《連載中》椅子に傅く

ヨル

第1話 そして今日も


「あと五分で逝かせろ」


足元に跪き、自分の性器を咥える女に命令を下す。


女は顔を赤らめ、潤ませた瞳で見上げてくる。

吐き出す息は、女が感じている苦しさを表すかのようだ。


見下される事が好いのか、苦しさが快楽を与えているのか。

女は怒張したモノを咥えながら、小さく身を震わせる。


「…しゃぶるだけで逝くとは…。」


そう嘯きながら、また自分もそれに興奮して射精を促される。


女の口腔内を穢し、そして今日もいつものように、呪いを吐く。


「…今日も相変わらずブサイクだな」



女が少し、悲しそうな顔を見せる。

しかし直ぐに俯き、そして立ち上がると、乱されることもなかったスーツのスカートの裾を確認した。


「…それでは明朝…、お迎えに上がります」


一礼すると、滑らかな動きで部屋を後にした。




◇◇◇◇◇



アリシマ・ファニチャーは、現社長の有島柾人ありしままさとが、先代が興した『有島家具』を一新した事により業績を上げた企業だ。


先代の有島雅信が『有島家具』を取り仕切っていた時は、家具を仕入れ販売を行っていた。


次男の有島桐人がイタリアの家具デザインコンテストのチェア部門で受賞した事を皮切りに、当時、次期社長として在職していた長男の柾人が『新部門 デザイン部 』を創設した。


デザイナーとして桐人が手腕を発揮し、『Oggi《オッジ》シリーズ』を発表すると『有島家具』の名が世間に知れ渡った。


カラーを思わせる形の背もたれから流線的に延びた後脚。それに続く前脚。


そのチェアの流れに沿うように、フェイスラインに沿ってカットされた前下がりのセミロング、艶やかなグリーンのマーメイドドレスを身に纏ったモデルが足を組み、細身の、カラーの葉を想像させる様に写ったポスターは話題になった。


業績が伸び、社長である雅信が退任を決意した。

早期ではあるが、長男の柾人が社長に就任した。


柾人の最初の仕事は、話題になったポスターのままのCMを流す事だった。


同モデルを採用し、スリットから伸びる美脚を追うようにチェアも映し出され、そして全体が映し出される。


テーブルにしなだれるようなポーズのモデルの横からチェアの背もたれが見えた。そのチェアに腰掛け、手にした細身のシャンパングラスを傾け口にする。


グラスの最後に残ったシャンパンの雫はグリーンのマーメイドドレスを滑り落ち、床に落ちる。

そして雫に映し出された『アリシマ・ファニチャー』の社名。


このCMで『アリシマ・ファニチャー』の名が世間に知れ渡った。




デザイナーとしては実力のある次男の桐人は、経営者としては全くもって才能がなかった。


そして逆に、長男の柾人はデザイン力はなかったが、経営や人海戦術は文句のつけ所がなかった。


その人を見る力により、桐人はデザインに集中出来る環境を得て、その手腕を発揮出来たとも言えた。



『兄さんのおかげで、俺はコンテストでも受賞出来た』


コンテストで受賞したチェアは、座面の底板から肘掛まで木を使い、その上に黒の革張りのクッションが使われたものだ。

頭部から座面までを包むように設計され、同デザインのオットマンがセットに造られたチェア。


このチェアは、桐人から『感謝』の意味を込めて柾人に贈られた。今も、一人暮らしの柾人の部屋に置かれている。



しかし柾人こそ、本当は『デザイナー』として夢を描いた者だった。


桐人の存在は眩しくもあり、抜けない『棘』だ。


柾人は己の才能の無さを、早々に気付いていた。


だからこそ桐人の才能に気付き、その才能を伸ばす努力をした。


抜けない『棘』は、たかだか『棘』だ。

たまに触れた時に、僅かな違和感を感じるだけの物だった。


会社を盛り立て、業績を上げ、明らかに業務が拡大したのは自分の実力だ。


だからこそ自信をもって、笑顔で弟を育て伸ばした。



その『棘』が膿むのは、あの女が現れてからだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る