34番ホール NO TITLE

 昨日の中国戦ではコネクテッド5番ホールにて、本来障害物である小高い丘の上へ乗せる奇策に出て、しかもそこから見事なショートカットに成功。中国が2オンを逃すと早々と2.5ポイントを先取。そののち危なげなく続く6番ホールをイーブンとすることでまとめ、勝ちを収めました。

 堂々のストレート勝ちで決勝トーナメント2回戦に進出した水守・大空ペア。今日の戦いではどんな新体験をもたらしてくれるのか。

 ついに世界の8強が出そろいました。これまでで残っているのはアメリカ、イギリス、ブラジル、南アフリカ、コスタリカ、ロシア、それとニッポンの二宮姉弟、水守・大空ペア。

 かなり絞られてきたなか、ニッポンのみ2つのペアがベスト8進出を決めています。


 8ペア中の2ペアが日本なんて、まるで夢みたい!

 これはもう、メダルが見えたとゆってもいいんじゃないかしら。


 本日の水守・大空ペアの対戦相手はブラジルです。2次予選Cブロックを1位で突破してきたのは南米の雄ブラジル。北米2位、2次予選F組を1位で通過したカナダのエースペアを破っての準々決勝進出でした。

 このあたりは番狂わせといったところでしょうか上野さん。


 ところがそうでもないみたい。


 と言いますと?


 2位通過とはいえゴルフ大国の一角を占めるカナダの、頂点に君臨する選手たちを退けてのベスト8入りだもの。ブラジルの実力は本物よ。

 英語圏でダークホースだなんだと騒いでいるのはお門違いよね。国がゴルフをやるんじゃないもの、結局は個々の能力、ペアの力が全てを制す。南アとかコスタリカとか面白そうな国も残ってるし、決勝はイギリス・アメリカってなるかどうかわからないわよ? それこそ我らが日本かもしれない。


 近年GDPの躍進めざましいブラジルは富裕層でゴルフが流行、そこに生じた新たなスポーツ・ファストゴルフ。今やブラジルはゴルフ場が次々と建設されるゴルフバブルの様相を呈しています。


 んま、なるべく人里から離れない、地形を生かした開発をお願いしたいかしら。

 おっと、これは余計なお世話だったわね。日本も高度経済成長期があるから人のこととやかく言える立場じゃないものねえ。


「君らクワドラプルイーグルを出したんだろ? 聞いたぜ」


「んう!?」


「クワドラプルっつったら? オストリッチか?」


「ああ」


「おーおーおー、なんかのニュースで見たなそれ。狭いジャポンのコースでの話だろ? たかだか1000ヤードちょっとでパー8など、チャンスホールとしか言いようがないぜ。世界ペアの規格ならパー6がせいぜいだ。それならいいとこアルバトロスだな」


「そうは言うが現役のハイスクール・ガールズがだぜ? オレらがあれくらいの歳の時にいったいどんだけ飛ばせたよ」


「なるほどな、認めざるを得んか。まあよろしくな、今日は楽しく回ろう」


「ほーい」


「はい、よろしくお願いいたします」


 それにしてもブラジルは変なデュアルショットを使うのよね。大丈夫かしらあの子たち。調子を乱されないか心配よ。


 そうでした。

 対戦相手のランダル・ランドール選手とカルロス・ウォレス選手の操るデュアルショットは異質、珍しい部類に入るテクニカル系のものです。


 二宮姉弟が去年までよく使ってたデュアルショットに近いわね。化け物みたいな動体視力が必要なやつ。

 あれを見てE難度にランクづけした委員は感性が腐ってるわね。いくら見た目が地味だからって、そのショットの難易度が下がるわけないじゃないのよさ!


 おっと、技難度の件は再燃させないでくださいね。


 ふしゅるるる……!


 ドウドウですよ上野さん。

 ドウドウドウ、ドウドウドウ。


「なんだか普通だったねブラジル代表のひと。ふたりとも普通の身長で普通の体型。奇抜なのは髪型だけかな?」


「たしかにすごい編み込みでしたね」


「あそこまでしたらほどくこともできないんじゃないの?」


「きっと呪術的な類いのものでしょう。飾りつけも堂にいったものがあります。部族の戦士とかじゃないでしょうか」


「なるほどね、戦いの装束か」


 さあブラジルからのティショット。

 ここはシンプルにサイクロンできました。飛距離は出ていますが、グリーン手前はかなり登っています。

 落ちたところで2バウンド、3バウンド。

 そのまま止まりました。ブラジル代表オンならず。50ヤードを残します。

 ここは日本、1番ホールから好機となりました!


「よぉし、チャンスぅ! かっ飛ばしちゃうもんね!」


「いいえ、ちょうどの飛距離でお願いします」


「ほーい」


 体調が万全の水守は見ていて安心感があります。昨年の夏、大会中に考案したであろうデュアルショットも、今となっては安定感をおぼえます。


 このあたりも成長というのだろうなあ。

 いつかに俺が『彼女らは成長しない』と評したのを取り下げよう。彼女らはまだ発展途上だった。

 まだ10代なんだ、まだまだいくらでも成長はできる。教えてもらったよ、飛距離やスコアだけでない成長を見せてもらってる。


「第2の奥義・改!」


「ブロークン・マリオネット・オブ・イーグル!」


 行ったーッ!

