1st ep.それは、まるでコインの表裏のように ④

 その後は他愛もない会話を続けてログアウトした。

 タクの勘が鋭くて一瞬焦ったが、バレてはいないようだ。

 俺こそが悪名高い『リバー』だ。

 ムカつくんだよな。部活に、特に運動部に打ち込む連中がさ。

 深いことも考えずバカにみたいに練習して、鍛錬した成果を試合で発揮して、喜怒哀楽を味わって次の試合までまたひたすら練習。はいはい、青春乙って感じ。

 話を戻すけど、俺は『タク』とリアルで会ったことはない。同じ学校の二年生ってことは分かってるんだけど、それ以上は教えてもらえない。ネットリテラシーがしっかりしている。

 表アカのフレンドではあるものの、『タク』は警戒しておくに越したことはないな。

 だが、岳志に暴言DMを送ったのが『リバー』のフレンドって件は気にかかるな。

「どういう繋がりが……」

 たまたまなのか、理由があってはっきりとした敵意を向けているのか。

「……あ」

 ふと学習机の隅に乱雑に置いてある教科書とノートが目に入った。

 そういえば宿題が出てたな。

「数学の課題だったな。始業したばかりだってのに宿題なんか出すなよ……」

 俺の学業成績は極めて悪い。

 勉強は得意じゃないのにそこそこ偏差値が高い関東中央に入ってしまったがために、授業にはほとんどついていけてない。試験は毎回赤点で、補習と再試験でかろうじて評定では赤点こそ回避してきたが、今学期は分からない。

 もし、もしもだけど、留年しちまったら俺はどうなるんだろうか。

 親や弟からは完全に見放され、岳志や稲本たちも俺から離れていくのだろうか。

 ……まぁ、奴らがSNSやってるだけの腐った高校生と繋がるメリットはないよな。

「どうせ明日の授業では日にち的に俺が当たることはないだろうし、やらなくていいか」

 宿題が出た次の授業で答え合わせがあり、当てられた生徒が答えることになるけど、明日俺が当たる可能性は限りなくゼロだ。

 宿題の存在を消し去って、再度『リバー』でログインした。


リバー:『たった今宿題ボイコットしたったわ』


②  :『オメー悪い奴だなww』


ヨシ :『そんなんで進級できんのかよ?』


リバー:『分からん。留年したらその時考えるわ』


ヨシ :『こりゃダメだわw』


リバー:『そういうヨシも人のこと言えねーだろ』


ヨシ :『まあなw お前のこと嘲笑あざわらえる立場じゃねぇんだわ』


②  :『なぁ、そんなことよりちょっくら掲示板荒らしてやろうぜw』


ヨシ :『お前マジでろくでもない野郎だよなw』


リバー:『ま、いっちょかますのも悪くねーな』


②  :『だろ? 侵略してやろうぜ♪』


 こうして俺たちは掲示板の様々なスレッドを荒らし回った。

 が、しばらくしたらすぐに飽きたのでログアウトした。

『ヨシ』も『②』も学業成績は非常に悪い。陸上部に入ってる『ヨシ』はまだしも、部活動にすら入ってない俺と『②』はボンクラそのものだ。

 自分で言うのもアレだけど、マジでろくでもない徒党だよな。

「飲み物でも取ってくるか」

 冷蔵庫からコーラでも取ろうと自室を出て階段を降りたところで、玄関扉が開いた。

「あ……ただいま、兄さん」

「……おぅ。おかえり」

 タイミングが良いのか悪いのか、弟の龍介りゅうすけが帰ってきた。

 中学三年生の龍介はテニス部に所属していた。部活を引退した今もテニススクールで鍛錬している。

 腕前は将来プロに行けると有識者から太鼓判を押されるレベルで、中学の大会も全国まで進出した。我が弟ながら誇らしいが――誇らしい以外の感情も持ち合わせていたりする。

 テニスのスポーツ推薦で俺と同じ関東中央高校の合格も確約されている上に俺と違って学力も高いので文武両道だ。両立どころか両方ともてんでやっていない俺とは次元が異なる。

