27番ホール セント・アンドリュースの約束
「ハロー? ごめんくださ〜い?」
なんだ、おととい注文したAMAZONかと思ったのによ。極東の娘っ子が何しにここにきやがった。
「あのとき世界的な選手になったら来いって言われたから。だからここにきた」
自己紹介くらいしろっての。おめえはこっちの風体があんまり変わってねえからすぐに判別できたんだろうがな、そっちは最後に会ってから10年分は外見が変わってんだ。
本当はわかんねえほうが当たり前なんだぞ。
「そんなこと言っちゃって、しっかりボクたちのこと調べあげてるじゃないの。じゃなきゃ開口一番が極東なんてセリフなわけないもん。日本のニュースにわざわざ触れてくれてる証拠だと思うんだけど? この国じゃ自分から積極的に情報を取りにいかなきゃ、日本の高校生ゴルフのことなんて知らないって」
ったく、変なところが鋭でえのはシュータローゆずりってか。
しかしバーディ(小鳥)、こいつはどういうことだ? どうしておめえが今ここにいる?
だってそうだろう? 俺はあの時こう言ったんだ、『いつかおめえが世界的な選手になったならセントアンドリュースにこい』、と。
「覚えているから来たんでしょ? そのあと、『俺がおめえにとっておきを託そう』って言ったんだよ?」
ったく、なんつー記憶力だよ。
「世界的な選手にはこれからすぐになる。オリンピックに優勝して」
ハッ! こいつぁ傑作だ!
たかがバーディが世界の強豪ひしめくオリンピックで優勝だあ?
「ボクはもうじゅうぶん大人になったよ。だからなんでもいい。あなたがあの日、ボクに伝えたかった何かを。少しでもこの先のゴルフに役立つのなら」
本気なのか。
まあいい、これ以上玄関先でわめかれると999を呼ばれかねん。ドアを押さえる手も疲れるしな。
入れ。
ほかの人間は買い物に出かけていてな、夕方まで帰らん。
「じゃあ。お邪魔しま~っす」
ソファで適当に座ってろ、茶でも出す。
それよりいいのか? もうすぐ予選が始まるってのに、わざわざスコットランドに来る余裕があったのか?
「うん。予選には代わりの人たちが出てくれることになってるから。ペアを組む美月ちゃんが入院中でさ。ボクもいろいろ痛めてて、あと半月は安静にしなきゃならなくて。それで」
その間に自分はこの用事を済まそうってか。
だがどうにもわからん。あんなデタラメなショットを量産し続けるつもりなら、選手生命は極々短いぞ。おそらくは2年、いや、今年かもしれん。
おめえのタチが悪りぃのは、それを自分でもわかっててやってることだ。今回は治るのかもしれんが次回はわからんぞ? どうしてそこまでムチャをする?
