第15話 森亜との出会い

始まりの事件について話す前に、イエの家族について述べようと思う。彼女の家族には両親と一人の姉がいる。それと血こそ繋がってないが兄の家達さんがいる。父親の名前は『斜錠 大国だいこく』といい、「斜錠探偵事務所」を構えている。とてつもない観察眼と推理力を備えており、イエにとっては憧れの人物であり、尊敬できる偉大な父親だった。黒い髪と口髭はきちんと整えられており、がたいのよい体は何度か犯人逮捕に役立ったっと語っていた。大黒さんは朗らかな性格で大きく口を開けてよく笑っていた。彼は結構まめな性格でもあり、事件の内容を日誌などにまとめていた。その日誌を見るのも一つのイエの楽しみで、その感想を聞くのは僕の楽しみでもあった。次にイエのお母さんの『いち』さんだ。彼女は元警察官で、家事をしつつも大黒さんの手伝いをしている。イエの茶髪は市さん譲りで、髪を頭の後ろで結っている。優しい人物でイエにつくってあげている弁当はいつも美味しそうだった。おはよう、いってらっしゃいなどの挨拶をきちんとするのが信条で、イエが挨拶をおざなりにしたときは注意していた。そのためイエも、学校で先生とすれ違ったりする度に挨拶するようになった。最後に姉の『まち』さん。イエが小六の時に彼女は確か高校二年生だったので、イエより五歳程年上だ。町さんは大黒さんの朗らかさと市さんの優しさを兼ね備えた、とても明るい人で、大黒さんも「探偵としての能力こそ劣るけども、町の明るさがなければ暗い事件も扱うこの職業を今日まで続けられなかっただろう」と言っていた。イエとはタイプが違い、元気はつらつで運動が好きだった。イエも運動が嫌いというわけではないが、町さんほど好きではなかった。ただ小さい頃から町さんと外で遊ぶのは楽しんでいた。町さんも探偵事務所で共に働いており、家達さんとはそこで出会ったらしい。イエは町さんのことが大好きだったため、家達さんとの交際が始まったときはひどく嫉妬し、家達さんに強く当たっていたもんだ。「お姉ちゃんは私のだから!」とよく言っていた。口ではそう言うものの、イエも二人が楽しそうにしているのを見てきっと喜んでいただろう。この家族との生活は言うまでもなくイエにとっても、関わりの多かった僕にとってもとてつもなく幸せで、ずっと続くものだと思っていた。けれど、あの日…冬に入り、あと二、三ヶ月で高校二年生を向かえるというときに、唐突にあの事件は起きた。

いつも通りだった。何らいつもと変わり無い日だった。いつものようにイエの家まで行き、市さんの元気な、いってらっしゃいを聞いて二人で登校した。学校でも普段と変わらず授業を受け、休み時間には友達と話し、笑い、そして終礼のチャイムがなってイエと帰宅する。僕はイエの家の前でさよならを言って自分の家に帰ろうとした。ただその日はそうはいかなかった。僕が彼女の家を背にしたとき、「キャー!!」という正直文字に起こすことすら難しいような悲鳴を聞いた。ただそれがイエのものであったのはすぐに理解した。

「イエ!」

僕はすぐさま扉を叩いた。だが扉の鍵はまだ閉められていないことに気づき、いち早く中にはいった。早く、早く。するとリビングの入り口で座り込んでいるイエが見えた。僕は駆け寄り、

「どうしたの!?」

「あっ…わと……あ!」

彼女はいつになく怯え、涙ぐんでいた。僕はすぐさま彼女が震えながら見ている方に目をやった。

「っっ!!」

声が出なかった。出せなかった。そこには一面が真っ赤に染まった床と、仰向きでた折れ込む三人がいた。……イエの家族だ。僕は頭が真っ白になるのを堪え、震えるイエを抱き抱えた。 ーー殺された?まだ犯人がいるかもしれない……イエも危ないかもしれない…!ーー 僕は周りを見渡したが、誰一人として見つからなかった。自分の呼吸が、心音が不均一になり乱れるのを感じる。だんだんと高まる心臓の音…もはや僕の心音なのか、それともイエのものなのかすら分からない。頭がどうにかなりそうで…いや、なっていたのかもしれない。先程のイエの悲鳴か、もしくは気づいてないだけで僕も声をあげていたのか、それを聞きつけて通りかかった人や近所の人が様子を見に来ていた。そしてその中の誰かが警察を呼んでくれたらしく、しばらくして駆けつけてきたらしい。「らしい」というのは、僕もよく覚えていないのだ。感じていたのは震えと心音。そして赤色。それだけで頭がいっぱいになっていたのだ。次に僕の意識がはっきりしたとき、目の前には家達さんがいた。

「大丈夫かい?」

そういう家達さんこそ、大丈夫な様子ではなかった。いつになく顔は青ざめ、唇が震えている。そしてそれを見て、あの景色が現実なのだと認識した。

「…イエは?イエは!?」

僕はまず先程まで胸元にいたイエがいないことに困惑した。

「安心して、イエちゃんは他のベッドで休んでるよ…」

「ベッド……」

そういわれて僕は、今自分がベッドに横になっていることに気づいた。

「近所の病院だよ。二人とも気を失っていたからね。無理もないよ。」

家達さんは自分自身に言い聞かせるようにそう言った。家達さんの言葉は詰まり詰まりで、必死に口から出しているようだった。顔の青さはいっそう深くなり、手は震えている。恐らく僕も同じような顔をしていただろう。しばらく沈黙が続いた。おかげで少し頭が冷静になり、周りには事務所の他の人もいることに気づいた。米良さんもいる。僕は自分の瞼が重くなっていることに気づいた。とてもとても重い。そして僕は目を閉じた。悪い夢から覚めることを願って……


