四月七日
黒詩ろくろ
第1話 日常と、非日常と
見返した日記には、一ページだけ意味のわからない箇所がある。
いつ見ても同じだった。自分で書いた文字であることは間違いないというのに、何度読んでも理解できなかった。
でも、今日だけは違う。今日だけは、私にも意味が理解できる。
四月七日。
――私の、運命の一日。
『四月七日。
どうか、思い出して。
私は繰り返している。この二〇二四年の一年間を。
ずっとずっと、
このループから抜け出す方法を探して来た。
でも、見つからない。まだ見つからない。
本当の未来に辿り着ける可能性を、捨てないで。』
――あれからもう、何年経ったのだろう。わからないのも当然かもしれない。何年前、何年後という概念を奪われてしまったのだから。
私の時間は二〇二四年――高校三年生で止まっていて、もう何度繰り返したかわからなくなっている。その上厄介なことに、私は四月七日のその日に、この日記の、四月七日のページを開かなければそのことを自覚できない。日記を読んでようやく、全てを思い出すことができるのだ。
ループに陥ったきっかけは、一つの夢だった。四月六日の夜に見た、悪夢――今思えば無限の回廊とでも呼べるのだろう、未開の地に足を踏み入れそのまま戻ってこられなくなるという、ありきたりな夢。
夢の中の私は始め、その地に入ることを躊躇った。しかし振り返っても戻れる場所など無く、選択肢は一つしかなかったのだ。ところがそこに入った途端、私は右も左も前も後ろも分からず、ひたすら彷徨い歩く羽目になり――気がつけば、四月七日の朝になっていた。
初めの一年はただの悪夢だと気にも留めなかったが、翌年ループを自覚して始めて、あの夢がそのきっかけだったのだと知った。
馬鹿みたいな話だ。どうしてこんなにも重要なことに、私は他の三六五日で気がつけないのだろう。疑問を疑問で片付け放棄したまま、毎年同じことで喧嘩して、同じ行事に一喜一憂して。毎日更新される日記には、多少の誤差はあれど、去年と同じことが書かれ続ける。その不自然さに気がつくこともなく、私は日々を淡々と消化する。
「永和、お弁当は持った? 今年から受験生なんだから、勉強頑張りなさいよ」
「勉強なんて、飽きたよ」
「何言ってるのよ、これからが本番じゃない」
本番を何十年と繰り返したい人がどこに居るのだろう。去年も、その前も聞いた母親の言葉にほんの小さな愚痴を零して、私はお弁当袋をそっと握った。
通い慣れた道のりをひたすら歩く。そう遠くない距離がここまで億劫になるのは、今日という日だけだろう。一年に一度しかないこの特別な日を、どう活かせばいいのかも分からないまま、今回の私も怠惰に一日を消化してしまうのだろうことが目に見えていた。
助けてほしかった。誰かに手を差し伸べられて、この非日常から連れ出してもらえやしないかと何度も願った。
しかし、そんなことは一度だって叶った試しがない。
――叶うはずが、なかったのに。
ふわりと、風が揺れる。
今日の風は強くないはずだった。それなのにそう感じたのは、目の前をすれ違おうとした女性の黒髪が、溜息の出そうなほどに美しかったからだ。
同時に私の頭の中で、ビービーとサイレンが鳴り響いた。
違う。違う。
私が通るこの道に、こんな女性は居なかった。
これは、非日常の中の非日常だ。
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