響かせながら突っ込んで来たそれは教室の壁に深々と突き刺さっていた。生身に直撃すればただではすまない。攻撃的な形をした金属の塊だ。


 俺はそれを知っている。対大型魔獣戦用飛雷針。雷を避けるためでなく、利用するための針。魔法と科学が融合して作られたもの。槍のように鋭く、バイクのように騎乗でき、魔法の箒のように飛ぶ。そんな金属の塊に一人の少女が乗っていた。


「遅刻ギリギリセーフ! セーフですよね!」


 少女は飛雷針から飛び降りて、ニコニコと笑っている。彼女のせいで教室はめちゃくちゃだし、アテナは腰を抜かして顔を青くしているのだが、こんな状況を作った本人はまったく悪いことをしたとは思っていないようだ。


「先生! おはようございます!」

「……あー、そうだな。おはよう」


 少女を観察する。茶髪に緑の目、背は高く健康的だ。長い耳などエルフの特徴が色濃く見えるが、人族の嫌な匂いもする。つまり獣臭いのだ。事前に確認した資料によるとハーフエルフとのことだが、間違いないだろう。


「……何か謝ることがあるんじゃないか?」

「あ、ち、遅刻しちゃいましたか!? おかしいな。時計が狂ったかな?」

「違うだろお!?」

「なんだ。遅刻じゃなかったんですね! よかったあ」


 こいつ無敵か?


「はあ、そうじゃなくてだな」

「なんでしょう!」

「お前が突っ込んで来たおかげで教室がめちゃくちゃなんだ。ペルセクレス」

「ペルと呼んでください! ペルちゃんでも良いですよ!」


 ……こいつ無敵か? などと思っているとペルが両手をパンッと合わせた。


「そうだ。教室片付けないとですね! すぐにやります!」


 ペルは腰のベルトにさしていた30センチほどの針を抜く。特殊な金属で作られた魔法針だ。


「えいっ!」


 ペルが針を一振すると飛雷針が壁から抜け、壁の穴が修復されていく、さらに砕けていたガラスが元に戻り、倒れていた椅子や机も立ち上がった。修復魔法の扱いには長けているようだ。


「ほい! 元通り!」

「元通りなのは良いが、そもそもどうしてこんなことになった?」

「こんなこと。と言いますと?」

「お前がどうしてこの教室へ殺人的な突撃をすることになったのかを聞いてるんだよ!」


 俺はともかく生徒の二人は事故に巻き込まれて死んでいた可能性もある。それをペルはわかっているのだろうか。


 ペルは頭の裏をかきながら説明を始める。


「実は飛雷針の開発班からこいつの飛行テストを頼まれていまして、テストは順調に進んでそれは良かったのですが新部隊の顔合わせがあることをすっかり忘れてたんですよ。それで急ぎ教室に突っ込んだというわけであります先生!」

「なるほど? 遅刻をしたくなかったから、あんなに危険な突撃をしてきたと」

「はい! そうであります!」

「よし、ちょっと頭をだせ」

「む?」


 ペルが不思議そうな顔をしながら近づいてきたので、頭にゲンコツを叩き込んだ。


「い、いたあ!? なぜ殴るですか!?」

「うちの生徒を殺していたかもしれないんだ。殴られて当然。これでも加減してやっている」


 そのタイミングでラミアーが前に出てきた。


「先生の言う通りですわ! 死ぬかと思いましたのよ!」


 さらに腰を抜かしたままのアテナもペルに抗議する。


「あんた! 新手の暗殺者でしょ! 絶対に私を殺す気だった。殺す気だったわ!」

「ええー誤解だよー。ちゃんと人は避けたよー」


 それから三人が言い合いになるのは想像に難しくなかった。


 はあ、前途多難だ。

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