第2話 うっかり忘れてた
●うっかり忘れてた
11時にスタジオに入ったものの、メンバーみんなが実際に音を出すことができたのは、30分も経った頃だった。準備ができて、ふと三人は気付いた。
「あれ?ドラムのポンタは?」
ドラムのポンタだけは、クラスが違う。そして、学年も違う。ポンタは高校1年生、他の3人は2年生だ。もしかして、今日のことを忘れているのかもしれない。
ケイタとショウは、楽器を置いて一度スタジオを出た。そして店員さんに話しかける。
「すみません、ドラムのポンタが来てないんですけど、電話借りても良いですか?」
「え?そうなの?もう結構時間過ぎているね。この電話使って。」
僕は小さなノートを開いて、ポンタの電話番号を探す。そして、電話番号を押した。
プルルルル・・・電話が鳴る。
「もしもし、山本です。」
あ、ポンタのお母さんが出た。えっと、要件伝えないと。
「あの、ケンタ君と一緒にバンドをやっているサトウケイタって言います。ポンタ、じゃなかったケンタ君って家に居ますか?」
すると、すぐにポンタが電話口に出た。
「あれ、ケンタ?こんにちは?いきなり電話してきて、どうしたんだ?」
あ、こいつ、完全に練習忘れているよ。
「ポンタ、今日バンド練習の日だよ。もう30分も時間過ぎているんだけど。」
「あ、今日って土曜日?ごめん、完全に忘れていた。今すぐ準備して、スタジオ行くよー。」
「えぇー、忘れてたんだ。時間、なくなっちゃうから、急いで準備しろよな。」
「うん、分かったよ。」
ポンタは、とてもゆったりした口調で答えた。本当に分かっているんだろうか。
●まぁ、ドラムなしでも良いか…
事の顛末を二人に告げる。すると、二人とも苦笑いしていた。
「金曜日にポンタのクラスまで行って『明日練習だ』って言いに行けば良かったな。」
「まさか忘れるなんて思わないよ。そう言えば、ポンタ、練習日と時間メモってなかったな。記憶力が良いやつなんだなって勘違いしてたよ。」
それを聞いて、僕はモヤモヤする。
「どうする、ポンタがスタジオに着くまで個人練習する?」
「いやいや、せっかくのバンド練習だよ。ドラムなくても良いから、とりあえず三人で合わせてみよう。」
そして、ドラムなしで、ギター、ベース、ボーカルの3人で「情熱の薔薇」を演奏した。
「うーん、なかなか良かったよね?」
僕が言うと、リョウコが首を振って、遠慮がちに言った。
「ちょっと歌いにくかったかな?」
「最初の最初で、これだけできれば上出来でしょ。」
僕はそう言ったが、ベースのショウは何も言わずに黙っていた。
「やっぱり、ドラムがないと、物足りないよなー」
誰かが呟き、それには僕も同意した。
▲それから20分後の空気
ポンタが気まずそうな顔でスタジオに入ってきた。でも、気まずそうにしていたのは、最初の30秒だけだった。そして、言った。
「ごめん、ごめん、本当、ごめん、完全無欠の俺がこんな失敗するとは、ごめん」
僕ら3人は苦笑いだ。しかし、いつまでもこんな空気はよくない。
すると、そんな空気を読んだリョウコがマイクの音量を上げて、ラップ風にマイクパフォーマンスを始めた。
「オー、イェーイ!俺等は完全無欠、金欠状態でも全然無欠。バンド練習、頭から抜け、遅れてきたのは、お前ポンタ。ちゃっかり登場、坊主ドラム、腕前バツグン、誰もがビビる。さぁ、さぁ、今から披露、びっくりするような腕前見せるよ、バンド練習、始めるよ!」
それを聞いて、僕らは大爆笑した。
「リョウコ、いきなりラッパーになりきって、何やってるの。ウケる。しかも、何気にクオリティ高いじゃん!」
ツボに入って、ずっと僕らは笑っていた。そうしていたら遅刻も大したことない感じに思えた。うっかりすることなんて、誰にでもあるしね。
●初めての音合わせ
そして、メンバー4人による初めての音合わせが始まった。
ドラムのポンタが、カウントする、「わん、つー、わんツーすりーゴー!」そして大音量が響く。4人の音が初めて一つになった。
ギターの轟音が耳を切り裂き、ベースの轟音が身体を揺すぶった。そして、ドラムの轟音がスタジオを揺らした。それにボーカルの轟音が乗っかる。
そして、結論を言おう。
音が大きいだけで、演奏はバラバラだった。耳がキンキンしている。
とにかく下手だった。
それでも、心は晴れやかだった。初めての音合わせは楽しかった。
ポンタが遅れてきたせいで、練習時間は少なくなったが、それでも、十分楽しかった。
この4人なら天下取れそうな気がした。
●初練習の後
「凄かったね!」
「楽しかった!」
「轟音がヤバイよね。」
「またやろうぜ!」
僕らは最高のテンションでスタジオを出た。
そして、すぐに来週の予約を入れた。練習日を忘れないように、今週と同じ曜日の同じ時間に予約を入れることにした。
「ポンタ、次は忘れるなよ?」
僕が念押しする。
「一回忘れたくらいで、しつこいよ。同じ失敗は二度としない。完全無欠の俺を信じろって。」
年下のくせに偉そうだと思ったのは、僕一人ではないだろう。
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