ブサカワ猫の小さい目


 私の所属するファッション誌「L-Style」のウェブコンテンツ部門は、基本的に雑誌に掲載された特集をウェブ用に再構成して記事をアップするのが業務だった。

 雑誌入稿時には記事原稿や写真素材といったものはほとんど揃っていて、それをページ上でどう見せるかを考えるのが常で、テーマ自体を一から企画してページを作ることは、今までなかった。


 だけど、昨今の雑誌の売り上げ低迷もあって、会社の方針として「これからはウェブコンテンツでも収益を上げていかないといけない」と言うことになり、ウェブはウェブで雑誌にはないオリジナルコンテンツを拡充していくことになったのだ。


 雑誌版「L-Style」は三、四十代女性をターゲットにしており、メインコンテンツは普段使いのおしゃれなファッションの紹介なのだけれど、サブコンテンツでは、衣食住に関するお役立ち情報が据えられており、割と幅広い特集が組まれている。

例えば、引っ越しシーズンになると「なかなか片付かない部屋の片付け方」特集をやったり、夏前になると「夏直前! 今からできるウエストぺたんこ一〇の方法」特集をやったり、百円均一ショップとタイアップして「百均グッズで簡単・時短料理」特集をやったりした。



 一方、ウェブ版「L-Style」はこれら雑誌版の特集の他に、オリジナルコンテンツとして、「鍛えるならココ! 首都圏のおすすめジム百選」や「ブーム目前! 関西スイーツ二十選」といった地域に絞ったコンテンツを拡充している。雑誌と比べて掲載できるページ数に制限がないことや、地域を絞った方がよりターゲットが明確になるし、広告収入を得やすいためである。


 会社のこの方針転換によって、私は入社以来初めて出張に行くことになった。私自身、人生初めての出張である。

 場所は福岡。一泊二日で福岡スイーツの一人取材だ。私はいつから「職業・ライター」になったのだろうと、会社の急な方針転換について行けてない自分がいる。ただ、上司の命令だし、専属のライターがいる部署でもなく、まあ百歩譲ってスイーツが食べられるなら一回ぐらい行ってもいいかと思い、出張を受け入れた。

 でも本当は出張がないからこの部署に入ったのだ。これから出張が増えるようだったら転職も考えようとも思った。


 と言うのも、私は一人暮らしで、マンションで猫を飼っているのだ。名前はちょこ。チョコレートみたいな色をしていたからという単純な理由で名付けた。猫種はエキゾチックショートヘア。顔のパーツが中央に集中していて、くしゃっと潰れたブルドッグのような顔をしている。目も小さくていつも睨んでいるような目つきなのだ。言ってしまえばブサイク顔。だけどずっと見ているとそのブサイクさが逆に可愛く見えてくるものだ。


 ズンと座り、不貞腐れた顔で「メシ、くれ」と要望するその仕草や、ゴロンと倒れたように横になったかと思うと、睨みを利かせた目で「オレ、ねる」と鳴く仕草など。かわいいところをあげたらキリがない。ちょこはそんなブサカワ猫だ。


 私はちょこ一番の生活をしており、出張はもちろんプライベートの旅行でも一日以上家を空けた事がなかった。それが今回初めて二日もの間、ちょこを家に置いてくる。出張の間、ペットホテルに預けることも考えたけれど、見知らぬ環境で、しかもケージ暮らしとなるとその方がストレスが溜まると思い、迷った結果、自宅での留守番を選択したのだ。


 今回のために、自動給餌器付きのペットカメラをネットショプで買った。事前の設定は済んでいるので、スマホのアプリを使えば、いつでも外から家の様子を確認する事ができる。自動給餌器は毎日決まった時間になると、キャットフードが出るようになっているし、アプリ操作でカメラ映像を見ながら遠隔でご飯を出す事もできるのだ。カメラは赤外線カメラなので夜でも確認できる。