 これもいい球、しかし水守・大空ペアのボールはブラジルペアよりも高ァーい!

 これは期待できそうです。


 いいわね、すごくいい!


 グリーンへ落着!

 ランは出ますが大きなグリーン、そのまま止まって。ニッポンペアが1オン! 1番ホールをイーグルとしました!

 これでまず1ポイント先取——


 とはならないのよねぇ、ブラジル代表の場合。


 そうでしたそうでしたブラジルペアにはあの、デュアルショットがあるんでした。


「このホール勝ったんじゃないの? どうしてギブアップしないんだろ。もしかしてアプローチで直接入るのを期待してのことなのかな? ボクたちの全国大会決勝のように」


「いいえそう単純では。あの方々にはあの方々独自のデュアルショットがあります」


「デュアルショットぉ!? もう1打目は打っちゃったじゃない、ここは1オンできなかった時点でギブアップじゃないの? このうえどんな2打目を打つってのさ」


「見ればわかります」


 水守は承知して緊張の面持ち、逆に大空は楽観が過ぎる印象です。


 あの子たちらしいわね。どうせ大空ちゃんは相手ペアの情報を知らないのよ。


 そのようです。

 さあブラジルペアは2打目地点からの第2打。

 直接入れるつもりのブラジル代表。

 ここでウォレスがパターを抜きました。ランドールはクラブを持って眺めるだけ。


 ウォレスはパターもクラブセットに入れているのね。ファストゴルファーにしては珍しいわ。


 ウォレス打ちました。フェアウェイからの、グリーン外からのパットです。50ヤードもあるが?

 上りのイーグルパット、距離もどうか?

 そうとうな強振、転がりゆく先はカップから若干逸れています。思ったよりも傾斜がきつかったか、ラインには乗っていません!

 そのグリーン上を転がりゆくボールに向けて、ランドールがクラブを構えます!


 まるで槍投げのよう。いよいよ出るわね!


「出ますよ……!」


「まさか、あれがブラジルのデュアルショットォ!?」


「……ッ!」


 ランドールがクラブを投げた! グリーンのそばから全力で、槍のような形状をしたクラブを投射!

 放たれたクラブはグリーンに串刺し! 当たったボールの軌道をわずかに修正したァ!

 出ましたこれがブラジルペアのデュアルショット!

 逸れていたボールはふたたびの生を得てカップへと向かう! 描かれるは完璧な弧、ラインに乗ったボールは?

 カップイーーーーン!

 ランドール、逸れたパットを見事にカップ近くで修正してみせたァーーーー!


 ああもう、何度見ても信じらんないわ。


 俺もだよ。今日なんか間近で見たってのに。

 あんな軌道を変える程度だけボールに掠らせる技術。しかもグリーンへはルール上立ち入ることができない。だからクラブを投げて行う必要があるんだが。

 いったいどんな精度でクラブを放っているんだ?


 赤井さんも放送席も混乱の極みです。

 同じく間近で見守った水守も険しい表情、それ以上に大空の顔色は深刻です。


「なにあれ!? あんなのがゴルフなの!? デュアルショットなの!? それ以前にクラブって、放り投げてもいいんだっけ!?」


「ええ、ルール上は。ですが実際に投げて飛んでいるボールに当てることができるのは、その結果として適切にボールの軌道を変えられるのはおそらく、あのランドール選手だけですね」


 堂々たるイーグル。カップに入れてのイーグルはなんとも誇らしい。言わずとも顔に表れていますブラジルペア。


「悪い、待たせたね」


「さあイーブンだ。2番ホールへ行こうじゃないか」


「う、うん……」


 クラブそのものの形状は従前よりも自由になったの。制限されるのは素材と重さと長さが主。あれもPGAが承認しているもので間違いないわ。

 投げることに関してもとくに制約はないの。元々は手から離れたクラブに当たった場合に対しての、罰則の緩和措置だったのだけれど。まさかあんな解釈をされるとはね。


 拾ったクラブをランドールへ返すときに拝ませてもらったんだが。

 シャフトがヘッドの中央に均等についてたな。しかもボールを打突するような平面が一切ない。

 あれは最初から投げるのを前提とした形状だった。ウエイトバランスからしてもゴルフクラブのセッティングとはまるで違う。おそらくは槍投げの槍に近いんじゃないだろうか。

 そのうえさっきの投擲で使ったのはヘッドとは反対の、本来はグリップである側。まるでビリヤードのキューのような先端をしていたな。


 レポートありがとうございます赤井さん。

 投擲専用のランドール選手のクラブは世界広しといえど彼のみのものでしょう。すさまじい選手が出てきましたねペアゴルフに。


 そうね、ペアゴルフでなきゃ輝かない選手。ペアゴルフで大成するために現れた選手なのかもしれないわ。

 でもね、日本だって負けてないわよ?

 大空ちゃんは金属製のクラブを振れない選手、水守ちゃんはグリーンに乗せるまで何打も何打もかかる選手よ。あの子たちだってペアゴルフが存在しなければ日の当たる場所には出てこれなかったかもしれない選手たち。

 たしかにブラジル代表の力は恐ろしいわ。でもね、ニッポンのエースペアだって負けてないんだから!


 おいおい上野くん。どこを誇ってるんだ、どこを。


 CM後は2番ホールから、双方0.5ポイントの状態から勝負を見守ります。

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