第16話 君に見せたかったもの

 大会当日。


 僕は2日前の晩と昨日の晩に、セルフタンニングローションを使って、肌を黒く仕上げてきた。


 大会当日の朝にローションを落とす。ムラなく仕上がったことに安堵した。


 色は簡単には落ちないが、出来るだけ肌が擦れないように気をつけて会場に向かう。


 会場では、受付で選手登録カードやアンチドーピング講習受講証を出し、衣装に着替える。


 ボディビルの衣装はビルパン、ビルダーパンツだ。準備していた横幅5cmの競技団体公認ビルパンに着替える。


 自分のクラスのスケジュールに合わせて、持参したチューブで筋肉をパンプアップさせる。人によってはダンベルを持参している。控え室が熱気で溢れ出す。


 まずはピックアップ審査だ。参加者40名から、予選に進む12人に絞られる。僕はステージにあがる。


◆◆◆


「リラックス。…ターン、トゥザ、ライト」


 ステージにマイクの音声が響く。指示に合わせて選手全員が同じポーズを取る。ピックアップでは基本4ポーズのみを審査する。


 どれだけ準備してきても、ここで落ちたら予選も、用意してきたフリーポーズもなしで解散。厳しい世界だ。


 凛が観客席で応援してくれている。駿と葵も来てくれている。今日が本番なんだ。この日のために筋トレしてきたんだ。


 1週間前からカーボディプリートをして、カーボアップ、軽めに塩抜き、水抜きをやった。


 これ以上ない仕上がりだ。僕の人生で一番キレてる体になっている。体調もいい。


 ピックアップ審査が終わり、控え室に僕の通過を書いた紙が貼られた。次は予選だ。


 ◆◆◆


 予選は12人。順々とポーズが指示される。たまに選手の位置入れ替えが指示される。審査員の角度によって見にくいことがあるからだ。


「フロント。ダブルバイセップス」


 規定ポーズ審査が進む。


「モストマスキュラー」


 僕は最後の規定ポーズを取る。


「ラインナップ」


 僕はステージの奥に行き、他の参加者と並ぶ。この後、続けて予選のピックアップ審査が行われる。この時間に審査員がピックアップする選手を選んでいる。


 選手はリラックスのポースで待機する。リラックスと言っても力を抜いているわけではない。これもポーズだ。


 この後、選手が呼ばれる。ファーストコールと呼ばれる最初のコールで呼ばれる選手は優勝候補であり、高い順位になることが多い。


 67番を呼んでくれ。67番だ。


 体が疲労してくる。控え室からウォーミングアップをして、パンプアップ。そこからかなりの時間が経っている。ステージ上では常に筋肉に力を入れる。リラックスポーズでも気を抜くことはできない。


「ファーストコール」


「67番、79番、80番」


 僕はファーストコールに選ばれた。


 前に出て、指定されたポーズを取る。ファーストコールに呼ばれた喜びと緊張が入り混じりながら、ポーズを1つ、2つと行う。


「67番ーーー! お前が1番デカいぞーー!」

「67番!肩のメロンが育ってるーーー!」


 駿と葵が観客席から声援を送ってくれている。彼らの支えがあったから、ここまで来れた。力がみなぎってくる。


 ファーストコールの審査が終わる。僕はステージの奥に行って、リラックスポーズを続ける。


 セカンドコール、サードコールと審査が進んでいく。僕は奥でリラックスポーズのまま待機した。


「…以上で予選審査を終わります」


 予選審査が終わり、僕はステージを降りる。


 ファーストコールに呼ばれたから、予選は突破できているはずだ。しかし、緊張と疲労で現実感がない。


 控え室に戻り、体を休める。


「涼!ファーストコールだったな!優勝できるぞ!」


 スマホを見ると、駿からメッセージが来ている。


 駿はサポーターパスを買って控室に来てくれると言っていたが、駿の彼女である葵も応援に来てくれるので僕が断った。1人しか控え室に入れないからだ。


 僕は口を湿らす程度に水分を取る。大丈夫だ。僕は勝てる。


 ◆◆◆


 決勝進出の紙が控え室に貼られる。


 次はフリーポーズだ。


 僕は凛が好きだと言っていた曲を選んで提出してある。彼女には内緒のままだ。


「67番」


 僕はステージに立つ。


 曲が流れ出す。凛の少し驚いた顔が目に映った。


 ポーズは11個。スローなバラードに合わせていく。


 目線、表情、指先まで集中する。


 僕の強みであるバックの広がりがアピールできるように、バックラットスプレッドから下への動きに繋げる。


 三角筋メロンが好きな凛のために、サイドレイズでひたすら追い込んだ三角筋を、フロントラットスプレッドでアピールする。


 2年3か月の成果をここで出し切る。この瞬間のために努力してきた。


 凛の心配そうな顔が見えた。大丈夫、必ず君を笑顔にするから。


 最後に腕を広げて、お辞儀をした。僕のフリーポーズが終わった。これで審査はすべて終わりだ。

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