次に目を覚ますと、ベッドの横には両親がいた。二人は僕を優しく抱きしめてくれた。僕は自然と涙がでてきた。二人の手は暖かく、落ち着く声をかけてくれた。大丈夫?と。そして、イエちゃんに会ってほしいと言っていた。どのようにして彼女の病室までいったかはほとんど覚えていない。ただ覚えているのは、彼女の…イエの底の見えない真っ黒な瞳だけだった。


次の日僕たちは病院から、斜錠探偵事務所の空き部屋に移り、住むこととなった。イエの精神はかなり不安定で、そのため僕もなるべくイエの近くにいることになった。いや、僕自身もかなり不安だったのだ。そこから数ヵ月僕らは学校を休んで、家で心を落ち着かせる時間を取った。僕はイエよりかは心が安定するのは早かったが、それでも学校には行かなかった。というより行けなかった。イエが心配だったし…なにより、もし学校から帰ってきたとき、イエが家族と同じ状況になってしまったらと思うと彼女から離れられなかった。元教師だった米良さんは、僕たちを心配して勉強を教えてくれたりもしたし、学校に行かずともそこまで支障はなかった。日がたってイエもだんだん心が落ち着いてきて、少しずつ笑えるようにもなってきた。このまままた、いつものような日々に戻れそうだった。けれど再び、大きな事件が起きた。そしてそれが、森亜との出会いだった。

僕たちは家達さんから「昨今は刺激の強い事件が多いから、ニュースとかは見ないよう気を付けてね。まだ心が癒えきったわけではないからね。」と言われていた。僕はその言葉にしたがった。なにより僕自身、そのようなニュースみたくもなかった。そして、イエの目にも入らないように注意もしていた。ただあの日、あの時、イエが笑顔を見せるようになって油断していた。彼女がスマホでふと、とあるネットニュースを見てしまったのだ。彼女も見ようとしていたわけではなく、たまたま目に止まっただけだろう。ただそのニュースは、僕にもイエにも忘れがたい衝撃を与えた。

『森亜再びか!?

先日裁判にて無罪を勝ち取った○○氏が、無惨にも死体となって発見された。彼の裁判の裏にはいくつもの陰があるとの噂がたっており、今回の無罪の裏にも大きな金の動きがあったのではとされている。そしてその死体のそばには、またしても『森亜』と書かれたカードがおかれていた。このカードが見られた事件は数十件にも及び、どの事件においても被害者は何らかの犯罪を犯している。森亜は悪人を罰することからその行動を支持する人も増え……』

ーー悪人を罰するーーその言葉が頭を反芻する。イエのわきから見えたニュースの文言はそのようなものだった。ただそれで十分だった。イエの心を深く閉ざすには。

「和斗……私見たの。あの日…あの真っ赤な床の上に浮かぶ…カード……確かそう…『森亜』って…」

何という悲劇だろう。彼女の観察眼は、見たくなかったものまでうつしてしまった。悪人を罰する『森亜』…それが彼女の心を砕いた。


イエは人間不信になった。あの後、家達さんに確認した。森亜のこと。悪人を裁くこと。そしてあの事件にも森亜の影があったこと。イエにとって家族は最も大切で、大好きで、尊敬でき、そして信用できた。その家族が悪人かもしれない。あんな凄惨に殺されるほどの罪を犯していたかもしれない。それが彼女の心を塞いだ。きっと色んな考えが頭を巡っただろう。家族が嘘付くわけない。悪人なわけない。森亜なんていない。悪人を裁いてるわけない。仮にいても家族を殺したのは誤りだ。そんな考えが巡ったことだろう。きっと僕が想像できる以上に色んな思いが……。

「誰も信用できない。」

彼女はあるときそう呟いた。家達さんが、米良さんが、他の探偵事務所の人が、クラスメイトが、僕の両親が、そんな周りの人たちも悪人かもしれない。彼女の家族を殺した犯人かもしれない。彼女の不信は広がり、次第に全身を覆い被さった。全てが敵に見えていた。他人を見る目が明らかに変わっていた。あのとき…家族が亡くなって病院にいたときのような黒い目…闇のような瞳をしていた。誰も信じれなくなっていた。…ただ一人、僕を除いて。ただそれも親友だからとか、長い付き合いだからとか、そんな素晴らしい理由なんかじゃない。あの日、一緒に登下校し、学校でも共にいた。だからだ。つまりは、イエにとって唯一完璧なアリバイがあったからだ。それだけ……。人は誰かを信じずにはいられない。特に心がしんどいときは。彼女にとってそれが、アリバイのある僕だっただけだ。親友だからじゃない。長い付き合いだからじゃない。幼なじみだからじゃない。ただ…ただ…犯人じゃないからだ。僕もずっとしんどかった。親友として彼女のそばにいたかった。いれたらよかった。僕はただ容疑者から外されただけの人間だった。


あの事件から二年と半年が過ぎ、本来ならとっくに高校を卒業して大学生になっていたであろう時期に僕らはとある事件に出会い、彼女は探偵として生きることを決めた。そして彼女はようやく笑った。探偵をすることがきっと救いであり、彼女が求めていたものだったのだ。その事件についてここで述べるつもりはないけれど、いつか記そうと思う。その事まで書いてしまっては脱線が過ぎるからね。大事なのは彼女が笑顔を見せたことで、森亜と戦うことを決めたことだ。例えその理由に僕がいなくても。

長くなったけど、これから語るのはその森亜との戦いにおいてとても重要な事件だ。そしてこれが森亜との戦いの本当の幕開けだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る