刑務所とか拘置所とか裁判所の内話

毒の徒華

一生結婚しないと思っていた私が獄中結婚した話




 子供の頃からずっと、大人になっても尚、結婚はしたくないと思っていた。


 そもそも「結婚」とはなんなのか、誰か知っている人がいたら教えてほしい。

 何故、皆躍起になって「結婚」をしたがるのか私には分からない。

 なんなのか分からないことをやってみようとは到底思えなかった。


 私の両親は不仲だし、私も別に生まれて良かったとは思っていない。


 子供は産まないと決めている。

 理由は全部話すと色々ありすぎるけど、自分が生まれてきて良かったと思っていないのに子供を作るのは自分の倫理観に合わないと思うから……っていうのが1番の理由かな。

 子供が欲しい訳じゃないし、寂しいとも感じない私は結婚というものを全く欲してなかった。


 私はそれなりに容姿と人生には恵まれて生まれ育ったと思う。

 家族に虐待されたこともない。大学も出て楽しかった思い出もあるし、友達もいる。大きな病気もしてない。

 20代で一軒家も買って、庭で植物を育ててそれを見て穏やかに母と生活している。大金持ちではないが、お金に困っている訳でもない。


 私のことを好きになってくれる異性はそれなりにいる。

 今までの異性関係は、それが私個人を好いてくれていたのか、ただのオンナとして好いていてくれていたのかは判別できないけど、それなり。


 でも、私は私を好きになってくれる人を好きになったことがなかったし、結婚なんて考えたこともなかった。


 そんなこんなが20代後半まで続いたけど、ある日たまたま旅行先の裁判所に傍聴に行った日、私の運命が変わった。


(夫のことを以前『今、刑務所にいる君へ』というエッセイで書いていたけど、やっぱり私だけのことじゃないので非公開にした。ブクマと評価とコメントをしてくれてた人には申し訳ない)


 ここでは夫の事は詳しく書かないけど、私はその裁判を聞いていて色々思うことがあって拘置所に面会に行った。

 二十数年生きていて初めて拘置所という場所に入った。犯罪には無縁の生活をしていたし、身内にも犯罪者はいなかったから行く機会がなかった。


 結果として1年半くらい拘置所に面会に通い続けた。

 面会を続けた理由は本当に色々あるけど、一言で簡単な言葉で言うと可哀想だと思ったから。


 それから最高裁まで行ってから彼の刑が確定し、刑務所に移され、暫くしてどこの刑務所に移送されたのか知らせる本人から手紙が送られてきた(後述するが、どこの刑務所に移ったのかは拘置所に聞いても親族でも教えてもらえないので、本人から手紙がこないとどこにいるのかは分からない。調べる方法は一応あるが……)。


 正直、日本全国どこの刑務所に行くのかは分からなかったし、拘置所と刑務所では面会できる要件が違う。


 私は刑務所に行ったらもう会えないと思っていた。

 それでも、北は北海道、南は九州・沖縄まで、どこに収容されても1回は絶対に会いに行くという約束を私はしていた。

 実際に初めて彼が収容されている刑務所に面会に行ったときに、刑務官に面会を1度は断られた。


「親戚でないと面会できません」


 と。


 一生結婚しないと思っていたし、彼と結婚がどうとかそういう浮ついた関係ではなかったし、面会を断られたら遠いところを苦労して行ったけど大人しく帰ろうと思っていた。


 しかし、彼は私以外に頼れる人が誰もいない。

 私が刑務官に断られて大人しく「分かりました」と返事をしていたら、もう彼とはそれっきりになってしまっていたと思う。

 それは当時も分かっていた。


 私は彼がどこの刑務所にいるのか調べる方法を知っていた。

 でも、拘置所に面会に行っていたり、手紙を出していたのは私が勝手にやっていた事だった。

 彼は面会を拒否することはなかったが「会いたい」「来てほしい」と1度も言ったことはないし、手紙もほぼ全くと言っていいほど返事はなかった。


 だから彼が行方不明の間はずっと迷っていた。毎日、毎時間迷い続けた。

 私が刑務所の場所を調べて会いに行っても、彼はそれを望まないのではないかと。調べてまで会いに行くのはただのストーカー行為なのではないかと。

 だから私は彼がどこに行ったか調べなかった。そのまま諦めなければならない可能性があることも理解していた。

 でも、彼は私に居場所を知らせる手紙を書いてくれた。

 その手紙で彼は口では言わないけれど私に会いに来てほしいのだと分かった。


 だから、私は気付いたら


「なら結婚するので、せめてその話を本人と直接させてください」


 と刑務官に言っていた。


 親族でないと面会できないなら、親族になればいい。

 私が少々食い下がると、2名の刑務官は「この話は上に持ち帰るから、待っていてください」と言って戻っていった。


 私は混乱していた。

 まさか「結婚」なんて自分が言い出したことに動揺していたし、色々あって半年間も会っていなかった彼に開口一番結婚の話をしなければならないという動揺もあった。

 そもそも、上に持ち帰られたその面会の話が通るかどうかも分からない。


 が、刑務所側は寛大な措置をとってくれて、結婚のことに関することだけ話すという限定条件で面会許可が下りた(断っておくが、ただ私が刑務官に対してゴネたから許可が下りたわけではなく、彼が重度の統合失調症を患っているから手紙のやり取りで結婚の話ができるとは思えないと私が言ったのも背景にあると思う)。


 正直……彼に結婚の話をするのはかなり気が引けたけど、彼との繋がりを保つためには結婚という法的な手段しかなかった。

 彼も結婚の話をしたときは動揺していたように見えた。

 けど、つまるところ私たちはそのときの面会で婚約したので面会の許可が下りて、面会を重ねて色々調整し、結婚することができた。


 今まで彼には面会室と裁判所以外で会ったことはないし、指一本触れたこともない。

 でも、上手くいってる。

 手紙を出したり、面会で話すしかできない関係だけど、それを長い事続けてる。

 長い間良い関係を続いてるってことは、こんな形でも上手くいってるってことなんだろうなと私は思ってる。

 私の住んでいる場所から相当遠いところに刑務所はある。

 でも、時間を作っては私は遠くにある刑務所に面会に行っている。


 私は一生結婚しないとずっと思っていたけど、法的に効力を持たせる為に婚姻関係を結ぶのは、結婚というシステムを一番うまく使えていると思った。


 初めて会った頃の彼の心は、冷たく凍てついていた。

 完全に殻に閉じこもっている状態だったと思う。面会で笑える話をしていた訳ではないものの、笑顔を見せてくれることは稀だった。

 ずっと疑心暗鬼で、全く私のことを信用してくれていなかった。今でも完全に信じてくれている訳じゃない。


 でも、少しずつでも彼は私に心を開いてくれている。

 彼なりに勇気を出して私を信じようとしてくれている。


 私はそれ以上のことは望まない。

 彼に……彼の人生でたった1人くらいは信じられる人ができたらいいと思ってる。

 彼の人生で、たった1人くらいは一緒にいて安らぎを得る人ができたらいいと思ってる。

 私がその1人でいたいと願ってる。


 一緒に映画を観たり、旅行に行ったり、食事をしたり……そういう普通の事は今はできないけど、彼は刑務所に入る相応のことをしてしまったから仕方ないとも思ってる。

 でも、それは彼だけのせいじゃないと思ってるから、私は彼と結婚して彼の帰る場所を作った。


 それが、私の結婚。



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