42番ホール 運命の前日

 たったいま決勝進出を果たしホールアウトしました水守選手・大空選手を直撃したのですが。

 詰めかけた大勢の報道陣も話に割って入れない状況です。駆けつけた上野ファストゴルフ理事と世界の赤井さんによる、水守・大空ペアへの追及がおさまりません。

 私が合流してから以降で会話中にて出た内容としましては、決勝打となった打突時に火花が散ったのは、クラブヘッド同士がわずかにかすった結果とのこと。その際に水守選手が倒れたのは、軽い熱中症による症状で、大事には至らないであろうとのことでした。

 通常は勝利者インタビューのところ予定を変更し、現在も続く説教のもようをこのまま生でお伝えすることといたします。


 ケガがなかったのだからもう、そんなに怒りはしないけれど。

 まったく、あんな一か八かのショットに打って出るだなんて。ひとつ間違えば大惨事になっていたわよ?


「いえ、あれできちんと勝算があったんです。成功する算段があったのですよ」


「美月ちゃんのクラブとぶつかるような冒険なんてするわけがないよ。だってボク、ちゃんとクラブが通りすぎるのを待ってから振ったもん。ほんとだよ?」


 自爆ショットそのものではなかった?

 それもあの一瞬でそんな芸当を!? 驚きね、まるで常人の感覚じゃないわ。


「自爆ショット? そんなもったいないことするわけないじゃん。一度ヘッドを地面に当てて、そこで待機しててね。美月ちゃんがちょうどクラブヘッド1個分フォロースルーに入ったところでダムが決壊、地面スレスレで一気にズドン、ってね。いまのボクなら超〜簡単かんたん」


「それにあの技しかグリーンに届かせるすべがなかったのです。岩に当てる技や、マーカーに当てる技は威力の損失が大きくて。先に披露しました、わたくしたちが偽典と呼ぶ直接打ち返すことに特化した技はその弱点を解決したものでしたが、どうしても方向性がネックでした。もとよりそれは、いずれ正典として完成が約束されていた技ではありました。しかしその危険性ゆえ使うのはここぞという時と決めていたんです。着想は1年前に、偽典を繰り返すことで精度を上げて。成功する見込みは大いにあり、それでしか成し得ない場面であると」


「それにあの人たちをこれ以上勝ち進めさせるわけにはいかなかったからね。多少無理してでも止めたかった。ここであの人たちが薬を使うのをやめさせたかったんだ」


 なるほど。思いつきで使った、一か八かじゃあなかったって言いたいのかしら。

 底が知れないとはこのことだわ。まったく、とんでもない選手に育ったものね。


 そろそろいいだろう、言っておあげなさいよ上野くん。

 彼女たちはその言葉をこそ待っている。


 ……おめでとうあなたたち。ついに決勝進出ね。


「ありがとうございます!」


「それであの、ロシアの人たちは? あのあとすぐに倒れたって聞いたから心配になってて」


 そこが気になる?

 当然よね。

 でも身から出た錆かしら。違法薬物ではないから逮捕とまではならないのだけれど、今後スポーツの表舞台にでることは難しいでしょうね。


「そんな……!」


「…………」


 厳しい処分が下されるはずだ。トカゲの尻尾切りの目にも遭うだろう。

 それだけにとどまらない。あれだけの規模の異常事態だ、大会スタッフだけでなく一部のジャッジもかかわっていた可能性があったんだが。

 その関係者と思しき全員が試合後に姿をくらましているらしい。生きてくれていたらいいが。


「えっ!?」


「命にかかわるような事態なんですか!?」


 君たちが心を痛める必要はない。本意でなかったにせよ、彼ら彼女らは加担していたんだ。

 スポーツは、己がもつ身体能力で。この範疇から外れたらそれはもう純然なスポーツじゃない。しかも肉体同士の力比べの舞台に政治が絡んだら、それはもう国が企図した犯罪行為だよ。

 これからロシアはオリンピック委員会や各国から厳しく追及されることになる。かの国は国家ぐるみでメダルを強奪しにきていた。おそらくはゴルフ以外の競技でも。

 ここでオーバードーズをせざるを得ない状況を引き出し、結果として押しとどめることに貢献してくれたのは君たちだ。それを誇りこそすれ、気に病むことはない。


 この事件があなたたちに陰を落とすのは無理ないわ。

 でもそれは済んだこと。望んでいたにせよ、いないにせよ、ポロンスキー選手・チェレンコフ選手は片棒を担ぐことを選んだのよ。


「でもそんな簡単に割り切れないよ。ボクたちだって、もしロシア国籍だったなら断れなかったかもしれない。あの人たちがもし日本国籍だったら、って……」


「つばめさん……」


 肩を落とした高校生ふたりを囲んで関係者がクラブハウスへと引き上げます。

 圧倒的な飛距離を誇ったロシア代表ペアでしたが、その実はニッポンの水守と大空に対抗しての薬物摂取によるものでした。本来なら反則負けとなるところを、ニッポンペアが真正面から打ち破った姿が印象的でした。

 勝ちはしましたが、さまざまな思いが錯綜する複雑な結末の対戦となりました準決勝第1試合。これに肩を落とさずに心機一転、明日の決勝を戦ってもらいたいと切に願います。

 以上、カリフォルニアのリビエラカントリークラブからお伝えいたしました。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 道を外れた選手に対し、あくまで正しくあろうとした大空選手と水守選手のおふたりに敬意を表します。


 チクった相手が失格になって勝つ準決勝なんて準決勝ちゃいますもんね。

 ズルをした相手を真っ向勝負で倒すやなんて痺れるやないですか! むしろ胸を張ってください大空選手! 水守選手!


 さあ、そんな大空・水守ペアがいよいよ明日、念願かなってオリンピック決勝の舞台へと上がります。

 試合はこのあと、日付が変わった18日、日本時間の深夜2時半から。このチャンネルにてお伝えいたします。


 ついにペアゴルフも決勝戦!

 明日の仕事は休んでもええ! 僕が許したる!

 夏休みの学生諸君は今から徹夜やで!


 いえいえ、録画でもいいですから。ネットで速報を見てしまわないように注意されて1日をお過ごしください。

 それではまた明日、この時間にお会いいたしましょう。


 柔道は空前のメダルラッシュ!

 水泳男女の自由形も金! メドレーも金!

 これから行われる体操の床と団体にも期待!

 そして我らが大空選手・水守選手ペアの金で、ロサンゼルス・オリンピックは前大会越え、18個もの金メダル獲得やで!


 期待はふくらみます!

 がんばれ! ニッポン!


「さ、テレビ消したし、もう寝よ? 今日がどうであれ、明日も勝たないと」


「その意気です」


「……あの人たち、最後は戻ってきてたね」


「ええ。いつかまた、対戦したいものです」


「そうだね。その時はきっと、ズルなしでね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る