羨ましい限りです。


 うちの子は目を合わせてくれない。

 目を合わせようとすると、すぐにぷいっとそっぽを向いてしまう。


 どうしてそんなにすぐに視線を外してしまうのだろうと、インターネットで調べてみたところ、ネコが目を合わせないのには理由があるようだった。


 ネコの世界では、目を合わせることは喧嘩や威嚇を意味するらしく、「僕は威嚇してないよ」という意味で、飼い主と目を合わせないようにすぐに視線を外すのだという。


 可愛いじゃないか。さすがうちの子である。

 でも、私としては、ライチの透き通った金色の目を見たいし、なんなら数分そのまま見つめ合いたい。

「ライチ、こっち見て」

 私はライチの目の前に自分の顔を持っていく。だけどライチはすぐに横を向いてしまった。


「んもー。こっち見てよー。ライチー」

 ライチは全然目を合わせてくれない。ちなみに母親にも姉にもライチは目を合わせない。だけど、父親とは目を合わせてくれるのだ。だからと言って、ライチが父親に対して敵対心を持っているわけでもなさそうである。


 父親を見るライチの様子は、特段、威嚇しているような感じはなく、香箱座りしたまま父親のことを見ている。父親が顔を近づけても嫌がる素振りもなく、そのまま父親のことをじっと見ている。

 なんなら、そのまま父親が見ているだけで、ぐるぐる、ぐるぐると気持ちよさそうに喉まで鳴らし始めるのだ。


 インターネットのサイトには、他の理由も書かれていた。

 ネコの世界では、目を合わせることは愛情表現を意味するらしく、親しいネコ同士ではコミュニケーションの一環として、目を合わせることがあるらしい。

 これは由々しき問題じゃないか。


 喧嘩したくなくて私と視線を外しているのだとしたら、それはもう素晴らしいことだ。私とライチの関係は良好に保たれている証拠だ。しかしこれが、愛情表現として父親とは目を合わせられるけれど、私とは目を合わせられないというのがライチの意志なのであれば、これはライチと良好な関係を構築しなければならない。


「ライチ、どうしてこっち見てくれないの?」

 ライチは、スススイと視線を横に泳がせては、あさっての方向にゆっくりと頭ごと向いてしまった。不機嫌そうに口がへの字になってしまった。寝っ転がっていて落ち着いているからいけると思ったのに。


 姉と協力して視線を合わせようとしたこともあった。

 ライチの左右に私と姉が立ち、それぞれからライチに視線を合わせとうとする。

 だけどライチは目を合わせてくれなかった。


「ライチは気まぐれなのよ」

 母親がそんなことを言う。

「ライチは男の子だからな。女性に見つめられるのは恥ずかしいんじゃないかな」

 父親はそんなことを言いながら、香箱座りしているライチの目の前にやってきては、ライチを見る。

 ライチは私と姉の時とは打って変わって、頭を動かすことなく、そのままじっと父親を見ている。

 私はその様子を横から見る。

 ライチの横顔は凛としていて美しい。香箱座りしたまま、少しだけ顔を上にあげ、父親を見ている。ライチの瞳は横顔からでも分かるほどに、ぷっくりと大きな球体をしていて、ビー玉のように澄んでいる。瞳に光が反射して、金色の虹彩が輝いて見える。縦に細くした黒目で、父親を見ている。

 次第に、ぐるぐる、ぐるぐる、と喉を鳴らし始める。

 あぁ。よだれが出るほどに可愛らしい。抱きしめて顔をスリスリしたい。猫吸いしたい。


 もうこうなったら、三人で協力して目を合わせてもらおう。

 ライチが香箱座りしてくつろいでいるところに、右に母、左に姉、そして正面に私がスタンバイする。これでそっぽ向いたとしても誰かしらと視線が合うはずだ。

 ライチはスススイと私から視線を外し、右を見る。するとそこには母がいる。しかしライチはそのまま左に頭を動かした。

 今度はそこに姉がいる。

 さあ、ライチ、目を合わせておくれ。


 ライチはそのまま身体を起こし、私にお尻を向けて座り直した。

 そしてそこにはソファで寝っ転がっている父親がいて、ライチはあろうことか父親と目を合わせた。

「おぉ、ライチ、かわいいなぁ」

 あぁ。なんてことだ。


 父親ばかり目を合わせることが出来て羨ましく思う。


 ライチは私のこと、どう思ってるんだろう。父親が羨ましい限りです。




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