第20話 痛感


 「くそがっ! 温室育ちの貴族なんかに負けてたまるかよ!」


 「随分な言いようね」


 『毒蜘蛛』のボスが酷い事を言いながら、襲い掛かってくる。まあ、貴族ではないけれど、温室育ちというのは間違ってないわね。


 異世界と比べたら日本は温室でしょう。勿論それなりに苦労はしてきたけど、こんな殺し殺されの世界ではないわ。少なくとも一般人は暴力なんて無縁な世界で暮らせるもの。


 『毒蜘蛛』のボス、略してドクオは懐から短剣を出して私に接近してくる。私はそれをウロボロスで迎え討とうとした。


 「あら?」


 「なにぃ!?」


 ドクオとぶつかる瞬間、真後ろから襲われた。私は自分に常時結界を張ってあるから、それを防げたけど、びっくりしたわ。全く気配も感じなかったし。


 「不思議。ドクオが二人いるわ」


 「お前! なんで防げた!?」


 「言うわけないでしょう」


 結界に助けられただけだけど。油断してたつもりはなかったけれど、これは初見殺しすぎないかしら?


 ドクオは私が攻撃を防いだカラクリが分からないのか、警戒して突っ込んでこない。すると、二人いたドクオのうち、一人が消えた。


 「なるほど。制限時間付きの分身かしら? 面白い才能ギフトを持ってるのね」


 「ちっ! 種が割れちまったらしょうがねぇ! 卑怯なんて言うなよ! ここからは2対1で相手させてもらう!」


 「言わないわよ。殺し合いなんて勝った方が偉いのだから」


 ドクオはそう言うと、また分身を生み出して私に襲い掛かってきた。クールタイムとかないみたいね。分身を生み出せる時間は短いけど、何度でも魔力切れにならない限り生み出せる感じかしら?


 それに分身の方も本体が操ってる訳じゃなくて、独自に動いてるように見えるし。中々良い才能ギフトよね。


 「うん?」


 「これでもダメなのか!」


 2対1でドクオを相手してると、また不意に背後から攻撃された。これも結界で防いだけれど、分身は一人しか生み出せない訳ではないみたい。後ろを見れば、新たに二人ドクオが増えていた。


 これ、分身を生み出す瞬間を見抜けないから、厄介な能力よね。結界がなかったらあっさり死んでたわ。


 お灸を据えてあげましょうとか、イキってただけに少し恥ずかしい。こういう初見殺しの才能ギフトもあるって分かっただけでも、今回の戦いは有意義になったわね。


 「でも終わりよ」


 「何!? ぎゃぁぁぁぁあっ!」


 「分身は痛覚がないみたいね」


 戦いながら結界を操作するのは疲れるわ。常時張ってるだけなら気にならないのだけれど。


 戦いながらようやくドクオを結界で覆えたから、そこからいつものように圧縮して手足を潰す。本体と分身の見分けがつかないから同じように潰したけど、分身は無表情で倒れている。そして、少ししたら消えた。


 「うーん。私もまだまだね。向き合ってのちゃんとした対人戦は初めてだったけど、才能ギフト頼りで自分の拙さを痛感させられたわ」


 「お姉さん、終わったっすかー?」


 ドクオを見下ろして反省してると、カゲオが見計らったように声を掛けてきた。実際タイミングを見計らってたんでしょうけど。


 「これ、生かしておいた方が良いでしょ?」


 「そうっすね。その方が助かるっす。聞きたい事はいっぱいあるっすし」


 私がドクオを指で指すと、カゲオはお礼を言って影で拘束し始めた。ほんと便利な才能ギフトだわ。ドクオもそうだし、面白いのがいっぱいあるわね。


 私もせっかく街に来たんだし、教会に行って乱数の女神にお願いしてから才能球を使おうかしら。かなりの低確率みたいだから、恐らく何も得られないでしょうけど。


 裏組織を一つ潰す善行をしたんだし、もし神様がいるのなら報いて欲しいわね。


 まあ、乱数の女神はかなり気まぐれで、物欲センサーには敏感だから。俗物思考の私には微笑んでくれないかもね。


 「まっ、とりあえずは戦利品の回収といきましょうか。金目のものが多くあると嬉しいのだけれど」

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