サーバー》》》外部活動センター
僕は三次元投影機の中に入り、意識を構成アルゴリズムを再構築して、外部活動センターへのアクセスを求めた。意識の再構築はとにかく息苦しくて、基本コードが築かれていくのは宙に浮いていた身体がとつぜん水の中に引き摺り込まれるような気分。肉体を失ってから苦痛などないが、精神的な不安はどうしても消えない。
「カーツ・フォスター。登録番号A-0873。外部活動センターへのアクセス許可を」
〈承認しました。現在、外部活動にアクセスしているのは八名。B-4に意識を変換します〉
B-4にはひとりの研究員がいた。僕のアクセスに気付くなり、すぐにコールされる。
「こんにちは、フォスター教授」
ミドルクラスで研究員候補のハーナ・“レディ”・トラックだ。ハーナのアバターはアフリカ系の女性であるが、眼球は大きく突き出ており、円錐状の瞼をしたカメレオンになっていた。ギョロギョロとした瞳が目まぐるしく動いていた。
ハーナは一七歳で《データセンター》に入り、三〇〇年近くメタバースの世界を存分楽しんでいた若者であったが、最近になって研究に興味を持つようになった。
「やあ、ハーナ」
「珍しいですね。教授が外世界にログインするなんて」
たしかに。僕自身が外の世界に行くなんて。物質のある空間には抵抗があった。いや、怖いのだ。リザとアレックスが死んだ場所に意識をログインするのも、景色を目にするのも。
けど、出るしかない。ガバリャンにレネイや他のゴイムたちが進化した生物であるということを証明しなければならない。
「すでに発進の準備はできてます。私が操縦しても?」
僕は了承した。是非ともやってほしかった。ハーナはすぐにドローンを操作しはじめた。大型の四枚羽になるドローンが浮上し、データセンターの建物から飛び出した。
物質世界の景色は新鮮さを覚える。メインローターが作る強風に、揺れ動く空気。巻き上げられる砂やホコリ。周囲を覆う赤茶色した枝葉のざわめき。
飛び始めてすぐ、鬱蒼とした森は途切れ、真っ赤な砂地に出た。地表はずっと続いており、ところどころに過去の遺物と化した建造物が現れる。
「この辺も砂漠化していますね。《データ・センター》も砂の海に呑まれるのは時間の問題でしょうね」とハーナ。
「それは決定的といえるだろう」と僕。「いま、環境研究班が植林による砂漠化阻止を画策しているが、根本的な解決にはいたっていない。それはずっと前からの課題だったから」
「なんだか、シンギュラリティ以前から進歩してませんよね、私たちは」
「だから、いま南極への移設が急がれている。僕らの研究は二の次にも及ばないさ」
モニター越しに見える空も真っ赤であり、太陽は以前と比べてより黄金のような輝きとなっていた。地球はどんどん、生命の星からかけ離れている。
「……君もゴイムの研究レポートを書いていたね」
「ええ。教授の論文や研究データを参考にさせてもらっています」
そう言われると悪い気はしない。ハーナは研究員候補の中でかなり優秀な成績を納めており、成績と比例するように口がとにかく達者だ。
「最近の教授の研究データと推論を読みましたが、A-34――レネイが子孫を残そうとしていると?」
「断定はできない。けど、現在の進行状況からみて、そう予想される」
「でも、それってすごく不思議なことですよね。だって、レネイは他のゴイムとの接触は一年間と三二三日と八時間もないんですよね?」
「そうだ」と僕。「ゴイムに共通するのは、生殖器はあるが機能としては不完全だ。テストステロンを注入したが、ドーパミンに変化はないし、脳波の数値も変わりない。視覚的なテストも行った。人間やサル目、イルカといった生物の性行為などを見せたが、やはり変化はない」
「つまり、性的興奮を覚えないということですか?」
「ああ」
ハーナはアバターの小首を傾げる。
「なんだかよくわかりません。ゴイムは、本当に地球上で誕生した生物なんですか?」
僕にもわからない。見た目がホモサピエンスに近く、DNA構造や細胞組織の構成や構造などが霊長類に近いからといって、ゴイムが地球上の生物であるという断定はできない。証明するのに、彼らに対する必要なデータがないのだ。あくまで細胞の羅列だとか、純正化学のグレーゾーン領域はシンギュラリティ以前から続いているのだ。
「……そもそも、ゴイムはまだ未知数だ。最近になってわかったのは眼球にある錐体細胞が4色型色覚に近い。紫外線を感知できるんだ。もしかすると、5型なのかも」
「そんな生き物、ありえるんですか?」
「可能性はある。だが、いまある研究データや機材では断定はできないさ。きっと、断定できる頃にはゴイムの寿命も尽きているだろう」
それにガバリャンとその一派が許してくれないだろう。僕が一等国民委員会に提出したレポートがガバリャンとその息がかかっている人物の既読情報があった。そのうち、アクセス制限や査問委員会に呼び出しを喰らうにちがいない。
「ハーナ、君の考えは?」
しばらく逡巡したようで、返事がくるのは少し遅かった。
「彼らはかつて存在していたカエルといった両生類の発展型と考えてもよいでしょうか?」
「なるほど」
ハーナはすこし調子づいた。
「つまり、彼らの始祖は霊長類などではなく、両生類が適応進化した結果だと私は思います」
「両生類は交尾を必要とする。トラフザメやミジンコ、ミツバチといった単為生殖のことを言いたいのかね?」
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