もしも竜に出会えたならば
香月 美里
第1話 旅立ちは晴天なり
蒼天が広がる私の頭上を、雲とは違う大きめの影が過ぎ去っていった。
広い草原にある街道を歩いていた足を止めて、一息つきながら蒼天を仰ぐ。既に影は離れて行ったけれど、その優美な竜の後ろ姿をしっかりと私の瞳に焼き付かせた。
「きれい、だなぁ…」
強い日差しのせいもあって竜の色はもうわからないけれど、大きく広げた翼と伸びやかな尻尾が作り出すフォルムは均整がとれていて素敵で見とれてしまう。
「わふっ!」
ぼうっと空を見上げていた足元で、犬の鳴き声が上がる。慌てて視線を下げれば、旅の相棒である黒犬のバロンがきらきらとした黒い瞳で見上げてくる。
「竜ってきれいだね」
しゃがみこんでバロンの瞳をのぞき込む。その額にある白いひし形の模様に指先を当てて、そっと柔らかく撫でてやる。ここはバロンのお気に入りの撫でスポット。嬉しそうにぶんぶんと尻尾を振って喜ぶさまが嬉しくて、思わず撫でることに注力しちゃう。
「フィル。そろそろいいか?」
はっ!
竜とバロンに気を取られて、もう一人の相棒レオンのことを忘れていた。慌てて立ち上がり、数歩先で足を止め苦笑いをしているレオンに駆け寄った。レオンは長身なので、彼の目を見て話をしようとすると見上げる感じになってしまう。
「ごめんなさいっ」
まぁいいけどな。苦笑いをひっこめてつぶやきながら、言葉と共に下げた私の頭をくしゃりと撫でた。
「フィルの竜とバロン好きは、今に始まったわけじゃないしね」
深みのある琥珀色の瞳を軽く細めて口角を少しだけ上げる柔らかな笑みでそう告げられると、あまりにも整っているレオンの顔面にどきどきして、慌てて目を逸らしてしまう。
そこに何の思いも無いのはわかっているはずなのに、自分の顔がほんのりと赤くなっているのがはっきりわかる。あぁ、この異性に免疫がなさすぎるの、どうにかならないかしら。どきどきする気持ちを抑えながら、そんなことを思ってしまう。
「もう少しでネルフェリア竜王国との国境に着くから」
街道の先を見渡してレオンがそう告げ、背を向けて歩き出す。
ふわりと吹いてきた初夏より少し前の清涼感を伴った風が、レオンの漆黒の髪と少し汚れた旅行用のマントを軽くそよがせていく。
ただ立っているだけなのに、ただ歩いているだけなのに、それだけなのに、後ろ姿すらなんだか神々しいレオン。
はぁ…とため息もどきを吐き出して気付く。私に異性への免疫がないのも本当だけど、レオンがイケメンなのがもっと問題なんだなと。
とんっと足のふくらはぎに軽い何かが当たって、ぼぅっとレオンの後ろ姿を見ていた意識がはっとする。視線を下げればバロンが私のふくらはぎを鼻でつついていた。
レオン、行っちゃうよ?とでも言いたげな瞳としぐさ。慌てて荷物を背負い直すふりをして、レオンの後を追いかけて歩き出す。
歩き出しながらもう一度空を見上げる。
「旅立ちの日も、こんな青空だったね。すごく良い天気だった」
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