『鏖殺』のジャスミン

Jaja

第1章 異世界ヴァーラン

プロローグ


 「と、とまれぇ!」


 ゼウルス王国エテナ公爵領。

 魔境と呼ばれる高ランクの魔物が跋扈する森が徒歩一週間ほどの距離にあり、冒険者達が大勢滞在していて、ゼウルス王国でも屈指の栄えた城塞都市。


 毎日のように都市には冒険者や商人が、やって来て、そこを守る門番の衛兵も精鋭揃いだ。


 いつも賑やかな魔物からの侵略を阻止する外壁付近が今日は静まり返っている。精鋭の衛兵も少し緊張した面持ちで、目の前の存在に剣を向ける。


 漆黒をベースとした毛並みに、雷の模様の様な金色の毛。虎の様な見た目だが、背中には白い翼が生えている。全長は3mぐらいあるだろうか。


 その佇まいはどこからどう見ても高ランクの魔物。そんな魔物が人がたくさんいる外壁付近に出現したら、いつもなら問答無用で討伐対象である。それが出来るかはさておいて。


 そんな魔物が出現してるのに、衛兵がすぐに討伐に動こうとせずに声を張り上げて、剣を向けてるだけにしてるのには理由がある。


 なんとその魔物は馬車の様なモノを引いているのだ。虎みたいな魔物が引いてるので、虎車と言うかもしれないが。


 しかもその車体はかなり豪華だ。王族がなる馬車でも、もう少し控えめなのではないと言うぐらい、綺麗な装飾をされている。豪華なのだが下品ではなく、作り手のセンスの良さが伺えた。


 そして極め付けは御者がいない。通常の馬車なら馬を操る人間がいるものだが、この虎車? にはそれが存在しないのだ。


 「ガルルッ」


 「っ!?」


 虎の魔物が唸り声を上げて、剣を向けてる衛兵が息を呑む。既にかなりの野次馬や、衛兵が集まっているが、全員がこれからどうなるのかと固唾を飲んで見守る。


 「ダメよ、ハーヴィー」


 その時だった。虎車の扉が開き、中から一人の女性が出てきたのだ。


 「グルルゥ」


 虎の魔物は女性が出て来ると、先程の威嚇するような唸り声とは違う甘えた様な声を出して、女性に近寄る。


 「やっぱり目立つわねぇ。まあ、時間の問題だったでしょうから、良いんだけど」


 女性は甘えてくる虎の魔物を撫でながら周りを見渡して呟く。


 「う、美しい…」


 衛兵は職務を忘れて、出てきた女性の美貌に見惚れていた。貴族が着るような仕立て良さげな黒い服。


 しかしかっちり着ている訳ではなく着崩していて、胸元を強調し、短いスカートからは太すぎず細すぎない脚をこれでもかと言うほど見せつけている。黒いタイツを履いているが、それが妙に欲情を唆らせる。


 女性はひとしきり虎の魔物を撫でた後、踵の尖った靴をカツカツと鳴らしながら、衛兵に近付いていく。


 見惚れていた衛兵だが、ギリギリで理性を取り戻して、キリッとした顔をして女性に向き合う。


 「街に入りたいのだけれど」


 「身分証はお持ちでしょうか?」


 衛兵は頑張って胸に目を向けないようにしながら、職務を遂行する。しかし目を背けた場所が女性の顔の為、結局顔は真っ赤である。


 「ないわ。お金を払えば入れるんでしょう? 後でどこかのギルドで作る予定よ」


 「かしこまりました。それでは銀貨一枚を頂戴します。それとあの魔物ですが…」


 衛兵は女性から銀貨を受け取り、チラリと後ろに目を向ける。そこには暇そうにその場に寝転がって毛繕いしてる虎の魔物がいた。


 「ハーヴィーの事? 従魔よ。問題ないわよね?」


 「はっ。問題はありませんが、その…。一応従魔が問題を起こした場合は、飼い主の責任になりますが、大丈夫でしょうか?」


 「大丈夫よ。ハーヴィーは賢いもの。でも向こうからちょっかい掛けられたら、どうなっても知らないわよ?」


 女性は美しい笑みを見せながら、衛兵に言う。見惚れるほどに美しかったが、目が笑っていない。衛兵はゴクリと唾を飲み込んだ。


 「このエテナの都市には他にも従魔がいますが、人々には改めて周知徹底しておきましょう」


 「そう。助かるわ。ありがとう。それと、従魔も泊まれる宿を紹介して欲しいのだけれど」


 「分かりました」


 女性は再度お礼を言って、虎の魔物の方へと向かう。そして、次の瞬間。目の前の小さな虎車が、消えてなくった。


 「ア、アイテムボックス!?」


 衛兵や周りで見ていた冒険者と商人は驚く。アイテムボックスは、ダンジョンで宝箱からの極小確率のドロップを狙うか、かなり容量の小さい劣化品しか存在しないと言われているからだ。小さいとは車体とはいえ、簡単に虎車を収納したのをみて、本物ではないのかと、周囲は色めき立つ。

 

 過去には完全なアイテムボックスを製作した錬金術師がいると言われているが、普通はダンジョンからのドロップ品である。現在世界で確認されてるだけでも10個未満のモノが目の前にあるのだ。


 中には明確に悪意のある視線を向ける商人や冒険者もいた。


 「ふふふ。楽しくなりそうね」


 しかし女性はそんな視線を向けられているのを、知ってか知らずか、楽しそうに笑いながら虎の魔物と共にエテナの都市に入っていく。


 それを見た衛兵はこれからかなり面倒な事になるんだろうなと思いながら、少し遠い目をする。しかし、すぐに切り替えて職務を再開した。



 これはとある頭のネジが外れたOLが、ひょんな事から異世界に転生し、相棒のハーヴィーと共に好き放題楽しんでいく物語。

 

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