35番ホール 復活の刻
さあ1番を終えて2番ホールへとやってきました。
先ほどはニッポンが勝ち越しかという場面、そこで出たのがアプローチを修正するブラジル特有のデュアルショットでした。
3秒ルールを越えてしまうから修正可能なのはほぼアプローチ限定だけなのに、なかなかどうして汎用性のあるショットよね。
昨日までの記録を見れば、打ち出しからOBへと向かうミスショットはフェアウェイへ。バンカーから外したのをグリーンに乗せ、クリークへ落ちようとするボールは止めてしまう。
投擲までが3秒におさまればいいのよ。落ちたクラブに当たるのはあとでもいい。意外と3秒間でできることって多いのかも。
そうはおっしゃいますがドライバーショットにクラブを当てるのは至難どころか奇跡に近いものです。それを可能にするランドールの妙技。
これまでイーブンを続けてきてはいますが、一度でもニッポンペアがグリーンを外そうものなら牙をむいて襲いかかってくる、そんな恐ろしさがブラジルペアにはあります。
このコネクテッド2番ホールではブラジルが目の覚めるようなクリーンヒットをし、日本ボールを大きく突き放しました。
あれはほんとによく飛んだわよね。いったいどこまでって、早く落ちろって思ったもの。
ちょうどいいところに強めの追い風が吹きました。時折そのような、突風とまでは言わない程度の強い風が海から吹きます。このホールは海に背を向けていますので、より風の恩恵を受けます。
海からは少し離れているのにね。それでもこの季節にはそんな風が吹く。
日本もうだるような暑さの中でこんな風が吹いたらっていつも思うのだけど、吹いたら吹いたで髪が乱れたって文句を言うのだから始末に置けないわよねアタシたちって。
にしても、大空ちゃんたちは運がなかったわ。アドレスしている時にあれだけ服がはためいていたのに、いざボールが飛ぶ段になったらピタリと。
なんの嫌がらせなのかしら。
そのため日本からの2打目となります。比較的まっすぐなこのホール、さほど難しくはありませんが。
風をどう読むかよね。この場合、吹くと読んで弱めか、吹かないと読んで強めか。中庸が最適解なのは間違いないわ。
このホールのグリーンはドスンと落とすと止まらない。向こう側にこぼれるんだ。そうかと言ってバックスピンを強くかけると手前に戻ってくる。
手前から転がしてになると、どうしても風とは向き合わなければならない。意外に判断の難しいホールなんだ。
グリーンキーパー側からしたら、いつも遠くからポンポン簡単に乗せられてばかりじゃ名がすたる。ホールの最適な難易度は彼らに委ねられているからね。
さあニッポンペアはどう攻めるか。
打ちました水守と大空、これはいい!
手前から転がってグリーンへと!
「届け!」
乗ったーッ! またも遠くから乗せてきたニッポン!
あれはまずいわよ。
え!?
手前の傾斜は相当あるわ。簡単にゆうとドーム状なのよ。最低でも段の上には乗せないと。
ボールが引き返した! 戻ってきます!
非情にもどんどん加速してしまうと!?
ああ〜、ファーストカットまで戻ってしまいました。
一度はオンしたかに見えた日本の第2打は、惜しくもグリーンの傾斜に戻されてオンならず。
「クゥッ!」
「ドンマイですつばめさん」
「この勝負、もらったな」
「ああ」
これは大ピンチよ。
おっしゃる通りです。ブラジルはこれからが第2打。さらには彼ら特有のデュアルショットもあります。もちろん乗せればキャリーオーバー含めて2ポイントが一挙に。ニッポンがいきなり窮地に立たされることになります。
こうなってはできることなんて何もないわ、相手のショット次第ね。2打目で多少のミスが出ることがあっても、3打目で直接入れられては帳消しになる。
大きなミスじゃないと。OBとか、ガードバンカーに捕まるとか。
運命を確定させるブラジルの第2打。
綺麗な放物線はグリーン手前にピタリ。
「乗れッ!」
「止まれエッ!」
迷いのないスイングから飛び出したショットはわずかにショートしました。大空の口からは願望が漏れて。危ないところでした。
ヒヤヒヤよぉ、乗ってたら終わりだったわね。
「チイッ! 最後の最後で吹き戻しとか。風のやつ、今日は味方になってくれるんじゃなかったのか」
「まあいいじゃないか、これで3打目のカップインはほぼ確実だ。その点ジャパンはアプローチに我々ほどの精度を持っているとは思えん」
「だな。がぜん有利に違いない。しかし油断は禁物」
「もちろんだ」
若干遠かったブラジルからのアプローチ。
ウエッジですね、ふわりと上げて。
「これくらいの距離はひとりで決めてほしいものだが」
「おまえがうしろに控えていると思えばこそだ。頼む」
「承知」
転がり始めたボールに対し、ランドールの鋭い投擲! クラブがカップの真横に突き刺さりましたッ!
ボールが転がってくるのを待つ構えか!?
カップを一回転したボールが思惑通りにクラブに当たって!? カップに吸いこまれましたァ!
やはり決めてきたぞブラジル代表ペア!
ニッポンこれでかなり苦しくなりました! 高校の県予選からずっと負けなしできた水守・大空ペアがついに、世界の舞台で散ってしまうのか!?
