第134話 末広がりの授業料。


 ま、まあいい……。

 とっととメガネくんの魂を取り戻して帰るか……。


「ところで城ヶ崎じょうがさき様、オーダーは何になさいますか?」


 ユウポンさん(岩田いわた先生)は、俺の前にメニューを広げた。

 あんま金持ってきてねえんだよな……。


 一番安い……やつでもケッコーするな。

 ぼったくりじゃないのこれ?


「じゃ、じゃあ……『お任せジュース(800円税込み)』を」


「かしこまりました! 今から魔法の力で持ってきますね!」


 しゅ~! と言いながら、ユウポンさん(岩田先生)は奥に走っていった。


(……慣れすぎだろ……)


 何なのあれ?

 しゅ~! って。魔法の効果音か?


 もうメイドさんじゃん。楽しんでるじゃん。本職じゃん。

 いっそのこと転職すれば?


「お待たせしました~」


 ユウポンさん(岩田先生)が『お任せジュース』をテーブルに置いた。

 特に怪しいところがない、エメラルドグリーンのジュースだ。


「お任せジュースが、もっともーっと美味しくなるように、今からワタシが魔法をかけますね!」


 え、何する気? 恐いんですけど。


「行きますよ~」


 ちょっと待ってちょっと待って!

 まだ心の準備が出来てない――、


「萌え☆パワー☆」


 注☆入☆ と言いながら、ユウポンさん(岩田先生)はお任せジュースを指でバキュンと撃つ仕草をした。


「はーい、これでお任せジュースが美味しくなりましたよ~。召し上がれ~」


 …………だから慣れすぎですって。

 本職じゃねえか。

 完全にメイドさんじゃん。

 もしかして教師の方が副業?


「ほらほら遠慮なさらず、お飲みください城ヶ崎様」


 ユウポンさん(岩田先生)は向かいに座った。


「じゃ、じゃあ、いただきます……」


 俺はストローでちょっとだけお任せジュースを飲んだ。

 ……うん、ごく普通のメロンジュースだ……。


「あ、美味しいです美味しいです」


「それは良かったです~」


 ニッコリ言った後、ユウポンさん(岩田先生)は、気が抜けたかのように大きなため息を吐いた。


「疲れるわぁ……」


 と、ユウポンさん(岩田先生)は、素の声で言ったのだった。


「……えっ、もしかして無理してました?」


「別に無理なんてしてないわよ城ヶ崎くん」


 ユウポンさん(岩田先生)は、完全に岩田先生に戻ってくれた。


「こうやって可愛い恰好出来るし、ああいうキャラしてるのも楽しいしね」


 まあ確かに楽しんでるようにしか見えなかったな。


「それにメイド喫茶って、相手が居なくて財力に余裕がある男しか来ないと思ってね」


「へえ……。じゃ、じゃあ……岩田先生は相手を探すためにもメイドをやってるんですか?」


「あわよくば、ね」


 素っ気なく言うと、岩田先生は俺のお任せジュースを自分の方に引き寄せた。そしてストローでかき混ぜつつ、


「でもまるでダメね。外面が良くても『オレみたいなイケメンが来て嬉しいだろ』みたいな雰囲気出してくる奴とか、自慢ばっかする男しか来ないのよ。もう勘弁してよ城ヶ崎くん!」


「俺に言われても……」


 ここで、岩田先生はかき混ぜる手を止めた。


「ぶっちゃけ女の子に来てもらった方が嬉しいわ。お話ししてて楽しいし。この前なんか現役アイドルの人が来たのよ」


 そういえばメガネくんも言ってたな。女性アイドルがお忍びで来るほどだと。


「知恵もルックスも財力も揃ってる男なんて、なかなか居ないわよね」


「ま、まあ……。で、でも……居るじゃないですか、絵本の中には……」


 ギラリと岩田先生は目を光らせた。


「そうねえ~。絵本に出てくる王子さまって素敵よねえ~。ソイツと結婚しろとでも言いたいのかしらん?」


「め、滅相もございません!」


 岩田先生は俺にデコピンを放った後、お任せジュースをストローを使わずグラスに口を着けて豪快に飲み干した。


(ええええええ……?)


 八割くらい残ってた800円のジュースが無くなったんですけど。


「さて城ヶ崎くん、問題です。あなたが頼んだジュースは800円です。その二割をあなたが飲みました。残りの八割を私が飲みました。あなたの負担額はいくらでしょう?」


 負担額はそのまま800円ですが?


「はい時間切れ~。正解は160円です。もっと勉強するように」


 いやそれ俺が飲んだ量の金額ううううううううううう。

 俺の負担額は800円です。その八割をあなたが飲んだんです。


 え、もしかして飲んだ分を岩田先生が払ってくれるとかいう感じですか?

 だったら正解ですが?


「良かったわね城ヶ崎くん。たった800円で社会の厳しさを学べるなんて」


 それは本当に社会の厳しさなんですか?


「喉が潤うだけでなく脳も潤うなんて思わなかったでしょう?」


 すみません喉も脳も干からびました。潤ったのは主にユウポンの喉と懐です。


「まあこんな小さいことを気にしてるようじゃ人間としてダメよ城ヶ崎くん」


 できれば岩田先生も小さいこと気にせず生徒に鬱憤をぶつけないでください。


「で? 城ヶ崎くんはどうしてここに? やっぱりメイドさんに癒されにきたの?」


 あ、この流れアッサリ断ち切るのね。

 完全に俺が800円払う感じなんですね。


 まあいいや、ここに長居したくないし、さっさと話を進めるか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る