ロスト&ファインダー
ジャクソン
第1話「曖昧な夢、寝起きの悪夢」
窓から差し込む夕暮れが、薄暗い部屋の中をそっと照らしている。
真昼では少し汗ばむほどの夏日だったが、夜が近づくにつれ少しばかりひんやりした空気が部屋に満ちる。
……どうしてこんな事になったのだろう。
目を落とせば暖かい斜陽に照らされた二人。
視線が動くにつれて橙から赤になって。
自分の体ともう一人が、血溜まりに転がっているのが見えた。
「……っぁ」
自分の腹は大きく裂かれていて、絶え間なく血が流れ出ている。
もう助からないと素人でも一目見てわかるほどの傷だが、何故だか痛みはほとんど感じない。
腹の傷を押さえていた手を、もう一人に伸ばす。倒れ込むように泣きじゃくる——の頭を、そっと抱き抱えた。
とても、大切なことだった気がするのに。
腹の傷の経緯も、——が泣いている理由も、酷く曖昧なまま。
痛みも、浅い呼吸も、——も、差し込む夕日に溶けていく。
意識の途切れる瀬戸際まで、何もかもがぼんやりとした世界の中で、最後に自分の口から溢れた言葉だけがいやにはっきりしていて。
「——は、何も悪くないよ」
—————————————————————
ねじれた樹から釣り下がるぼんやりとした光の玉が暗い森を照らしている。
月の光も届かない暗がりで足元が覚束なくなりそうな中、その頼りない光だけが道標だ。
……どうしてこんな事になったのだろう。
見たこともない植物に囲まれた森の中、今さっき目覚めたばかりの俺は。
もげた自分の左腕を抱えて、地面を泳ぎ回る土気色の巨大な魚から必死に逃げ回っていた。
……痛々しい表現になったが安心して欲しい。無くなった左腕は青黒く変色しているが痛みは無い。
腕だけではなく足も若干腐っており、走っている間にもげないか不安なところではある。
信じられないし信じたくも無かったが。
俺……奥山桐路は目覚めたらゾンビになっていた。
「もうちょっとで追いつかれちゃうよ!急いで!もっと全力で走って!」
並走する少女が叫ぶ。
その子も体の端々が透けていたりと言いたい事は山ほどあるのだが、後ろから迫る巨大魚がそれを許してはくれない。
魚というものは水の中を泳ぐ生き物ではなかったか。
自分の常識とは裏腹に我が物顔で地面を泳ぎ回る巨大魚は、体の上半分を出しながら大口を開けて俺たちを追い回している。
可能な限り全力で走ってはいるが、その距離は着々と短くなっていた。
「んな事言ったってこれが全速力だよ!」
「ならその抱えてる左腕投げて!食べてる間の時間は稼げるから!」
さらっと恐ろしい事を言ったぞこの女。
奇跡的にくっつく事を期待して持ってきた左腕を、諦めて囮に使えってか。
言い返そうとした直後、視界の端に大きく開かれた口が映る。
眼前まで迫る巨大魚。
もう判断する時間は残されていなかった。
「っぅぉぉおお!」
俺はとっさに抱えていた左腕を、巨大魚の口に向かって放り投げた。
目の前で巨大魚が投げた左腕に飛び付く。
魚の餌で海に魚肉ソーセージを投げた時の絵面を彷彿とさせるが、実際はそんなに生やさしい光景でもない。
「こっちに拠点があるから!今のうちに走って!」
がっつく巨大魚と食い散らかされる腕を尻目に、少女が誘導する方向に走る。
こうして訳のわからない世界で目覚めた俺は、初っ端から生涯付き添った体の一部と別れを告げるハメになった。
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