12番ホール 川を渡って、木立ちを抜けて
1組目は8番ホールへ。
パー4では最長となる448ヤード。ただし全体が下りになっており、落ちた場所の状態がよければ1オンも不可能ではないホールです。
ま、フェアウェイのアンジュレーションがきついから今大会では一度も出てないのだけどね。
ここまで2ホールともイーブンで迎えた3ホール目。両校とも1ポイントずつ、プールは2ポイントあります。ここが決勝戦の切符を手にする舞台となるのか。
「長っが!」
「はあん? これに今さら驚いてんのはおまえくらいだな」
「イチイチ喧嘩売ってくるよねぇええええ!」
ついに出ましたね。独学館桜井の2本目のウッド、ルールギリギリの47.99インチドライバー。
やりすぎよ、アレ。
海外に持っていった時に48.01って計測されないか今からヒヤヒヤするわ。
ハハハ。
それを見た大空が驚いています。
桜井クンのはアイアンと同じくらいヘッドが小さいから、なおさら長く見えるのよ。錯覚でね。
今なら規格ギリギリの長さなんて一般の人でも珍しくないもの。それでも驚いてしまうのはやっぱり、あのヘッドの小ささだと思うのよアタシは。
おそらくは風の抵抗をおさえるための措置だろう。ミート力は高校生ゴルフ随一の桜井くんだ、飛ばしを追求した結果の選択があれなんだ。
「それでグリーンを直接。へぇ」
「こいつを使うのは今日が初めてじゃあねえ、春からずっとだ。おまえだってリサーチ不足なんじゃねえか」
「ぐぅ、バレたか」
「わたくしは存じておりました。数字でしか把握していませんが、それを用いたであろう名物14番の攻略はお見事でした」
「なるほど、まったく備えがないわけじゃあなかったんだ」
「備えとか言うな。そんなんじゃねえんだ、だれかに対抗して用意したわけじゃねえ。純粋に勝つための、超ロングコースを攻略するための純然たる力だ」
「それで? そっちはどんなティショットを見せてくれるんだ? まさか刻みはしないだろうな?」
「もちろんこっちだって直接狙うよグリーンを。見ててよ」
おや?
長崎東西が準備しているところに独学館が出てきましたね? あれでは長崎が打てませんが?
「んぅ?」
「なにかご用ですか?」
「さて、ここであんたらに提案なんだが。俺らと同時に打ってみる気はねえか?」
「なにそれ! 面白そう!」
「どうでしょう、ルール上の問題はありませんか?」
「そいつはさっき浜岡が確認して解決済みだ。林の中からとか隣のホールからとかで偶然重なることもあっだろ? だから両校の同意さえあればいいってジャッジの答えが出たんだ。どうする?」
「やるやる! こんな機会、公式戦だったらたぶん一度しかないもん。やるよねえ美月ちゃん?」
「ええっと。することは同じですから。まあ」
「じゃあ決まりっ! あなたたちも準備なさいよ。ほら、早く」
「はん、言ったな。吠えづらかくなよ」
「ねじ伏せてやる」
「自由に言っててよ、勝つのはボクたちだ」
なんと両校がティアップする事態に発展しましたが?
赤井さん?
どうやら同時に打つつもりらしい。
フフッ、高校生ってやつはなかなかどうして。
いつだって湧いて出る、自由な発想がうらやましいよ。実に頼もしい。
なんて子たちなのかしら。この舞台を楽しんですらいるわ。この一打で勝ち抜けか敗退が決まるってゆうのに。
どうやら独学館の浜岡が号令をかけるようです。
「私はこのティショットで唯一仕事がないからな。声はかけん。目くばせでいい、合図をくれたらこの手を下ろす。それと同時に打ってくれ」
「わかった」
「了解だ」
奇妙な光景です。
これまでとは一転、音のなくなったティグラウンド上に4選手。
中央に独学館の浜岡が堂々と立ち、向かって左に桜井が、右に長崎東西のふたりがアドレスします。
水を打ったかのように静かで、しかし緊張感に満ちている。
これで決まるのか。
この一打で決まってしまうのか。
独学館浜岡の腕が今、力強く振り下ろされた!
「ををおおおおおおあああああああ!!!」
吼えたぞ桜井!
「第2の奥義! マリオネット・オブ・イーグルっ!」
大空はいつもの通り元気に叫んだ!
同時に打ち上がったふたつのボールがまっすぐに太陽をめざす!
「いっっっっけえええええええ!」
「みたか、桜井の超高校級パワーを!」
どちらもグリーン方向ね。ボールが空中で蜂合わないかハラハラするわ。
ハハハ、その心配はいらないだろう。独学館の弾道は極めて低いものだし、長崎の弾道はいつもながら高い。当たることがあったとしたらグリーン上かな。
「チイッ!」
独学館のキックは右へ、グリーンを逸れてゆく!