「今日もテニスか?」

「……あぁ、うん」

 龍介はばつが悪そうに頷くと、靴を脱いでリビングへと入ってゆく。

 俺も中に入り、リビング奥、キッチンの冷蔵庫を開けてコーラのペットボトルを取り出す。

 両親は共働きで家を空けていることが多く、龍介はテニススクールに通いつめているので夕方から夜にかけて家にいるのは基本的に俺だけだ。

 その後も特に龍介と会話するでもなく【学生広場】をやりつつ、適当にネットサーフィンをして一日を終えた。


    ▲▲▲


「朝練でテニスコート横を走ってる時にちらっと稲本さんのプレーを見たけど、すごく上手だね」

 翌日の休み時間。

 俺の席でともに雑談していた岳志が稲本の話題を出してきた。

「……そうだな」

 変にテニスの話を避けずに出してくるのは岳志なりの気遣いなのだろう。

「あの左腕から放たれるサーブとスマッシュは強烈だね。僕の動体視力じゃボールの動きを追えなかったもの」

 左腕……? 岳志は勘違いしたのかな。

「稲本は右利きプレーヤーだぞ」

「あれ、そうなの? 僕の勘違いかな」

「対面から見てたんだとしたら、岳志目線では左に見えたんだろうけどな」

「そうなのかなぁ」

 岳志は腑に落ちない様子で腕を組んでいたが、

「けど、俊哉が言うなら間違いないね」

 嘆息したのち、微笑を浮かべて引き下がった。

「稲本とは長い付き合いだからな」

 伊達に十年以上腐れ縁はやってない。

 岳志の言う通り、稲本のテニスの実力は確かなもので、中学でも高校でも全国大会目前まで勝ち進めた。一年生女子の中で一番の有望株だ。

 テニスだけでなく学業も優秀で文武両道を地で行く優等女子高生だ。ゆえに俺みたいな部活もしない上に成績もズタボロのボンクラ人間に対してついつい口うるさくなってしまうんだろう。

 昔はそれほど俺に絡んでこなかったと思うんだけどな。

「お互いに理解し合ってるって間柄だね」

「デキてるみたいな言い方すんのはやめてくれ」

 熟年夫婦みたいな言い回しをするんじゃないよ。

「なになに? 何の話?」

 噂をしてたらご本人登場。稲本の情報アンテナすげぇな。

「稲本はすげぇって話だよ」

「え? 私が、すごい……?」

 自身の話をされていたと知った稲本は一瞬目を見開いた。

「テニスもそうだし、成績も良い。真面目な才色兼備だってな」

 龍介も岳志もそうだが、俺の周りには文武両道な奴が多い。だからこそ劣等感が炸裂しちまうんだけど。

「そ、そう……」

 稲本は賛辞が照れくさいのか、頬を染めながら俺の言葉に耳を傾けている。

「――と、岳志が褒めてた」

「……あ、あぁ。なるほど……」

 褒めた主が岳志と分かった稲本は我に返ったのか、赤い顔で頷いた。

「宮下君だって成績良いじゃない」

「俊哉、僕は成績の話はしてなかったけど……」

「まぁまぁ細かいことはいいじゃねーか」

 俺が稲本を褒めると調子に乗るのは分かりきってる。全部岳志が褒めたことにさせてくれや。

「俊哉も少しは真面目に勉強しなさいよ。このまま行くと二年生では留年よ」

「留年は嫌だなぁ」

 その可能性は多いにあるのが困るが、なったらなったで運命だったと悟りを開くしかあるまい。

「まったく、アンタはホントいつもいつも――」

 あー。稲本の説教スイッチが入ってしまった。こうなると話長いんだよなぁ。休み時間が終わるまで大人しく聞き続ける他あるまい。


 以上が俺のくすぶった日常。

 SNSと通学を繰り返すだけの腐った日々。

 それもそれで悪くないと思っていたんだが――俺は思い知ることとなる。

 やはり、人格に難がある人間の悪い所業には天罰が下るということを。

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