第11話 計画

 ミカ・ドラグナは、その少年——ディートリヒ・アルティマに嫉妬した。

 男のくせに魔力を操り、時折顔を見せる天下無双のエマ・ヴァールハイトと親しげに話し、決闘部部長で生徒会長でもあるリリーに気に入られ、それなのにそんな幸運をありがたがっている様子も全くない。

 奇跡に近い環境を当たり前のように享受している彼が、ミカは心底嫌いだった。


 ディートリヒとの出会いは唐突だった。

 突如として、決闘部の部室に彼が入って来たのだ。入って来た瞬間に、こいつは何かおかしい、と分かった。普通、男子が着替え中の女子を目の当たりにすれば慌てて退室するものだろう。あるいは不快そうに顔を歪めるか。

 だが、彼はまるで部屋の家具でも見るかのようにさっとミカ達を一瞥したのみで、その後はまるで興味の欠片も示さなかった。まさに、無関心、というにふさわしい態度であった。


 それだけでもミカは彼が気に入らなかったのだが、気に入らない点はそれだけではない。彼は入部から一週間足らずで、次々と部員を下していき、あっという間にゴールドクラスまで駆け上がった。何戦したかは不明だが、彼が負けたという話は聞かない。おそらく無敗。しかもその戦闘の全てが、相手を戦闘不能にするノックアウトによる勝利だという。

 敗北した者の話によれば「まいった」と口にする間もなく、気がつけば気を失っているのだとか。眉唾物である。


 今日の部活動——闘技場での試合——を終了し、部室で着替えている時、唐突に「ミカ」と呼び止められた。

 声に振り向くと、先輩のペトラ・イゼランがベンチ脇を抜けて、こちらに歩いてくるところだった。


「なんですか、先輩」とミカがティーシャツを腕に引っかけたブラジャー姿のまま応じると、ペトラがミカの近くのベンチに腰を下ろした。

「聞いた? あの子、もうゴールドですって」


 あの子とは誰か、聞かずとも分かった。ディートリヒ・アルティマだ。その名を思い出すだけで、ミカは若干眉間に皺が寄る。それを誤魔化すように腕にかかったティーシャツに首を通した。


「ええ。まぁ知ってはいます」と曖昧にミカが答える。

「直にプラチナクラスに上がるそうよ」

「へぇ」


 ミカは敢えて興味のないような間の抜けた返事をした。そうしなければ、心が耐えられなかった。嫉妬で心が焼き切れてしまう。興味がないことにしなければ、自分の優位性を保てなかった。

 私は彼よりもすごい存在。彼はただ運が良いだけ。いつも呪文のように心の中でそう唱えた。


「悔しくないの?」とペトラが言った。「あなたは彼よりも1年も早くに入部しているのに、彼は1週間でゴールドで、あなたは1年経ってもブロンズのまま」


 ぎり、と奥歯が擦れる音が耳の奥で鳴った。自分だってもう入学から3年目なのにシルバー止まりじゃないか、と腹の中でぼやく。

 悔しそうに顔を歪めて黙りこくるミカを見て、ペトラは満足げに頷いた。「分かるわ。私も同じ。あんなぽっと出の男子に良いようにされて、黙っていられないの」

「では、先輩が彼に鉄槌を下すのですか?」聞いてからミカは、それは無理だろう、と心の中で判定をくだす。彼の戦いを1度だけ間近で見たことがあったが、とてもシルバークラスの者が手に負える相手ではない。ゴールドクラスでも無敗なのだ。それどころか、プラチナクラスの者は、ディートリヒに昇級戦を挑まれるのを恐れ、今はほとんど部活に出てこなくなってしまった程だ。そんな相手にシルバークラスのペトラが勝利できるはずもない。


 だが、ペトラは含みのある薄ら笑いを浮かべて「ええ」と答えた。「その通り。鉄槌をくだすのよ。私たちが、ね」と三日月型に歪んだ目をミカに向ける。

「私たち、って私もですか? 無理ですよ。私では歯が立ちません」言っていて自分でも情けなくて、余計に心がささくれ立つ。

 だが、ペトラは全く動じず、余裕綽々に口を開く。「1対1なら、ね。でも、物はやりようだと思わない?」



 そう言ってペトラが話した計画は、とんでもないものだった。

 彼の公式戦歴に傷をつけることは叶わない。ただ、彼の心に傷をつけることならできるかもしれない。


 ミカはペトラの誘いに乗った。

 これまで自分が散々傷つけられてきたのだ。時間を掛けて積み上げてきたのに、一瞬で抜き去られる者の気持ちが分かるか。

 抜き去って尚、まるで興味ありません、とこちらに見向きもしないディートリヒが、ミカは許せなかった。

 ディートリヒに一泡吹かせ、あわよくば二度と立ち上がれないような大きな傷を負わせたい。ミカはそんな黒い思いから、計画への参加に了承した。


「私とあなたで彼を潰すわよ」


 そう言って笑うペトラの目も深く暗い、濁った色をしていた。

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