第三話 時の流れ
その小麦色の手で、風に吹かれた髪をよける仕草なんかを見ると、「かわいいな」って思う。その明るい笑顔を携えて、友達と一緒に歩いている姿を見かけると、「寂しいな」って思う。……こうやって言葉にしてみると、昔から何も変わっていないようだけど、その「かわいいな」は、昔よりもずっとずっと私の心を温めるし、その「寂しいな」は、昔よりもずっとずっと痛いんだ。
――どうやら私たちの心は、上辺だけの理性なんかに説得されてしまうほど、単純じゃないらしい。頭の中の会議室、色々な言葉で、色々な角度から、何度も何度もこの想いを否定したけど、結局は無駄だった。
「……茉莉、久しぶりに一緒に帰らない?」
肌寒い草原で大の字になり、空を眺め続けて過ごすような一日を、延々と繰り返していた。こうやって、鈴が私に構ってくれる時。それが、空に星が散る夜だ。
「うん、いいよ」
最低でも、鈴が中学校を卒業するまで、この緩やかな地獄は続いていく。そう思って絶望していた私の元に、クモの糸が垂れたのは、突然のことだった。
「……実は私、引っ越しするんだ」
「……えっ、引っ越し?」
真っ白になった頭が再起動した後、湧いてきた感情に、安堵や喜びは一切混じっていなかったような気がする。
「……うん。お父さんの仕事の都合で、ここから車で一時間くらいの
二人でよく遊んだ近所の公園、私たちは無言のまま、ベンチに座っていた。
「卒業式の次の日か……じゃあ、あと一週間だね」
「……ごめんね、伝えるのが今頃になって。早く伝えても、茉莉の悲しむ時間を増やすだけだと思ったの」
言いたいことは色々とあったけど、驚きと悲しみに喉を塞がれて、ただ頷くことしかできなかった。それぞれ違う宙の一点を見つめて、黙り込んでいた私たち。
――その沈黙を先に破ったのは、鈴だった。
「……私だって、引っ越しなんて、したくない。茉莉と、ずっと一緒にいたいよ。ねえお父さん、残業多いし、ボーナス少ないって愚痴ってるよね! 会社なんて、辞めちゃってよ!」
雲一つない青空、凪いだ涼しい風。何にも邪魔されることなく響き渡った鈴の叫びは、驚くくらい幼くて切実だった。一生分の悲しみを詰め込んだような涙が、微かに赤くなったその頬を静かに伝っていた。
「鈴……」
思わず伸ばした手は、その涙を拭う前に止まってしまった。投げかけようと思った言葉は、急に重くなった悲しみに押し潰されてしまった。
「ごめんね、茉莉。今まで……」
「謝らないで、鈴は何にも悪くないから」
声が面白いくらいに震えた。顔を合わせたら、途端に泣き出してしまう気がしたから、私はずっと目を逸らしていた。
「でも……」
「いいから」
「……わかった。じゃあ、せめて明日からはさ」
鈴は突然、少し痛いくらいの力で、私の手を握った。思わず振り向いた私の視界に映ったのは、やけくそに見えるくらい清々しい、鈴の笑顔だった。
「毎日二人で登下校して、昼休みも放課後も、時間の限り二人で遊ぼうね。ないがしろにしちゃう他のみんなには悪いけど……やっぱり、私の一番の友達は、茉莉だからさ」
――頬をつねって夢かを確かめるみたいに、胸に手を当てた。ぬか喜びしたくなくて、何回も何回も繰り返した。
「……やっぱり私、少しもドキドキしてない」
「茉莉、なんか言った?」
「いいや、なんでもない」
私は今、純粋に鈴を友達だと思えている。そう気づいた瞬間、息が詰まるくらいの多幸感が湧いてきて、私の心にあった悲しみの居場所は、あっという間になくなった。
「……
「それくらいのことで、
――光陰矢の如しとは、本当だと思う。鈴が引っ越してから、もう四年が経ったなんて。
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