第1話 第一話 アリス・ワンダーランド十六歳! 勇者に選ばれたので、頑張って魔王を倒してきます!!



 アレックス大陸の最北端にサルバドール王国はある。

 アレックス大陸最大級の軍事力と経済力を誇り、アレックス大陸の盟主たる国家であるサルバドール王国には稀代の宰相閣下がいる。


 ――エリオット・サルバドール


 国名と同じ家名を持ち、先祖を王族と一とする王別公家の一家で、他の王別公家が『実はなくとも花はある』と言われるのに対し、『エリオット様には花も実もある』と称されている。人に厳しく、自分にはもっと厳しい。卓越した頭脳と、自信が正しいと思った事を大胆に実行できる胆力もある。その実行力と、見様によっては人情味の欠片もないそのやりかたに、付いたあだ名が『悪辣宰相』だ。正確には悪辣ではなく、『苛烈』が正しいのだが……それはともかく。


「――アリス!! 遅れてすまない!!」


「エリオお兄様!! お待ちしておりました!!」


「待たせてすまない! 緊急の案件が入って……いや、言い訳はすまい。あんな些末事、すべてクリスの馬鹿に振って帰れば良かったのだが……」


「もう、お兄様! クリス様にそんな事を言ってはいけません! それに……お兄様は国家の為に働いてくださっているのですよ? 私の事よりも国家の事です!」


「だが……」


 なおも言い募るエリオにクスリと笑い、アリスはちょんとエリオの服の袖を摘まみ、赤らんだ上目遣いで。



「でも……今日のこれからは私だけの『お兄様』で居てくれますかぁ?」



「当たり前だー!!!! 世界の平和より、アリスを優先するに決まっているだろう!!」


 恐らくエリオを知るものからしたら口をあんぐり開けるであろう、普段は鉄面皮と言われるエリオの顔に満面の笑みが浮かぶ。その笑顔は整った顔をだらしなく緩めた気持ちの悪い――失礼、およそ普段の彼から見せる事のない表情である。ちなみに、エリオを『よく』知る人間からすれば『またか、このシスコン』程度の反応であるが。


「坊ちゃま」


「クラウスか。戻ったぞ。それに、坊ちゃまは止めろ。俺は既にサルバドール公爵家の当主だぞ?」


「このクラウスにとっては何時までも坊ちゃまは坊ちゃまに御座います。アリス、何時までも坊ちゃまの側にくっついていないで離れなさい」


 白髪をオールバックに撫でつけた髪型の筋骨隆々の大男――サルバート家家令、クラウス・ワンダーランドはそう言って孫娘であるアリス・ワンダーランドを引き離す。


「お、おじい様! 今日は私の誕生日です!! ちょっとくらい、お兄様に甘えても良いじゃないですか!!」


「そうだぞ、クラウス。今日はアリスがこの世に生れ落ちてくれた事を神に感謝する日だ。多少の我儘は多めに見ても罰は当たらない!」


 アリスに加勢するエリオ。そんなエリオの常にない子供っぽい姿に、クラウスは『はぁ』と大きめの息を吐く。


「……アリスの事を実の妹の様に可愛がってくださっているのは有り難い事に御座います。ですが、坊ちゃま? 流石に仕事の格好のままで働くのはどうなのですか? 甘えるなとも、甘やかすなとも申しませんし、今更申した所でどうしようもない事は分かっておりますが、せめて着替えぐらいはしてください」


 額に手を振って頭を左右に振るクラウスに、エリオも自身の姿が仕事着のままであったことに気付く。そんなエリオにアリスも苦笑を浮かべた。


「……すみません、お兄様。少しばかりはしゃぎ過ぎました。その……お着替えをして食堂にお越しください。今日はご馳走です!」


「……ああ、直ぐ行く。アリスも待っていてくれ」


 小さくフリフリと手を振るアリスにこちらも手を振り返し、エリオは足早に自室に戻ると手早く着替えを済まして食堂へ。待ち構えていたメイドが恭しく一礼をして扉を開けるのに軽く手を上げ、食堂の扉を潜る。


