死神の使い

 AIは時たま人知を超えたことをしてくる。どのような思考回路を経てその提案をしてくるのか、どのような知識を得てそのような創作をするのか、我々には分からない。たとえ、AIからその答えに行きついた計算式を開示されたとしても人間には到底理解できないだろう。重要なのはその過程ではなく結果だ。AIから提案された新たな価値を人間側がうまく活用することで、新たな進化や次のステージが待っているのだと考えている。


 俺は、いつものようにSNSの投稿を見ていると「これが『死神の使い』か」という文章と共に一枚の画像が添付された投稿を見つけた。

 見た瞬間に画像生成AIによって作り出した画像だと分かった。


 投稿アカウントのプロフィールを見ると「AI絵師」と書かれていた。画像生成AIで作られた絵をSNS上に公開したり、ネットショップで売ったりする俺と同じ生業をしていた。

 画像生成AIとは、AIに作ってもらいたい内容を「プロンプト」と呼ばれる指示文で入力することで、AIがその内容に沿った画像を作り出してくれるものだ。プロンプトの内容次第で、自分の思い描いた画像が作れるかが決まってくる。プロンプトはいわば呪文のようなものだ。


 AIは日々進化している。ほんのつい一昔前のAIに人物の画像を描かせると、指が六本になっていたり、耳の形が不必要に歪に形成されたりと、どこか現実と異なる箇所があった。だが今や見分ける方が困難なほどリアルな画像をAIは生成することができるのだ。


 しかし俺は、普段からAIが生成した画像を大量に見ており、その経験から感覚的にAIの画像かどうか見分けることができる。


 『死神の使い』と書かれた画像は、実に奇妙な作品だった。遠目で見ると、黒猫の頭部が描かれた写真なのだが、よく見ると、無数の猫の身体が寄せ集まって、大きな猫の頭部が作られているのだ。しかもところどころ骨らしきものや臓器、血管らしきもので隙間が埋めてられており、その詰められた骨部分だけを見ると、猫の頭蓋骨が浮き上がって見えるのだ。

 つまり一つの作品に三つの絵が描かれているのだ。黒猫の頭部。無数の猫。そして猫の頭蓋骨。


 「寄せ絵」という手法の絵だ。日本では江戸時代末期に浮世絵師の歌川国芳が、裸の人間を寄せ集めて一人の人間の姿を描いた「みかけハこハゐが とんだいゝ人だ」が有名で、西洋では十六世紀のジュゼッペ・アンチンボルトというイタリア人画家が、植物や野菜、果物を寄せ集めて人間の横顔を描いた「四季」四作品が有名だ。

 歌川国芳が描いたものは、どこかアニメチックなイラストであり、不気味さはさほどないのだが、ジュゼッペ・アンチンボルトの寄せ絵は写実的で、グロテスクな印象を受ける。


 特に「四季」の中の「夏」という作品では、果物や野菜で構成された人間が不気味に少し笑っているようにみえ、だが凝視すると、ただの野菜たちの寄せ集めであることが分かり、その表裏一体となった姿に恐怖すら覚える。


 『死神の使い』はまさに、この「夏」のような作品だった。あまり凝視したくないが、つい気になって見てしまう。黒猫は正面を向き、縦に細くなった瞳孔で、こちらを見ている。顎を引いていることから睨んでいるようにも見える。瞳部分をよく見ると、瞳孔は黒猫が横になっている姿で、周りの角膜は金色の猫が数体横たわっている。そのほかにも寝ているのかそれとも死体なのか分からない黒や茶色の猫がさまざまな姿で寄せ集まって大きな黒猫を構成している。いずれの猫も目は閉じている。


 臓器もグロテスクだ。赤ではない。黒にかなり近い赤黒い心臓のようなものや腸のようなものが猫と猫の間を埋めるようにねっとりとした血液と共に描かれていた。

 そして、骨で構成された猫の骨格が見えた時、これ以上見てはいけないと直感が働き画像を閉じた。



 それからしばらくして、自分がAIに作らせた画像に、必ず黒猫が現れるようになったのだ。


 初めの絵はワンピースの女の子の画像を生成した時だった。俺が描く絵は、主に実写に近い美少女の画像だ。

「一人の少女、長く黒い髪、麦わら帽子、美しく輝いている目、少し笑う、右手で帽子を押さえる、白いワンピース、周りにひまわり、背景に青い空と白い雲、写真、鮮やか、高画質」などと英語でプロンプトをAIに指示すると、指示に沿った画像が描かれる。


 描かれた画像はほぼ指示通りではあったのだが、少女の足元に、黒猫がこちらを睨むようにして佇んでいたのだ。ちょうど『死神の使い』で見たような猫だった。しかしそれは寄せ絵ではなく、普通の黒猫だった。

 指示していないものが描かれるのはAIにはよくあることだ。また、似ているとはいえ黒猫なんてどれも同じであるし、あの画像ほど不気味な印象もなく、むしろ黒が入ることで全体が引き締まり、少女とのストーリー性も垣間見える絵になったので、このまま採用し、画像ソフトで少し手直しをして、SNSにアップしたのだ。


 しかし、どういうわけかAIが描く絵には、必ずその黒猫が描かれるようになったのだった。

 街中、温泉街、職場、学校、海、ベッドルーム、窓辺などどんなシーンを描いても、必ず黒猫がこちらを睨むように見ては、じっと佇んでいるのであった。


 プロンプトには「ネガティブプロンプト」というものがあり、生成して欲しくないものを指定すると描かれなくなるのだ。このネガティブプロンプトに黒猫を指定したのだが、それでも黒猫は生成されたのだ。

 AIのバグではないかと思い、普段利用しているものとは別の画像生成AIで画像を作成したのだが、やはりそこでも同じ黒猫が生成され、こちらを睨んでいた。


 さすがに不気味さを感じた俺は、SNS上で毎回黒猫が生成されてしまうことを投稿した。

 すると、あるフォロワーから「それはローブではないか?」と投稿があった。聞きなれない単語をネットで調べてみると、興味深い記事が出てきた。


 ローブ。AIによって生成された特定の特徴を持つ謎の女性のことであり、いつまでも消えることなく、繰り返し生成される。その姿は年配の女性の姿をしており、頬には歪な形の赤い酒焼けが浮かび上がり、打ちひしがれた表情で、こちらをじっと見ている。その画像があまりにも不気味でグロテスクであり、またはっきりとした生成要因が不明であることから、デジタルの悪魔、AIに取り憑いた女性の怨念などと言われている。


 俺の画像に現れた黒猫は確かにこのローブの成り立ちと似ていた。指示してもないのに繰り返し現れる黒猫は一体何なのか。そして何を伝えたいのか。

 「ローブ猫」は、俺の画像にしか現れなかった。SNSへの反応は様々だった。「呪われたな」、「AIのバージョン4.5なら再現しないはず」、「理解不能の行動がAIらしい」、「どうせ話題作りで加工したんでしょ」、「嘘松乙」、「嘘松とか懐」。SNS上の反応は冷ややかなものが多くなっていた。


 ローブ猫は次第に大きく描かれていくようになっていた。最初に描かれたローブ猫は、少女の足元にいただけだったが、画像生成するたび、ローブ猫は画面上に占める比率を少しづつ侵食していき、今では少女よりも大きく描かれている。

 そしてついには少女も描かれなくなり、あの「寄せ絵」で構成された不気味なローブ猫が生成されたのだった。


 ローブ猫は、中央でこちらをじっと睨むようにして佇んで座っている。しかしローブ猫をよく見ると、無数の猫の身体が絡み合い一つの猫の姿が描かれていた。どす黒い色をした心臓、大腸、目玉、舌、筋肉、胃などが猫同士の隙間に埋まっている。

 模様に見える白い毛は、よく見ると骨であり、その骨を中心に全体を俯瞰してみると、猫の骨格が浮かび上がってきた。


 深く窪んだ眼窩には、黒猫で構成された双眸と、横たわった無数の金猫で構成された冥々とした虹彩が埋め込まれており、その不気味な目玉で俺を冷たくじっと見ていた。


「これが『死神の使い』か……」


 気づくと俺は、いつか誰かが投稿したものと同じ内容をSNSで投稿していた。

 気配を感じ振り向くと、そこには現実世界に、本当にローブ猫が無言でこちらをじっと凝視して佇んでいたのだった。


 驚いた瞬間、ローブ猫は「ニャアアアアア」と、この世の猫とは思えない闇のように低い声で鳴いた。


 そして全身に激痛が走ったと感じた瞬間に、何もかも全てが消えた。



 これが『死神の使い』か。




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