「もう時間がなくって。子供のような柔軟さは失われつつあるし、いろんな箇所がふっくらしてきた。女性として体が完成しようとしてるんだ。だから少女の体でいられる来年が最後のチャンス。どうしても今のうちに勝っておきたくて」
んなわけあるか。
いいか、ゴルフってのはそもそも選手生命の長えスポーツだ。あんな身体を酷使するプレーさえしなければババアになってもできる。
わけを聞かせろ。ごたくはいい、急ぐ本当のわけを。
「…………」
ほら、これでも飲め。砂糖がいるんならこれだ。
誰にも言わねえさ。俺はゴルフの話を職場でしたことも、パブで肴にしたことも一度だってねえんだ。親友と交わした秘密は墓まで持ってくのが家訓なんだ、信じろ。
「実はパートナーの美月ちゃんが病気で。クラブを振れるのがあと1年くらいになりそうなんだ」
そうか、あの才能の塊みてえな娘っ子にそんな事情がな。そいつのために金メダルを贈ろうってか。ずいぶんと娘っ子らしい理由だわな。
とと、そんな目で睨むんじゃねえよ。わーったって、わざわざ地球の裏側から飛んできたってのに手ぶらで帰せっかってえの。
「それじゃあ?」
ああ、教えてやるよ。一応は世界にうって出られる程度にはなったことでもあるし、おめえがそれ以上ムチャをしねえで済むようにな。
元々が預かりモンなんだ、あれは本来おめえが持つべきシロモンさ。
「アイテム? いまアイテムって言った!?」
それにしてもだ、シュータローのことはアレだ、残念だったな。
ずっと気に病んでたのは知っとる。だが自分が誰かもわからなくなるまで飲まずともよかったろうに。こんな立派な娘を残してよぉ。
「おじさん、詳しいんだね」
誰がおじさんだ、ミスターと呼べ。
しかしそうか、サクラコに似てきたなぁ。来たるべき日がきたということか。
「?」
いいぜ、全面的に協力しよう。理由はおめえが人生を賭けるほどのもんなんだろ? こっちだってサクラコを失った時からずっと人生を賭けてんだ。預かりモンを今、おめえに託そう。
「え!? なに? お母ちゃんとも関係が!? しかも品物なんだ?」
そうさ。
ホレ、持ってけ。
「っとと、これは? カエルの貯金箱?」
そうだ。
だが陶器じゃねえぞ。合金製だ。
「これがあ? ぜったい陶器だって。色とか肌触りとか。重さもぜんぜん金属とは」
そう思うだろ? そこが狙い目なんだ。
元を知らなきゃぜったいにこいつを触ったやつはこれを陶器だという。でも違うんだ、こいつを割ると違いがわかる。
こうして、なッ!
「わちゃあ! でも、何!?」
な、中から出てくるだろ?
1層下に隠されたひと回り小さなそいつは、特殊な金属でできてんだ。宇宙産の、隕石製のな。
「隕石ぃ!? 宇宙ぅ?」
今おめえ、俺を馬鹿にしたろ。
「してないしてない! でも嘘でしょそんなの」
それが嘘じゃねえから盗まれたんじゃねえか。
その合金を使って作った手製のゴルフクラブで優勝をかっさらったヤツがいる。おめえも知ってるやつだ」
「ボクが知ってる? それって、赤井のおっちゃん?」
なんで年寄りが出てくんだよ。
もっともっと若えヤツだ。
「もしかして。美月、ちゃん?」
それだ。当時のクラブは今みてえに規制が厳しくねえし、性能も高くなかった。今みてえな打音はしなかったんだ。
その昔、おめえらが生まれたころに隕石を拾ってな。石鉄隕石ってんだが、その思い出の品を刀匠のやつがお遊びで、クラブヘッドに加工しちまったんだ。
その性能の高いこと高いこと。完全にオーパーツだった。
当時の冶金技術では到底、いや、現在でも超えられねえほどの高性能だった。だが反則じゃあねえ。当時のレギュレーションには適合してたんだ。そいつを使ったミヅキが優勝しちまって、その時の映像からクラブに注目が集まって。
「嘘だぁ。そんなの今まで聞いたことないよ」
嘘なもんか。子どものおめえたちに教えなかっただけだろ。
すぐにクラブは盗まれちまった。そんな驚異のクラブが、実はもう一本あったと言ったら。どうする?
「それって、ボクの……」
正解だ。おめえのクラブはすぐに刀匠がドゲザの形をしたカエルの置物に作り替えた。そいつをサクラコの葬式のあと、シュータローが帰る俺に持たせてな。さらに俺が地元の陶芸教室で上から土をかぶせて焼き、今日までこうして飾ってあった。
「どうしてそんなにしてまで? そんなもの、海にでも沈めてやったらよかったのに!」
悪りぃな、突然。シュータローが正気を失っちまった今、こいつを教えてやれるのは刀匠か俺しかいねえんだ。
おめえがここに来たんなら、伝えるのは今しかねえ。
済まねえな。あいつを守れなかった俺たちの、せめて守り通したかったものがそんなもんで。実はここにあったのさ、呪われたクラブの片割れが。
「このカエルが……。こいつさえ……!」
そう邪険にすんな。おめえの救世主になる素材なんだぞ。
「そんなものを使って勝ったところで! それに道具で勝つってなんかズルいよ。ほかの人たちが手に入れられない素材を使って勝つだなんて!」
なにを甘っちょれえことを。藁にもすがる思いでわざわざ地球の裏側まで来たんじゃねえのか!? ああん!?
