通う、戦う理由

 17時半ごろカフェを後にした二人は商店街のど真ん中に来ていた。

 ここを進めば、分かれ道があり、そこで華と優香は分かれるのだ。


「戦う理由かぁ……考えたこともなかったな」


 優香に戦う理由について聞かれたとき、華はそう答えた。


「でも、少なくとも、この世界は平和になってないよ。それを平和にする……ってのが一番理由になってるんじゃない?」


「うーん、そんなのできる? そんなの空想だよ」


 悲観的に見てしまう優香。


「えー、それを空想から現実に持ってくるのが軍人でしょう!」


 そんな他愛もないようないつもの会話をしているとき、ガシャーンと音がして二人の目の前をかなり大きめな車が通った。

 普段は車が通ることはないが、事故車なのか、近くの店に軽く突っ込んでいる。

 車の中から銃を持った黒い服の男が複数人飛び出し、「バン」という銃声が聞こえたかと思うと周りの住民を攻撃し始めた。


 また最後に出てきた男はダイナマイトを民衆に放り、「ドン」という音は数秒しないうちに悲鳴に塗り替えられた。


「へ? え?」あまりの唐突な出来事に、住民はパニック状態に陥り、優香はパニックを通り越して呆けていた。


「優香さん?! う……早く行くよ!」


 華は優香の視線の先に数分前まで人だったものを見てしまいうめくが、すぐに優香の手を握ってその場を離れようとする。


 華がその場をすぐに去る中、後ろで大爆発が起きて先ほどまでいた商店街は見る影もなくなっていて、人々は逃げ惑っていた。


 サブマシンガンを装備した黒い集団、もといテロリストは逃げる民間人に向かって発砲し、華の方にも銃が放たれ、すぐ横を走っていた人が倒れた。


「ど、どうなって……」


 今までで一番手を強く握り、華は優香を引っ張って離れるが、テロリストの一人は華と優香に苛立ちを覚えたのか追ってくる。


「ど、どうしてこうなったの……」


 テロリストはおろか、優香はまだパニックから覚めないのか応えてくれない。

 それどころか、テロリストはさらに速度を上げ、華と優香に迫ってくる。さらにテロリストの放った銃弾のうち一発が華の髪をかすめ、振り向いたときに顔が蒼白になる。


「(どうする? 反転して狙うか、このまま逃げるか……いや、このまま逃げたほうがいい。そうしないと万が一にもどっちかが死んでしまう)」


 華の論理は非常に他力本願で頼りないものだったが、もちろん優香にも死んでほしくなく、自分もまだ死ぬ覚悟ができなかったことを呪いつつ、さらに速度を上げて逃げ続けた。


 後ろを振り返ると、華はさらに驚く。もうすぐそこまで、テロリストのうちの一人が迫っていた。

 距離は長く見積もっても5mほどしかない。

 しかも銃口をこっちに向けていて、いつ撃つかわからない状況だった。


「(怖い怖い怖い……)」


 人間のアドレナリンというのはすごいもので、もうすでに全力疾走を2分ほど続けていても、二人が体力的に尽きることはなかった。

 しかし、それでも追ってくるテロリスト。

 よっぽど撃っても当たらないことに苛立ちを覚えたのだろう。


 やがて人通りの少ない裏道になり、二人はほとんど前だけを見て進んでいた。


そのころ商店街では、


「貴様たちに勝ち目はない! おとなしく投降しろ!」


 大倭帝国の警察組織である祖国防衛隊が駆けつけ、商店街のテロリストは虫の息になっていた。

 無慈悲に人を殺したテロリストに対し、これまた無慈悲に銃撃を加え、拘束したテロリストは即決裁判で死刑が言い渡され、その場で処刑されることになる。


「くそ、やるぞお前ら!」


「ああ、せめて一矢報いてやる!」


 そんな風に覚悟を決めたテロリストたちは銃を持って祖国防衛隊に突貫を始める。


 ——が、練度の低いテロリストでは実戦を重ねている準軍事組織には勝てず、「カタタタタ」という銃声は静まり、商店街には死体と祖国防衛隊のみが残っていた。


「A分隊、目標を制圧。生存者がいないか捜索を行う」


 祖国防衛隊は、商店街を壊滅させたテロリストをわずか数分で鎮圧した。


「あ?! おい! 反応しろ!」


 と、二人を追っていて走りながらでは当たりにくい銃弾を放ちながらテロリストは応答を求めるが、すでに処刑されているため、もちろん反応なんてあるはずがない。


「(?! 速度がゆっくりに……)」


「くそ!」


 仲間が気になったのか、テロリストは逆の方向に戻り、5分ほど全力疾走を続けていた華と優香だけが裏路地に残った。