 部屋全体が映る場所にペットカメラを設置したので、ちょこがどこにいても確認ができる。

 その他にも、お水はお皿をもう一つ追加して置いてきたし、猫砂も多めに入れておいた。そこまで気温が上がる季節ではないけれど、エアコンも適温設定にしてつけっぱなしだ。

 電気代が値上がりしているので、請求額が心配だけど、ちょこのことを考えると致し方ない。


 また出張前の土日には、あえて家を長時間空けて、留守番に慣れさせておいた。

 心配の種は尽きないけれど、一応はできる対策はとって、ちょこを家に残して出張に出て来たのだ。



 福岡に降り立ち、すぐにアプリを立ち上げた。するといきなりスマホの画面いっぱいにちょこの顔面が映し出された。

「びっくりしたー」

 驚いて声が出てしまった。ちょこは見事なまでにカメラ目線でスマホ越しに私をガン見していたのだ。機嫌の悪そうな目つきでカメラを睨んでいる。さすがブサカワ猫だ。


 私がカメラを見ているのを知っているのか、前足でちょいちょいとしてカメラのレンズを触ってきた。

「見てるんだろ、メシ、くれ」とでも言っているかのようだ。

 アプリに表示されている通話ボタンを押す。これは遠隔で音声会話ができる機能だ。

「ちょこ、やめてー。カメラ壊れちゃう」スマホのスピーカーに向かってそう言うと、ちょこは動きを止めた。そしてますます険しい顔でカメラを睨んできた。

「おまえ、この中に、いるのか?」とでも言いたそうな顔だ。

「ごめん。ごめん。出張なんだ。今ご飯あげるからね」


 スマホを操作してフードを排出する。自動給餌器にはフードを入れられるタンクがついており、そこから決まった量のフードを前面のステンレスプレートの上に出すことができる。

 カメラには排出されたフードが映っている。

 ちょこの視線はカメラからフードに移り、しばらく見た後に静かに食べ始めた。

 私はちょこがご飯を食べ終わるまで映像を見ていた。取材に行く前に癒やされた。

 


 スイーツ店複数の取材を終えてホテルについたのは二十時過ぎだった。日中はちょこの様子が気になって取材の合間に何度もアプリに接続してはカメラ画像を見ていた。一人での留守番に寂しくなって鳴いていたらどうしようと不安に思っていたのだけれど、ちょこはほとんどの時間、お気に入りのクッションの上で寝ていたので安心した。考えてみれば、今日は出社時よりも遅く家を出ているので、家を空けてる時間としては、いつもよりいくらか短かった。


 初めての福岡、初めての出張、初めての一人取材で、慣れない仕事に疲れた。

 パンプスを脱ぎ、ホテルのベッドに倒れ込むように身体を預ける。

 このまま寝てしまいたい。そんなことを考えながらも、二、三時間見れていないちょこの様子が気になり、スマホを取り出した。


 アプリを起動してカメラ画像を映すが、部屋が暗くて何も見えなかった。だけどすぐに自動的に赤外線カメラに切り替わり、白黒で画像が映し出された。

 その映像を見て状況を理解するのに数秒かかったと思う。映像の中央には横並びの丸い光源が二つ、スマホのフラッシュライトのようにかなりの明るさで光っていたのだ。しばらくしてそれがちょこの目だと分かった。いつも半目しか開けていない不貞腐れた小さな目が、赤外線に反応して丸く大きく光を放っていたのだ。今まで見てきたちょこの目で一番見開いているようにみえるほどまんまるだ。


 赤外線カメラはちょこの輪郭もしっかり映していた。しかし光源が眩しくて、気がつくのに時間がかかってしまった。なぜこんなにも目が光るのだろうと不思議に思った。

 ちょこは日中見た時のように、カメラの前に陣取り、光る目でじっとカメラを見ていた。


「見てるんだろ。メシ、くれ」と光る目が訴える。むっつりした顔なのにまん丸い目になっている普段見ないちょこの姿が新鮮だった。

「メシ、くれ」と鳴く。

「今あげるね」


 私は、スマホを操作してご飯を出した。

 明日は早く仕事を終えて、家に帰って、ちょこにたくさんご飯あげよう。

 目を光らせながらご飯を食べているブサカワ猫ちょこを見ながら、そう思った。


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