第6話 アンナの泣く頃に


「それでは……この辺りでどうでしょうか? あまり強すぎず、さりとて弱すぎず、ちょうどいいランクの人間というとこれぐらいですかね?」


「どのレベルだ?」


「戦士や剣士系なら下級の上の方、何かのきっかけがあれば中級に上がれるくらいの実力です。魔法使いは……戦闘級の中くらいですかね? 正直、魔王討伐に役に立つかどうかというと微妙なラインですが……」


 この世界の剣士や戦士の所謂『戦闘職』は上から下級、中級、上級に分かれており、魔法使いや僧侶などの『魔法職』は戦闘級、戦術級、戦略級の三つに分かれている。


「……魔法使いは戦闘級か……」


「まあ、そう言うもんですよ。王国軍だってそうでしょ?」


 戦闘職が上中下に分かれているのは単純に個人の力量である。一対一の対決でどれくらい強いかが分かる基準であり、言ってしまえば個人の武勇の範囲に過ぎない。

 対して、魔法職の分け方はこれとは違う。個人の戦闘で勝つレベルの戦闘級、局地戦の勝敗を決めるレベルの戦術級、戦争自体を決着させてしまう魔法を放つことで出来る戦略級に分かれているのである。


 必然、アレックス大陸では魔法職の方が雇用は多い。よく考えずとも分かる通り、どれだけ個人の武勇が優れていようと、大砲の弾や核爆弾に生身の人間が叶う訳が――まあ、一般的にはないからだ。同じ給金だったらそりゃ、魔法職を雇う。まあ、一発撃ったら魔力切れなど起こすので燃費は悪いのだが。


「……まあ、贅沢を言っても仕方ないか。その中でアンナが『これは!』と思う逸材はいるか?」


「そうですね……その中でとなると……この子なんかどうですか?」


 そう言ってアンナは一枚の紙を取り出す。そこには魔法写真で撮られた顔写真と簡単な経歴が書かれた履歴書の様なそれをエリオの前に差し出しながら、アンナは口を開く。


「ルーク・ストラビア。年齢は十九歳で職業は戦士。下級戦士では一番の有力株で、商会の指名での護衛任務も多いです。所謂、『旅慣れ』をしていますね。性格は冷静沈着で戦士というより魔法使いみたいな感じです。長距離の護衛もこなした経験があるので、魔王討伐の旅に同行すれば重宝すると思いますよ? 魔王の進路に合わせて進む以上、何時でも宿のある街に立ち寄れる可能性は低いですし、野宿――」


「ダメだ」


「――くらい……だ、ダメ!? え、ダメなんですか、エリオット様!? ルークは有望株ですよ? 正直、彼の今の実力でウチは勿体ないから、今度の年末のご挨拶の時には、王国軍に入隊させて貰えないか、相談しようと思っていたんですよ!!」


 エリオットの一言での『ダメ』という拒否。その言葉に泡を食うアンナを見やり、エリオは『ほぅ』と息を吐いた。


「……アンナの酒場には数多くの冒険者がいると聞く。玉石混合、そんな中でアンナが選ぶ程の男か……ふむ。興味深い。年末とは言わず、明日連れてこい。実技試験の後、王国軍に入隊をさせよう。無論、支度金とアンナの酒場への紹介料は弾む」


「……へ? そ、それは有り難いんですけど……でも、なんでですか?」


「なんでとは?」


「エリオット様のお眼鏡に適った――はこれからでしょうが、少なくとも実技試験を行って頂ける程度には有望株なんでしょう?」


「王国軍は何時だって人材不足だ。特に戦闘職は貴重だ。幾ら魔法で吹っ飛ばそうが、最終的に敵地に乗り込み城下の誓いを立てさせるのは王国軍の仕事だからな」


 魔法職は確かに有効だし、戦争の趨勢を決定する力を持つ。持つがしかし、交渉する相手方まで吹っ飛ばすような魔法を使われたら戦争継続はエンドレスだ。無論、族滅させる勢いでやるのであれば有効な方法だろうが、アレックス大陸でそんな野蛮な事は有史以来有り得た事実はない。要は市街地戦にはあまり向いてないのである、魔法職。


「いや、そういう意味じゃなくてですね……」


 なんだか頭が痛くなって来た。そう思い、アンナは目の端を――この数十分で四捨五入どころか本当に四十代になった様な疲労感を覚える。これで目尻の小皺が増えたら訴えてやる! と出来もしない妄想を浮かべてアンナは声を励ます。


「エリオット様のお話であればルークは将来有望、戦闘職としては王国軍に入隊出来るレベルにある可能性があると言う事ですよね?」


「正確には魑魅魍魎犇めくアンナの酒場を仕切るアンナの慧眼を信じてだが」


「……ありがとうございます。ですが! それなら良いじゃないですか!! 義妹様――アリス様でしたか? アリス様のお仲間としては優秀だと思いますよ! まあ……魔王が倒せるかというと微妙ではありますが」


「そこは問題ない。そもそもアリスに魔王を倒して貰う必要はない。魔王は王国軍で倒す。アリスに必要なのは『仲間たちと協力して、魔王を倒す旅に出て、強力な魔王を倒した』という思い出だ」


「……は? 思い出? い、いや、その前に魔王は勇者しか倒せないんですよ!? 幾ら王国軍が強かったとしても。無理ですって!!」


「……口が滑ったな。忘れろ」


「な、なんでもないって――」


「言い方を変える。早死にしたくなければ気にするな。聞くな、喋るな」


「――はい。アンナ、貝になります」


 エリオの言葉にアンナはお口の前で指をバツの形に交差する。沈黙は金だ。


「……でも、それならなんでルークはダメなんですか?」


「決まってるだろう」


 そう言ってエリオはトントン、とルークの顔写真を指して。



「――こいつ、『男』じゃないか!! アリスは嫁入り前の娘だぞ!? 男とお、同じテントでい、一泊などさせられるか!! 男女七歳にして席を異にする!! アリスがこんな男に体を許すなんて思ってもいないが、悪評が立ったらどうする!! アリスの仲間は女性!! 年のころはアリスのプラスマイナス一歳から二歳までだ!! アリスが気を遣うことなく、アリスが気を遣われることの無い、数年、数十年経った後に『そう言えばあの時はあんなことがあったね』と笑い合えるような真の友になれる人材!! そんな人材、アンナの酒場にはいないのかっ!!」



「条件が特殊すぎる!!」


 ――結局、アリスの仲間となる人選が終わったのは夜明けの鶏が鳴く頃で、アンナの泣き声も同時に響き渡ったという。


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