飛べない竜と忌まわしき力

奏 そら

プロローグ

 俺は生まれた時から魔法が使えなかった。どんなに発達の遅い子供でも5歳になれば魔法を使えるはずだった。でも、俺は5歳になっても魔法が使えなかった。この世界で魔法が使えない人間などいるはずがない。魔力が少ない人間はいても魔力が全くない人間がいた歴史など存在しないのだ。そんな俺を両親は捨てた。この世界で魔法が使えない子供を背負えるほどの覚悟は両親にはなかった。5歳の誕生日、とっておきのプレゼントがあると言って3人で森の中へ入って行った。そこから記憶はなく、次の記憶にあるのは師匠の家だった。師匠は森の中で彷徨っていた俺を拾ってくれたらしい。魔法が使えないと知っても師匠は俺を捨てずに育ててくれた。それだけじゃなく剣術の師となり、俺に様々なことを教えてくれた。感謝しても仕切れない俺の恩師だ。師匠は森の中で一人で自給自足の暮らしをしていたらしい。俺は10年以上一緒に暮らしているのに師匠のことはよく知らない。師匠は自分のことを自ら語るような人ではなかったし、俺も他人の人生に深入りするのは得意ではなかったから聞かなかった。誰にだって知られたくないことはある。だから、話してくれなくても俺はそれでいい。その生活も俺が18になった年に突然終わりを迎えた。18になった俺は180センチもあった大きな背中に近づきはしたが追い越せず師匠との距離を少し悔しく感じていた。少しでも師匠に近づきたくて師匠と同じ長髪にしたかったが邪魔で嫌になってやめた。師匠は綺麗な銀色の髪で太陽に照らされると綺麗に輝くのに、俺の黒髪は太陽に照らされても熱を吸収するだけだ。そんな些細な違いに劣等感を抱くこともあった。今は受け入れてるけど。

「私の顔に何かついてますか?」

師匠の顔を凝視していた俺を師匠が不思議そうに見る。どんな顔でも絵画に見える師匠の顔は見てるだけでムカついていた時もあった。

「何でもないないです。それで、師匠の用ってのは?」

「実は相談したいことがありまして、君は冒険者には興味はありませんか?」

「ないです。」

俺は即答した。魔法も使えない俺が冒険者なんて出来るわけない。というかこの森を出て人間社会で生きていける気がしない。

「確かに君の力では生きていくのが難しいことは分かっています。」

はっきりと言うな。事実だから否定も出来ないんだけど。

「ですが、いつでもこの森には帰って来れます。一度でいいから旅に出てみてはどうでしょう。自分に向いていないことを知ることも後悔のない人生を歩むには大事なことですよ。」

師匠はよく後悔という言葉を使う。多くの後悔を経験したからなのかもしれない。この世界は魔法の他にも剣で生きる道も存在しているし、魔道具があるから魔法が使えなくても生活は出来る。でも、魔法が使えない事実は迫害するには十分な理由になる。全人類が同じ思考とはいかなくても恐怖は皆等しく同じだ。知らないものに対する嫌悪感という方が正しいだろうか。

「とりあえず、時間をください。そんなすぐには決められないので。」

「そうですね。ゆっくり考えてください。後悔のないように。」

「はい。」

その夜、俺は剣と小さな鞄を持って森の中を歩いていた。夜の森は危険なことは分かっていたが、それでも今日は彷徨いたい気分だった。それに、近くの森で俺の脅威になるような魔物は現れたことはない。だから、安心しきっていた。

「どうすっかな。」

木にもたれて月を見上げる。満月は綺麗で、あかりもいらないほどの光で森を照らしてくれていた。ここを離れることを考えたことがないと言えば嘘にはなるが、何も知らない幼い俺と今の俺は違う。俺には人間社会で生きていける未来が想像出来ない。俺は師匠の話を聞いてから、人間社会で生きていく自身の生活を想像するより師匠を説得する方法をずっと考えていた。

『ガサッ』

木々が揺れる音が後ろでした。俺は剣を抜き、鞘を地面に投げ捨て音がした方に剣を構えた。音を鳴らした物体はゆっくりと木々を倒しながら近づき、姿を現した。

「うそだよな。」

俺は恐怖を感じると笑うタイプなのだとこの時に知った。今までにあったことのないデカブツは俺を握り潰すつもりで片手を振り翳してきた。俺は震える足に力を込めて避けた。でも、震えた足で避けたせいで避けたというより転んだに近いものになった。怖い。死にたくない。何度だって殺されるシミュレーションはしてきたっていうのに、やっぱり死ぬのは怖い。死にたくない。そう思ってしまう。自分がどれだけ罪な存在か分かっているのに、それでも生きていたい。それでも生きることを許して欲しい。俺は咄嗟に剣を持っていない左手をデカブツに向けた。その意味不明な行動にデカブツは一瞬警戒したが、何もないことを確認して俺に飛び込んできた。それが罠とも知らず。出来ることならそのまま俺の意味不明な行動に恐れて逃げて欲しかった。デカブツは俺に飛び込み、そのまま俺の手に吸われていった。抵抗をすれば逃げられたかもしれないがデカブツは何が起きてるかもわからず、抵抗出来ずに俺に吸収された。自分の手には傷一つなく、そのことに酷く恐怖と嫌悪感を抱いた。それも束の間何かの気配を感じて顔を上げた。目の前には師匠が立っていた。師匠がどんな顔をしていたかは覚えていない。いや、見ていなかった。俺は近くにあった剣と鞄を持ち森の中を走り抜けた。師匠の家から少しでも遠くに行くために。


 俺がこの力を知ったのは10歳くらいだったと思う。デカブツを吸収した時と同じような状況に追い込まれて俺は無意識にその力を使っていった。最初はこの力で俺は最強になれるって確信した。でも、そんな考えは間違っていたことを師匠の部屋で見つけた本で知った。この世界には神の言葉を伝える神使が存在する。神使は全ての種族に様々な言葉を残す。その中の預言にこう記された一文がある。

『全てを吸収し者が現れた時、世界は破滅へと向かうであろう。』

神使が残した言葉には今まで嘘が一つとしてなかった。最初は信じられなかった自分がそんな訳も分からない力を持っていることを。恐怖と好奇心の中で何度か使ったこの力が目の前の存在を無に変えていく現実は俺の目に焼きつき、自分の力を理解するには十分な者だった。この力は師匠にもずっと隠していた。俺のことは受け入れてくれた人に拒絶される恐怖には勝てなかった。一人で抱えることにも耐えられる気はしなかったが、今の今まで見ないふりでずっと乗り越えてきた。いつかは師匠に知られることは覚悟してた。でも、本当は俺の口でちゃんと伝えたかった。伝えるつもりだった。いや、伝える気なんてなかったのかもしれない。適当な言い訳を並べてずっと逃げてた。これはきっと、その罰だ。

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