あれはもったいないな。だが場合によっちゃあ手前に戻ることもある8番だ、逸れるくらいなら御の字だよ。
一方の長崎東西はまっすぐだ! 落着地点も完璧、グリーン方向へと!
「やったぁ! 狙ったもんね!」
「? それではまずいですね」
まっすぐに転がる長崎東西のボールは?
手前に唯一ある小さなバンカーへと。普通なら問題にならないはずのお飾りの障害へ入れてしまった!
アンラッキー・サンデーバンカーね。
あれに入れたがばかりに優勝を逃した選手の怨霊が招き入れたのよ、ボールを。
くしくも今日は日曜日。長崎東西がこのジンクスの前にひざを突かないことを祈るわ。
「どうなってんのこのひと……万力なの?」
「なんだってんだこいつら……バケモンか?」
「いえ、ですから対戦相手くらい予習してくださいませ」
「いや、だから対戦相手ぐらい予習しとけっつってんだ」
互いに戦慄を覚えるか、ティグラウンド上の桜井と大空! じっと見つめ合います両選手!
「おいおいおい、あんなバカみたいな打ち方しておいてほとんどグリーンまで届いてるじゃねえか」
「なに言ってんの、そっちこそひとりで打ったのにあんな遠くまで」
長崎東西はバンカーですが。
あの程度は水守ちゃんなら問題ないわ。むしろ注目は独学館がチップインするかどうかよ。
しかしこう、どのホールも一打で狙われてはゴルフ場側としては立つ背がありませんね。
その影響があって全国のゴルフ場はいま造成ラッシュなのよ。バックティよりもさらに後ろになるチャンピオンティの今年度内の増設を検討中、あるいは造成中なの。
海外じゃあもうその先を行ってて、ペアゴルフ用にストロングティなんて新たなカテゴリもできちゃったし。未確認情報ではその上のティを作るなんてことがまことしやかに囁かれてるの。インフィニティ、だって。どこまでが冗談なのかしら。
はあ、いずれにしても日本は出遅れたくらいなんですね。
んそうなのよお。ペアゴルフ発祥の地なのに。口惜しいったらないわあ。
日本はほら、お金ないから。それにデュアルショットが競技ゴルフで使われだすのが遅かったのも原因ね。
ほら、海外ってそういうところ積極的でしょ? 失敗を恐れず試合でもバンバンやっちゃう。
その点日本人選手は、打てるのに使わない期間が長かった。だってどんな難易度の技であってもいざ失敗したら恥ずかしいじゃない? テレビカメラの前でトチっちゃうと、目新しいから余計に。
だから高校生たちはいいのよ。失敗を恐れず元気はつらつ、いつだって前向きにトライ&トライでガンガンやってくれる。んま、敗退のリスクと隣りあわせなんだけど。
そんなデュアルショット元年の、それも頂点に届こうかという選手たちよ。あの子たちなら国内のプロをもしのぐわ。さすがの皐月も、国内で5本の指に入る選手たちには狭かったようね。
水守が難なく乗せてきました。コロリと落ちたバンカーは障害にならなかったもよう。
直接ねらった落としどころは絶妙でした。惜しむらくは若干スピンが足りなかったか。
「ナイスゥ!」
「いえ、もうひと転がり」
一方の独学館はどうか?
アンジュレーションの強いグリーンを使わずに、高く上げて落とすつもりのようだが?
旗に当たって!
真下に落ちた! 真下に落ちた!
惜しかった浜岡、片目をつぶってこの表情です。
「クソッ!」
今のは悔しいわよね。風が反対だったら入っていたかもしれない。旗がブレーキになって助かったとみるよりは、今のは旗が邪魔したような気がするわ。ちゃんとバックスピンがかかっていたもの。ちょっと飛びすぎだったけど、本当は行きと帰りで二度狙うつもりがあったのよ。
「ッんだよ、今日は嫌われてるなぁ」
「入れろってんだよバカ岡」
「だから2ヤード左に置いとけっつんだよ、スタンスが前のめりになっただろ? フラットなら今のだって入ってたんだ」
「それならそうと打つ前に、どうかあと2ヤード左に置いてください桜井様、って先にお願いしときゃあいいだろが」
「ハァン?」
「をお? ヤンのかコラ」
両校グリーンオン、しかしチップインはならず。
睨みあう独学館をそのままに、我関せずと自分たちのボールだけを拾ってさっさと次のホールへと向かうのは、水守・大空ペア。
集中力が途切れません。いよいよエンジンがかかってきたか。
CMのあとは9番ホールです。3ポイントをプールして、9番ホールでこの試合の顛末を再び占います。
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