チートスキルなんていらない!

彩無 涼鈴

第1話 ダンジョンへ

 高校二年生の春。新学期を迎えた学生たちが新たな気持ちで登校する中、それは突然起きた。

 日本中を震度4程度の揺れが襲い、様々な場所に謎の空間が出現した。道路の真ん中、コンビニのトイレ、アパートの入り口など、それらは遠慮なく様々な場所に現れたのだ。見た目はまるで、光の届かない暗闇であるかのように、真っ黒な縦長の入り口の様であった。

 唐突な謎の現象に、日本中がパニックに陥った。勇気ある何人かが、その謎の入り口の様な物の中に入ったが、誰も帰って来ることはなかった。

 その謎の入り口に対し、誰も答えが出せないと思われていたのだが、ラノベを愛する有識者がそれをこう断言した。


 ――これはダンジョンだ、と。


 それを聞いて、なお自信のある者達が挑戦し始めたのは言うまでもない。

 なぜなら、ダンジョンには夢と浪漫が詰まっているから……。


 と、ネットでは騒がれているが、私にはそんな事はどうでもいい。

 高校生活のほぼ全てを使い、いつか来るであろうこの日の為に戦闘訓練をしてきたのだ。それが今試される時だ。

 ダンジョンの中にはきっとモンスターがいる。 

 今こそ、命を賭けた戦いが出来る!


 さあ、私もダンジョンに向かおう――!


 準備を整えるためクローゼットを開け……フリーズした。


 クローゼットの中は真っ暗な闇に覆われていた。

 つい先程まで見ていたネットの情報と同じ、ダンジョンのそれだ。

 

 だが、何も迷うことはない。むしろ外に探しに行く必要がなくなった。


 動きやすい服に着替え、武器はサバイバルナイフを持ち、ショルダーバックに携帯食料と飲み物、スマホを詰め込む。肩だけでなく腰でも固定できるので、結構動いても平気な奴である。

 髪は普段肩で切り揃えているのだが、最近美容室に行っていなくて伸びているため、邪魔にならない様に後ろで束ねておく。


 クローゼットの中には他にも色々な道具を入れてあったのだが、現状ではそれらがどうなったのかは確認出来ない。

 

 中には入るが深入りするつもりはない。中の様子を見て、どうにも無理そうであればすぐに撤退するつもりだ。


 クローゼットの中に入り込むように、真っ黒な闇の入り口をくぐる。


 黒い入り口の向こう側は、見たこともない洞窟だった。岩壁の所々に生えた苔が淡い光を放っており、それが洞窟内を明るく照らしている。


 背後を見ると、黒い入り口は健在していた。試しに顔を入れると自分の部屋が見えた。入ったら帰れないということはなさそうだ。


 警戒しながらしばらく進むと、奥から何か声が聞こえた。ただ、人の声ではなく、この世の物とは思えない汚い声だ。


 「ギャギャッ」という小汚い声を上げ、それは通路の奥から飛び出て来た。子供のような体躯に緑色の肌と醜悪な顔。周知されている雑魚モンスター、ゴブリンと言われている魔物だ。右手には小汚いナイフを持っている。


 ゴブリンは真っ直ぐこちらに向かって来た。


 いきなりだが襲い掛かって来るのなら、やるしかない。


 初めての戦闘、めっちゃワクワクする!


 右手に持ったサバイバルナイフを構え、ゴブリンを迎え撃つ。相手のナイフに交差させるように刃を交わらせ――次の瞬間、大きく飛び退いた。


 汚い笑みを浮かべるゴブリンの足元に、砕けたサバイバルナイフが転がっていた。


 ゴブリンの持つナイフは見た目が古臭く、刃もボロボロだ。なのにこちらのナイフの方が負けた。何か特殊な素材で作られたナイフなのだろうか?


 「グギャー」と再び声を上げて襲い掛かって来る。ただ突っ走って来るだけの単純な動きではない。壁から壁に跳び回りこちらを翻弄してくる。


 ゴブリンの一般的な認識は、最弱な雑魚モンスターだろう。だが、これはただの人間である私達からしたら、油断なんて出来ない十分脅威な存在だ。


 何度も繰り出されるナイフを躱すが、見切れていないため徐々に体のあちらこちらに傷が増えていく。

 だが、攻撃の癖は分かってきた。

 次でいける!


 ゴブリンは真っ直ぐに突進、と見せかけて途中で壁際に跳ぶ。だが、それは想定内だ。わざと反応出来ないフリをすると、右側からナイフを振り上げて襲い掛かって来た。体を横に反らしてそれを躱し、腕が振り下ろされたタイミングに合わせて手首辺りに膝蹴りをかます。


 驚いたのか、「グギャ」とゴブリンが声を上げ、持っていたナイフが宙を舞う。それを空中でキャッチし、ゴブリンの首目掛けて振り下ろす。が、手ごたえはなかった。


 避けられた!?


 まずいと思って振り返ると、そこには首を失ったゴブリンが倒れていた。倒れていた死体はしばらくすると、黒い塵になるように霧散して消えていった。


 死体が消えた後には、欠けた黒い宝石のような物が落ちていた。ラノベでは良くあるドロップ、魔石という物だろうか。今の科学力でこれを使えるのかどうかは分からないが、とりあえず回収しておこう。


 ……私でもゴブリンを倒せた。


 今までしてきたことは無駄ではなかった。


 もっと戦いたい――色んな魔物ともっと……もっともっと戦いたい!

 

 私はゴブリンのナイフを握り締め、洞窟の奥へと歩みを進めた。

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