「だって」
おめえらがこれから戦う相手は誰なんだ、言ってみろ。
「世界の? 強豪選手?」
なんで疑問形なんだ。そりゃいったい誰のことなんだ?
「赤井勇とか? 帝王ニフラム?」
ミスターをつけろよこの野郎。
それに古りぃんだよ、記録と戦ってどうする。
とにかくそいつらトップ選手はどうやってクラブを調達してるのか、言ってみろ。
「おじさんだって『そいつら』って言ってるじゃん。そりゃあスポンサーから最新の技術で開発されたクラブをもらってるんじゃないの?」
そうよ、それだ。
メーカーから提供された最新クラブを使うことはずるいのか?
そのクラブに使われているヘッドと同じか、少しいいくらいのヘッドを新しくこさえようってんだ。それのどこがずるいんだ? 言ってみろ。
「ええっと、ちょっとだけ性能のいいところ?」
頭が固えな!
いいか、シャフトは市販のもんだ、グリップもそう、もちろんルールにも適合させる。
身体は発展途上で、経験も足りねえ。そんなやつがちょっとだけ進んだ技術のヘッドを使ったクラブを、たったの一本用意することのどこに抵抗がある?
ねえんだよそんなもんは! いいからおめえは黙ってこの塊を受けとれ!
呪われていたってなんだって構いやしねえじゃねえか。こいつを使って勝て! おめえらが世界で勝つにはこの道しかねえ!
おめえはあと2年もすれば身体が完成する。まだまだ成長途中だ、発展途上。一方で相棒は下り坂なんだろう? そいつをハンディキャップとは言わねえか? それをおぎなうであろう道具のルール範囲内の強化を、おめえは卑怯というのか?
「うぐむ……!」
ルールにきちんと則った素材と重さと形状と。見事にレギュレーションはクリアする。違うのはただ、合金の原子配合比率と原子配列だ。
心配するな、人類の技術はあと5年もすりゃあこの宇宙素材に追いつく。10年もすりゃ追い越すだろ。その時になってから海にでも山にでも捨てりゃあいいさ。
「ぐむむ。最初は何しにきたくらいの空気だったくせに。んで? どうしたらいいの、このカエル。どうやって元のクラブにしよう」
並の職人には無理だからな。今や手づくりで、金属のかたまりからクラブヘッドへ成形できる職人なんてのはひと握りだろうさ。だから最初に作った張本人、刀匠のところに持ってけ。
「まあ普通に考えたらそうなるか。それが一番てっとり早いよね。それで、さっきからずっと言ってるソードスミスって人。その人はいま、どこにいるの?」
今時分っつったらそりゃあ日本だろうよ。持ってけ、そしてもう一度クラブにしてもらえ。
「うんっ!」
いい返事だ。
今日はゆっくりしていけんだろ?
「ううん、院長先生には美月ちゃんの家に泊まるって言って出てきたから、もう飛行機に乗らなきゃなんだ」
なんでえ、とんぼ返りかよ。
またいつか来い、次はワイフの料理でもてなした上で泊めてやる。その時はジ・オープンだ。
「うんっ!」
刀匠の住所はこれだ。引っ越したとは聞いてねえからまだここに住んでんだろ。
「ありがと。バタバタでごめんね」
いいってことよ、おめえと俺の仲だ。おめえは覚えてねえだろうが。
……いつかの機会にゆっくり話そう。
じゃあな、また来い。
「バイバイ。次はちゃんとゴルフで来るよ。今度こそ、本当の世界的選手になって」
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