5 バイト先と新作マドレーヌ
今日は土曜。私は今、午後からのバイトに勤しんでいる。
私のバイト先は、家から3駅ほど離れた場所にある、個人経営の、フランスの家庭料理のレストランだ。
店名は『le goût de la maison』。フランス語で『我が家の味』という意味である。
そのお店の店主で経営者の御夫婦は、共にフランス人。お二人は日本に留学していた時に、交流会で出会い、意気投合、のち、結婚。故郷のフランスも好きだけど、日本も大好きな御夫婦は、日本に根を下ろすことを決め、故郷であるフランスのことを知ってもらおうと、レストランを開いたらしい。
で、私がそこで働くと決めた理由。結構時給が良いのもあるけど、なによりフランス──外国の人と関われること、だ。経営者も、お客さんも半分はフランスや、他の外国の人。
私は、世界のことが知りたい。異文化交流をして、見識を広めたい。大学も、出来れば海外の所へ行きたいと思っている。
そのためにと、学びつつ、お金を貯めるため、選んだのがここだ。
「(光海、水のおかわりを頼むよ)」
常連さんであるクリスさんに、声をかけられる。
「(はい。今持ってきます)」
私は、だいぶ慣れてきたフランス語で、それに答えた。
御夫婦が店を始めたのは、4年前。そして、御夫婦の親戚やご友人がたが常連となってくれて、店を支えてくれたそうだ。そのうち、少し経営が安定して、バイトを募集しようか。の、話を聞いて、私は飛びついた。なぜ飛びついたか? 飛びつけたのか? その御夫婦の友人の一人が、父の弟だったから。
父の弟──
「(光海、高校は慣れた?)」
アナさんに聞かれる。
「(通い始めて一年以上ですよ? 友達も居ますし、楽しいです)」
未だに常連さんはよく来てくれるし、私も半分くらい常連だったので、よく来る人とはもう、こういう感じで接客してる。と、いうか、必死に店のことやフランスや他の国について学びながら働いているのを、御夫婦もお客さんたちも知ってくれているので、温かく接してくれる。
カラン、とドアベルが鳴る。顔を向ける。いつも、誰が来たかを確認してから、話すようにしている。
「いらっしゃいませ」
「あ、光海」
「光海さん。どうも」
明宏さんと、そのパートナーの
「いつもの席、空いてますけど、どうします?」
この二人のいつもの席は、店主の一人、アデルさんが描いた故郷の絵が飾られている席だ。
「いい?」
「ああ、うん」
明宏さんの問いかけに、楓さんが頷く。
「では、どうぞ。お水、お持ちしますね」
で、水を持ってきて、「どうぞ」と二人の前に置く。
「(光海、会計頼むよ)」
「(はい。今行きます)」
私は二人に、「どうぞごゆっくり」と言ってから、レジへ向かう。
厨房には店主の一人、ラファエルさんが。接客は私と、休み休みでアデルさんが。
アデルさんのお腹には赤ちゃんがいる。妊娠3ヶ月で、そろそろ4ヶ月になるそうだ。そして二人は、妊娠が分かってから、私に言ってくれた。このまま働いてくれないか、と。アデルさんもラファエルさんも、店を閉めたくない。私の負担は増えるだろうけど、どうか、働いてくれないか。私は働かせて下さいと、頭を下げた。二人はありがとうと言ってくれた。嬉しかった。泣いてしまった。なんとか涙を引っ込め、「(私こそ、ありがとうございます)」と、言った。
◇
今は午後の6時半。バイトを終え、電車に揺られながら、ふと、思った。
……確か、カメリア、8時までやってたよね? あのマドレーヌ、食べれないかな。
思い立ち、その足で、カメリアへ向かう。
「いらっしゃいませ」
「こんばんわ」
私はショーケースを眺めつつ、焼き菓子のコーナーへ足を向ける。
あった。マドレーヌ。プレーンにチョコに抹茶にダージリン。ここまではいつものだ。それと、新作・オレンジマドレーヌ、のポップが付いたカゴに、マドレーヌ。
やっぱり新作だったのか。そしてやっぱりオレンジだったのか。
私はそれを1つ取り、会計へ。
「いつもありがとうございます」
馴染みの店員さんに言われる。
「いえ、こちらこそ。いつも美味しく頂いてます」
「これ、今月の新作なんです。良かったら感想下さいね」
「はい。ありがとうございます」
で、マドレーヌを持って帰ってきて、家の屋上で食べ、うん、美味しい。あの味だ。と、思って、ふと。
「……今月の新作?」
橋本は、始業式の日に、これを持ってきた。始業式は4月3日だ。
「まあ、1日から店に並んでたら、おかしなことはないか」
けど、だとしたら。あのマドレーヌを買って橋本に持たせた人は、相当なカメリア通だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます