第19話 迷宮からの声
「邪神?」
俺とギルドマスターの視線を受けて、エルデバインは肩をすくめる。
「“沈黙のダンジョン”の方角で強大な魔力反応が検知されたのは事実だが、それが聖なるものか邪なるものかは調べてみなければわからない」
俺は“金床亭”で聞いた話を思い出す。そいつが“沈黙のダンジョン”に何百年も封印されていたと、司祭が言っていたんだったか。
俺もそのまま信じたわけじゃない。教会が、あるいは“天の狩人”が意図的に流した噂だと考えなかったわけでもない。でも、その邪神の名が“
「それと俺とに、なんの関係が?」
「関係があるのかを調べるのが目的でもあるんだよ。君の“天恵職”は、数十年に一度しか出ない未知のものだ。ときを同じくして発生した異常事態と結びつけて考える者は多い」
言ってることがおかしいな。さっきは俺の“天恵職”を司る神だと断言していたというのに。
そもそも……。
「“半獣の
「なに?」
「
エルデバインを送り込んだのは教会以外の勢力か、教会が別の理由から興味を持つに至ったか。
俺が考えてもしょうがない話だ。
「とにかく、断りますよ。“沈黙のダンジョン”の深部攻略なら推奨は
「当然だが、わたしの方で万全の支援を用意……」
俺は最後まで聞かず鼻で
「用がそれだけなら、帰らせてもらいますよ」
エルデバインは止めようとしたが、ギルドマスターとカエラ嬢に睨みつけられて溜息を吐く。
「わかった。今日のところはあきらめよう」
ドアを開けた俺の背に掛けられたのは、手を引く気はないという意思表示だった。
◇ ◇
真夜中を過ぎた頃、俺は“沈黙の森”に足を踏み入れる。
強引な話し合いから四日。その後の接触はないまま、ギルドマスターからはエルデバインが領府を立ったとの報告があった。
俺はギルドの狩猟採取依頼を淡々とこなし、真面目に地道に日銭を稼いでいた。監視の目を欺き、ほとぼりが冷めるのを待つチンピラ時代の
ちょうどいいことに、今夜はシェルが仲良くなった友達の家に泊まることになっている。その子の両親は
静まり返った森の小道を抜けて、ダンジョンに向かう。近づいてくる魔物の気配はないが、代わりにおかしな気配を感じるようになってきた。
「……クソが」
俺はボソリと吐き捨てる。ダンジョンの奥深くから、“声に似たなにか”が聞こえてきていたからだ。 真っ暗な森の小道を進むたびに、“ガンスリンガーの神”の声はますます強くなる。言葉としてではない。それは、ただの意思。いや、命令か。
“神威を、示せ”と。
歩くこと
周囲には魔物の気配も、ひとの気配もない。当たり前だ。よほどの阿呆か酔狂でもない限り、こんな深夜にダンジョン攻略をしようなんて冒険者はいない。迷宮の内部には昼も夜もないが、そこまでの
名前:バレット
天恵職:
所有ポイント:29P(LV3の必要ポイント:64P)
所有弾薬:10(弾薬購入ポイント:1P/一発)
所有弾薬:7(弾薬購入ポイント:10P/一発)
ようやく貯まったポイントを消費するたびにストレスを感じるのは守銭奴として生きた前世の業か。
この出費を回収できるかは考えないようにして、どちらの銃もフル装填する。
ダンジョンの入り口に立つと、ヘタクソな口笛みたいな音が聞こえてくる。迷宮内部から吹き上げる風鳴りだが、人狼の鼻はそこからわずかな死臭を嗅ぎ取る。
入ってすぐ、迷宮の風景はまた鬱蒼とした昼の森に変わる。初心者はこれで混乱したすきを狙われるらしいが、あいにくバレットは
「……ッ!」
音もなく飛来してきた矢を避けて身を伏せ、全力で木立の陰に入る。
昼とはいえ樹幹にさえぎられて森のなかは暗い。視界に頼らず音と匂い、そして気配を探る。
近くに感じられる気配はふたつ。飛んできた矢は四本。前衛が二人に、後衛が最低でも四人……いや、冒険者であれ暗殺者であれ、ダンジョンに入るなら魔導師のバックアップは必須だ。総数で十人近くはいると思っておいた方が良い。
相手は手練れだ。驚くほどに気配が弱く、移動も攻撃も声を出さず音も立てない。それでいて連携も取れているのだから、プロの戦闘集団だろう。
面倒な相手に目をつけられたもんだな。
「アオオオオオォーン!」
俺は木陰に隠れたまま、人狼の遠吠えを響かせる。
獣人はその名の通り、
ダンジョン内で息をひそめていた魔物たちが、俺の咆哮に呼応して向かってくるのがわかった。包囲しようと動き出した連中に緊張が走り、気配の隠蔽が乱れる。
その隙に移動した俺は、葉陰が厚い木を選んで隠れながら登った。
「くッ!」
後衛から放たれた矢が降り注ぐが、倒した端から別の魔物が近づいてくる。木立と茂みに隠れて姿は見えないが、特徴的な臭いと息遣いで
ゴブリンは群れの最小単位である五体なら
それが、いくつも向かってくる。
「“
「“
いきなり下が騒がしくなってきた。派手な攻撃魔法が飛び交い、剣戟音が響く。敵集団は十人どころか、俺の目に入るだけでも二十人近くいる。
あんなのとまともに当たっていたら、あっさり殺されて終わりだったな。拳銃なんてもんは、威力があろうとなかろうと対多数の戦闘じゃ威嚇以上の効果はない。
「さて、と」
あたりが静かになってきたのを確認して、俺は静かに木から降りる。迷宮の森に転がっているのは、死んだ魔物と、男たち。あるいは瀕死のそれと、わずかな手負いの生き残り。
俺が示してきたのは。これから示そうとしているのは、本当に神威なんだろうかと。
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