野良犬ガンスリンガー ――転生したから今度こそ平和に暮らしたいのに、死を望む神が俺を逃がしてくれない――

石和¥「ブラックマーケットでした」

第1話 悪意の覚醒

「あなたの“天恵職”は、“ガンスリンガー”です」


「あ?」


 いきなり見知らぬジジイからワケのわからんことを言われて、俺は思わずチンピラじみた声で応える。

 長い眠りから無理やり叩き起こされたような感覚。いや、記憶がよみがえったのか。人狼の少年バレットのなかに、“俺”という存在が目覚めた。


 かつて騙し合いと殺し合いの世界で生きてきた老いぼれの“俺”と、十五歳成人を迎えたばかりのバレット。ふたりの記憶と意識が二重写しになって揺らぎ、混じり合ってゆく。


「……ウソだろ、おい……」


 まさか俺が、剣と魔法ソード&マジックの世界に生まれ変わるとは。

 それも獣人セリアンスロープの子供で、職業が“銃器使いガンスリンガー”? いったい、なんの冗談だ。


「なにか不満でも?」


 呆れて首を振る俺に、司祭が硬い声で訊いてくる。

 周囲の目があるので態度にこそ出さないが、人狼こちらを蔑んでいるのは手に取るようにわかった。


不満それ以前の問題だろうよ。……だいたいアンタ、“ガンスリンガーそいつ”がなにか知ってンのか?」


 小馬鹿にしたような“俺”の口調に、司祭が不快そうな顔をした。獣人ごときが不遜な口をと思われたのだろうが、知ったことか。


「知るわけがないでしょう、半獣の生業なりわいなど」


 唇をゆがめて見下ろす司祭はもう、獣人への差別意識を隠そうともしない。


「おいおい、知りもしないことを偉そうにウタってンのか?」

「神の声は伝えました。早く立ち去りなさい」


 犬でも追い立てるように儀式の列から放り出され、俺は改めて周囲を見渡す。

 礼拝堂のような場所に、司祭と子供たちが四十人ほど。


「ここは……?」


 メルデ王国北西部、コンドミア子爵領の領府にある教会。戸惑う俺に、バレットの記憶が教えてくれた。

 この国では十五歳になると、各領地の教会で“天恵の儀”を受ける。司祭が魔法の水晶玉で、それぞれの“天恵職”を鑑定してくれるのだ。


 “天恵職”というのは、ひとより優れた資質。ひとより秀でた力のことだ。向き不向きなどという話ではなく、地道に努力を重ねるよりもずっと早く、ずっと簡単に、ずっと確実に能力が上がる。

 だから、誰もが生業なりわいとして、スキルを生かした職業を選ぶ。よほどのことがない限り、“天恵職”と無関係な人生を歩むことはない。


 実質、この場で人生が決まる。


「今度の人生も、ずいぶんろくでもねえもんになりそうだな……」

「にーたん、“天恵職”なんだったにゃ~?」


 ため息を吐いた俺に駆けよってきたのは、猫獣人の女の子シェル。“バレット”と同じ孤児院で育った妹分だ。まだ七歳なので儀式とは関係ないのに、俺がどんな“天恵職”をもらうのか気になってついてきたようだ。


「“銃器使いガンスリンガー”だとよ」

「……それ、なんにゃ?」


 まあ、わからんだろうな。鑑定した司祭でも知らんくらいだ。

 バレットは、ガンなんて見たことも聞いたこともない。この世界は魔法のせいで、医学と化学がひどく遅れているようだからな。

 これまでも、たぶんこれからも。この世界に銃など現れない。“銃器使いガンスリンガー”なんぞ、いるわけもない。


「おい、獣人がいるぜ?」

「ケダモノくせえんだよ! さっさと出てけ!」


 儀式を受けていた子供たちが、俺とシェルを見て罵ってくる。バレットの記憶によれば、領府によくいる獣人差別主義者たちだ。連中は徒党を組んで“天の狩人”を名乗っており、その元締めは教会だというから呆れるほかない。

 苛立った俺は思わず殺意を込めた視線を向ける。


「ひッ!」


 蒼褪めて逃げ出すガキどもを見ても、なんの感情もわかない。まったく、未開世界ってやつはどうしようもねえな。


 そうやって憎み蔑み貶める獣人や亜人たちにまで、国や教会が“天恵の儀”を受けさせるのは当然ながら善意や権利意識からではない。“天恵職”を得たものは今後、大人として各種の税が課せられる。法的にも心情的にも子供としての扱いはなくなり、孤児院からも追い出される。

 国や教会が保護を打ち切る、いわば“手切れ金”のようなものだ。


 その間にもグダグダと儀式は進み、子供たちはひとりずつ“天恵職”を与えられて一喜一憂する。

 “農夫ファーマー”、“鍛冶師スミス”、“猟師ハンター”、“大工カーペンター”、“商人マーチャント”、“樵夫ロガー”。

 街の子たちにはよくある平凡な職が告げられ、俺のなかのバレットがうらやましがる。バレットが望んでいたのは、そういう“ふつうの職業”だったみたいだからな。

 ご愁傷様、ではあるが無理な願いだ。市井しせいで住民と触れ合う職業を獣人が授かったところで、客や市場に受け入れられることはない。


 ひと通り済んだ後は、身なりと体格が違う子供たちの番になった。

 “細剣士フェンサー”、“盾使いシールダー”、“槍使いランサー”、“弓使いアーチャー”など、冒険者向けの職業が続く。

 噂によると、親の職業に近いものを授かることが多いらしい。本当かどうかは知らない。バレットは両親がどんな“天恵職”だったのかも知らないから、本当でもウソでも、どっちでもいい。

 義妹と幸せに暮らせる職業なら、なんでも。


 小一時間ほどで、全員が“天恵の儀”を受けた。いくつか重複もあったが、当然ながら“ガンスリンガー”なんてもんはない。


 儀式の終了が告げられ、司祭は子供たちの前で簡単に祈りをささげる。


「では、みなさん。最後に、神への感謝を」


「「「感謝を」」」


 子供たちは、そろって手を合わせる。俺もそれにならうと、目の前に光る板が現れた。周囲の子供たちもキャーキャーと喜んでいるが、俺に見えるのは自分のものだけ。どうやら他人には見えないらしい。


「いま、目の前に“天恵の掲示板ステータスボード”が現れたはずです。そこに示される“天恵神託オラクル”に従えば、やがて“天恵神器セイクリッド”を得られることでしょう」


 なるほど。司祭のほざいた理屈はわからん。納得もいかんが、やるべきことは理解した。

 ……問題は、だ。


名前:バレット

天恵職:銃器使いガンスリンガーLV0

天恵技能スキル:――

天恵神器セイクリッド:――

天恵神託オラクル:獣の死を捧げよ


 これが、ホントに神なのかって話だ。

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