第11話 ヘイ、ユーザー

「トレン1000、テスト500、EQ500…」

「PCTはHCGと…」


 ジムの休憩所で、遠くから声が聞こえてくる。


「あぁ、ユーザーの会話だね」


 僕が不思議に思っていると、駿が教えてくれた。ユーザーってステロイド利用者のことだったな。


「やっぱり身近にも使っている人多いんだね」


「ナチュラル団体でもドーピング8人出たって話題になってたしなぁ」


 駿が言ったことは、僕も最近ネットで見たことがある。ドーピングを禁止している団体なのに大量に陽性が出たらしい。筋肉界隈では大騒ぎとなっていた。


 ドーピング検査があるとはいえ、今まで実際に検査されるのは上位陣だけだった。ドーピング検査は10万ほどかかるらしく、主催者側も実施が難しかった。が、簡易検査の導入で一気に検出された。


 検査される可能性があっても、検出されないように一時的に抜いてから大会に出場する人もいる。


 アンチドーピング講習が義務つけされていても、バレたら罰金40万でも、使う人は使う。僕はステロイドに心を惹かれたこともあるので、ユーザーの心境を少し理解できる。人間、誰だって楽な方に逃げたくなるもんだ。


「自分の身体だし、ステを使うのは自由だけど、ドーピング禁止の大会ではルールを守ってほしいよな」


 ドーピング検査で検出されたのは氷山の一角だと言われている。これから僕が出場する大会でも、隠れユーザーがいるかもしれない。そう思うと不安になる。


 ただ、僕には凛との約束がある。ステロイドを使わないという約束だ。


「お金があるなら、ユーザーもああやって自分でメニューを考えて自己注射じゃなくて、病院の筋肉増強外来に行くんだろうけどな」


 彼らは個人輸入で購入しているらしい。副作用も自己責任だけど、違法ではない。


「病院だと月10万以上。自己注射だと5万もしないけど、どちらにしても筋トレにかかる費用としては高いな」


「高っ!?」


 そんなにかかるのか。筋肉にはお金が詰まっている。


「駿はステロイド使っていたことあるの?」


 ステロイドにも詳しい駿に、僕は聞いてみた。


「知り合いにユーザーがいてさ。でも、副作用で筋トレができない体になっちゃったんだ。性機能にも影響が残ったらしい。身近な人でショックだったから、俺は使ってないよ」


 駿はステロイドの副作用を身近で見ていた。それが理由で使わないというのは、納得できる。


「ステロイドを数種類スタックして、ケア剤を何種類も。スケジュール管理して、注射は針を根本まで刺して筋肉注射。血液検査なしだと副作用に怯えながら暮らさないといけない。あれはあれで楽な道でもないよ」


 注射が嫌いな僕には到底無理な話だ。医者でもないのに自己注射とかどこで学ぶんだ。ネットか?


「彼女さんはナチュラル希望なんだろ?涼がステ使おうとしたら止めてやるからな」


「そのときは頼む」


 僕たちは拳をぶつけた。


 ゾンビになったら殺してくれ的な映画のシーンを思い出した。

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