第3話 最後の一人は?

 少々トラブルはあったけど、どうにかHRが始まる前に学校へ行き着けていた。


(ここが俺の学舎になるのか。三年間、ヨロシクな)


 校舎を見上げ、エリートになった余韻に浸ってから、俺は校舎に入った。


(えーっと、教室はA組……。おっ、ここか……)


 俺は教室のドアを開けた。

 自席には、見知らぬ男子が座っている。友達三人と盛り上がる男子にどう切り出せばいいか分からず、俺は教室の出入り口でまごまごすることしかできなかった。


「ああワリーワリー」俺に気付いたようで、席に座る男子は言った。「今日は入学式ん時とは違って決められた席じゃなくて、好きなとこに座っていいんだってさ」


「あー、そうか……。ありがとう……」


 男子に軽く手を振ってから、俺は空いている席を探した。


(仕方ない、あそこにするか……)


 窓際の最後列の席に着席した。右側には牛乳瓶の底ほど分厚い眼鏡を掛けた男子が教科書を読んでいる。前の二席では女子がダベっている。


(結構、友達が居る人多いな……)


 俺の中学からここに入学できたのは、この俺一人だけだったからなぁ……。他の人たちは塾か何かで一緒だった友達の集まりっぽい?


(まあ、例の課外授業で友達作れば大丈夫、かな)


 きよキラ高校の新入生は、初週に一泊二日の課外授業(京都・奈良)に行く決まりがあるのだ。しかしその課外授業、普通のそれとは一風変わっている。

 まず、担任の教師が知らない者同士のグループを編成する。生徒たちは課外授業で知らない人たちと行動していくことで、新しい繋がりを得るという算段が組み込まれた課外授業なのだ。

 それは俺のように清キラ高校に友達が居ない新入生が孤立しないためにと、学校側が近年設けたものらしい。


(大丈夫、大丈夫……)


 心の中で言い聞かせた時、それに同意するように窓から春風がそよいできた。

 と、ここで教室のドアが開かれ、黒スーツでばっちりと決めた美女が入ってきた。その女性……岩田いわた優美ゆうみ先生は、名簿を手でパンパンと叩いて教室を静める。


「はいはい。みんな静かにー」


 岩田先生の美貌に屈服してか、男子の方がより早く静まり、各々の席に座っていった。岩田先生は名簿を教壇の上に置くと、小さく頷きつつ教室を見渡した。


「みんな席は決まったようね。とりあえず席替えまではその席でいくから」


 言うと、岩田先生はふんわりカットされたショートヘアを耳にかけ、名簿に目を通し始めた。


「岩田先生~。僕と付き合ってくれませんか~?」


 男子の野次に、教室がドッと盛り上がる。岩田先生は名簿に目を通しながら「はいはい五年後にね」と至極冷静にかわすのであった。


「ええと、見たところ来てない生徒は一人……。やっぱり彼女ね……」


 仕方ないなと言わんばかりに岩田先生はため息を吐いた。

 欠席だろうか。そういえば入学式ん時に休んでた奴いたけどそいつかな。

 にしてもこんな時に欠席なんて、ツイてない奴だ。

 何せ空いているのは教壇の真ん前にある席のみ。来ていない最後の一人は、次の席替えまで一秒たりとも教師の目から逃れられないその席で過ごすことになるようだ。


「トアリちゃんの席もキープしてあげたらよかったかな?」


 岩田先生が連絡事項を告げていく最中、前の女子が右の女子にヒッソリとそう言った。


(……トアリ?)


 俺は前の女子二人のヒソヒソ話に耳を傾ける。


「通ってた塾の友達なの。ちょっと変わってるけどね」


「へーえ、どんな人なの?」


「それがさあ……」


 俺の前の女子が続きを言おうとした時だった。


「ちょっとそこ! さっきからヒソヒソヒソヒソ! 聞いているの?」


「あっ、ごめんなさい」と前の女子。


「岩田せんせー、あんまり怒ると美人が台無しですよ」とその右隣の女子が茶化す。


 教室に中くらいの笑いが起こる。


「まったくもう……」


 と、さほど怒った様子も見せず、岩田先生は連絡事項の通告を再開した。


「――連絡は以上よ。何か質問がある人は居る?」


 特に無い様子の俺たちを、岩田先生が確認し終えた。

 その時だった。

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