落としたってまだ2.5ポイントよ、決着じゃない。
でもほとんど勝負あったってゆうわよね。ああもう、心配だわ。
「すごいと評判の日本もこんなものか。まるで苦戦しなかった」
「ま、こんなもんだろ。プレッシャーに負けたな。学生にしてはよくやった方だ」
「果たしてどうかなぁ。もう終わったと思ってるんなら大間違いかも」
「ほ。君らもこの距離を沈められる技を持っているのか? だったら見せてみろ。打った私がいうんだ、ここのグリーンは絶望的に難しい」
「ただのアプローチなら誰にでもできる。一縷の望みにかけて一か八かで打つのならやめておけ。恥ずかしい思いをするだけだ。完璧にねらってカップに入れる、それができるのならやるがいい」
「もちろんそうするよ。打ちましょうとも」
値千金の活躍を見せてここまで勝ち進めましたニッポンの水守と大空。このホールを落とすといよいよ厳しくなります。
あれほどまでに輝いたペアが、ほんの一打が届かないだけで敗れてしまう。スポーツとは時に残酷です。
ちょっと待って!?
水守ちゃんじゃなくて大空ちゃんが打つつもりみたいよ!?
アプローチの名手水守でなく?
大空がですか!?
そうみたい。水守ちゃんは後ろに下がってる。どんな考えがあるの?
コース上のふたりの考えを計りかねます。
ここで大空が持ったのはやはりドライバー!?
彼女がたずさえているのはドライバーです!?
ビュンビュンと元気よく素振りを始めましたが……。
まさか一発ドカンと記念に打つつもり!? どこへ向かって!?
ルール上は問題ありませんが、さすがにマナーとしてどうかと。
なにより危ないわよ。まだコースでプレーしているペアはあるし、ギャラリーだってたくさん居るもの。ジャッジは止めた方がいいのかも。
そんな子たちじゃないとは信じているのだけど。ヤケクソになったのかしら。
ああ! ここからじゃ間に合わない!
赤井さん! 彼女を止めてください!
なにを止めろって言うんだ、バカバカしい。
つばめくんが打つと決めたのなら、外野は黙って見守りなさいよ。
いくら若者とはいえ分別のある彼女たちだ。オリンピックを冒涜するような行為なんかしないに決まってるじゃないか。
あのマン振りは気になるが、俺は信じて待つよ。見届ける。
う。
そう、でしたね。
アタシったらほんとバカ。一度決めたんだもの、最後まで見届けなきゃ。たとえどんな結末になろうとも。
い、息を呑みます。
さあニッポンの大空。ここからどんなショットをくり出すというのか。
彼女のドライバーは一切曲がりませんが、グリーンのすぐ脇でいったいどんな。
一切?
曲がらない?
「美月ちゃんあのね、結局夢の中で会ったおじさんたちに決めてもらった名前にしたよ」
「んむ? どうぞご随意に」
「秘技! イッツ・ア・スモール・ワールド!」
小さく、コツンと打ちました!
打ち出しが速い! ボールはあっという間にグリーンを、っとノーバウンドでピンの根元に当たって!?
は!?
入りました! ニッポンペアがブラジルに続いてのチップインバーディ!
なんと! あの大空が!
まさかの出来事、アプローチを苦手とする大空が水守のお株を奪う一打でした!
「ナイスイン、さすがです」
「えへへ、あんがと」
「へえ、あんな打ち方を。やるじゃない」
「ちょっとでも当たりどころがずれたら大オーバーだぞ。無茶しやがって」
しかし上野さん、驚きましたね。
どうせ落とすのならダメ元で打ったうえで落としたい。その気持ちならわかるわ。
ところがあの子たちには十分な勝算があったみたい。普通に考えたらここは水守ちゃんよ、あの夏の大会を見た人間なら全員そう答える。でも打ったのは大空ちゃんだった。
これはどういうことかというと、水守ちゃんですらあそこからのチップインは至難だった。1パーセントとか2パーセントかしら。100回とか打ってやっと1回入るくらいの。
それを大空ちゃんが入れた。それも自信満々に。たぶん50パーセントよりも高い確率で打ったんじゃないかしら。
あの水守ですら最大2パーセントのところを?
大空が50パーセント以上の確率でですか。
理解できないのも無理ないわ。
普段の大空ちゃんでは逆立ちしたって入らない距離。広いフェアウェイにトンと置くショットと、小さな小さなカップに入れるのはまるで違うから。
大空ちゃんならむしろ200ヤードくらい離れた方がゼロじゃないってくらい。だからあのアプローチは本来彼女にはゼロパーセントのはずだった。
それを入れたのなら。
だったら可能性があるとしたらアレしかない。
アレ、と言いますと?
ただのゾーンなら一般人でも誰でも入れる。極限まで集中できればね。あの子のはそうじゃない、それだけじゃあのアプローチは入らない。
あの子はたぶん、あの庭園に招かれたのだと思うの。資格のある人間にしか訪れることのできない、ゴルフに愛されたものが集まるとゆわれる伝説の庭に招待されたのよ。
ええっと。
なんの説明が始まったのでしょうか。
アタシもそこに行ったことがあるのではないの。日本人では赤井さんが全盛期の時に一度だけ、迷いこんだことがあるって聞いただけだから。
それが伝説の庭、ですか。
白昼夢の類いね。
まあいいわ、忘れて? アタシも妙なことを口走った自覚はあるの。それくらい今の一打は異質で、それくらい素晴らしかった。
大事な局面で日本人選手が負けるのは何度も見てきたけれど、それをぜんぶ払拭するような起死回生の一打だった。もうね。アタシ胸がいっばひ。
放送席ではまた上野さんが涙ぐまれております。
さあ、これでまたイーブンを重ねました決勝トーナメント第2回戦ニッポン対ブラジル。スコアは互いに1ポイントで、キャリーオーバーは2ポイントが蓄積された状態。
しかしピンチの状況は続きます。同じ打数の場合、どちらがよりカップに近かったか。カップイン率ナンバーワンのブラジル代表を相手に、次は自動的に勝者が決まるVホールアウトにてコネクテッド3番ホールを戦うことになります。
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