第82話 夢の国かもね


 奈良公園。の前に、まずは東大寺の観光。

 まとまった観光客はきよキラ高校の生徒の他に、年配の夫婦や外国人も見られた。

 入口で集合写真を撮ってから、決められたグループで動き出した。その中で二人組なのは俺とトアリだけだった。


「みんな子どもですねー。あんなにはしゃいで」


 盛り上がる他の生徒たちを見て、トアリは言った。


「まー大仏を見たい気持ちは分からないでもありませんが」


 やれやれといった調子のトアリ。


「しかし東大寺にも鹿が生息しているとはっ!」


 バッバッ! と鋭く速く動いて周りを見渡すトアリ。遠くの方には鹿の姿がチラホラ見られる。


「くう! 奴らの風下に行ってはなりません! 何せ乾燥した糞が微粒子となってこちらに飛来します!」


 トアリは薄い布を取り出して、風向きを調べた。


「あああああああ! 前方六十メートルあたりに居る鹿の風下じゃないですか! 城ヶ崎じょうがさきくん、向こうに移動しましょう!」


 指差した方向にも鹿の群れが。


「しまったあ! 向こうにも鹿が! 一体どうすれば!」


 さっきから忙しいな。


「ぐぐぐっ! だから嫌だったのです奈良は! 全く堪能できそうにありません!」


 いやこんなはしゃぐやつ初めて見たぞ夢の国以外で。楽しんでるように見えるけど気のせい?


「いーから行くぞ? 大仏とか見てレポート書かなきゃだし」


「くうう! 仕方ありません! 城ヶ崎くんを盾にして行きましょう!」


「はいはい……」


 トアリは俺の背中にピッタリついて、後に続いた。


「ふむ、これが金剛力士像ですか」


 東大寺南大門前に着いたところで、トアリが背中から離れた。二つの像が、迫力のある睨みを利かせている。


(……ん?)


 片方の頭に傷があるように見えるけど……シミか何かかな?


「しっかし、近くで見るとデカイな……」


「そうですね。城ヶ崎くん、気をつけた方がいいですよ?」


「は? 何がだよ?」


「よこしまなこと考えてる人を押しつぶすそうですよ? 像が動いて」


「ふーん……。じゃあ俺は大丈夫だな。よこしまなこと考えてないし」


 トアリはクスッと笑った。


「ですよねー。城ヶ崎くんはよこしまじゃなくて縦縞たてしま模様もようジーですものねー」


 ふざけるな。


「像にそのことを伝えておかなければなりませんね。ああどうか金剛力士さん、城ヶ崎くんはよこしまじゃないので、間違って潰さないようにしといてあげて下さい」


 何様だ。


「失礼なことを言う人かもしれませんが許してあげて下さい」


 それはおまえだ。


「ごらんの通り、普通なんです」


 やかましゃ。


「あっ、でも新技『金剛力士クロスレーザー』を放ちたければ城ヶ崎くんにどうぞ」


 何の話だ。


「おっと、風上に鹿の群れが! 城ヶ崎くんが悪いこと考えるから天罰が下ったんですよきっと! どうしてくれるんですか!」


 天罰が下った対象はおまえだ確実にな。


「ほらほら、早く移動して下さい!」トアリは俺の背中にピットリ付いて、「お次は奈良の大仏を見ますよ!」


「わーってるよ、ったく……」


 トアリを引き連れて、いよいよ奈良の大仏の元へ。


「お~」


 と、俺とトアリの声が揃った。


「こりゃまたでっかいな……」


「ですねー。ビルみたいですよホント」


 ふっふっふっと、聞き覚えのある笑い声が背後から近づいてきた。


「まったくあなたたちは、つまらない感想をするわね!」


 加藤かとう律子りつこだった。めんどくさい仁王像がここに完成した。


「この大仏様を見て他に何も思わないわけ?」


 加藤は大仏を背に、大きく手を広げた。


「見てごらん! 人間が虫けらに見えるほどの大きさ! 虫けらが微粒子に見えるほどの大きさ! 微粒子がとにかく小さな感じになる大きさ!」


 テメーも大きさのことじゃねえか。


「東京ドーム何個分か分からない大きさ!」


 使い方間違ってんぞ。おまえよくそれで清キラ高校の入試で全教科満点取れたな。


「さーて、素晴らしい感想も出たことだし、私はではの観光を楽しみます! では……フフフフフフ!」


 くだらねえよ。


「あはははははははは! あーおかしい!」


 とっとと行け。


「ではご機嫌よう!」


 加藤は自分のグループに戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る