「……これは」


 食堂を潜ったエリオの目の前には二十人は掛けられるのではないかという大きな机。その机の上には所せましとご馳走が並べられ、中央には大きなホールケーキが鎮座していた。


「おにい――」


「クック料理長を呼べ」


 エリオの姿に嬉しそうに頬を綻ばせたアリスの声を遮る様なエリオの声が響く。そんな姿にアリスの姿が固まった。時間にして十秒ほど、何処か疲れた表情を浮かべた料理長が食堂に姿を現していた。


「呼ばれると思った……んで? どうした、坊ちゃん?」


「どうしたじゃない……おい、クック! これはどういうことだ! なんだ、この料理の数は!」


 所狭しと並べられた料理を指し示すエリオ。そんなエリオの姿に、クックは疲れた様にため息を吐く。


「……飢饉こそ起っちゃいねーが、何時だって食料が豊富にある訳じゃねえ。だからこそ、備蓄は大切だ。それなのに――」



「――アリスの誕生日だぞ!! もっと料理を用意しろ、クック!!」



「――いうと思ったよ、コンチクショー!! 良いか!? 魔法ラジオで流れて来たけど、魔王が出たんだろ!? 進路次第によっちゃ飢饉だって起こりかねーんだよ!! 無駄使いできるか!!」


「無駄? 無駄だと!? アリスの誕生日だぞ!! 無駄なワケ無いだろう!!」


「無駄なの! アリスだって十六だぞ!? あの年頃の娘っ子は体型だって気にすんだよ!! なのにアホみたいに食わせてぶくぶく太らす気か!」


「大丈夫だ!! アリスは太っても可愛い!!」


「んなことは俺も分かってるの!! そうじゃなくて!!」


「お兄様!! クックさんも!!」


 喧嘩腰にお互いの胸倉をつかみ合うエリオとクックの間に割り込むアリス。はぁはぁと肩で息を切らすアリスの姿に二人も矛を降ろして見せた。


「お兄様、ありがとうございます。でも、クックさんを責めないでください。クックさんに料理はこのくらい――い、いえ、これでもだいぶ多いと言ったんですけど……でも、作らないでくださいとお願いしたのは私なんです」


「……」


「それに、今日の料理は私の好物ばかりです! 見て下さい、お兄様!! この豚肉のソテー、クックさんに教わって私が作ったんです!! お兄様に食べて頂きたくて!!」


 そう言ってお皿を差し出すアリス。そんなアリスの姿に、エリオが目を丸くする。


「これを……アリスが作ったのか?」


「はい! 私だって十六歳です!! 料理の一つや二つ、ちょちょいのちょいです! ……クックさんよりは美味しくないかもしれないけど……お兄様も」


 食べて下さいますか、と。


「食べる!! というより、これは私だけが食べる!! 誰も食べさせないぞ!! クック、お前もだ!!」


「……いいけどよ、別に。ただ、坊ちゃん? 言っておくけど……最初にアリスの料理を食ったのは俺だぜ?」


「な、なにー!! 貴様、私より先に食ったと言うのか!!」


「ふふーん。俺はアリスの師匠だもんね~。どうだ、羨ましいだろ、坊ちゃん!! へへーん、ざまぁ!」


「ぐ、ぐぬぬ!!」


「もう……二人とも、止めて下さい。折角の料理が冷めてしまいますし……それに、飛びっきりの報告があるんですよ!!」


 そう言ってアリスは嬉しそうに笑い。


「――私、アリス・ワンダーランドは……この度、十六歳になると同時に」




 ――勇者に選ばれちゃいました、と。




「えへへ! さっき、サーシャ様から魔法通話でご連絡頂きました! サーシャ様、『くれぐれも、くれぐれもエリオット様には言わないで! 言わないでください!! むしろ、アリス、断って!!』って言ってましたけど……ごめんなさい! やっぱり嬉しいので! 私……立派に魔王、倒してきますね!!」




「……なるほど。アリス、勇者に選ばれたのか……ああ、すまないアリス。私は少し用が出来た。食事の後、少し出てくるが……まあ、あまり心配するな」


 そう言ってアリスから背を向けたエリオの顔には悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す程の凶悪な笑みが浮かんでいた。

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