「も、戻っていく……」


「はあ……はあ……ぐっ……」


「た、助かった……の?」


 ようやく走っているうちにパニックから目覚めた優香が発した第一声はそれだった。


「さ、あ」


 しかし、優香の手を握りながら走ってさらに速く走って遅い優香を引っ張りながらだった華の体が限界だった。


「(心臓が痛い……体が重たい……足が、動かない)」


 すでに半分倒れた状態で華の意識は遠のいていった。


「(まずい……ここで倒れたら……また来るかもしれない――)」


 という思いがあったが、それでも疲労どころではないほどの体力を使っていた華にそれを止められるすべはなかった。


「だ、大丈夫?!」


 華ほど体力を消費しなかった優香は、途端に倒れる華を見て狼狽する。


「わ、私のせいで……」


「(ど、どうすればいいんだろう?)」


 そんな風にこれからを悩んでいたところ、


「せ、生存者いました!」


 一人の者がここにきてそう叫んだ。


「本当か!?」


 すると祖国防衛隊員が集まってくる。


「あ、あのー」


 そんな困惑する優香の声を聴く者はいなかった。


「こんな裏路地に……来た甲斐があったな」


「だ、大丈夫か?!」


「あ、はい……多分大丈夫ですけど、こっちは大丈夫じゃないようです」


「運べるか? 安心しろ。もうさっきのようなテロリストはいない。おそらく全員始末しただろう」


 それを聞いて優香は身震いした。


「(さっきみたいなのをこの短時間で一掃?!)」


「は、はい!」


 なにやら従わないといけない気がしたのと、普通に信頼できる警察組織だったので素直に従うことにした優香。


17時50分ごろ


「(ん……ここは……)」


 華はあまり用意されていない寝袋のようなもので目覚めた。

 華が横になっている周りにはややうるさめの無線とやや話し声のする者がいて、華に気づく者はいない。


「うう……ん?」


「あ、目が覚めた!」


祖国防衛隊の一人が華の目覚めに気づくと周りに知らせる。


「大丈夫か?」


「あ、あの……私は大丈夫ですが、ここは……」


「ここは野戦病院だ。あのテロリストから避難した君たちを保護したのがここで、他の住民もこちらで保護している。安心しろ。祖国防衛隊がいる限り、君たちの安全は確保されている」


「……ありがとうございます」


まだ完全に頭が回らない華だったが、取りあえず一言だけ言えたのだった。


それから、戦いに巻き込まれた多くの人々の中で華と優香は奇跡的に助かったことを知ることになる。


「おい、そこに……」


「いるのか?」


どうも商店街に家族を残した者がいるらしく、その遺体を引き取ろうと祖国防衛隊に頼み込んでいるが、処刑されただの目撃したとの証言があったので引き取りは許可された。


 華も家族が気になり、公衆電話で連絡を取るがすでに出る者はいない。

 震える手で何度もかけるが出る者がいないため、母が今朝「あ、商店街に行って華の好きなもの買ってきてあげるからー」なんて言っていたのを思い出し、さらに追い詰める。


「うっ……ううっ……」


 携帯を握りしめながら泣き崩れる華に、どうしていいかわからない優香が、祖国防衛隊の一人に声をかけた。


「彼女の家族に連絡がつかないんです。どうしたらいいでしょうか」


「そうか……我々も全力で捜索するが、今はまだ混乱している状況だ。彼女にはここで休んでもらうのが一番だ」


その言葉に優香は黙ってうなずき、泣き続ける華のそばに寄り添った。


 その後、祖国防衛隊の尽力で華の家族の捜索が行われ、無事に発見されことで二人は安心する。


「華ちゃん……よかった、本当に……」


「うん、ありがとう……優香さん」


二人はお互いを抱きしめながら涙を流し、再会の喜びを分かち合った。


「私、もっと強くなりたい。もう二度とこんなことが起こらないように……そして国際社会が歩みを見せるように」


「私も同じ気持ちだよ、華」


『くだらない妄想を現実に』

 

 華は心の中で決意を新たにした。


「私、国連学校に入りたい。平和のために、戦いたい」


「私も……一緒に頑張ろう、華」


 優香もその言葉に強くうなずいた。


 二人は手を取り合い、まだ混乱が残るため、親と自分たちを見つけて保護してくれた祖国防衛隊隊員に会いに行った。

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